2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

京都市野外教育研究会自然観察プログラム及び野外教育活動

実施担当者

小田 修司

所属:京都市小学校 野外教育研究会 代表幹事

概要

1 はじめに

本研究会は,京都市の小学校を中心として野外教育の持つ教育効果を検証,実践している団体である。平成28年度は京都市小学校野外教育研究会の研究主題を「子ども,自然,学校,社会をつなぐ自然体験活動~コミュニケーション能力の育成と自然への多様な関わりを求めて~」とした。これは一咋年度の研究主題である「人と人をつなぐ自然体験活動~子ども,学校,地域,自然のつながりを意識して~」を引き継ぎいだものである。本研究会では,多岐にわたる野外教育の教育効果の中から特にコミュニケーション能力に焦点を当てて研究を進めてきた。
近年,核家族化やIT機器をはじめとする情報機器の普及などにより,子どもたちの生活習慣は利便性の高い物となっている。それにより社会性の欠如,特にコミュニケーション能力に大きな課題があることが挙げられる。実際に学校現場での子どもたちの姿からも,語彙数の少なさやコミュニケーション能力に課題があることを,多くの教職員が実感している。様々な教科・領域で言語活動の充実が図られ,コミュニケーション能力の育成に多くの時間が使われている。しかし,教室の中で行われるコミュニケーションに子ども達を本気で参画させることは容易ではない。
それに対し,野外活動の中で見せる子どもたちの姿は大変生き生きとしている。野外活動の活動場所である「自然」は子どもたちに活動意欲だけでなく自然の真理に従って多くの制約を課し,課題を与える。子ども達は,その課題に対処するために必然的に協働生活を送り,適切なコミュニケーションをとるようになる。さまざまな学習や経験を通して学んできたことを総合的に活かすことができる。そういった活動の中でこそ,実践的な活用を通じ,コミュニケーション能力を向上させ,かつ定着させることができるのではないかと考えた。
また近年では,めまぐるしい社会の変化に伴って,教育現場にもさまざまな変化が起きている。iPadをはじめとするICT情報機器の積極的な溝入もその一つであろう。本研究会でもiPadの可能性に着目し,自然体験プログラムでの活用方法を検討してきた。ただ闇雲に導入するのではなく,iPadを導入することで既存のプログラムの教育効果をよりよいものにするためにはどうすればよいか,検討を重ねることが必要であるが,今年度その可能性に明るい兆しを見ることができた。最先端技術と野外教育の相乗効果を医り,その可能性をこれからも見つめていきたい。

2 自然体験活動におけるICTの活用方法の検討と実践

2-1 夏季研修会,冬季研修会での検討会

夏季研修会,冬季役員会でiPadを使用した自然体験プログラムについての検討を行った。デジタルカメラやパソコンなど従来の情報機器にない可能性がiPadにはあると考え,積極的な導入を検討していた。本研究会で考えるiPadの有用性は主に2点である。
1点目は,記録,確認のしやすさである。デジタルカメラと違い,大きな画面で直観的な操作を行うことができるのが,iPadの利点である。特に,両面が大きいことで複数で一緒に映像や両像を確認することが容易であり,なおかつ写真や動画などをピンチイン,ピンチアウトすれば画像の大きさを変化させてより細かな確認を行うことができる。自然物を観察する際にも,グループごとにも別れて,その成果を交流する際にも効果的に使用できるのではないかと考えた。
2点目はアプリケーションによる多機能性である。デジタルカメラは写真や映像の記録が主な使用用途であるが,iPadはアプリケーションをダウンロードすることで図鑑やノート,ポートフォリオなどの記憶媒体にも使用することができる。
この多機能性を自然体験プログラムに導入することができないか,という検討課題が持ち上がり,検討を進めてきた。
1点目については,カモフラージュゲームでその有用性を試すことができた。カモフラージュゲームとは,林道のスタートからゴールまでに自然界にはありえないものが,意図的に放置されていて,それをいくつ見つけることができるかというゲームである。人形や造花などが何気ない場所に置いてあり,見つけたものをiPadで撮影し,後で答え合わせをした。自然物を自然物として見分ける,ということは意外に重要で,ゲームを通してそういった自分の「見方」も振り返ることをねらいとしている。これまでは,記憶で確認することが主な方法だったのだが,大きな画面で手軽に確認できることで自分が見つけたものを見返したり,もう一度確認しながら林道を歩いたりとクリア日標がより明確になり,ゲームの正確性が高まった。
2点目,アプリケーションの利用方法については,天体観察,自然観察,ポイントラリーでの可能性が示された。天体観察では人間の目で見ることができない,星座を形取る星同士の線や星座の絵が示されたり,自然観察ではある植物を撮影することで,夏や冬など今目の前にある姿ではない季節の資料が閲覧できたりと我々の頭の中にあるイメージを具現化するものとして使用することができる。
また,ポイントラリーでは,ラリーのポイントにアプリケーションで作成したQRコードを貼り,そのQRコードをiPadで読み取ることであらかじめ設定されていた指令(そのポイントでの活動)を表示させることができるという新たなアイディアが提示された。また,QRコード作成ができるサイトやアプリを使ってQRコード作りを行い,その手順や作成の確認をすることができた。
実際に,QRコードを野外に貼ってラリーを行うことは時間の都合上出来なかったが,ポイントの準備が紙1枚のQRコードを貼るだけで簡単に済むことやその指令の設定を変えることで同じQRコードでも別のラリーを行うことができることなどこれまで以上に魅力ある活動の可能性が示された。

2-2 わいわいハイクでの実践と子どもたちの姿

わいわいハイクという名称で,秋に京都市の小学4?5年生に募集をかけ,京都市野外教育施設花背山の家で日帰りの活動を行った。グループでウォークラリーをして,友情が芽生えたところで緒に野外炊飯を行った。そのウォークラリーのポイントの1つに,夏季研修で検討したカモフラージュゲームを採用した。子どもたちは思った以上にiPadの使い方を熟知しており,普段の教育現場や生活空間でのiPadの普及率の高さを垣間見ることができた。使い慣れた機器,そして自然の中での活動には不似合な機器を持つと俄然やる気が出たようで,意気揚々と林道に向かっていった。これまでの活動では,各々が自分の頭に記憶し,林道を通り終わった後にグループで話し合って正解を導き出していたが,今回はiPadを中心として「あっちにある。」「そこに見つけた。」と子どもたちが話し合い,伝え合いながら活動する様子が見られた。確かめる際にもiPadを囲んで確認しながら輪になって話し合い,正解した際には手を取り合って喜ぶ姿が見られた。グループにiPadが1つ,という設定も功を奏したのだろうが,話し合い確かめ合う際に確実な資料が日の前にあるという状況は,子どもたちの話し合う視点をより明確にし,無駄のない話し合い活動になったのではないかと考える。画期的な活用方法とはいかないだろうが,その確かな有用性を確認することができた実践になったと考える。
また同日にフィールドスコープを使った観察会も行った。素人では野烏にスコープを合わせることすら困難なため,今同は遠くにひらがな1文字が壽かれた紙をぶら下げて,5つのスコープから見える文字をつなげてどんな言菜ができるかを当てる,という活動を行った。倍率が非常に高いだけあって,焦点を合わせたり対象をレンズに捉えるだけでも困難であったが,その困難の先にある成功が子どもたちの意欲を掻き立てたようであった。自分が見た文字が何か,グループで確かめ合ってグループで協力して活動することができた。

3 まとめ

秋に実施した「わいわいハイク」を通じて,野外教育の大きな可能性を感じることができた。初めて出会った子どもたちは,互いに相手の様子を探りながら徐々に距離を摘めようと模索していたが,共に考える,力を合わせるように仕組んだウォークラリーを通じて,互いの性格や考え,おもいを通じ合わせていった。また,その後行った野外炊飯では,役割分担を考え,指示を出しあい,自分ができることを探し,昼ごはん作るという目的のために協力する姿が見られた。そして,完成した時には,当初見られた様子を探る姿はなく,何年も通じてきた友達同士のように言葉を交わし,がんばりを讃え合っていた。最後の解散式では,来年も会おう,と約束を交わす姿が数多く見られた。
自分たちでお昼ご飯を作らなければ食べるものがない,という至極単純な活動理由であるが,それは自然の中という都市部と隔絶された状況に置かれた子どもたちが意欲をもって自主的にコミュニケーションを取り,活動するには十分な理由であった。協力する,役割を分担する,互いに考えを伝え合う必然性のある環境で,1つの目的に向かって活動することは子どもたちの力を引き出し,どうすれば相手に伝わるか,よりよい活動になるか,という思考力を育むことに繋がることが明らかになった実践であった。その手助けとなったものの1つがiPadを初めとする教材であった。なくてもよい,というものではなく,あるからこそその教育効果が裔まったといえる大変効果的な使用方法を実践を通して確かめることができた。まだまだ模索段階ではあるが,その可能性や有用性をこれからも検討し,新たな実践を重ねて検証していきたい。
今年度も体験を通した研修会を実施し,参加者が子どもの立場にたって活動することで,子どもの目線や考えについての見識を深め,より効果的な活動の精選や実施方法を提供することができたと考える。来年度は,夏季のスキルアップ研修会,冬の冬季研修会など,活動全体の流れ,検討を行う研修会への参加を促し,野外教育全体の教育効果や意義を検証,伝えていくことが求められる。