2016年[ 中谷賞 ] : 年報第30号

人工RNAスイッチによる標的細胞の精密な識別及び運命決定技術の開発

研究責任者

齊藤 博英

所属:京都大学 iPS 細胞研究所 初期化機構研究部 教授

概要

1.はじめに

「細胞の中の環境に応じて、様々な細胞集団から目的の細胞を選び出す技術や、その運命を特異的に制御する技術が開発できないだろうか?」これが、本研究を始めた最初の動機である。本研究の鍵となる分子は RNA である。天然のシステムを眺めてみると、細胞内環境を検知し、その状態に応じて遺伝子動態や細胞の機能を制御できる様々な RNA 分子が報告されている 1)。自然が長い進化の過程で作り上げてきた優れた RNA の機能を真摯に学び、その構造や機能を模倣する人工

RNA をデザインすることで、上記課題が達成できるのではと考えた。まだ道半ばではあるが、共同研究者と約 10 年研究を進展させた結果、特定のタンパク質や RNA の発現に応答して、目的遺伝子の翻訳を制御できる「人工 RNA スイッチ」を開発することに成功した。さらに、この RNA スイッチを組み合わせることで「人工回路」を構築し、細胞の運命をその状態に応じて制御できることもディッシュ上の細胞では可能になりつつある。これら研究成果の詳細と今後の展望について、以下で紹介したい。

 

2.研究成果

2.1 RNA スイッチとは何か

我々のグループは、RNA とタンパク質の相互作用を活用し、mRNA からの翻訳や、細胞運命を制御する「人工 RNA スイッチ」の開発を進めてきた(図1)。

(注:図1/PDFに記載)

ここでのスイッチとは、標的細胞内での遺伝子発現(特に mRNA からの翻訳)のオン・オフを切り替える仕組みのことを指す。すなわち、標的細胞で発現する特定のタンパク質が引き金となり、目的とする遺伝子発現を制御する仕組みを作ることを試みている。ここで狙っているのは、「細胞内状態の変動」に応じて遺伝子発現のオン・オフを切り替える技術の開発である。たとえば一見似たような細胞集団でも、様々なストレスが加わることで一部の細胞群の細胞内状態が変化することで、異常な増殖能力を獲得し、正常な細胞機能に影響をきたす場合がある。このような細胞内状態の微妙な違いを精密に識別し、それに応じて遺伝子発現を自在に制御できれば、細胞内状態変動に応じた標的細胞の選別や運命制御など、様々な応用が期待できる。この RNA スイッチ技術の開発のため、RNA とタンパク質の相互作用が活用できると考えた。天然の細胞においても、RNA-Protein (RNP) 相互作用を基盤とした翻訳制御の例は知られている。たとえばバクテリアに存在するある種のリボソーム蛋白質や、アミノアシル tRNA 合成酵素は、自身を発現する mRNA の 5’-UTR に直接結合し、細胞内のタンパク質濃度に依存してその発現を調節している。このような mRNA シスエレメントに結合するタンパク質の機能を模倣し、人工翻訳制御システムを設計・構築することを試みた。

 

2.2 タンパク質応答性人工mRNA スイッチ

細胞内の環境変動に応じた翻訳制御技術開発のため、mRNA の 5’非翻訳 (UTR) 領域に特定のタンパク質を結合させることで、目的遺伝子の翻訳を抑制する「mRNA オフスイッチ」を開発することを試みた(図2)。そのため天然の翻訳制御システムを模倣して、哺乳類細胞内で人工翻訳制御の仕組みを構築したいと考えた。この翻訳制御に適した RNP 相互作用のスクリーニングの最中に、古細菌が持つリボソームタンパク質の1 つである L7Ae と、L7Ae に特異的に結合する

RNA モチーフである K-turn を利用することで、翻訳を効果的に抑制できることを見出した 2)。このK-turn を導入したmRNA は L7Ae と強固な複合体を形成するため、L7Ae 存在下では mRNA 上でのリボソーム機能が阻害され、翻訳反応が妨げ

られると考えられる。この L7Ae- K-turn RNA 相互作用は、筆者が試した RNP 相互作用の中で最もその翻訳抑制効果が強い。1 度結合した L7Ae がキンクターン RNA の構造を強力に安定化することで、その著しい翻訳抑制効果を実現していると考えられる。本技術を任意のタンパク質に応答するシステムに発展させることができれば、がんマーカーたんぱく質の発現を検知するがん診断法、さらには iPS 細胞から標的細胞への分化制御技術等への幅広い活用が期待できる。

(注:図2/PDFに記載)

図2 RNP 相互作用を利用した翻訳制御スイッチ

 

2.3 翻訳レベルの定量制御法の開発

さらに我々は、哺乳類細胞内で mRNA からの翻訳量を精密にチューニングできる新しい方法の開発に成功した 3)。この仕組みの鍵となるのは、mRNA シスエレメントのエンジニアリングである。すなわち、標的タンパク質に結合する RNA モチーフ配列の「mRNA 上での場所と数」を変化させることで、様々なレベルで翻訳量を調節できることを見出した(図3)。まず、mRNA の 5’末端から RNA モチーフ配列までの距離と、モチーフに結合する制御タンパク質による翻訳抑制効果との間に極めて高い相関がみられることを発見した。 また、このモチーフ配列を複数連結して mRNA に挿入すると、その数に応じて強く翻訳が抑制される。これら 2 つの特徴を組み合わせ、標的配列のコピー数を増やして離散的に翻訳抑制効果を高めつつ、 一方で 5’末端から標的配列までの距離を伸ばして連続的に翻訳抑制効果を低めることによって、制御因子の存在下における翻訳量を広い範囲で調節することができる。個々の出力遺伝子の翻訳効率は 5’UTR で cis に働く要因で決められるので、異なる設計の UTR をもつ複数の出力遺伝子は、1つの制御因子によってそれぞれ様々な量に調節できる。したがってこの仕組みを利用すれば、同じ活性をもつ一つの入力タンパク質の発現に応じて、複数の mRNA からの翻訳をそれぞれ様々なレベルで調節することが可能となる。

(注:図3/PDFに記載)

図3 mRNA 翻訳の定量制御法の開発

 

ここまで、特定のタンパク質発現に応じて、遺伝子発現を抑制する「オフスイッチ」の働きを見てきた。では逆に、遺伝子発現を活性化する「オンスイッチ」はどのように構築できるだろうか?

 

2.4 人工翻訳活性化システムの構築

これまでの研究から、細胞内で発現する特定のタンパク質に応答して、目的遺伝子の発現を抑制する「オフスイッチ」の開発に成功した。しかしながら、細胞運命・細胞分化を自在に制御するシステムを構築するためには、このオフスイッチ以外に、目的遺伝子の発現を活性化する「オンスイッチ」も必要となる。本研究では、ヒト細胞内で重要な役割を果たす小さな RNA である、siRNA やマイクロ RNA の前駆体であるショート・ヘアピン RNA (shRNA)を人為的に改変し、がん細胞などで特異的に発現する蛋白質に依存して、目的遺伝子の発現を活性化する、shRNA スイッチを作成することを研究目的に定めた。shRNA  はDicer(RNA 切断酵素)によって切断されることで標的の遺伝子の発現を抑制する RNA  干渉(RNAi)という現象を起こす。そのため、Dicer による切断部位に特定のタンパク質が邪魔する形で結合すると、RNA 干渉を防ぐことが予想できる。本研究では、まず3D 分子モデルソフトを用いてこの shRNA スイッチと Dicer の立体構造および、切断時の位置関係をコンピュータ上で再現することを試み、shRNA の二重鎖部位の長さを変更することで、Dicer の切断部位に結合するタンパク質がDicer と衝突する方向に近接するように、その位置を調節することができる可能性があることを見出した 4)。

実際に、U1A(ヒト細胞中に存在するタンパク質)が結合することによって、Dicer による切断を阻害するような shRNA スイッチを細胞内に導入したところ、細胞内で U1A の生産に応答してRNAi の働きを、抑制できることがわかった(図4)。

(注:図4/PDFに記載)

図4 3D モデルによるDicer とshRNA スイッチにつくタンパク質との立体障害予想(上)と細胞内でのshRNAスイッチの機能評価(下)

 

すなわち、Dicer の働きを阻害しないと予想された shRNA(図4左上)では、EGFP(蛍光蛋白質)に対する RNAi が抑制されず、EGFP(緑) の発現がみられなかった(左下)。Dicer による切断を阻害すると予想された shRNA(右上)では、

RNAi が抑制されて、EGFP が発現した(右下)。さらに、3D 分子デザイン法の汎用性を確かめるため、種々のがん細胞で発現している転写因子(NF-kB)に結合する RNA 配列を shRNA に組み込んだところ、期待通り細胞内でのこの転写因子の発現に応じて RNAi の効果を抑制できることが明らかとなった。

本研究では、3D 分子モデルを用いた RNA-タンパク質相互作用の分子設計を利用し、ヒト培養細胞内の特定のタンパク質の有無に応じて RNA 干渉(RNAi)の効果を制御できる「RNA スイッチ」を開発することに成功した。このデザイン法により、特定のタンパク質に応答する RNA スイッチの細胞内での機能を予測、最適化できる。しかしながら上述した RNA スイッチの開発の過程で、遺伝子発現を抑制するオフスイッチや、逆に活性化するオンスイッチはターゲット因子にあわせて独立に作成する必要があり、良い機能をもつ両スイッチの作成には非常に手間がかかるという問題点が存在した。それでは、オフスイッチからオンスイッチ(またはオンスイッチからオフスイッチ)を簡便に作成することはできないだろうか?

 

2.5 RNA インバータモジュールの開発

最近、我々は、簡便に RNA スイッチの性能を調節・反転する手法を開発し、それを実現する人工 RNA からなる部品を「RNA インバータ」と名づけた 5)。今回開発した RNA インバータは、RNA スイッチの機能を OFF から ON へ、その検出物質への特異性や感度を維持したまま自在に変換することができる(図5)。この RNA インバータを挿入した人工 mRNA は、細胞内で標的となる因子が発現していない場合、ナンセンス変異依存mRNA 分解機構 (NMD)という現象により、速やかに分解される。ここで標的因子が発現すると、人工 mRNA は標的に結合し、その結合に応じてNMD が抑制されることで mRNA が安定化され、目的とする外来遺伝子の翻訳を活性化する。たとえば応用例として、がん細胞に特有の物質(例: がんマーカ因子など)が「ある」と、その細胞が死滅する遺伝子(例:細胞死誘導遺伝子)を発現するオンスイッチの構築が考えられる。

(注:図5/PDFに記載)

図5 RNA インバータモジュールの開発

 

また、これまでの研究では遺伝子の発現を抑制するオフスイッチと、活性化するオンスイッチは独立に作成・最適化する必要があったが、本手法により哺乳類細胞内での遺伝子スイッチのオフとオンの切り替えを簡便に行うことができるようになった。さらに、これまでの技術では、一つの因子で複数の遺伝子の発現を同時、かつ独立に制御することは困難であった。今回の方法では、mRNA 1 分子内の改変で、スイッチの性能を調整したり、機能を反転させたりすることができる。したがって、1 つの制御因子が複数の外来遺伝子発現のオン・オフを個別かつ同時に制御することができるようになった。

(注:図6/PDFに記載)

図6 RNA スイッチによる細胞運命制御

 

2.6 翻訳制御を基盤とする人工回路の構築

次に、これまでに作成されたスイッチを組み合 わせ、人工の遺伝子回路を構築することを試みた。 小分子によるリボスイッチは入力(小分子)と出 力(タンパク質)が異なるためスイッチ同士を結 合することができず、人工回路の作成という点では困難である。これに対し、タンパク質に応答す る RNA スイッチは入力と出力がタンパク質であるため、個々の人工デバイスを連結することで回路を形成することができる。我々は、タンパク質に応答するスイッチを組み合わせることで出力 がアポトーシス抑制タンパク質(Bcl-xL)  や促進タンパク質(Bim-EL) の人工回路を構築し、L7Ae 依存的な細胞の生死の制御に成功した(図6)6)。

RNA スイッチによる回路は、L7Ae が存在しない状態では Bim-EL の翻訳が行われ、同時にBcl-xL の mRNA を分解するためアポトーシスが促進する. 逆に、L7Ae が存在すると Bim-EL の翻訳がストップし Bcl-xL の mRNA が安定化するので、アポトーシスを抑制するようにできている。これらのスイッチは入出力がタンパク質で統一されているために、これまで転写でしか実現できなかった複雑な人工回路が翻訳でも実現できるようになり、翻訳量の調節のため、自身のmRNA からの翻訳を自己抑制するオートフィードバック回路 7)や、転写と組み合わせたバイオコンピュータ 8)が報告されている。

このようなタンパク質応答型の mRNA スイッチは RNA-タンパク質の結合モチーフを変えることでターゲットのタンパク質を変更することが可能であると考えられている。事実、L7Ae-boxC/D 以外のいくつかの RNA-タンパク質ペアでもスイッチとして機能することが確かめられている。

これらの例に見るように、タンパク質-RNA の相互作用を利用したスイッチシステムは細胞内に本来存在する翻訳調節のシステムを利用することができるため多様な調節システムを実現できると考えられる。現段階ではモデルタンパク質をターゲットとした成功であるが、これを元に細胞内の分化マーカーなど特定のタンパク質の増減を細胞が生きた状態で継続的に追跡し、癌マーカーなどの特定のタンパク質の発現に応じて細胞死を誘導するシステムの確立を目指している。これらのスイッチの作製には翻訳制御メカニズムにおける基礎的な研究の結果が取り入れられており、基礎研究の発展により更に多様なスイッチの作製が可能になると考えられる。

(注:図7/PDFに記載)

図7 miRNA スイッチによる細胞の選別

 

2.7  マイクロ RNA スイッチの開発

タンパク質応答型のスイッチの作製が可能になったが、これまでのスイッチでは、入力として利用できるタンパク質が限られているという問題があった。内在性のターゲットタンパク質に応答するスイッチを作成するには、タンパク質に結合する RNA が必要であるが、必ずしもそのような RNA が知られているわけではなく、in vitro selection などの方法で人工 RNA を取得する必要がある。これに対し、内在性の RNA をターゲットとする場合は、RNA-RNA 相互作用を用いたシンプルなスイッチの設計が可能なため、様々な入力 RNA に応答できる汎用的なスイッチを構築できる可能性がある。この考えに基づいて、我々は発生や分化の過程で重要な役割を果たすマイクロ RNA (miRNA) に応答する配列を人工 mRNA に導入した新しいスイッチ(miRNA スイッチ)の作製を行った 9)。このスイッチの作製は驚くほど簡単で、miRNA のターゲット配列となるアンチセンス鎖 1 コピーをmRNA の 5’’UTR に導入するだけである. 細胞内に miRNA が存在する場合には、この mRNA は RISC により翻訳阻害を受け翻訳されなくなる. この miRNA スイッチの制御下にレポーター遺伝子を導入しておけば特定のmiRNA  の存在を蛍光の減少として検出できる(図7)細胞ごとに導入される mRNA 量にばらつきがあるため、翻訳量は変動するが、内部標準としてmiRNA に応答しない別のレポータータンパク質をもつ mRNA を同時に導入し、二つの蛍光レポータータンパク質の比をとることで、miRNA による蛍光の減少を正確に検出することができる。すなわち細胞に導入された二つのmRNA から翻訳される蛍光タンパク質の比がほぼ一定になることを見出した。実際、この手法をヒト ES 細胞やiPS 細胞から分化した標的細胞の選別を目的として活用し、従来の方法で効率の良い取得が困難であったヒト心筋細胞や肝細胞、インスリン産生細胞などを高効率で選別することに成功している。従来、生きた細胞を選別するためには、細胞表面の特異的な抗原を認識する抗体を用いる方法が主流である。しかしながら、細胞表面に適当な抗原がなく、既存の抗体では分離できない細胞も数多く存在し、前述したインスリン産生細胞もその一例である。今回我々が開発したmiRNA スイッチは、細胞内の活性化状態にあるmiRNA を検知するとことで、目的の細胞が分離可能である。また、誰でも簡便に RNA スイッチを設計し、数日以内で作製が可能である。さらにRNA スイッチは試験管内転写で RNA を作成し、それを細胞に直接導入している。RNA は DNA やウイルスベクター等と比較して、核内のゲノムを損傷する可能性が極めて低い。また人工 mRNA の細胞内の半減期は約 10 時間と短く、細胞を選別した後、人工 RNA は速やかに分解されると考えられる。このため、miRNA スイッチによる新技術は、再生医療に応用できる安全性の高い細胞を創出できる可能性を秘めている。私は、本技術を医療応用にとどめることなく、サイエンスの発展にも貢献したいと考えている。最近我々は本技術を拡張することで、これまで均一と考えられていた細胞集団が実はヘテロな集団となっていることを見出した。このように細胞内部の状態を精密に計測する技術を基盤とすることで、細胞の分化や細胞構築原理の理解につなげたいと考えている。

 

2.8 RNA を基盤とする人工回路の構築

これまでに作成された人工回路は細胞に DNA を導入して作成されていたが、安全性を考慮した場合、RNA を細胞に導入して回路を構築するのが望ましい。我々は最近、RNA を哺乳類細胞に直接導入することで細胞状態を検知する人工回路を作成することに成功した(図8)10)。その結果、標的となる細胞(がん細胞など)の状態を識別し、その状態に応じて細胞運命を制御できる回路(a)、情報の増幅やタイミングの調節が可能となる多段階のシグナル伝達回路(b)、タンパク質の発現をスイッチできる回路(c)などの開発に成功した。たとえばこの人工 RNA からなる回路(a)をシャーレ上で培養中の細胞内に導入することで、がん細胞のみ細胞死に導くことに成功した。これらの人工回路を組み合わせることで、がん化した細胞や未分化細胞などを細胞内の状態に応じて除去しつつ、安全かつ精密にヒト細胞の運命を操作できることが期待される。

(注:図8/PDFに記載)

図8 RNA を用いた人工回路の模式図

a) 複数の人工RNA を用いて細胞内の状態を検知し、細胞運命をコントロールする回路

b) 多段階接続の回路(シグナルを増幅したり、タイミングを調節することを想定)

c) 2段階状態スイッチ回路(細胞内の状態に応じて、2 種タンパク質の発現をスイッチ)

 

2.9 RNP ナノテクノロジー

最後に、我々が最近進めている RNP ナノテクノロジー研究について紹介したい。近年、DNA を材料としたナノテクノロジー分野が盛んである。様々なナノ構造体の構築とともに、ナノ構造体に機能を付加し、Real-World Application に活用していく研究が重要視されている。遺伝子スイッチ作成に用いた RNA-タンパク質相互作用は、ナノ構造体の分子デザインにも利用できる。これまでに報告された L7Ae-K-turn の結晶構造の情報から、L7Ae は、K-turn RNA の屈折領域の構造を約 60 度に固定するという性質が知られていた。この特徴を利用して、L7Ae-K-turn モジュールからなる人工ナノ正三角形のデザインと構築を試みた(図9左)11)。まずそれぞれの辺が互いに相互作用しないように、3辺の配列を設計しておく。その3つ頂点には、3つの K-turn モチーフを配置させた。したがって、3つの頂点に3つのL7Ae を配置させることで 60 度に折れ曲がり、正三角形状のナノ構造体が構築できるのではと考えた。デザインしたナノ構造体を実際に作成し、その構造体を AFM で観測した結果、確かに L7Ae の存在下でのみ正三角形様の RNA 構造体が形成されることが確認された(図9右)。従って、RNA とタンパク質からなる 1 辺約 10nm 程度の人工ナノ三角形の設計と作製に成功した。このナノ三角形の利用法として、様々な機能性タンパク質や機能性 RNA を、精密な距離と配向性をもって配置できることが挙げられる。我々はこの構造体が細胞内の環境に類似した生理条件下でも安定に保持できることを既に確認している。

(注:図9/PDFに記載)

図9 RNA-タンパク質ナノ三角形の設計と観察

 

3.まとめ

本章では、RNA とタンパク質の相互作用を利用した人工 RNA スイッチや RNA ナノ構造体について紹介した。両者に共通するのは、RNA-タンパク質相互作用に基づく RNA のダイナミックな構造変換と機能制御である。様々な RNA/RNP ナノ構造体を細胞内外で構築し、その構造形成に基づいて生化学反応、細胞機能を制御する研究は興味深いと思われる。それは試験管内で、様々な入力シグナルを検知し、その入力シグナルに基づきアクチュエータを自在に駆動する分子ロボットの開発につながるかもしれないし、細胞内で機能する「人工 RNA ナノロボット」の設計原理に新たな切り口を与えるかもしれない。筆者は、このように RNA や RNP を「創る研究」を通じて、RNA やRNP からなる分子やシステムの構築原理に迫れたらと考えている。たとえば、リボソームのような精巧な分子機械をボトムアップに創りだすことは可能なのだろうか?生命起源における RNA・RNP ワールドを模倣した生体分子ネットワークや人工細胞モデルの進化システムを実験室で実際に創りだすことはできるのだろうか?これら疑問に答えることは容易ではないが、進化分子工学やナノバイオテクノロジー、シンセティックバイオロジーの技術を総動員することで明らかになる日が到来するかもしれない。そのような研究は既存の生命システムにとらわれない人工細胞モデル構築原理に新たな示唆を与えると共に、細胞機能制御のための革新的技術を産み出す可能性を秘めているだろう。