2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

光による分子認識制御と高感度バイオセンサ応用

研究責任者

飯田 琢也

所属:大阪府立大学 21世紀科学研究機構 ナノ科学・材料研究センター物理系専攻 テニュア・トラック講師

共同研究者

床波 志保

所属:大阪府立大学大学院 工学研究科 物質化学系専攻応用化学分野 准教授

概要


  1. はじめに


DNA やアレルギー物質、ウイルス等の被検出物質を迅速かつ高感度・低コストで検出する技術は、様々な疾病の検査にかかる時間の短縮や費用の削減など患者の負担を大幅に減らすことができるため医療現場で必要とされている。また、予防医療の観点からも、少子高齢化社会で益々増大するであろう医療費の削減に大きく貢献するものであり、医療現場や食品メーカー等で必要とされている。

例えば、DNA の検出法に注目すると、DNA チップなどが挙げられるが、最新のキットでも前処理などを含めると検出時間に数時間を要する場合もある。また、蛍光染色法もラベリングに高度な前処理が必要で数日かかる場合もあり、試薬や装置が高価という課題がある。ELISA 法も確立された方法だが、やはりラベリングが必要で検出に要する時間は長く多量の検体が必要という課題がある。このような課題を克服するため、プローブ DNA を修飾した金ナノ粒子(プローブ粒子)を電極上に配列し、ターゲット DNA 添加時の二重鎖形成(ハイブリダイゼーション)に伴う電気抵抗変化を計測してfmol オーダーのDNA を迅速かつ高感度に検出できることを明らかにした研究も報告されている 1)。

(注:図1/PDFに記載)

一方、最近の理論研究でナノ物質の運動を光と 物質の相互作用の結果生じる「光誘起力」で効率 よく制御できる条件が明らかとなり、半導体ナノ 粒子の光輸送の実験を通じて検証が行われた 2)-5)。さらに、レーザー光照射下での「光誘起力」に加 えて、常温水中などで周囲の媒質分子のランダム な衝突に起因する「揺らぎ」(ブラウン運動)の効果を取り入れた「光誘起力ナノ動力学法(LNDM)」の開発が行われた。この手法により金属ナノ粒子を集光レーザーにより高密度に集合化させることで光応答スペクトルの幅がブロード化する「プラズモニック超放射」を光誘起力と表面間相互作用のバランスにより制御できる可能性が示された 6)

前述のプローブ粒子を用いたDNA 検出法では、基板に固定化された系を用いていたが、自由空間に浮遊するプローブ粒子とターゲット DNA をレーザー照射下での光誘起力で局所的に高密度化できれば、光学応答の変化を観測することで、高感度の DNA 光検出法に利用できるはずと着想した。

本研究では、このような背景と着想の下、光誘起力によるナノ粒子の集合現象を介した DNA の二重鎖形成(ハイブリダイゼーション)の制御の原理開拓を出発点に生体分子認識制御のための基礎構築を行い、実験・理論双方のアプローチでバイオセンサ応用のための可能性を探ることを目的とした。

 

2.研究内容

以下では、本研究課題で取組んだ 3 つの項目の内容と方法について説明する。

 

2.1特異的結合の光加速の原理解明

プローブ粒子表面の一本鎖 DNA と相補的に強く結合する塩基配列の一本鎖 DNA(相補鎖 DNA) と、結合しないミスマッチな塩基配列の一本鎖DNA  をターゲットとして用いた。これらの分散液をカバーガラス上に滴下して混合し(計 15μL)、レーザー照射下でのプローブ粒子の集合過程が 塩基配列によってどのように変化するかを調べ た。プローブ粒子は直径 30nm の還元法で作製した金ナノ粒子をコアとして用いた。さらに、レーザー照射をしながら局所的な分光が行える光学 系を構築して用い、特異的結合の光加速の実空間 イメージと局所的なスペクトル両方の「同時その 場観察」を行うことで光誘起力による DNA の二重鎖形成制御の原理開拓を目指した。

 

2.2 特異的結合の光加速のシミュレーション

光誘起力と媒質分子の衝突によるランダム力

(揺らぎ)の効果を取り入れたナノ粒子の動力学的シミュレーション法である LNDM は時間領域の手法であったが、モンテカルロ法に基づいて光誘起力の下でのエネルギー安定状態を探索するナノ・メトロポリス法(LNMM)を改良して用いた。特に、プローブ粒子表面の DNA とターゲットDNA の特異的結合をモデル化して取扱えるように拡張して、塩基配列の異なるターゲット DNA を添加した場合の集合化プロセスを解明し、2.1 の実験との比較を行うことで分子認識の光誘起力による制御のための指導原理開拓を目指した。

 

2.3 マイクロ流路の導入による検出効率向上

上記 2.1 の実験では、混合液全体にターゲット

DNA が分散した基礎実験を想定していたが、検体とプローブの存在領域をマイクロ空間に制限して高確率でレーザー照射される状況を作れば、より効率よくプローブ粒子とターゲット DNA を特異的に結合させて微量検出ができるはずと考えた。本項目では、このような着想に基づき、まずは汎用のマイクロ流路に導入したプローブ粒子とターゲット DNA の混合液にレーザー照射を行い、集合過程の観察を試みた。

 

3.研究成果

3.1 特異的結合の光加速の塩基配列依存性

前述の項目 2.1 に関して、相補鎖 DNA をプローブ粒子分散液に滴下・混合した液滴にレーザー(波長: 1064nm)を照射することで、数十秒程度で数十μm 程度のマクロな集合体を形成できることを明らかにした(図2(a))。一方で、図2(b)のように、ミスマッチ DNA を用いた場合は、ほとんど集合体は形成されず、塩基配列の違いにより明瞭な差異が確認できた。さらに、図2(c)のように、「同時その場観察」により、直径約 10μm 程度の測光領域で局所的な消衰スペクトルを測定したところ、相補鎖 DNA を添加した場合のみ顕著な長波長シフトと、スペクトルのブロード化が確認できた。これは文献 6 で予言された「プラズモニック超放射」を集光レーザーによる光誘起力で制御できるとの理論的予言を実験的にも確認できた可能性を示す結果である。初期濃度から

(注:図2/PDFに記載)

見積もると、測光領域に存在するターゲット

DNA は数 zmol(10-21 モル)であり、数十秒程度で zmol オーダーの DNA を、塩基配列の違いも含めて検出できる可能性を示唆する結果と言える。

 

3.2 理論計算による光加速の機構解明

次に、項目 2.2 の理論解析に関する結果を説明する。初期配置を正方格子として、16 個のプローブ粒子と多数のターゲット DNA がランダムに配置した初期状態から出発し、実験と同様の波長と出力のレーザー光を入射光として想定したシミュレーションを行った。図3(a)では、ターゲットDNA が相補的な場合の結果を、図3(b)ではミスマッチの場合の結果を示した。図2の実験結果と同様に、相補的な場合のみ集合体を形成し、ミスマッチの場合には個々の粒子が受ける集光レーザーによるトラップ力がランダム力より弱いため、集合化が起こらず、ブラウン運動している様子が分かる。

(注:図3/PDFに記載)

この結果から、実験で得られた結果も、レーザー照射によりハイブリダイゼーションが加速され、マクロな集合体を形成した場合のみ増強されたトラップ力により集合体が捕捉され、これを核として集合化がさらに加速された可能性があると考えられる。

 

3.3 マイクロ流路中での集合化

(注:図4/PDFに記載)
最後に、項目 2.3 に関する成果を説明する。マイクロ流体チップに相補鎖 DNA とプローブ粒子の混合液を導入し、流路の壁面付近にレーザー照射を行ったところ、集合体の形成を確認できた(図4)。また、スペクトルのブロード化を示唆 するデータも得られ始めている。これらの結果は、狭小空間において、プローブ粒子とターゲットDNA がレーザー光を照射される条件を探索するためのファーストステップと考えている。

 

4.まとめ

本研究では、DNA を修飾した金ナノ粒子とターゲット DNA の混合液にレーザー光を照射することで、これらの特異的結合による複合体形成を加速できることを明らかにし、zmol オーダーの微量検出を 1 分以内の短時間で行える可能性を示唆した。また、マイクロ流体チップでのプローブ粒子と相補鎖 DNA の光集合現象の可能性も示唆した。得られた結果は、まだ基礎段階のものであるが、さらなる発展研究が行われれば、多種多様な塩基配列の DNA のハイブリダイゼーション制御や、抗原抗体反応など様々な分子認識機構の光制御の一般原理構築に繋がると期待される。分子認識機構は生命科学の重要概念の一つであり、遺伝情報の伝達やアレルギーによる炎症反応においても重要な役割を果たすため、その光制御が可能となれば医工学分野への波及効果は計り知れない。得られた知見を発展させ、様々な生体サンプルで特異的結合の光制御が実現できれば、将来的に遺伝子疾患の早期診断やアレルギー物質の高感度検出へとつながると期待される(図5)。

(注:図5/PDFに記載)