2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

人力サーマルサイクラーと電気泳動槽の自作でDNA判定実験を身近なものに

実施担当者

熊坂 克

所属:山形県立米沢興譲館高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 新課程となり、DNAに関わる先端的な実験が取り扱われるようになってきたが、本校を含めた多くの高校現場ではそれらの遺伝子関連の先端的実験を行うための機器や材料を十分に備えることが出来ていない現状がある。これでは知識の伝達はできても、それが主体的に考えさせ、仲間と協働的に議論をさせる等の授業展開とはならない。本当の意味での理解は、生徒が実際にその実験を行い、そのもの自体に触れ、感じ、考える等の一連の過程で一層促されることは論を俟たない。そこで、今回のプログラムでは、高校のみで独自に、特別な時間ではなく普段の通常の「授業」で、そして出来るだけ安価に済むような先端的遺伝子関連の実験手法を模索し、その確立を目指したい。加えて、この取り組みにより得られたものを、どの学校の生物の授業でも行うことができるような教材として一般化し、その成果の広報・普及を行う。


2.DNA簡易抽出の予備実験
 本地区の子どもやその親を対象とした、科学系のイベントとして「科学フェスティバル in よねざわ」がある。一般の方に向け、DNAについての理解を深めてもらうことができる良い機会の一つとして捉え、そのイベントにて体験型のDNA実験講座を開催すべく、その準備を進めた。
 行う実験の候補としてBIO-RAD社のGene in a Bottleキットを検討した。本キットは、実験者自身の頬の細胞からゲノムDNAを採取し、ネックレスモジュールを用いてガラス製の小さなボトルにいれ、自分だけのMy DNAペンダントにするというものである。これであれば、幅広い年齢の児童や生徒を対象として実施することが可能で、実験成果が「おみやげ」として持ち帰ることができると判断し、実施に向けた試薬等の検討及び準備に着手した。
 当該実験キット1つ(36人分)を購入すると2万円弱である。しかしながら、数百人規模で訪れる子ども達の人数を想定すると、キット購入で賄うには予算が足りない。そこで、そのキット内容を精査し、キットとほぼ同様の内容を低予算でそろえることができるか検討した。DNA抽出モジュールはセルライシスバッファー、塩入りプロテアーゼ粉末、コニカルチューブ、マイクロチューブ、ディスポーザブルピペットである。ネックレスモジュールはHelixネックレス、スクリューキャップ、紐である。ネックレスモジュールは小物雑貨の量販店や100円ショップ等で安価にそろえることができた。DNA抽出モジュールは試薬が高価となる。そこで、岐阜大学教育学部教育実践研究第7巻(2005)「高等学校におけるDNA簡易抽出実験に関する教材開発」(伊左治錦司・松本省吾)で取り上げられた手法(セルライシスバッファーとプロテアーゼを、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム、タンパク質分解酵素としてコンタクトレンズ洗浄剤を使用する方法)で代替することとした。この手法を用いることで試薬を安価に抑えることができた。


3.DNA簡易抽出実験を通した科学や科学技術リテラシーの涵養及び広報と普及
 科学フェスティバル in よねざわの参画に当たって、本校だけでなく、多くの高校教員が参加できるよう、地区高等学校教育研究会理科部会生物専門部として実験教室を運営した。本校の希望する生徒延べ59人が実験の講師となって、子ども達への指導に当たった。2学年生徒が来場者とのコミュニケーション方法について1学年生徒にレクチャーを行った後、それぞれの実験を担当した。
 当日は親子連れの客が多数来場し、多くの小中学生が参加した。来場者(こども)を対象としたアンケートによると、「今日の実験は楽しかったか」100%、「生徒の応対がよい」97.4%、「生徒の説明がわかりやすい」94.9%、「中学生や高校生になったらこういう内容(サイエンス)を学びたい」94.6%等、肯定的回答がほとんどだった。保護者を対象としたアンケート結果では「子供の科学への興味・関心が高まった」「体験型の科学教室について、また子供を参加させたい」がともに100%、「この体験が子供の将来に深く関わってくる」が94.2%となった。これらの結果により、地域の科学好きの裾野を広げることに十分な効果があったと判断できる。


4.高等教育機関と連携したDNA関連実験
 本校2年生理数科生徒の課題探究型の授業にスーパーサイエンスリサーチがある。これは高等教育機関等と連携した発展型の課題研究である。その生徒研究グループの1つは「置賜の閉鎖系湖沼における三倍体ギンブナの遺伝子組成を探る」というテーマで研究を進めた。この研究は東北大学の飛翔型「科学者卵養成講座」に採択され、大学院生等のメンターから助言をもらいながら、研究を発展的に進めることができた。研究内容の概略は以下の通り。

 ギンブナの多くが三倍体の雌で、それら三倍体ギンブナは偽受精により子孫を増やす。そのため、その子は遺伝子組成が親と同じ三倍体のクローン個体となる。しかしながら、そのような生殖を行うギンブナにおいて、閉鎖系湖沼で遺伝的多様性が見られることが報告されている。なぜ、そのような多様性が見られるのかを調査する足がかりとして、本地区の閉鎖系湖沼に生息するギンブナにおいても同様の傾向がみられるかを検証した。

 生徒はRAPD-PCR法により作成したPCR産物を電気泳動し、バンドパターンの違いからクローン判定を行った。その結果、29個体中27個体と殆どの個体は遺伝子組成が同じクローン個体であり、2個体は明らかに遺伝子組成の異なる個体との結果を得た。


5.成果
 前述の研究は校内SSH生徒研究発表会で、大学教員等の審査により第2位となった。また、このグループのメンバーが第5回科学の甲子園全国大会に出場し、生物の実技競技(納豆菌のDNAを抽出し、電気泳動によりDNAバンドを写真に撮影)で第1位となり、トヨタ賞を受賞することができた。
 当初の目的である人力サーマルサイクラーの手法や自作電気泳動槽の効果を検証する前に、サーマルサイクラーやオートクレーブといった比較的高額な機器の故障が発生し、本取り組みを進捗することができなくなってしまった。しかしながら、地域の子どもや一般の方に向けた体験型のDNA実験を行うことで、DNAを身近な科学実験としてとらえてもらうことができたと考える。また、全国大会という大舞台において、DNA実験で本校が第1位を獲得できたという結果とその報道は、科学好きな子ども達の裾野拡大につなげることができたと考える。