2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

光合成細菌を活用したトマト栽培の実証試験-トマト栽培における固定化細菌ペレットを用いた農業生産性の向上-

実施担当者

今村 耕平

所属:兵庫県立農業高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 生徒たちは高校入学後,『農業と環境』の授業を通じて,土壌微生物の働きが作物の栽培に深く関わっていることを学んできた.また『微生物利用』で習得した微生物培養技術を発展させることで,その特性を活用した農作物の品質向上をめざすプロジェクト活動を開始した.農林水産省による最新の統計データによると,兵庫県には38,000ヵ所のため池が存在し,そこには多様な微生物が育まれている(Fig.1).この様な地域資源の活用に注目した生徒たちは,ため池に存在する微生物を農業利用しようと考え,試験・検討を続けてきた.兵庫県では,ため池の底土を隔離栽培床として利用することで,品質の高いカーネーションなどの切り花を生産する技術が,一部の篤農家の間で伝承され古くから実践されている(Fig.2).この技術に注目した生徒たちは,ため池の微生物を利用した新しい農業技術を開発できないかと考え,ため池の底士に含まれる微生物を単離し,その特性を分析してきた.そして多くの微生物が観察される中で,硫化水素や有毒アミンなどの有害物質を吸収・代謝・分解し,代謝機能によってアミノ酸やビタミン類などの栄養成分を分泌する微生物を単離することに成功した.これが,生徒たちが研究対象とする光合成細菌である.

(注:図/PDFに記載)


2 光合成細菌の研究と実用化に向けた取り組み
 生徒たちは光合成細菌の実用化に向けた3年計画を策定し農業技術の開発に取り組んできた.初年度は東播磨地域のため池から光合成細菌を単離・培養し,その特性と効果の分析をおこなった.一連の予備実験の結果,作物の生育を促進すると共に士壌中の有効リン酸濃度が向上し,土壌環境が改善できる可能性が示唆された.この傾向をより正確に理解するため,分析誤差の原因となる環境要因を排除した縮小実験系を設計した(Fig.3).方法はハウス栽培トマトの土壌を採取した後,サンプル土壌1グラムに対して2億個および5億個の光合成細菌を添加する.これを3000Lux・16時間日長の照明下で静置し,一週間後に士壌中の栄養成分がどのように変化するかを,多目的分析装置RQフレックスで分析した.この実験により有効リン酸濃度が増加し,植物が成長に利用できる状態のリン酸に変換されるという結果を再確認できた(Fig4).

(注:図/PDFに記載)

 これまでの研究内容を整理し,サイエンスフェアをはじめとした研究発表を繰り返すなかで有識者から様々な意見を伺う事ができた.この結果,開発した技術の実用化を推進する際には克服しなければならない課題が2点存在する事がわかってきた.1つ目の課題は,光合成細菌を増やすための培地組成である.培地は光合成細菌だけを選択的に増やすために多くの化学薬品を使用している.このことから,農業利用する際には化学薬品を栽培圃場に散布することとなり,環境負荷の点で農業利用には配慮を要すると考えられる(Fig.5).2つ目の課題として,光合成細菌は液体培地で増やすため,菌数にばらつきが発生し,農業利用を行う上で安定した効果が得られないことだ.また,液体で散布する場合,雨やかん水によって光合成細菌が流れ出し,効果が長期間持続しないことも問題点として挙げられる(Fig.6).以上の課題を踏まえて生徒たちはこれら2つの課題を改善するとともに,さらなる農業生産性を向上させるために実用的な技術の開発を進めることとした.

(注:図/PDFに記載)

【課題1】1つ目の課題解決のため化学薬品を使用せずに光合成細苗を培養する方法の検討を繰り返した.実用上の安全性を考慮して身近な天然物質を中心に培養実験をおこなった(Fig.7)ところ,鰹だしで光合成細菌が増殖できることを確認できた.この結果から魚介類の抽出物に含まれるアミノ酸に注目し,光合成細菌を培養する新しい技術を閲発するため,水産学科がある兵庫県の香住高校と共同研究を開始した(Fig.8).水産業では水揚げされたサメ,エイ,深海魚など食用に適さない魚が廃棄物として処分されている.そこで生徒たちは水産廃棄物を用いて,有用成分を抽出することで光合成細菌の培養に利用できないかを検討した.この結果,いくつかの試験区で光合成細薗の増殖を確認でき,特に良好な結果が得られた試験区は,「サメ抽出エキス」を用いた試験区であった.これにより,化学薬品を使用せず水産廃棄物を用いることで光合成細菌を増殖することが可能になり,製造コストを大幅に削減することが可能となった(Fig.9).

(注:図/PDFに記載)

 次に,光合成細菌を用いる際,培養液中の光合成細菌の菌数を均ーにする事が容易ではなかった.そこで『食品化学』の授業で学んだ菌数測定の技術を使い,培養液の色と菌数の相関関係について検量線を用いて分析しカラーチャートを作成した(Fig10).これによって一定の菌数で光合成細菌を利用することができ,効果を調整する事が可能になった.

(注:図/PDFに記載)

【課題2】次の課題として,液体の光合成細菌を散布することで懸念される菌の流出を防ぎ,長期的な光合成細薗の効果を持続させることが実用化には欠かせない.そこで液体の光合成細菌をカチオン粒子やアルギン酸カプセルによって固定化し,光合成細菌を太陽光の当たる場所に長期間留まらせることで,効果の持続期間を延長することができると考え,この実験仮説を立てた.生徒たちが開発するこの方法を,“固定化細菌ペレット”としてその効果を栽培実験によって検証した.製造技術として学校設定科目『生物工学』で学んだ種子や微生物の固定化技術を工夫することで応用?発展させた.具体的には土耕栽培用にはベントナイト法を用い,水耕栽培用にはアルギン酸カプセル化法を用いた.これらは粘土と海藻成分でできておりどちらも農業利用の際に環境負荷が少ないと考えられる.ハウス栽培トマトでの実用化を想定した栽培試験では,光合成細栢密度がlmLあたり5億個になるように調整した固定化細菌ペレットを一株あたり250mL処理した.この結呆,呆実重量は対照区と処理区の間に差は認められなかったが,収穫期間が拡大することがわかった.また果実の表皮細胞を光学顕微鏡で観察すると細胞密度が高く,クチクラ層が発達していることから果実の表皮細胞が充実し,外見上の果実品質が向上した.さらに電子顕微鏡を用いて1500倍で観察したところ細胞が均等に亜び,保存性の高いトマトの特徴を示した(Fig.11).次に品質の向上を確認するための実験として,植物工場で利用される水耕栽培において,循環する培養液に1mLあたり5億個の光合成細菌密度になるように固定化細菌ペレットを加えて栽培したところ,葉面と果実表面の光沢が良くなった.この果実を高速液体クロマトグラフで分析したところ,リコピンやビタミン類などの機能性栄養成分が20~30%増加していることが判明した(Fig.12).以上の結果“固定化細菌ペレット”を用いた光合成細菌は栽培期間の長いトマト栽培にも応用することが可能であるという結論に至り,実験仮説は実証栽培試験によって証明された.

(注:図/PDFに記載)


3 まとめ
 兵庫県のトマト生産量は,年間6640トンで16億6000万円の市場規模を持っている.生産者や市場関係者と連携する中で気が付いたことが,他県に比べて秀品率を向上することが収益の改善に直結するという事実である.このため生徒たちはトマト栽培での実用化をめざして試験栽培を推進してきた.兵庫県のトマト生産農家での平均的な売上は,1キロあたり約250円である.一方,光合成細苗を用いた固定化細苗ペレットによるトマト生産において士耕栽培や水耕栽培での販売実績では1キロあたり約275円の売上となった.これは主要品種“ハウス桃太郎”での傾向であるが他品種でも同様の傾向が認められた.このことから兵庫県内のトマト生産者に技術普及を推進した際農業生産性が向上することで,約1億6600万円の売上向上が期待できる.以上の研究内容から,今後は生徒たちの開発した固定化細菌ペレットの技術を利用する作目の拡大と生産者への技術普及を図ることの2点が課題である.このため大学や試験研究機関の技術協力のもと研究開発に取り組んでいる.なお本研究および本研究に直接関連する成果は以下の外部評価を受けている.
1. 第8回サイエンスフェアin兵庫 ポスターセッションでの研究発表
2. 第64回兵庫県学校農業クラブ連盟大会 プロジェクト研究発表 I類 最優秀賞
3. 第63回近畿学校農業クラブ連盟大会 プロジェクト研究発表 I類 最優秀賞
4. 農業に関わる研究に取り組む高校生による英語研究発表会2016 最裔金賞(Best Gold Award)
5. 第43回毎日新聞社主催毎日新聞農業記録賞 優秀賞
6. 第67回日本学校農業クラブ全国大会 プロジェクト研究発表 I類 最優秀賞および農林水産大臣賞
7. 第14回農業高校生意見文全国コンクール 最優秀賞