1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

低コヒーレンス光干渉計測による生体表皮下組織の構造検出と計測系の小型化に関する研究

研究責任者

春名 正光

所属:大阪大学 医学部 保健学科 教授

共同研究者

西原 浩

所属:大阪大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 教授

共同研究者

近江 雅人

所属:大阪大学 医学部 保健学科  助手

概要

1.まえがき
臨床現場ではより低侵襲な診断法が切望されており,光計測に対する期待は大きい。生体光計測分野の最近のトピックスの一つは低コヒーレンス光干渉計測であり,これは光の伝搬軸に沿って約10μmの分解能で反射面を特定できるという利点がある[1,2]。本研究では,この利点を活かして,生体表皮下組織の屈折率と厚さを分離測定して,高分解能な光イメージングを行うことを目的としている。我々はまず干渉光学系と微動ステージを融合した測定システムを構築して,高精度な屈折率と厚さ同時測定法を提案・実証した[3,4]。これをベースに,各種生体組織の屈折率測定を行うと共に[5],その生理学分野および臨床診断への応用について検討してきた[6-8]。さらに,微小光学部品を用いて実用的な小型測定光学系を実現した[9]。本稿ではこれら一連の研究成果について述べる。
2.測定システムの構成および測定原理
2-1干渉光学系と微動ステージの融合低コヒーレンス光干渉計の特長は光源の可干渉距離(コヒーレンス長)で反射面を特定できることにある。この干渉計の参照光ミラーおよび測定サンプルを微動ステージに搭載して移動すれば,ステージの分解能で反射面の位置を決定でき,より高精度の光干渉計測が可能となる。図1に干渉光学系と1μm/ステップ微動ステージを融合した測定システムの構成を示す。光源は中心光波長850nm,コヒーレンス長~12μm,出力く3mWのスーパルミネッセントダイオード(SLD)であり,ピエゾトランスデューサ(PZT)上に蒸着ミラーを付着して参照光を500Hzで位相変調し,干渉光信号をフォトダイオード(PD)でヘテロダイン検波する。ステージの移動に同期して干渉信号を検出,サンプルホールド回路でピーク値検出を行い,コンピュータに信号データを取り込む。
2-2屈折率と厚さ同時測定
図1の測定システムを用いて生体の屈折率測定と断層像検出(光イメージング)が行なえる。本節では,屈折率と厚さ同時測定の原理について述べる。まず,SLD光をレンズでサンプル前面に集光し,この状態で干渉信号出力が最大となるように参照光ミラーの位置を調整する(図1のx・XF)。次に,サンプルを距離△z移動してSLD光をサンプル後面に集光し,再び干渉信号出力が最大となるように参照光ミラーを移動する(X・XR)。ここで,サンプル移動距離△zとこれに対応する干渉計の光路長差△L(-XR-XF)を測定できる。これらの実測量と波長分散を考慮したサンプルの位相屈折率n,,群屈折率ngおよび厚さtは,集光レンズの開口数をζとして,次式で関係付けられる。
厚さtはサンプルを間隔t。なる二枚のガラス板の間に固定して測定できる(図2)。サンプルとガラス板の空隙t1,t2は測定できるので,
である。図2のサンプルホルダーを用いて厚さtを求め,次に実測量△Lと△zをもとに式(1),(2)から屈折率np,ngを算出する。このとき,干渉信号出力が最大となるサンプルおよび参照光ミラーの位置を特定するために,ミラーステージを数μm間隔で変えながら,サンプルステージを繰り返し走査する(測定サンプル走査法)。厚さ~1mmのZカットサファイア板の測定結果を図3に示す。tおよびnp,ngの測定精度は各々0.1%,0.2%であり,予想どおり高精度の屈折率と厚さ同時測定が実証できた[3,4]。上述の測定法を利用した生体屈折率測定については次章で述べる。.
2-3光イメージング
図1の測定系において,サンプルへの照射SLD光の位置を光伝搬軸に垂直な方向に変えながら,参照光ミラーを走査することによって,サンプルの光伝搬軸を含む断層像を容易に可視化できる。この断層像はSLD光のコヒーレンス長で決まる空間分解能(~10μm)で識別された光反射面を画像化したものである。したがって,生体内における異なる組織の境界,例えば血管壁や神経繊維網あるいは硬化した組織表面などをイメージングできる。この光イメージングについては,目下,擬似生体の断層像検出を試みている。図4は数10μmオーダーの層状構造をもつ玉葱の中に,125μm径の光ファイバ素線を埋め込んだときの断層像である。検出感度が低く表層部0.5mm以内が見える程度であるが,微細な玉葱の層状構造が捕らえられている。また,光ファイバの断層像から明らかなように,光伝搬軸方向には光路長(n×t)でイメージングされる。したがって,表皮下の構造を10μmの分解能で検出するには屈折率と厚さの分離測定が必要である。
3.生体屈折率の測定
3.1軟・硬組織
第1次近似として,生体組織における屈折率nの波長分散を無視すれば,式(1),(2)より,np≒ng・nとして
である。前章で述べたとおり,開口数ζのレンズを用いてSLD光を生体サンプルに照射し,測定サンプル走査法で△zと△Lを実測すれば,上式からその屈折率nを算出できる。
軟組織の場合には,生体サンプルをガラス板で挟み込んで屈折率を測定した。鶏肉の測定結果を図5に示す。厚さlmm以下であれば,容易に直進光成分を検出でき,n=1.441を得た。しかし,in vitro測定では水分の蒸発に伴なって屈折率が変化する。一方,骨,歯牙などの硬組織では,光散乱が大きく,サンプルを薄片に研磨してその屈折率を測定した[5]。ヒト歯牙の測定結果を図6に示す。n,tの測定精度は1%以下であり,歯の表面のエナメル質と内部の象牙質の屈折率を明確に分離することができる。なお,骨のようにランダムな構造の硬組織では,一般に直進光を検出するのは困難である。これに対して,貝殻のように比較的規則正しい構造をもつ硬組織では,散乱が一様であるので直進光を捕らえ易く,屈折率測定も可能である。
3.2層状組織
概して,生体組織は組成の異なる(屈折率の異なる)層がいくつか重なり合って構成されている。このような層状構造の屈折率測定においては,各層の境界面からの反射光を全て検出し,これら反射面の位置(△z)とこれに対応する干渉計の光路長差(△L)を実測する。これによって,式(4)および前章の式(1)あるいは(2)を用いて,各層の屈折率と厚さを決定することができる。二層構造のカニの殻における前面,後面および内部境界面からの干渉反射信号を図7に示す。この結果をもとに各層の屈折率と厚さを精度~2%で決定した。
3.3生理学および診断への応用
生体組織の組成,密度などが変化するとその屈折率が変化する。したがって,前述の屈折率測定を利用して病変部と正常部の識別,あるいは生体組織の構造・密度変化の検出が期待できる。とくに,後者に関連して,最近我々はラット腸間膜(生体膜)が固相から液相に転移するときの屈折率変化を測定している。これによって,in vivoで生体膜の機能を分析する新たな生体光計測法の手掛かりが得られたといえる[6-7]。
4.測定光学系の小型化
生体組織の屈折率測定および表皮下構造の光イメージングのための装置(図1)を小型化する上で,当初は光導波路・ファイバを用いた光集積化を意図していた。しかしながら,導波路・ファイバは波長分散が大きく,また干渉系の光路内に部品の挿入ができない等の不都合がある。そこで,微小光学部品を組み合わせて40×50cm2の光学ベンチ上に小型測定光学系を構成した(図8)。この光学系には,共焦点光学系と干渉光学系を分離するための電磁シャッタ,および数10μm厚の薄板測定に不可欠な分散補償素子が組み入れられている。本装置では,厚さ10μm~数mmの広範囲に渡って,np,ng,tの自動測定が可能であり,t>0.1mmでは測定精度0.2%,t~10μmでも精度は約1%である[9]。
5.まとめ
低コヒーレンス光干渉をベースとする生体表皮下の構造検出を目的として,研究を進めてきた。その結果,高分解能光イメージングを実現するために生体組織の屈折率と厚さ同時測定について検討し,精度~1%で軟・硬組織の屈折率を測定できることを実証した。この生体屈折率測定は,病変部と正常部の識別以外に,生体膜のin vivo機能計測・分析の有力な手段として生理学分野で活用されることが期待できる。さらに,屈折率と厚さ同時測定を考慮した光イメージングについて継続して検討を行っている。