2010年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第24号

光アシスト超音波速度変化イメージング法による生体深部における薬剤分布モニター

研究責任者

堀中 博道

所属:大阪府立大学大学院 工学研究科 電子・数物系専攻電子物理工学分野 教授

共同研究者

和田 健司

所属:大阪府立大学大学院 工学研究科 電子物理工学分野 准教授

概要

1.はじめに
生体組織の代謝情報や機能情報を画像化するために、生体物質の近赤外吸収スペクトル特性の利用が期待され、光CT(Computed Tomography)の研究が一時盛んに行われていた。しかし、生体組織は光に対して極めて強い散乱を示すので、生体深部で光断層画像を得ることは困難であった。そこで、生体の中で光は拡散するものと考え、光吸収情報を超音波でマッピングする方法を模索し、光照射による吸収領域の温度上昇に伴う弾性定数の変化を超音波の速度変化として検出する方法を考案した。1-3)この方式は、光が完全に拡散した状態でも信号強度や空間分解能を維持できるので、実用性が高いと考えられ、「光アシスト超音波速度変化イメージング法」と名付けた。
光アシスト超音波速度変化イメージング法は、生体組織の状態の無侵襲画像だけではなく、癌の診断や治療のためのドラッグデリバリーシステムに用いられるナノ粒子分布の検出への応用が期待される。ナノ粒子や抗がん剤を含むリボソーム、デンドリマーなどを癌組織に選択的に堆積させるために、癌による新生」血管を利用するパッシブターゲッティングと呼ばれる方式と抗原抗体反応などを利用するアクティブターゲッティングと呼ばれる方式がある。4)これらの医療診断、治療を効果的に行うためには、生体におけるナノ粒子の堆積状態や堆積領域の温度分布の画像装置が必要とされている。5)
現在、PAT(Photo-Acoustic Tomography)が光吸収分布の測定やナノ粒子分布のモニターとして盛んに研究されている。6)しかし、現在の報告は表面から数㎜以下での測定に限られている。また、多数の音源の信号から画像を構築するために特別なアルゴリズムが必要である。
光アシスト超音波速度変化イメージング法を用いて、既に、高散乱媒質や鶏肉中で光吸収断層画像を得ている7)。本研究では、まず、波長の異なる複数の光源をもつ装置を作製する。ドラッグデリバリーシステムにおいて堆積状態の標識として用いられる薬剤を内包する試料に対して光吸収断層画像、および、分光画像情報の測定を行い、モニターとしての有用性を調べる。最後に、生体への適用のための問題点を検討し、装置を改良する。
2.超音波速度変化による光吸収画像情報の検出原理
生体組織に光を照射すると、光吸収領域で温度が上昇し、弾性定数の変化が生じ、超音波の速度が変化する。光照射の前後で超音波を走査して、超音波速度の変化領域を検出すれば、温度変化領域が検出でき,光吸収分布画像を得ることができる。
超音波の速度変化として光断層画像を得るのに2つの方式が考えられる。一つは、連続波の超音波を試料に対して平行、回転移動させて得られた光による速度変化を投影データとして保存し、CTアルゴリズムを用いて速度変化分布画像を構築し、光吸収分布を得る方式である。もう一方は、超音波パルスを用いて、組織境界からの反射パルスの到達時間と光照射による到達時間の変化を測定することで、吸収領域の位置情報と吸収情報を得る方式である。後者の方式は、片側から吸収領域の位置情報と光吸収情報を得ることができるので、医療診断装置としてより実用性が高いと考えられる。また、市販の超音波エコー診断装置が適用できると考えられ、超音波アレイトランスデューサーをプローブとした高速光断層画像装置が実現できると考えられる。7)
図1(a)に示すように、超音波アレイトランスデューサーから送信された超音波パルスは試料中の音響インピーダンスの各境界から反射される。通常のBモードイメージは、個々の超音波パルス波形の振幅から構築される。試料に光を照射する前のエコー波形を図1(b)の上図に示す。試料に光を照射すると、図1(b)の下図のように光吸収領域の背後の境界から反射されるパルスは、光吸収による温度上昇によってシフトする。例えば、伝播媒質が水であり、吸収体厚さがlcmの場合、1℃の温度変化に対して約18nsの超音波パルスのシフトが予想される。吸収領域の境界間を距離をdとし、光照射による伝播時間の変化を△τとすると、光照射による境界間の速度変化△vは次の式で示される。
水などでは超音波速度の温度依存性の実験式が既に報告されているので、超音波の速度変化△vが求められれば、光照射による局所的温度変化を求めることができ、さらに、局所的温度分布から光吸収分布を推定することができる。本方式では、片側からの照明によって試料内部に光が拡散していることが必要である。生体の光散乱は非常に強く、片側からの照明でも生体内で光は充分拡散し、吸収領域の背後にも廻りこんでいることを、生体の散乱係数、吸収係数を用いたモンテカルロシミュレーションや報告されている生体組織の散乱係数に類似した特性をもつ散乱媒質中の実験で確認している。吸収係数は、光散乱領域を小さくするように作用する。
3.試作装置
超音波エコーパルスの速度変化によって光吸収断層画像を得るために、市販の超音波エコー装置を改造し、装置を試作した。図2示すように、信号処理ボードが取り付けられ、RF信号を外部に取り出すことができる。光源としてNd:YVO4の第2高調波(532nm)と波長の異なる3種類の半導体レーザー(660nm、813nm、912nm)を用いた。さらに、波長を連続的に変化できるチタンサファイアレーザー(740-850nm)を用いた。図2のように、レーザー光が光ファイバーによって超音波トランスデューサーの傍に導かれ、超音波エコーの検出箇所を照射するようになっている。
光照射前後の超音波アレイトランスデューサーのエコーパルスの波形が信号処理ボードを通じて外部のパーソナルコンピューターに取り込まれる。用いた超音波アレイトランスデューサーの中心周波数は13MHzである。超音波画像は356ラインからなりフレーム周波数は34Hzである。図3に超音波速度変化イメージ構築の手順を示す。エコーパルスの波形を内挿によってサンプリング点を増加し、送信パルスの波形を基に適切な長さに分割する。光照射前後の波形の対応する部分の相互相関演算を行い、光照射によるパルス間隔の変化を求める。各ラインの波形のシフト部分とシフト量を求めることで、超音波速度変化の二次元分布を得ることができ、温度変化画像、光吸収画像が求められる。
4.生体疑似試料中の薬剤分布の検出
4.1半導体ナノ粒子分布の検出
散乱体としてIntralipid水溶液と寒天を用い、報告されている生体の散乱係数に調整した試料を作製し、図4(a)に示すように、その内部(深さ1cm)に半導体ナノ粒子(Qdots605)を吸収体として分布させた。試料の外部から撮影した写真を図4(b)に示す。外部からは半導体ナノ粒子の存在を観測することはできない。図2の試作装置を試料に適用し、Bモード画像(超音波振幅画像)、超音波速度変化画像を測定した。図4(c)に示したBモード画像では半導体ナノ粒子の分布は観測できない。図4(a)のように、外部から532nmの波長の光を照射したときの超音波の速度変化画像を図4(d)に示す。超音波速度変化画像では、分布領域が明瞭に現れている。比較のために小動物での実験によく用いられる蛍光イメージング法を同じ試料に適用し、532nmの波長の光を照射し、外部から蛍光画像を測定した。蛍光イメージング法では、光散乱のために吸収体の位置は不明瞭であり、深さ情報も得られない。本方式は生体深部で光吸収断層画像を得ることができ、深さ方向の情報も得られている。
4.2金ナノロッドの分光画像測定
4.2.1高散乱媒質を用いた実験
金ナノロッドは、棒状の金ナノ粒子であり、そのアスペクト比によってプラズモン共鳴周波数を近赤外領域に設定できる。生体組織の光吸収の少ない波長域で吸収ピークを示すために生体深部に適用でき、ドラッグデリバリーシステムに用いられるリボソームやデンドリマーの標識やフォトサーマル材料としての研究が行われている。8)Intralipid水溶液と寒天を用いて散乱媒質を作製し、内部に寒天粉と混合した金ナノロッド領域を作製した。光源として半導体レーザー(発振波長912nm)、チタンサファイアレーザーを用いた。アッテネーターを使用し、どの波長においても試料表面における照射光強度が0.3W/cm2になるように調整した。各波長において光照射を行い、光照射開始前後に取得したRF波形から超音波速度変化画像を構築した。図5に超音波速度変化から換算した温度変化画像をグレイスケールで示す。いずれも光照射開始30秒後の画像である。光吸収分布を確認することができ、照射光波長依存性も観測される。
4.2.2鶏肉を用いた実験
金ナノロッドを寒天に混ぜ、散乱媒質の中に挿入した。4.2.1の実験と同様に半導体レーザー(発振波長912nm)、チタンサファイアレーザーを用いて光照射を行い、光照射開始前後に取得したRF波形から超音波速度変化画像を構築した。Bモード画像を図6(a)に示す。Bモード画像では、鶏肉の境界が現れているだけで薬剤の分布箇所は特定できない。各波長における超音波速度変化画像を求めた。図6(b)に740、820、912nmの照射光に対する超音波速度変化画像(温度変化画像)を示す。鶏肉内の他の物質の吸収による背景ノイズと考え、0.7℃以上の分布を示した。金ナノロッド分布領域における速度変化の平均値を温度変化に換算して照射光の波長に対してプロットし、図6(c)に示す。図中の実線の曲線は、実験に使用した金ナノロッド水溶液を分光器で測定した吸収スペクトルである。超音波の速度変化から換算した温度変化は、金ナノロッドの光吸収スペクトルに対応していることがわかる。
4.3 ICG(インドシアニングリーン)の分光画像計測
ICGは血管異常などの診断用近赤外蛍光造影剤として用いられており、腫瘍組織に長時間滞在することも報告されている。鶏肉の中にICGを溶かした寒天を挿入した。試料に対して図2の装置を用いてBモード画像と光照射による超音波速度変化を求めた。図7(a)にBモード画像を示す。光による超音波速度変化画像は、3種類の波長の半導体レーザー(660、813、910nm)を用いて測定した。光ファイバーを出た光は拡散し、試料表面では、皮膚の安全基準である0.3W/cm2になるようにした。図7(b)に、それぞれの半導体レーザーを照射したときの超音波速度変化画像(温度変化画像)を示す。ICG以外の鶏肉中の他の物質による光吸収も観測されている。ICGの分布領域における超音波速度変化の平均値から温度変化を求め、照射光の波長に対してプロットし、図7(b)に示した。超音波速度変化から求めた温度変化は、測定に用いたICGの吸収スペクトルによく対応していることが示された。
5.生体組織への適用のための検討
図2の装置を用いて、マウスに適用してin vivo測定を行おうとしたが、心臓の鼓動、振動のために信頼できる超音波速度変化画像を得ることができなかった。心臓の鼓動、振動への対策として、1)高速走査ができる超音波プローブを選び、鼓動に同期して超音波速度変化画像を検出する、2)測定中の移動を検出し、補正するプログラムを開発する方法が考えられる。本研究では、後者について検討を行い、光照射中の試料の移動方向、大きさを検出し、それを反映して超音波速度変化画像を構築するプログラムを作成した。このプログラムは、1."光照射前後の超音波振幅画像でエリア間の相関を取ることで、空間的なずれの方向、量を検出する"、2."対応するエリア問でずれの補正を行う"、3."補正したエリア問で図3の手順で超音波速度変化画像を求める"、の3つのステップからなる。作成したプログラムの有効性を確認するための実験を行った。超音波プローブと光ファイバーを一体化し、微動機によって試料に対して移動できるようにした。鶏肉内の一部を着色した試料を用いた。図8は、断層画像の横(深さ)方向に光照射中に相対的に移動させた場合の実験結果を示す。図8(a)は20秒の光照射のみを行って得られた超音波速度変化画像であり、図8(b)は、光照射中に0.5㎜,1㎜移動した場合の超音波速度変化画像である。図8(c)は、作成したプログラムを適用して得られた超音波速度変化画像である。(b)に比較すると(a)に近い画像が得られており、効果が認められる。同様に、断層画像の横方向に相対的に移動した場合についても検討を行っており、プログラムの効果を確認している。
6.まとめ
光アシスト超音波速度変化イメージング法を高散乱質中の半導体ナノ粒子分布の検出に適用し、光吸収分布が検出できることを示した。蛍光イメージングと比較し、深部の空間分布情報が得られることを示した。作製した装置を癌の診断や治療への応用が期待される金ナノ粒子やICGに適用し、動物組織中で分布画像が得られることを示した。さらに、複数の波長の光源を用いることで、分光画像1青報も検出できることを示した。実際の生体組織の光吸収断層画像には、目的とする物質以外に多くの生体物質による光吸収分布が現れると予測される。分光画像情報は、目的とする物質の分布を抽出するために有効であると考えられる。in vivoでの実験のために、鼓動、振動の影響を補正するプログラムを作成し、実験を行った。