2012年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第26号

光コムと正弦波位相変調法による光コヒーレンス・トモグラフィーの開発

研究責任者

崔 森悦

所属:新潟大学 工学部 電気電子工学科 助教

概要

1.研究背景
近年、生体内の高精度且つ安定な3 次元断層イメージング技術の研究が盛んに成されている。特に非侵襲な生体断層計測が可能なOptical coherence tomography (OCT)1)は医療、生命工学など多くの分野で用いられている。従来のOCT画像データ取得の形式は干渉計の参照ミラーの機械的走査による時間領域OCT2)または干渉スペクトルから深さ情報を得るフーリエ領域OCT3)に大別されている。時間領域OCT では、機械的可動部が測定誤差と速度の低減の原因となり得る。またフーリエ領域OCTではFull filed な計測には適用できず、フーリエ変換による位相共役像やバイアス成分に起因するSN 比の劣化などの問題がある。これらの状況に鑑み、我々は光コム干渉法4)を提案し、機械的可動部とフーリエ変換演算のない干渉計測を実現した。しかし、この手法は、従来の時間領域OCT と同様に干渉信号の強度分布情報から光の散乱や反射位置を可視化するため、深さ方向の分解能である干渉ピーク幅を十分微細化させる必要がある。高分解能化のために非線形光学効果を用いたスーパーコンティニウム光などの広帯域化光源5)を用いて来たが、このような広帯域化技術は高価なレーザと非線形ファイバを要するためコストと実用性において課題が残る。
本研究は、以上の事情に鑑み光コム干渉法と正弦波位相変調法(SPM)6)を用いて高精度な3 次元OCT の開発のための基礎的研究を目標とする。我々は、光コム干渉法による3 次元形状計測技術と共に、新たにSPM による精密変位計測技術を導入し,干渉信号のゼロ位相点を検出することで光源の帯域幅によって制限される十数μm の深さ分解能の限界を超えたサブnm 精度の計測を試みた。
先ず、コム干渉法の特徴である高次の干渉信号を用いることで、今までにない新しいタイプのフィゾー干渉計型低コヒーレンス干渉測定を実現した。この装置の利点は、共通光路を採用することにより従来のマイケルソン型干渉計に比べて格段に振動雑音を抑えることができる点である。次に、光コムの発生をピエゾ・アクチュエータによって操作されるファイブリー・ペロー(Fabry Perot: FP)共振器で実現した。この光源の利点は、簡便な構成で光コムが発生できる点と、最初から広帯域光源の導入が可能であるため、従来手法に比べて容易に広帯域光コムが得られる点である。また、FP 共振器に付加されたピエゾ・アクチュエータの駆動によって光コムの周波数間隔の掃引を実現した。この構成により干渉計側の機械的掃引を必要としない深さ方向のスキャンが可能となった。更に、低コヒーレンス干渉法にSPMによる位相計測技術を組み合わせたことにより数mm以上の広いダイナミックレンジでnm の高精度な計測が可能になった事である。
本稿では、2 章に提案手法の主な技術に関する原理について述べる。次の3 章に実験で用いた装置の構成について述べる。4 章では実験結果についてガラス膜の膜厚計測結果および平面ミラーの3 次元平面形状計測結果について述べる。5 章に今後の展望について、当該研究から派生して今後発展が期待される空間周波数フィルタを用いた光コム計測と多波長逆伝搬法について述べる。最後に、6 章で本研究の総括を行う。
2.原理
本章では光コム計測法の基本原理とSPM による位相計測の原理について述べる。先ず、低コヒーレンス干渉法との違いについて説明し、光源のスペクトルが離散的多波長分布を持つ場合について議論する。
2.1 光コム干渉法の原理
低コヒーレンス干渉法では、光源の波長スペクトル分布B(k)は、図1に点線で示したように波長が連続しており、スペクトル波長幅Wλの連続スペクトル分布となっている。k は波数で、波長λとk=2π/λの関係にある。図1の干渉計では、参照面であるミラーM からの反射光と測定対象からの反射光が干渉している。これらの2つの反射光の伝搬距離の差が光路差L であり、干渉している光の波数をただ1つのk とすると、このとき光出器PD で検出される干渉信号Sk(L)は
Sk(L)=B(k)cos(kL) (1)
と表現できる。白色干渉法で得られる干渉信号S(L)は、すべての連続波長で生じているSk(L)をkについて連続的に足し合わせた信号となり、
S(L)=A(L)cos{Φ(L)} (2)
で表現する。すべての波数k に対してSk(L)のcos(kL)が等しい値となるのは、光路差L=0 の時だけである。よって、A(L)はL=0 の時に最大値をとり、かつ位相αは零となる。干渉信号S(L)は、図1の点線で囲った部分に相当する。この特性から、参照面であるミラーM を平行移動させ、L=0の位置を検出することによって測定対象面の位置を測定できる。この方法が低コヒーレンス干渉法の原理である。A(L)の波形はB(k)とフーリエ変換で関係づけられおり、A(L)の拡がりを半値幅WL で表現する。WL はスペクトル波長幅Wλに逆比例する。図1に示すように、スペクトル分布B(k)が中心波数kc を中心として左右に対称の分布であれば、Φ(L)=kcL となる。
さて、次に従来の低コヒーレンス干渉法の光源が含んでいる連続波長成分から、図1の実線で示すように、一定の波数間隔Δk で波長を離散的に取り出した光源、すなわち光周波数コム光源を考える。この場合、離散的なM 個の波長は
km=k0+mΔk m=0,1,..., M-1 (3)
と表現できる。(3)式を(1)式のk に代入すると、Sk(L)が離散的なとびとびの波数km で生じているため、M 個の離散的なSk(L)のcos(kmL)がすべて等しくなるのは、p を整数としてΔkL=2πp を満たす光路差L の時となる。よって、これらのSk(L)を足し合わせた干渉信号S(L)は図1に示すように、L=0 の位置も含め、
Lp=p(2π/Δk) p=0,±1,±2,..... (4)
の光路差でA(L)がピーク値をとることになる。各ピークでの干渉信号の位相はΦ (Lp)= p(2π/Δk)k0となる。この特性を用いれば、間隔Δk を走査しながらA(L)にピーク値が現れるΔk を検出することによって、(4)式から測定対象面の位置を表す光路差Lp が得られる。ただし、用いているピークのp の値が既知であることが必要である。図1(b)のS(L)で、(II)の場合はΔk の値が(I)の場合より小さくなっている。Δk の変化に対するLp の変化の大きさは、p の絶対値に比例する。また、A(L)のピーク値の大きさは、離散的に取り出されたkmを中心波数とする波長スペクトルの半値幅に依存して、p の絶対値が大きくなるにつれて減少して行く。
2.2 SPM の原理
干渉位相を計測するために、参照アームの光路長を正弦波状に変調することで、位相が変調された干渉信号を得ることができる。SPM はこの位相変調信号をフーリエ変換によって解析することで雑音成分を除去する手法である。位相変調された干渉信号は(2)式から次のように表せる。
ここで、Z は位相変調の振幅、fc は変調周波数である。位相α=2πkcL は(5)式のフーリエ変換F(fc)=F[S(t)]によって求められる。Z が既知であるならば、αは変調周波数成分F(fc,)及び F(2fc)を用いて次のように求まる。
ここで、y={Re[F(fc)]J1(Z)}/{Re[F(2fc)]J2(Z)}でありJm は|m|次のベッセル関数である。Re[x]はx の実数を表す。理論的な数値解析により、位相が最も正確に求められるZ の条件は、J1(Z)=J2(Z)の関係を満たすZ=2.6 付近の時であり、位相の測定誤差は0.02rad 以内であることが知られている7)。SPM では、変調周波数の逓倍成分のみを取り出すので、変調周波数より低い機械的振動などの雑音を取り除くことができる。従って、より安定で高精度な計測が可能となる。
3.装置の概要
図2に光コム干渉法を用いたフィゾー干渉計の概略を示す。Full-filed 計測に対応するために、空間光学系で構成され、受光素子として2 次元のCharge coupled device (CCD) イメージセンサが用いられた。また、CCD イメージセンサの代わりにPhotodetector(PD)を用いた1 点計測にも対応可能である。
光コム光源はピエゾ・アクチュエータによって共振器長を走査できるFP 共振器(FPE)によって構成された。共振器長は500μm 以上掃引可能である。種光源としてはスーパールミネッセントダイオード(SLD)を用いた。光源の中心波長は840nm、帯域幅は30nm であった。FP 共振器による光コムのスペクトルを図3に示す。
フィゾー型共振器は、ビームスプリッタ(BS)とピエゾ素子(PZT)が取り付けられたガラス板(GP)の簡便な構成になっている。SPM による位相計測のためにGP を正弦波状に振動する。変調周波数fc は受光素子のフレームレートと同期が成されている。受光素子がPD の場合は、PD のサンプリング周波数を8fc に設定した。また受光素子がCCD イメージセンサの場合はフレームレートを8fc に設定した。CCD イメージセンサはレンズ系によって測定物体面の波面を結像した。CCD からの垂直同期信号を基準として順序回路(SC)を用いて変調周波数fc を生成し、ファンクションジェネレータ(FG)から正弦波状の駆動電圧をPZTに印加した。干渉信号と変調周波数の調整はSystem control(パソコン)で行われた。
4.実験結果
4.1 光コム干渉法の原理確認実験
先ず、図2(a)に示す構成を用いて、フィゾー型干渉計での低コヒーレンス干渉計測の原理確認実験を行なった。実験で観測した干渉次数は1次であった。FP共振器の共振器長をd とすると、d=2π/Δkであるので、(4)式からきp次の干渉が観測される位置はLp=pdであることが分かる。実験ではガラス板から共振器長とほぼ同程度離れた位置に測定物体を置いた。図4に測定物体を10μmずつ140 μmまで移動させながら光コム波数間隔掃引によって測定した干渉強度を示す。波数掃引はピエゾ・アクチュエータの駆動電圧を印加することにより行なった。図4の横軸は印加電圧である。
図4で示す様に、測定物体の位置に従って干渉ピークの推移が見られた。図5にピーク値を示す駆動電圧値と物体位置のプロットを示す。図5の結果から、1次の干渉において駆動電圧1 V当たり2.1 μmの深さ方向の掃引に相当することが分かった。プロットの線形誤差は1.58 μm以内であった。
次に、より制度の高い計測を行うために平面ミラーを測定物体として、その微小移動から反射位置の計測を行なった。図6に干渉ピーク値付近で測定物体を移動させた時の干渉強度分布及び位相分布を示す。位相分布はSPMによって求められた。位相変調周波数は125 Hzであった。分布の横軸は測定物体を動かしたPZTへの駆動電圧である。正確な反射位置は強度のピーク付近で位相が零になる位置となる。図6では、29.5 V付近が正確な反射位置を示している。この実験において、1 VのPZT駆動は約95 nmに相当し、干渉位相分布の9回の繰り返し測定による繰り返し誤差は0.2radであった。長さに換算すると凡そ27nmであるため、提案方式による位相計測によって測定物体の反射位置を30nm以下の精度で求めることができることが示された。
4.2 ガラス膜の膜厚計測本研究で提案するシステムでのOCT の実現には表面の位置計測だけでなく、内部の断層の反射及び散乱位置が計測できる必要がある。そのためOCT応用への基礎実験としてガラス膜の膜厚計測を行なった。測定物体には厚さ0.08 から0.12 mm までの分布を持つガラス膜を用いた。測定した物体の表面及び裏面の干渉強度分布を図7 に示す。表面と裏面のピーク位置はそれぞれ LI1= 8.6 μm とLI2= 128.4 μmであった。測定された膜厚は840nm でのSiO2 の屈折率が1.45 であることを考慮すると82.6μm と見積もられた。 図8にそれぞれの物体面での干渉ピーク付近の強度分布及び位相分布を示す。表面では干渉強度のピーク位置LI 付近で干渉位相が零になる位置が正確な反射位置となる。裏面では、屈折率が高い媒質から空気層への反射であるため、反射による位相のずれが生じず、結果的に干渉位相はπだけずれる。従って裏面の正確な反射位置は位相がπとなる位置となる。以上の実験結果から光コムの波数間隔掃引による膜厚計測が可能であることが示された。
4.3 3次元Full-filed 計測
次に、図2(b)に示すFull-filed 計測が可能な構成を用いて計測を行なった。CCD イメージセンサ(IMPERX 社製、ICL-B0620U)の垂直同期信号を変調周波数の8分周に同期させ、8枚の2次元干渉縞から2次元位相分布及び強度分布を得た。FPE の間隔を走査することによって深さ方向に2次元干渉縞を逐次的に生成することで3次元の形状情報を得ることが可能になった。図9にFPE のピエゾ・アクチュエータの駆動電圧に対する2次元干渉縞の変化を示す。図10 に各駆動電圧に対応する干渉縞の強度の平均をプロットしたグラフを示す。図から24V のときに最もコントラストが最大になったことが分かる。これは駆動電圧24V に対応するFPE の間隔から光コムの波数間隔が決まり、(4)式から求まる光路差上に物体が位置することを示している。実際の応用においては駆動電圧に対する測定位置を特定する必要がある。今後の課題としては安定なFPE 間隔の掃引と、駆動電圧と測定位置の対応を正確に割り出す必要がある。干渉強度ピークの半値幅は約15μm と推定される。それは深さ方向の分解能は干渉強度のピーク幅に依存するためであるが、位相計測を導入することでより精度の高い計測が実現できる。実用段階の前提としてコヒーレンス長の範囲内で正確な2 次元位相分布が得られなければならない。図11 及び図12 に30 ?m の段差を持つゲージブロックの段差形状計測結果を示す。図11 に示すように物体の凹面と凸面の位相分布をSPM によって求めることができた。また、図12(a)はFPE 掃引によって得たコントラスト最大点を抽出して構成した3 次元形状、(b)はコントラスト最大点に最も近い位相0 点を抽出して構成した3 次元形状である。SPM 導入によって位相0点を抽出したことで、測定誤差(平坦度の標準偏差)が2.37 μm から0.98 μm まで改善した。深さ方向の強度ピークの分解能が十数μm オーダであっても、サブμm からnm オーダの計測が可能であることが示された。
5.今後の展望
本研究は、光コムの波数走査によって3 次元表面形状が計測できる段階まで発展した。今後は、更に断層構造の3 次元可視化と、mm オーダのマクロ計測及びnm オーダのミクロな計測の融合技術を確立する必要がある。現時点では波数間隔掃引によるマクロな視点での計測とSPM によるミクロな位相計測は分離しており、1 回のスキャンで同時に実現することが困難である。この点に鑑み、今後は測定速度を含む実用化へ向けた試みが必要である。また、生体などの散乱体における断層形状計測実験も行う必要がある。以上の様に今後の課題は、①マクロ的計測とミクロ的計測の効率化及び高速化、②生体計測実験の実施を挙げることができる。
本研究の派生研究として、光コムをフーリエ光学系と空間周波数フィルタにより生成し干渉計測へ応用する研究がスタートした8)。これは、光コム計測を用いる時に課題となっている光源の広帯域化と波数間隔走査を容易に実現できる方法として提案された。本研究の光コム掃引が時間的な領域の掃引であるのに対し、この研究は空間周波数領域の掃引によって制御を行うため、より自由度が高い光源の掃引が可能となる。また光コムの対称的波数掃引による干渉位相の変化を計測する実験を行なっている。
もう一つの派生研究としては、多波長光源を利用した光場逆伝搬法の研究が進められている。本研究はSwept-source 的なOCTと同様な波数掃引を行う手法であるのに対し、この研究は周波数領域でのSpectral なOCT に属する手法である。従来のフーリエ変換法の分解能限界、位相共役像、及びバイアス成分による精度の低下を解決できる方法として提案され、現在研究が進められている9)。
6.まとめ
FP 共振器型光コム発生器とフィゾー型低コヒーレンス干渉計を構築し、測定物体の膜厚計測及び3次元表面形状計測を行なった。膜厚82.6 μmのガラス膜を、繰り返し誤差約30 nm 以内で計測できた。また、現時点においてFull-filed 計測を実現し、測定物体の3 次元表面形状計測が可能となった。今後の課題としてはSPM による位相計測とFPE 間隔掃引による強度分布の計測を一体化し、より高速で効率の良いマクロな計測とミクロな計測の同時計測が可能なシステムを構築することである。また、生体のような散乱体に対する断層計測実験も計画している。更に、本研究のアイディアを起点として、空間周波数フィルタを用いたコム光源による干渉計測と多波長逆伝搬法を用いたスペクトラル干渉計測技術の派生研究が成されている。