1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

体内埋込が可能な微小循環観察プローブの開発

研究責任者

井街 宏

所属:東京大学 医学部 医用電子研究施設 教授

共同研究者

柴田 政廣

所属:東京大学大学院 医学系研究科 生体物理学専攻 講師

共同研究者

鎮西 恒雄

所属:東京大学大学院 医学系研究科 医用生体工学講座 助手

共同研究者

阿部 裕輔

所属:東京大学大学院 医学系研究科 医用生体工学講座 助手

共同研究者

望月 修一

所属:東京大学大学院 医学系研究科 医用生体工学講座 大学院生

概要

1.研究の背景
生体の酸素交換,物質交換は全て末梢血管を通して行われるため,生体の微小循環を観察することによって表1に示すような極めて重要な情報を得ることができる。当施設では1959年以来長年にわたって人工心臓の研究を行っているが,1970年頃までは人工心臓による長期生存が得られず,その原因も明らかでなかった。当時まつ考えたことは人工心臓のような人工循環ではその血圧,流量波形が生体心臓によるものと根本的に異なること,その制御方法が生体の要求するものと全く異なっているのではないかということであった。そこでこれらの因子が微小循環動態に及ぼす影響を知りたくて微小循環を観察することを試みた。われわれは実験動物としてイヌ,ヒツジ,ヤギなどを用いてきたが,当時,微小循環を観察するには麻酔下に動物の腸管膜を引っぱり出して顕微鏡で観察するという急性実験の手法が一般的であり,覚醒状態で慢性的に微小循環を観るのはウサギの耳窓法が唯一とも言える方法であった。これは,ウサギの耳介にパンチで直径6.4mmの孔をあけ,そこに表裏からはさむ格好で透明な雲母とアクリル樹脂からなる観察チャンバーを取り付ける方法で,4週間後に組織が約50ミクロンのチャンバーの隙間に増生し毛細血管が再生され顕微鏡下に微小循環が観察可能になるというものである。そこで当時この研究の第一人者であった浅野牧茂博士(国立公衆衛生院)との共同で,1971年頃から数年間ウサギの耳窓法を利用して人工心臓駆動下での微小循環動態の研究を行った。ウサギ用に一回拍出量2ccの世界最小の人工心臓ポンプを開発し,人工心臓の駆動条件と微小循環との関係を調べた。この方法は,人工心臓下での微小循環のリズム,拍動数と毛細血管の流れの関係など数々の有益な情報を提供してくれたが,顕微鏡を使うために動物を完全に固定しないと微小循環が観察できず,われわれが通常実験動物として用いているヤギに用いることは不可能であった。ことに人工心臓下でヤギが長期に生存するようになってからは,慢性的に微小循環が観察できないと生理学的に意味がないため,研究の必要性を痛感しながら1975年頃から中断の止むなきに至っていた。けれども最近になって電荷結合素子(CCD:chargecoupleddevice)が小型,高密度化され,その感度も著しく向上してきたためこれを利用して全く新しい原理で微小循環を長期にわたって連続観察できる可能性が出てきた。本研究は,CCDを用いて顕微鏡非使用下に覚醒時,非拘束で長期間連続観察が可能な新しい原理の微小循環の観察方法を確立すると共に,体内に埋め込み可能な小型の装置の開発を目的としたものである。
2.CCD素子を用いた微小循環観察方法の新しい原理
図1に新しい微小循環観察装置の原理を示す。薄い生体組織を直接CCD素子の上に載せ,後方から弱い光を照射すると密着写真の原理で組織中の血管像がCCD素子に投影され,テレビ画面上で微小循環を観察することが出来るはずである。この際画像の解像度は,CCD素一予の1画素あたりの大きさによって規定され,鮮明度は組織の厚さと組織と素子の密着度によって規定される。
3.原理確認のための基礎実験
この原理の正しさを証明し,どの程度の解像度があるかを調べるために以下の実験を行った。1/2インチ20万画素のCCD素子の保護ガラスを外し,小さく切ったスライドフィルムの断片を載せ背後から発光ダイオード(LED)で照射したしたところ,かなり鮮明な文字や画像を観察できることがわかった。次に,CCD素子を透明な薄いポリエチレンフィルムで包んで電気的に絶縁し,麻酔下にラットの腸管膜,大網,筋膜などを載せ,微細な血管やその動きが見えるか否かを試験した。その結果,直径100ミクロン前後の細動脈の遮断による血管収縮の様子がはっきりと観察できた。これらの実験から,この微小循環の観察方法は原理的には正しく作動し,解像度においても現時点のCCD素子でも十分に実用に耐えるものであることが明らかになった。また,光源に関しては黄色のLEDが比較的色の再現性が良いことも分かった。
4.CCD素子を利用した微小循環観察用プローブの開発
一般に市販のCCD素子はセラミック製のケースに入れられ保護ガラスで蓋をされている。通常は,レンズ系を用いてこのガラス越しにCCD表面に結像させるため問題ないが本方法の場合は密着法であるため,CCD表面c、bl、と組織の問に隙間が存在すると像がボケることになり,保護ガラスのない状態のCCDを用いなければならない。さらに,ガラスを外したCCDでは,その表面とセラミックケースの縁との問に1mmの段差が存在し,生体組織が素子表面に密着し難いためこの段差をなくすことが重要である。また,このプローブは生体組織内に埋め込まれるのであるから全体が電気的に絶縁されていなければならない。組織に照射する光源については最近のCCDの感度は極めて高いので微弱なもので良いが,生体組織に熱損傷を及ぼさないことと絶縁が可能なことが重要である。これらの条件を考慮してプローブの開発を行った。図2および3はそれぞれプローブの断面図と見取り図を示す。CCD表面とセラミックケースとの段差をなくすために,ファイバーオプティックプレート(FOP)を用いた。これは図3に示すように,6ミクロンの6角形のcoreglassとそれを囲むcladglassとからなる光学系で,片面に入射した画像を歪みなく他端へ送ることができる。CCDには当初1/2インチ,25万画素を,最近では40万画素のものを用いた。保護ガラスを外したCCD表面に大きさ6.5x4.8mm,厚さ3mmのFOPを載せ,セラミックケースの内側をシリコーンゴムで充填絶縁した。しかし,シリコーンゴムはFOPやセラミックとの接着性が良くなく,動物への埋め込み実験では体液が侵入して絶縁破壊を生じたため現在はエポキシ樹脂を充愼している。次にCCD素子と配線済みのケーブルをシリコーンゴム型に入れ,セラミックケース外側の配線用のピンとケーブルを二液性のエポキシ樹脂で包埋し絶縁した。図4はこのようにして開発したプローブの外観を示す。直径35mm,厚さ15mm,重さは約30gである。光源には黄色のLEDを用いた。LEDはスタンド状にしてエポキシ樹脂で絶縁しプローブと一体化し,生体組織が光源とFOP表面の間に固定できる構造とした。
5.埋込型微小循環観察プローブの性能評価
まづin-vitroで解像度の試験を行った。プローブの表面に透明な定規やスライドフィルムを置き,TV上の画像からその解像度を調べた。プローブ上の画像は16インチのTV上では約56倍に拡大された。これらより本プローブは数十ミクロンの解像度を有するものと考えられた。次いで,本装置をウサギやヤギに用いて実際にどの組織かどの程度鮮明に見えるかを調べた。麻酔下に腹壁を切開し,皮下組織,筋膜,腸管膜,大網などをプローブ表面に載せLEDの明るさを調整しながら画像の鮮明度を調べた。その結果,脂肪組織が少なく組織自体も薄い皮下の結合組織か最も鮮明な画像が得られることが判った。図5はその例を示すが,酸素加の色の情報を含めて数十ムミクロン程度の太さの微小血管か認識でき,100ミクロン程度の径の細動脈では心拍動に伴う径の変化も観察可能であった。最後に長期の安定性を調べるためにプローブをウサギの皮下に埋め込み皮下組織の微小循環像を観察した。ウサギは覚醒して動き回わったかその間微小循環像は観察可能であった。しかし,このプローブはFOPとCCD表面をシリコーンゴムて充愼していたため両者の接着性か強固でなく,18時間後に体液かCCD内に浸入し,絶縁か破壊されて実験中止の止むなきに至った。
6.拡大機能付きプローブの開発
上記の実験により埋込型微小循環観察プローブはかなり実用に近いところまで出来一上かってきたことが証明された。しかし同時に多くの改良すべき点も明らかになった。それらを列挙してみると,(1)プローブの小型化,(2)電気的絶縁の強化,(3)画像の解像度の向上,(4)画像の鮮明度の向上などである。小型化に関してはエポキシ樹脂による包埋を従来の円形から矩形に変更することによってプローブの贅肉を落とすことができ外形を31x22mmにすることができた。電気的絶縁については,前述したようにFOPの包埋をシリコーンゴムからエポキシ樹脂にすることによって長期間水中に浸漬することか可能となった。画像の解像度の向上は本方法の最大の課題である。解像度の向上のためにはCCD素子の1画素当たりの大きさを小さくすることと拡大機能を付与することである。前者に関しては1/3インチ40万画素のCCD素子を採用した。後者についてはFOPを加熱伸展してテーパ状にすることにより最大3倍までの拡大機能をレンズを用いずに実現することが可能である。図6は3倍の拡大機能を有するFOPを用いた場合のプローブの断面図と試作されたプローブを示す。テーパ付きFOPの長さは15mmであるので,プローブの高さは28mmとなるが,当初の目標であった30mm立方よりは小型化てきる。また,画像をより鮮明にするために包埋するエポキシ樹脂を従来の透明なものから黒色のものに変え側面からの光の漏れをおさえることかできた。このようにして改良したフローブを用いると,14インチテレヒ上では画像か約165倍に拡大された。
7.3倍拡大機能付きプローブの動物実験
開発されたプローブの急性動物実験による性能評価を行った。麻酔下に開腹し,ラソトの腸管膜を載せ顕微鏡光源で照射した結果,テレビ画面上て細動静脈や毛細lftl管かはっきり認識てき,それらの中の赤lftt球,白∬旺球の流れも観察できた。また,エピネフェリン0.1mMを投与すると,1虹管の収縮か始まって,」血流が停止し,数分後に血流および血管径が開腹する様予もはっきりと観察てきた。図7はその結果の1例である。ヒテオから変換したため不鮮明であるが,動画では」血球の動きか良く見える。この結果を踏まえて,図8に示すようにこのプローブをウサギの皮下に埋め込む実験を試みている。組織か少し厚いと像にボケか生じたり,組織の固定が不安定だったりしてまだ長期の埋め込みには成功していないか,技術的にはそれに近いところまで達成できた。
8.考察
微小循環の観察により,流れの状態,血管運動のリズムや周期性,径の変化,血管系の血液量の変化,血管の透過性,血球の速度,白血球の挙動など種々の情報を知ることが出来るため生体の制御機構や代謝機構の解明,疾病の原因の究明,治療方法の評価などのためには末梢循環とりわけ微小循環の研究は重要である。このため最初に述べたように古くから様々な方法で生体の微小循環を観察することか試みられている。いっぽう生体の微小循環を」Eしく把握するためには1)覚醒状態で観察すること,2)自然の行動の束縛をできるだけ少なくする,3)できるだけ侵襲の少ない方法を用いる,4)長期間連続的に観察する,5)同じ血管系の観察が可能なことなとの条件か要求されるが,顕微鏡下に生体の臓器や組織を引っぱり出して観察する従来の方法ではこれらの条桝を満足できず,それが微小循環の研究の限界ともなっていた。ことに覚醒下に長期にわたって連続的に微小循環を観察することはその要求の高さとは裏腹にその方法が見出せずに今日に至っていた。われわれは,人工心臓の開発という大きな研究テーマの中で,その制御方法の研究のために末梢循環の研究に取り組んできた。人工心臓は,人工循環によって生体心臓と同様に生体循環系を灌流しょうというものであるから,適正な制御方法,血圧・血流波形,駆動条件などを検討する上で人工循環下で微小循環を観察することは極めて重要である。本研究は,従来の顕微鏡などレンズ系を用いない新しい原理に基づいて長年の夢を実現しようというものてあるが,この方法は1)装置が非常に単純,2)小型化が容易,3)低侵襲した体内への埋め込みが可能,4)覚醒下に行動を束縛することなく観察が可能,5)微小循環を長期連続的に観察可能,6)LEDのような小型の微弱冷光源の使用が可能,7)大型の動物にも使用でき,将来は臨床応用も可能など多くの利点を有している。本研究では,新しい原理の正しさを確認すると共にその基本的性能を明らかにし,埋込型プローブを試作して実際に動物に埋め込んでその問題点の抽出を行った。その結果,等倍のプローブでは最後は体液の侵入によって絶縁破壊を生じて実験不能になりはしたものの,18時間にわたって微小循環を覚醒下に連続的に観察することかできた。さらにテーパー付きFOPにより3倍の拡大機能を持たすとテレビ画面上では150倍以上の拡大率となり,毛細1血管や血球の流れまで観察か可能であった。これらの事実は本方法が将来無限の可能性を有していることを証明したと考えて良い。しかし,本研究によって同時に今後さらに改良すべき点も明らかになった。ことに組織の厚みによる画像のボケは,何らかの方法で焦点を数ミクロンから数十ミクロンずらせれば解決する問題であり,現在その解決に取り組みつつある。また,組織を傷つけずにCCD上にどう長期間固定するかも今後検討すべき問題である。プローブ作製上の技術的問題としては,FOPとCCDの接着による像の歪みやムラをどう防ぐかという困難な問題も残されている。また,将来の新しい方向としては,CCDの周囲から光を照射して組織内を通過した光で像が見えないかということも試みている。もしもこれが可能になれば,腎臓,肝臓,肺などの実質臓器の表面の微小循環の観察が可能となり,重症患者,臓器移植患者などのモニターにも使用できる可能性が開けてくる。以上のように,本研究はその当初の目的以上の成果を挙げることができ,長期の体内埋め込みが現実のものとなったという点で極めて大きな意義があったと考えている。