2012年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第26号

二光子生体分子イメージングを用いた生活習慣病の病態解明

研究責任者

西村 智

所属:東京大学大学院 医学系研究科 循環器内科学 システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点 特任助教

東京大学医学系研究科循環器内科東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点

概要

1.目的
心筋梗塞や脳卒中など動脈硬化性疾患の重大なリスク要因として、内臓肥満とインスリン抵抗性を基礎とするメタボリックシンドロームが注目されている。肥満に伴い蓄積した内臓脂肪は多様なアディポサイトカインを分泌する等、インスリン抵抗性や動脈硬化の発症に必須の役割を担っていると考えられる。しかし、脂肪組織の肥満における役割は必ずしも明らかではなく、脂肪組織が臓器としてどのように機能異常を起こすのか、その分子機構はよく分かっていない。
最近の研究により、心筋梗塞や脳卒中などの原因となるメタボリックシンドロームや動脈硬化、さらに悪性腫瘍は慢性炎症を本態とすることが明らかになってきた。例えば、メタボリックシンドロームでは、遺伝子素因に加えて、内臓肥満・加齢・喫煙などの外的誘因が加わって、全身・局所に持続的かつ低レベルの慢性炎症が持続し、様々な病態を形成している。つまり、三大疾病の元となる生活習慣病や悪性腫瘍の根底には慢性炎症が介在していると考えられる。感染症に代表される急性炎症に関しては病態の理解とともに、感染症に対する特効薬(抗生物質)が開発され、一定の治療成績を上げてきた。しかし、慢性炎症を基盤とする慢性疾患に関しては、慢性炎症の病態が不明であることから特効薬が存在せず、依然として多くの有病患者と高い死亡率を生ずる要因となっている。
我々は、独自に開発した「生体分子イメージング手法」を、脂肪組織に適応し、メタボリックシンドロームの病態にアプローチを行ってきた。我々の開発したイメージングは、従来の手法ではアプローチできなかった細胞間相互作用を生体内で直接可視化するものであり、多くの研究領域において今後重要な役割を果たすと考えられる。本稿では、我々の生体イメージングより明らかになった、肥満脂肪組織の再構築(リモデリング)と炎症性・血栓形成過程についての知見を紹介したい。
2.方法
本稿では我々は開発した「生体分子イメージング」手法について概説する。我々はまず、「脂肪組織をよりよくみるために」、レーザー共焦点顕微鏡を用いて、生きたままの組織をそのまま染色する、「生組織イメージング手法」を開発した。手法としては、脂肪組織をマウスより取り出し、未固定のまま細かく切り出し、蛍光色素の入った培養液中でインキュベートし、生きたまま蛍光標識を行う。脂肪細胞は蛍光標識された脂肪酸で、血管内皮は蛍光標識レクチンで、核はヘキストで染色し、肥満に伴う脂肪組織リモデリングの詳細を明らかにした。通常の固定した組織切片標本では、脂肪組織は白く抜けた脂質と、細胞質・核の集合体として漠然としか組織構築が捉えられなかったが、我々の手法では組織構築の詳細が可視化された。
新たに開発した「生体内分子イメージング手法」を概説する。高速レーザー共焦点顕微鏡を用いて、血流の方向と平行にごく狭い断面に焦点を合わせて画像取得し、血管内を変形しながら流れる赤血球・白血球・血小板に各々フォーカスを合わせて観察が可能となった。血管内の細胞動態を明らかにするためには高速な画像取得が必須だが、我々は主に多数のピンホールを有する円盤を高速回転させて画像を取得するニポウ式の共焦点ユニット(横河電機 CSU X1)及びレゾナンス型高速共焦点システム(Nikon AIR)を用いることにより、高速イメージングを行っている。なお、我々のシステムでは、空間解像度は回折限界(光を用いて観察する際に、理論上、最大で得られる解像度が決まっていること)に既に達している。また、我々は高速スキャニングレーザー共焦点を用いて、多色マルチカラー撮影にも成功している他、二光子による画像取得にも成功している。
検体の準備としては、麻酔下のマウスに蛍光色素を静脈全身投与し、観察部位を切開・露出する。観察部位を生理食塩水により湿潤した後、観察窓を設け、マウスを倒立顕微鏡上のチャンバーにおいて蛍光観察を行う。観察中はヒーティングプレートを用いて体温37 度を保つ。本手法により臓器表面から50 ミクロン程度であれば細胞構築・血流が明瞭に観察可能である。血流は、蛍光物質FITC デキストランを尾静脈から全身投与することによりネガティブイメージで可視化される。分子量150,000 のデキストランは血管外に漏出することはなく、血管内にとどまり血球成分を可視化する。我々の観察では直径3 ミクロン程度の毛細血管網を変形しながら流れる血球成分が明瞭に可視化された。一方、白血球はアクリジンオレンジ及びローダミンを静脈投与し体内で核染色することで可視化される。さらに、細胞表面マーカーに応じた蛍光標識抗体を用いることにより、特定細胞集団を生体内でも標識することが可能である。さらに、血小板に特異的な蛍光標識抗CD41抗体を全身投与することにより単一血小板も生体内ではじめて可視化されている(後述)。血管内皮に対しては、血管内皮表面の糖鎖に特異的に結合する蛍光標識レクチンを用いることで、生体内で血管系を明瞭に描出することが可能である。本分子イメージング手法は脂肪組織だけでなく、骨格筋・肝臓・腎臓(糸球体を含む)など、さまざま実質臓器に応用可能であり、臓器血流・細胞動態を観察・定量することも可能になっている。
3.結果
3.1 肥満脂肪組織における生体分子イメージングの意義
動脈硬化・心血管疾患の原因として、末梢組織(骨格筋・脂肪組織)の機能異常が重要であると考えられるようになった。特に、脂肪組織は、長年、脂肪を蓄積するのみの「何もしない臓器」と考えられてきた。近年のライフスタイルの変化(食生活の欧米化)に伴う肥満・メタボリックシンドロームの蔓延により、脂肪組織は、様々な病気を引き起こす「活発な代謝臓器」として一躍、注目を浴びるようになった。内臓脂肪はアディポサイトカインを分泌することからも、肥満に伴うインスリン抵抗性や動脈硬化の発症に必須の役割を担っていると考えられる。しかし、脂肪組織の肥満における役割は必ずしも明らかではなく、脂肪組織が臓器としてどのように機能異常を起こすのか、その分子機構は十分解明されているとは言えない。Weisberg らによる肥満脂肪組織に炎症性マクロファージが浸潤の報告(文献1)を初めとして、肥満脂肪組織における慢性炎症の関わりについては複数のグループが報告しており、現在では肥満脂肪組織のリモデリングの背景に慢性炎症が存在することは明らかと考えられている(文献2)。しかし、従来の切片標本を用いた組織観察では、脂肪組織における血管や組織間質に存在する細胞群の三次元的構造の詳細は観察不能であり、生体内の細胞動態も不明であった。我々はメタボリックシンドロームの病態解明を目指し、新たに開発したイメージング手法を用いて、肥満に伴う脂肪組織の再構築(リモデリング)と機能異常を検討した。
3.2 「生組織イメージング」でみる肥満脂肪組織リモデリング
我々はまず、「脂肪組織をよりよくみるために」、レーザー共焦点顕微鏡を用いて、生きたままの組織をそのまま染色する、「生組織イメージング手法」を開発した。通常の固定した組織切片標本では、脂肪組織は白く抜けた脂質と、細胞質・核の集合体として漠然としか組織構築が捉えられなかったが、我々の手法では組織構築の詳細が可視化された(図1、文献3)。
肥満動物モデルの脂肪組織では、多くの脂肪細胞は肥大していたが、加えて分化・増殖した小型脂肪細胞が新たに出現していた(文献3)。さらに、小型脂肪細胞分化と共存して血管新生像(血管網より枝分かれした新生血管の断端)が観察され、その周囲には活性化マクロファージ浸潤が認められた。我々は、この細胞集団を「adipo/angiogenic cell clusters」と名付けた。
3.3 生体内の脂肪組織の可視化
生体分子イメージングの開発従来、肥満に伴って脂肪組織内で慢性炎症が起きていることが示唆されていたが、その詳細な機序は不明であった。そこで、我々は本イメージング手法を生体に応用し「生きた動物の体内を手に取るように可視化すること」に成功し、肥満組織において炎症性の細胞動態が生じていることを可視化手法により明確に示した (文献4)。
動脈硬化のように血管が主な傷害の場になる病態だけでなく、腫瘍やメタボリックシンドロームにおいても、血流や血管機能といった生体内のダイナミックな変化、組織学的変化に先行する初期の炎症性変化を捉えることが可能な生体内分子イメージング技術は非常に有用である。従来の生体内観察では、透過光による観察が容易な腸間膜の微小循環を用いた研究が主に行われてきたが、近年の光学観察系・蛍光プローブの開発により、蛍光物質をトレーサーとして、透過光観察が不可能な厚みを有する実質臓器の血流観察も可能になった。時間・空間解像度も飛躍的に改善し、細胞内小器官レベルでの解析が可能となっている。
3.4 肥満脂肪組織と慢性炎症
我々は生体内分子イメージング手法を肥満内臓脂肪組織に応用することにより、脂肪組織内の微小血管で炎症性変化が起きていることを明らかにした。すなわち、肥満動物(ob/ob マウス、高脂肪食負荷肥満モデル動物)の白色脂肪組織内微小循環の観察で、細静脈において血管壁への白血球のrolling・adhesion が有意に増加していることをイメージングにより示した(文献4)。肥満脂肪組織中では血流が間歇的に低下し、低酸素状態である事も確認された。また、白血球の血管壁への付着には活性化血小板の付着が伴っていた。すなわち、動脈硬化病変で知られているような炎症性の細胞動態が、肥満した脂肪組織の微小循環でも認められ、肥満脂肪組織そのものが炎症の場であることが示された。本イメージングでは単一血小板も生体内で捉えられており、血栓形成の詳細を可視化することも可能である。
3.5 CD8 陽性T 細胞の重要性
肥満病態の最も初期のトリガーは何か?我々は、分子イメージング及びFACS を用いた解析から、脂肪組織の間質に多くのリンパ球が存在することも明らかにした。痩せ形マウスでも間質細胞の約10%はT 細胞であり、肥満に伴ってその数は増加する。T 細胞サブセットの解析では、肥満に伴い、CD8 陽性T 細胞の増加、CD4 陽性T 細胞・制御性T 細胞の減少が認められた(図2、文献5)。さらにWiner らはT 細胞を標的とした免疫療法によりマウスの肥満が改善することを示している(文献6)。また、脂肪組織にはマスト細胞・制御性T 細胞といった特有のT 細胞が存在し、局所免疫や脂肪組織炎症をコントロールし、肥満に伴うインスリン抵抗性に寄与している事も明らかになった(文献7,8)。このように脂肪組織局所においてはマクロファージやT 細胞をはじめとする多様な細胞が相互作用し、メタボリックシンドロームの病態を形成していると考えられる。我々はさらに、CD8 ノックアウトマウスおよび中和抗体を用いた検討、及び、複数の細胞種を用いたin vitro での共培養の実験を行い、肥満脂肪組織におけるCD8 陽性T 細胞の役割を明らかにしている。すなわち、肥満脂肪組織ではCD8 陽性T 細胞がポリクローナルに活性化しており、このCD8 陽性T 細胞は骨髄由来の単球からマクロファージへの分化、および、マクロファージの肥満脂肪組織への遊走・活性化を促進していた。つまり、肥満脂肪組織における炎症性マクロファージ浸潤の初期のトリガーがCD8 陽性T 細胞の浸潤であることが示唆された。異常な肥満脂肪組織における局所免疫が、全身及び肥満脂肪組織の炎症、さらに糖尿病病態を引き起こしていることが示された。
3.6 血小板機能の生体イメージング
本邦の死因の上位を占める脳・心血管イベントの多くは血管の動脈硬化性変化を基盤としている。例えば、血栓性疾患(アテローム血栓症)では慢性炎症病態を基盤とした動脈硬化巣の形成と、それに引き続いて起こる、粥腫(アテローム)の破綻が病態形成に重要である。破綻部位においては、血小板は活性化され、血小板血栓が形成される他、凝固系も病態に関与する。しかし、動脈硬化巣の破綻は偶発的かつ高速に進行する病態であり、実験的にこれらをex vivo, in vitro で再現することは不可能であった。実際に、これらの一連の過程には血小板のみならず、各種炎症性細胞、血管内皮細胞とその障害、局所の血流動態(血流とずり応力)が関わっている。このような多細胞からなる複雑病変とそのダイナミクスが病態の本質であり、これらを生体内で検討する手法が、病態理解の上で求められており、その検討を可能にしたのが我々の開発した「生体分子イメージング手法」である。
血小板をFITC-Dextran 及びanti-CD41 、anti-GPIb 抗体により可視化したところ、定常状態においては、細動脈・静脈では血管壁近傍にそって血小板は運動していた。一方、流速の遅い毛細血管のレベルでは、血小板は血管内皮と相互作用して「stop and go」を繰り返しており、血流にのってrolling しながら流れているさまが可視化された。さらに、レーザー照射・傷害と組み合わせる事で血栓形成を誘発し、生体内での単一血小板を捉えながら、血栓形成のメカニズムの詳細が可視化された。
我々の血栓形成モデルでは、まずレーザー照射により活性酸素の産生が誘発されて血管内皮に血小板が付着する。その後、血小板はその数を増やし積み上がり、血管内腔を狭小化し、血液の流速は遅くなる。その後、赤血球、もしくは、白血球がプラギングを起こし、血管は閉塞する。本モデルが特徴的なのは、血栓形成の全過程が数十秒で終わり、時間的に経過がきわめて早い事である。本モデルではレーザー照射後に血栓形成に寄与した血小板数を数えることにより血栓形成能が定量可能であり、従来の頸動脈に対する塩化鉄傷害モデルにおける血栓による閉塞時間とも強い相関を示しており、生体内の血小板機能をきわめて鋭敏に示していると考えられる。それだけでなく、従来の止血時間の計測では分からなかった、血栓形成の素過程が可視化されており、遺伝子改変の効果がどの過程に影響を及ぼしているかを明らかにすることが出来る。
我々は本手法を用いて、Lnk というアダプター蛋白に注目して実験を進めた。Lnk は血球系幹細胞の維持に重要な蛋白であるが、巨核球・血小板にも発現している。興味深い事に、Lnk の欠損した遺伝子改変動物では、流血中の末梢血小板数が野生型の5 倍になるにもかかわらず血栓性を示さず、むしろ止血時間が延長しており、Lnk の欠損が血小板機能に影響をもたらしていると考えた。骨髄移植を行い作成したLnk キメラマウスを用い、生体イメージングにより血栓形成過程を観察したところ、Lnk キメラマウスではレーザー傷害により血小板は血管内皮に付着するものの、血栓は安定化・piling up せず血流に押し流され、血小板血栓の発達が阻害されていた。すなわち、Lnkが血栓の安定化に寄与している事が示された。分子生物学的機序としてはインテグリンのシグナリングにリン酸化したLnk がC-Src、Fyn などと協同して関与していた(文献9)。以上よりLnk が生体内血栓の形成・安定化に寄与していることが明確に示された。
近年、Lnk の遺伝子変異がヒトにおいて多血症・血小板無力症や骨髄増殖性疾患を引き起こすことが報告されている(文献10,11)。多血症では血小板数は増加するものの、血小板機能は低下していることが多く、今回、Lnk ノックアウトマウスでみられた表現型にきわめて近いと言える。
今後は、さらに様々な血小板機能に異常を来す遺伝子改変動物における血栓形成過程・血小板動態を観察することにより、「生体内の血栓形成の各過程における遺伝子・物質の関与」を検討していきたい。
3.7 iPS 由来人工血小板の体内イメージング
近年の、多能性幹細胞(ES, iPS)の研究の進歩により、細胞療法を含む再生医学での広い範囲での臨床応用が期待されている。しかし、これらの基礎研究を臨床に繋げるためには、ヒトを対象とした研究に移行する前に、実際に試験管内で作成した細胞が、実際の個体(マウス及び大動物)の中でどのように機能しているか、どのように病変に働くかを明らかにすることは必須である。しかし、今までこれらiPS 由来の分化誘導細胞の体内での細胞動態を検討する手法は存在しなかった。共同研究者の東京大学医科学研究所幹細胞治療分野江藤准教授チームはC-Myc の発現をコントロールすることにより、飛躍的に効率的に、ヒトiPS 由来の人工血小板を作成する手法を確立した。我々は生体イメージングを用いて、こうして得られたヒトiPS 由来血小板の体内動態の可視化を行った。観察に用いて免疫不全マウス(NOG マウス)の体内で、iPS 由来血小板の細胞動態が捉えられ、iPS 由来血小板がマウス体内を循環しているだけでなく、レーザー傷害により誘発された血栓形成部位においてはホスト血小板とiPS 由来血小板が相互作用しながら血栓を形成するさまが観察された。つまり「人工血小板は体内を循環し、血栓も作る」事が証明されたわけである。本イメージング手法はiPS 分化誘導細胞を用いた細胞療法の臨床応用にむけて、安全性・有用性を評価する上できわめて有用性が高い手法と言える(文献12、図5)。
4.考察
次世代のイメージング我々は主にニポウ式レーザー共焦点、一光子励起の組み合わせで画像取得を行ってきた。しかし、深部臓器・臓器内部の構造に関しては可視化できず、遺伝子機能も不明であった。生体の各種病態下での細胞連関・情報伝達異常をより明らかにするためには、形態と機能と組み合わせた深部の光イメージングが今後必要になると考えられる。例えば、遺伝子改変動物を用いた遺伝子機能の光による解析を、二光子フェムト秒レーザーと高速スキャニング共焦点システムで行うというものであり、今後の光学機器の開発・改良が望まれる。