2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

京蝋燭を科学する

実施担当者

星原 庸平

所属:京都府立鴨祈高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 私たちの住んでいる京都には古い歴史のある寺社がたくさんある。そこでは、私たちが普段使う蝋燭とは色も形も違った和蝋燭が今でも使われている。和蝋燭は京都の伝統工芸品の一つで、京蝋
燭とも呼ばれている。その素材や製法は長年にわたり受け継がれ、京都の様々な文化に寄与してきた。現在、広く市販されている蝋燭は石油由来のパラフィンを燃料としているが、和蝋燭は櫨の実から採りだした植物由来の木蝋と言われる蝋を用いている。
 和蝋燭は火力の面でパラフィン蝋燭に劣りさらに材料費も高価なため、現在はパラフィン蝋燭が広く用いられるようになったと言われている。しかし、和蝋燭にもパラフィン蝋燭には代えがたい様々な優れた面がある。ゆえに、上記の和蝋燭の様々な特長を科学的に解明し、京都の伝統工芸品の良さや奥深さを広めていくことが本研究の目的である。

2 京蝋燭を科学する
2-1 炎の温度測定
<方法>
イージーセンスの熱電対温度センサを用いて、炎の各部の温度を測定する。

<結果>
(注:図/PDFに記載)

 一般的に和蝋燭の櫨の蝋は市販蝋燭のパラフィンに比べて燃えにくく、炎の温度も低いと言われている。しかし、結果は予想に反して和蝋燭の方が炎心を除いて、市販のパラフィン蝋燭よりも高温であるということがわかった。

<考察>
 櫨の蝋はパラフィンと比べて融点が低いが、一般に融点は蝋の分子量だけでなく炭素の二重結合の数などにも依存するので、この実験のみでは分子レベルから炎の温度の高低を判断することはできない。しかし、和蝋燭は芯が太く燃料の蝋の単位時間の供給量が多いと考えられるので、蝋の燃焼熱は別として和蝋燭の炎が高温になったと考えることができる。

2-2 消火風速の測定
<方法>
①火をつけた蝋燭を扇風機に近づけていく。
②風速計測器を用いて、炎が消えた地点における最大風速(消火風速)を測定する。

<結果>
(注:図/PDFに記載)

 市販のパラフィン蝋燭は平均風速10[m/s]で消えたが、和蝋燭は20[m/s]とほぼ2倍の風速まで消えないことがわかった。

<考察>
 和蝋燭の芯は筒型の和紙にい草の髄を巻いたものであるが、市販のパラフィン蝋燭は細い綿糸であるため、和蝋燭の芯の方が炎との接触面積が広く、風によって炎がゆらいでも芯から離れにくかったと考えられる。この和蝋燭の特長により、葬儀や法事などでお経を唱えている間に風で炎が消えてしまうという大変縁起の悪い事態を防ぐことができる。

2-3 炎のスペクトル測定
<方法>
簡易分光測定器(スペクトロメーター)を用いて、可視光域の炎のスペクトルを測定する。

<結果>
(注:図/PDFに記載)

 得られたスペクトルは、各波長においてほぼ同じような分布が見られたが、相対的に波長760[nm]あたりのピークが和蝋燭の方が大きいことがわかった。

<考察>
 全体的にほぼ同じ分布のスペクトルであるので、どちらもほぼ同じ色の炎であることがわかる。実際の炎も、人の日ではその色の違いはほとんどわからないが、分光器(スペクトロメーター)によって長波長の領域での違いが確認できた。違いのあった760[nm]の波長の光は、人の日には暗い赤色と認識されるが、和蝋燭の方が市販蝋燭よりも相対的に多く含んでいる。これは和蝋燭の炎が、少し赤みがかった色をしていることを意味している。昔は歌舞伎の舞台や座敷の席における明かりとして、和蝋燭が広く用いられていた。歌舞伎役者や舞妓・芸子が、不自然なくらいに白粉で顔を白く塗ったりするのは、和蝋燭の光に照らされたときに丁度人肌になるようにしていたといわれている。確かに和蝋燭であれば、ほとんどわからない程度の違いではあるが、少し赤みがかった人肌に近い色になるということがわかる。

2-4 炎のゆらぎの測定
<方法>
①イージーセンスのマルチレンジ光センサを用いて、炎の光度の時間変化を測定する。
②得られた炎の光度のグラフをExcelの分析ツールを用いてフーリエ変換する。
③得られたパワースペクトルを両対数グラフで表し、近似直線の傾きの絶対値αを求める。
(注:数式/PDFに記載)
※αを求めることで強度Sに対する振動数fの指数がわかる。
④自然界にある光のゆらぎの一つである星の瞬きについても、京都大学大学院理学研究科の15cm屈折望遠鏡を用いて光度の時間変化を測定し、同様にパワースペクトルを求める。

<結果>
(注:図/PDFに記載)

 市販蝋燭には視覚的に認識できるほどの大きなゆらぎの波形はほとんど見られないが、和蝋燭には大きく不規則なゆらぎの波形が見られる。また和蝋燭には10[Hz]付近に大きなピークが見られた。またそれぞれの近似直線の傾きは市販蝋燭で2.451、和蝋燭で0.972であった。

 星(こと座ベガ)のゆらぎは全体的に不規則で、パワースペクトルには大きなピークは見られない。近似直線の傾きは1.176であった。

<考察>
 今回、ゆらぎについては、そのパワースペクトルの傾きを求めて評価する手法を採用した。傾きが0(ゼロ)は全くランダムなゆらぎ(ホワイトノイズ)で、傾きが大きいほどより規則的なゆらぎであると考える。また1に近い場合は、ランダムさと規則性を程良く合わせもっており、その関数の形から「1/fゆらぎ」(ピンクノイズ)と呼ばれる。一説には、自然界に存在するゆらぎの多くは「1/fゆらぎ」で、人に心地よさを与えるものと言われている。その観点から今回の蝋燭のゆらぎを考察すると、市販蝋燭の傾きは2.415と1よりもかなり大きく、規則的なゆらぎであると言える。一方で、和蝋燭の傾きは0.972と1にかなり近く、また自然界の神秘的な光のゆらぎの一つである星のゆらぎについても、その傾きは1.176と1に近い値であった。ゆえに和蝋燭のゆらぎは星のゆらぎとともに「1/fゆらぎ」と考えられ、人に心地よさを与えるゆらぎであると評価できる。ただし和蝋燭のゆらぎについては、その傾きは1に近いものの1O[Hz]付近に大きなピークがあるため、全体としてどのように評価するかは今後の検討事項である。また和蝋燭に見られる不規則なゆらぎは、芯の素材・形状にあると考えられる。その証拠として、市販のパラフィン蝋燭の芯を和蝋燭のものに代えた蝋燭ではゆらぎは生じず、さらに櫨の和蝋燭の芯を綿の糸芯に代えた蝋燭ではゆらぎが生じなかった。しかし、ゆらぎは外気の様々な条件に依存することが実験を通して経験的に判明しており、和蝋燭の芯であっても条件によってはほとんどゆらぎがないこともある。考えられる外気の条件として気温・湿度・気体濃度があるが、現段階では特定できておらず、またゆらぎが生じる詳しいメカニズムや10[Hz]になる要因も不明である。

2-5 蝋の蒸気及び煤の観察
<方法>
①蝋燭の芯付近に漂う蝋の蒸気をスライドガラスに蒸着させ、光学顕微鏡で観察する。
②高分解能走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、煤の微細構造の様子を観察・撮影する。

<結果>
①蝋の蒸気
(注:図/PDFに記載)

②煤
(注:図/PDFに記載)

市販蝋燭の蝋の蒸気はほぼ球形の大きさの揃った粒が見られたが、和蝋燭では形は不規則で大きさも大小様々で揃ってはいなかった。

 外炎付近では、どちらの蝋燭も微細な煤の集まりで、大きな違いは見られなかった。一方で内炎付近では、市販蝋燭は外炎付近と同様に微細な煤の集まりであったのに対して、和蝋燭の煤に100[μm]程度の大きさの棒状の煤の塊が見られた。

<考察>
 まず蝋の蒸気に関して、和蝋燭は天然の櫨の蝋を用いているので、蝋の成分となる分子が様々な大きさ(分子量)をもったものであることが考えられる。また煤に関しては、和蝋燭の煤の中に見られる棒状の塊の正体は、芯に巻き付けられたい草の髄の繊維の一部であると考えられる。蝋燭の燃焼のメカニズムは、炎心付近で現れた蝋の蒸気が、内炎から外炎にわたる中で炭素と水素に分解され、外炎で酸素と結びついて二酸化炭素と水、さらには余った炭素は煤となる。このことから、和蝋燭に見られる独特のゆらぎは、蝋の蒸気や内炎付近の煤の不均ーな燃焼が関わっていることが考えられる。


3 まとめ
 今回、和蝋燭に関して様々な測定を行い市販蝋燭と比較することで、全般的な特徴をつかむことはできた。しかし、そのメカニズムについては、結果から想像するのみで、細部までは検証するには至らなかった。そこで今後の取組として、まず芯や蝋の材料の組み合わせを変えた蝋燭を製作し、燃焼時のゆらぎや蝋の蒸気及び煤の違いについて比較検討を行っていきたい。さらにゆらぎのメカニズムを解明するために燃焼時の外気の条件などを変化させた実験を行い研究の深化を図っていきたい。