2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

光ファイバ形センサ方式による発ガン関連酵素センシングシステムの開発

研究責任者

佐々木 一正

所属:北海道工業大学 応用電子工学科 教授

共同研究者

数坂 昭夫

所属:北海道大学大学院 獣医学研究科

概要

あらまし
光ファイバ形センサにより、動植物の体内に誘導されるcytochrome P450の活性を生体の生きているままの状態で計測する技術およびそれを実現する装置を開発することが本研究の目的である。この酵素は発ガンに強く関与していることから、この酵素の動態を調べることは発ガンの診断に利用できるのではないかと期待される。装置を組み立て、実験を行ったところ有望な知見を得たので報告する。
1.はじめに
光ファイバは通信用途ばかりでなく、各種センサ、機能素子等広く応用が展開されている。医療用途としては数千~数万本を束にしたファイバスコープが実用化されて久しいが、最近、生体用光ファイバセンサが注目されている[1]。これは1本ないしは2本の光ファイバにより構成されたもので光ファイバの細径性、柔軟性を生かし、生体の任意の部位へ容易にアクセスできることが特徴である。このような光ファイバセンサの出現により、これまで困難であった生体が生きたままの状態で(in vivo)生体内部の酵素の動態や代謝反応の検知が可能となり、医学及び、生物生理学の分野に画期的な情報をもたらすものと期待されている。
cytochrome P450は生体内に有害な物質が侵入すると誘導され、有害物質を代謝してその体外への排出を促進する。しかし、cytochromeP450には多くの分子種があり、物質の種類によって異なる分子種のcytochromeP450が誘導されることが知られているが[2]{3]、中にはガン発症のイニシエーションの過程で密接に関与し発ガンを促進するものがある[4]。このため、ガンの予防診断の観点から、このような発ガン関連酵素の生体中での挙動を高精度に、しかもリアルタイムで把握する必要があり、この目的に適用できる検出技術の開発が求められている。これまでの生体酵素の研究では、肝臓等生体の一部を摘出し、そのスライスもしくは擦り潰す等によって試料を作成し測定に供していた。このような方法では診断等の目的には適さない。
光ファイバは細径であり、特にプラスチック光ファイバは柔軟性に富み、生体内部に挿入しても破損する心配がない等、生体用のセンサ材料としての利点が多い。また、生体の任意の部位へ挿入が容易であり、それによる生体への負担も小さいことから、診断用センサとして優れている。
生体用光ファイバセンサはこれまでにNADHからの蛍光測定、あるいは、内臓や組織からの反射スペクトル測定等に使われた報告が見られるが[5]{6]、生体中に存在する酵素動態の研究に用いられたのは初めてである。ここではcytochrome P450の分子種の一つであるCYPIA1に注目し、以下において、実際にプラスチック光ファイバを用いて光ファイバセンサを作成し、さらに、センシングシステムを構築して、生きているラットを麻酔した状態でのCYPIAIの検出を試みる。実際にラットの肝臓表面に光ファイバセンサを接近させたところ極めて鋭敏にCYPIAIの存在を検知できたことから、本光ファイバセンサの発ガン関連酵素検出において有効であることを実証したい。
2.光ファイバセンサによるCYPIA1の検出原理
CYPIAIの検出にはCYPIAI自体の光吸収スペクトルを利用することも考えられるが、より高感度な方法としてプローブ反応を用いる方式がある。ここでは、CYPIA1によるethoxyresorufinのO-脱アルキル代謝が蛍光物質resorufinを産生することを利用する(図1)。すなわち、酵素反応による生成物からの蛍光を捉えることによりCYPIAIの動態を検知しようとするものである。酵素の分子数よりも多量の蛍光物質を産生させることにより、検出感度を大幅に増大させることが可能となる。光ファイバは励起光を生体内の測定部位へ導いて代謝反応生成物を励起し、その物質からの蛍光を再び光ファイバを通して体外へ取り出して計測するために用いる。このような光ファイバによるセンサ方式は光プローブ形光ファイバセンサと呼ばれるタイプに属するものである。
上述の代謝反応はCYPIAIによる触媒反応であり、その特徴として酵素を消耗することなく酵素に接触するethoxyresorufinが全てresorufinに変化するまで反応が進行する。しかし、一方ではresorufinの分解も平行して進むため両者の反応が平衡する条件でバランスすることになり、平衡状態での蛍光強度は分解速度が一定とすれば生成速度を律するCYPIA1の量に比例する。したがって、光ファイバセンサによりresorufinからの蛍光強度を計測すれば、その結果からCYPIAIの活性状況を知ることができる。この原理を模式的に示したのが図2である。本測定原理により、ラットの生体肝でのCYPIAIのin vivo検出を実現するために、光ファイバセンサおよびセンシングシステムを構築して実験を試みる。
3.光ファイバセンサと実験装置
試作した光ファイバセンサとセンシングシステムの構成を図3に示す。
センサヘッドは励起光導入用並びに蛍光検出用の2本のプラスチック光ファイバ(直径0.5mm)をステンレス管(直径lmm,注射針を利用)に内蔵させて作成した。これは、要求される2つの機能、すなわち励起光を生体内部に導入し、かつ、発生した蛍光を外部に導き出す機能を別々の光ファイバにより独立して分担する目的で2本の光ファイバを内蔵させている。1本の光ファイバに両機能を兼ねさせ、途中にカプラを設けて2分岐し、一方を励起光導入、他方を蛍光の検出とする方式も可能であるが、2本の光ファイバによる独立方式がカプラの挿入損失を避けられるため高い感度が得られる。センシングシステムは、励起光源系および蛍光検出系からなっている。図中破線の光ファイバによる接続は予備実験での光配線を示している。この場合、水銀キセノンランプを光源とし、モノクロメータにより任意の波長を選択でき、また、光検出にはスペクトラムアナライザを用いて蛍光の波長分析を行なうことができるようにしてある等、汎用なシステム(Universal System)となっている。しかし、後で述べるように、予備的実験により蛍光物質の最適な励起波長、および蛍光波長の組み合わせが明らかになった段階では、それらの波長に固定したレーザー光源および波長選択フィルタを用い特定用途向け(Specified System)とした。これにより装置を大幅に簡略化できる。この場合の光配線は図中に示す通りである。実線の光配線は上述の両者に共通する部分である。センサヘッドは測定の再現性を確保するために、マニュピレータに固定し、試料の表面からの間隔を精密に制御できるようにした。試料はセンサヘッド下に水平に置き、またラット肝臓に直接アクセスする場合には図中に示すように腹部に小孔を穴け、ここからセンサヘッドを近付けた。
図4は予備実験における光ファイバセンサからの出力光のスペクトルを(a)光源のみの場合と,(b)resorufin溶液に本光ファイバセンサを投入したときとで比較したものである。この光源では545nm付近に輝線が見られる。それに対し、出力光ではこのスペクトルは吸収されて消失し、替わりに610nmを中心とした新たな発光スペクトルが見られる。つまり、resorufinは波長545nm付近の光源により励起され、波長610nmを中心に幅の広い赤色の蛍光を発することがわかる。そこで光源にはHe-Neグリーンレーザ(発振波長543.5nm,出力5mW)を用い、励起光成分から蛍光波長成分を分離して計測するため、検出器前面に610nm付近にカットオフがあるエッジフィルタを設けて蛍光波長成分の光パワーを測定した。他の波長でも励起は可能であるが、この波長の組み合わせが血液等からの影響を受けにくいという利点がある。
図5は各種の濃度のresorufin溶液に光ファイバセンサを投入したときに得られたセンサ出力を対数でプロットしたものである。resorufin溶液はWilliams'Eメジウム培養液を用いて希釈して濃度を調整した。図に示すように、濃度1-1000uMの広い範囲でその対数問によい直線性があることがわかる。このことは、このセンサシステムが定量的な測定にも用いることができる可能性を示している。以下においてはこの出力値を蛍光強度と呼ぶこととする。
4.実験結果
in vivo実験の前に従来法との整合性を確認するため、摘出したラット肝臓のスライス切片試料を用いてin vitro測定を試みた。試料は、誘導剤を用いてCYPIA1を誘導させたラット肝臓を摘出、スライス状にした後、直ちに液体窒素により冷凍した後一85℃にて保存した。実験に当たっては、この試料を10mMHepes(pH7.4)を含むWilliams' Eメジウム培養液に、試料表面が培養液とほぼ同程度となるように浸した。この状態でlmMから5mMの範囲で各種濃度のethoxyresorufin溶液、10μLを試料表面に滴下して反応させ、resorufinからの蛍光を観察した。ethoxyresorufinはメタノールに溶解させ、加水アルブミンを加えて濃度を調整した。
蛍光は赤色フィイルタを通して肉眼でも検知できた。光ファイバセンサによる測定結果を図6に示す。試料表面から得られる波長610nm付近の蛍光はethoxyresorufinの滴下直後より急速に増加することが観察され、従来のin vitro法での観測とこれに光ファイバセンサを適用した結果とはよい整合性を示した。さらに、蛍光強度の増加傾向、及び蛍光強度のピーク値はethoxyresorufinの濃度Cに依存することが示されている。この結果から、もし、in vivo測定においても同様のレベルのP450の量が誘導されているのであれば、試験に用いるethoxyresorufinの濃度はC=5mMで十分な蛍光強度が得られると判断できる。
図7はセンサ先端と試料表面との距離に対するセンサの感度をプロットしたものである。図に示すように、センサは試料に密着するよりも、適当に(1mm程度)距離をあけた方がよく、最も高感度となる最適位置があることがわかる。すなわち、センサを肝臓内部に挿入する必要がなく、臓器へのダメージを与えない。次に、CYPIA1を誘導させたラットの、麻酔下での光ファイバセンサによるin vivo実験を行った。雄WistarラットにSudanIII(40mg1体重)を腹腔に3日間投与して肝臓にCYPIA1を誘導した[7]。実験は、pentbarbitalによりラットを麻酔した後、腹部を一部切開して肝臓を肉眼でも観測できるようにして行った。肝臓表面のセンサヘッド直前に濃度5mMのethoxyresorufin10μLを滴下し、その表面から発光する蛍光を光ファイバセンサにより測定した。その結果を図8に示す。SudanIIIを投与していないラットを用いて同様の実験を行い、コントロールとした。図に示すように、CYPIAIが誘導されているラット肝臓ではその表面から強い蛍光が観測された。一方、コントロールではごくわずかの蛍光しかみられない。
SudanIII投与によりCYPIA1が誘導されることは別途蛋白定量の測定実験[7]から確認されており、この強い蛍光がSudanlIIに誘導されたCYPIAIに起因すると考えられることから、本光ファイバセンサにより、in vivo条件でCYPIAIが観測できることが明らかとなった。
5.植物反応
実験の結果、本光ファイバセンサ方式はラット肝臓に誘導された発癌関連酵素cytochrome P450の検出に有効であることが実証されたが、cytochrome P450は動物ばかりでなく植物細胞にも発生することが報告されている[8]。本光ファイバセンサは試料が適当な大きさであれば植物体にも適用が可能である。近年、ダイオキシン等の環境汚染物質によって、動植物の体内に何らかの異変をもたらしており、重大な問題となっている。上述したように、動植物は、異物や、環境汚染物質に曝された時、動植物体内でcytochrome P450が活性化されることが知られている。特に植物では、その植物の生息地域を特定できるため、ポイントでのモニタリングが可能となると期待できる。そこで、植物でのcytochrome P450の検出に本光ファイバセンサ方式の適用を試みた。サンプルとしてユリ球根を用い、P450誘導剤MnCl2を含む水溶液により水耕栽培し、試験時には、1片ずつ剥ぎとり、さらにスライスしたものを試験片とした。測定方法は、前に述べたラットの場合と同じように、P450のethoxyresorufinの0一脱アルキル代謝によって産生するresorufinからの蛍光を本光ファイバセンサにより検知した。
図9は、その実験結果で、ユリの球根で観測されたresorufinからの蛍光強度の時間推移をプロットしてある。図では、MnCl2濃度のOmMと2.SmMで比較している。明らかに2.5mMの場合には蛍光強度が増加していることがわかるが、MnCl2がOmM、すなわち純水だけの場合でもresorufinからの蛍光が観測された。これまでの予備的な実験では、蛍光強度はMnCl2の濃度にresorufinからの蛍光とその時間推移は単純には比例しない。また、蛍光強度は周期的に強弱を繰り返し、70時間程度経過後ピークに達し、120時間経過後には消失するような挙動が見られた。この反応の機作はいまのところ未知な部分が多いが、今後、本光ファイバセンサを利用して、より高い精度と詳細な情報を収集し、植物体内での代謝酵素反応の仕組の解明を行なえば、環境汚染物質の高感度で簡易なモニタリング法として利用できると期待される。
6.あとがき
以上述べたように、代謝酵素CYPIA1を誘導したラット(麻酔下)の生体肝臓において、この酵素の代謝によって生じた物質(resorufin)からと思われる蛍光を、プラスチック光ファイバ2本を束にして作成した光ファイバセンサにより検知することに成功した。この蛍光は検出に十分な強度を有し、またコントロールと比較して明瞭な差異が認められた。これらのことから、光ファイバセンサは代謝酵素のin vivo測定に有効であることが実証できたと言えよう。また、これにより光ファイバ方式による発ガン関連酵素センシングシステムの技術的基礎が確立できた。
今後は、本光ファイバセンシングシステムの定量性、感度等の向上を計ると共に、これを用いてCYPIAI分子種の動態を観測しながら以下の研究を行い、実用化を計りたい。1.様々なガン原物質の代謝的活性化過程の解明。2.発ガン過程の検討。3,ガン予防を目的とするP450分子種消去法の確立。4.植物反応を利用した環境汚染物質のモニタリング。