2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

乳がんに伴うリンパ節生検トレース装置の開発

研究責任者

田中 三郎

所属:豊橋技術科学大学 工学部 エコロジー工学系 助教授

共同研究者

玉木 康博

所属:大阪大学大学院 医学系研究科 助教授

概要

1.はじめに
乳がんなどの悪性腫瘍の治療において、近年センチネルリンパ節生検という診断法が導入され、米国を中心に盛んに施行されている。センチネルリンパ節とはがん細胞が最初に流れ込み転移を起こすリンパ節の意味で、これを摘出して病理診断(生検)することで、他のリンパ節を調べることなく病気の進行状態が判定でき、以後の治療を決定できるというものである。このセンチネルリンパ節生検が最近になって、日本においても乳がん治療に導入され始めた。すなわち、乳がん手術の際に従来のように腋窩リンパ節の全切除を行わず、1、2ヶのセンチネルリンパ節のみを切開、摘出し、これを詳細に検索したうえで、転移がなければそれ以上のリンパ切除を省略するというものである。これにより、乳がん患者の3~4割が無駄な腋窩切除を受けずに済み、術後の痺痛、しびれ、リンパ浮腫から開放されることになる。現在、日本においては年間28,000人の乳がんの発症があり、このうちセンチネルリンパ節生検の適応になる患者はおそらく約20,000人、このうち真にリンパ切除が省略できるものは15,000人程度だといわれている。したがって、このセンチネルリンパ節を正確に同定し、摘出、検査することが重要である。センチネルリンパ節生検は、実際には色素とRI(放射性元素)コロイドの両方を腫瘍近傍に注入し、肉眼で色素を確認するとともに、小型のガンマカウンタで放射線を計測してリンパ節を同定するのが、米国・ヨーロッパでの主流の方法である。色素法単独では乳がんの場合約70%の同定率であるが、RIを用いることで95~97%に上昇するとされている1)~3)。しかし、日本においては管理区域外でのRI使用が規制されている上に、注入された後のRIを含んだ組織の摘出物の扱いに関する法律が未整備であり、法整備に向けて現在準備がすすめられている。また、たとえ被爆量が小さくとも被爆をすることには変わりなく、年間多くの症例を扱う外科医、看護婦、病理医などのスタッフにとっては大きな問題となる。従って、非RI法によるリンパ節同定法の開発が望まれている。我々は生体内にRIコロイドの代わりに磁性微粒子を注入し、リンパ節に流れ込んだ微量の磁性微粒子を検出するためのHTS-SQUID磁気センサ診断システムの開発を行っている。以下、これまでに得られた知見を述べる。
2.実験装置
図1に我々の提案する磁性微粒子を用いたセンチネルリンパ節生検の概略図を示す。
本方法は予め体内に注入された磁性微粒子(直径10nm)の位置をSQUID磁気センサで検出するものである。本装置の開発のポイントは数センチメートル離れた磁性体微粒子の信号をいかにして高感度に検出するかにある。
磁性体微粒子としてはマグネタイト(Fe304)やマグヘマタイト(γFe203)などがMRI造影剤などの用途で医療用に開発されており入手が可能である。これらは磁性体としてはフェリ磁性を示し永久磁気モーメントを持つが、粒子サイズが数10ナノメートルと小さくなると超常磁性の特性を示すようになり、室温ではほとんど永久磁気モーメントを持たなくなる。従って、何らかの方法で磁化する必要がある。これまでに強いパルス磁界を印加してその直後の11100秒程度の減衰を計測する方法や4)、直流磁界を印加して磁性体双極子からの磁界を計測する方法5)が考案されている。我々は交流磁界を印加して計測する方法を提案する。磁性体微粒子としてはマグネタイト(Fe304)をコアに持つものを用いた。コアの直径は約11nmで周囲がデキストランでコーティングされており、その外径はおよそ100nmである6)。
まず、我々は磁性体微粒子の検出原理を実証するために図2に示す模擬実験装置を作製して実験を行った。図中のチューブは実際のセンチネルリンパ節生検を行うときに、磁性微粒子を注入する血管を模擬したものである。
このチューブに磁性体微粒子試料を流し、電動式シリンジポンプを用いた空気による圧力伝達機構によって、計測部位であるSQUID磁気顕微鏡7・8)上まで移動させて磁気信号を計測した。チューブはヘルムホルツコイルに通されており、ヘルムホルツコイルによって軸方向に平行な100Hzの変調磁界が印加される。磁束密度は9×10-5~1×10-4テスラ程度とした。図3はヘルムホルッコイルとSQUIDの位置関係および磁力線を示したものである。図からわかるように、ヘルムホルツコイルのほぼ中央に、2つのコイルの磁界が打ち消し合う点が存在する。ここにSQUID磁気センサを配置することにより、コイルからのz軸方向の磁界が入力されないのでSQUID磁気センサ特有の磁束トラップが生じにくく、また、信号増幅時に障害となるバイアス磁界の影響がなくなるので、装置の感度が向上する。そしてSQUID上を磁性微粒子が通過するときに、微粒子からの磁界成分Bzを検出することによって粒子の存在を確認することができる。
SQUIDからの磁気信号はいったんロックインアンプに入力されて位相検波される。この方式では変調磁界と同じ100Hzの信号成分のみを復調するため、狭帯域フィルタをかけたことと同じことになり、SQUIDの雑音の大きい1/f領域を用いなくともよい。また、ロックインアンプの後段で時定数τ=0.33秒の積分器を設けてフィルタリングするため、さらに対ノイズ性能が向上すると期待される9)。
3. 実験結果
図4に試料を流したときに得られた信号波形の一例を示す。このとき用いた試料は65μgの鉄を含有し、チューブの長さにして8mm、体積にして5.8μ4に相当する量とした。流す速度は約0.33~1.1mm/secであった。またSQUIDセンサと試料との距離は10mmとした。縦軸は磁気信号を磁束量子φo(2.07×10-isWb)の数に換算したものである。明瞭な磁気信号が得られており、試料の左右の端部がセンサを通過するときに大きなピークが現れることがわかった。このことから微粒子は均一に溶液中に分散されており、個々の微粒子の磁気双極子が信号として現れるのではなく、微粒子の集合体が一つの大きな双極子を形成して信号として現れることがわかった。
次に磁気信号強度の距離依存性を示す。用いた試料の濃度は4種類で、各試料溶液に含有される鉄重量は324μg,162μg,110μg,65ugであり、長さは約8mmとした。図5に示すように各濃度の試料からの磁気信号はいずれも距離に対して2乗に反比例して減衰することがわかった。本来、電磁気学の教科書によれば双極子からの磁界は3乗に反比例するlo)はずである。これは双極子からの距離rと双極子長4との関係がr>>Qを十分満足しないために、それぞれの単極の信号がセンサでとらえられたものと考えることで理解できる。
次にこのシステムでどの程度微量な磁性体微粒子を計測することができるかを評価した。ここでは、SQUIDセンサと試料との距離を1mmと40mmの2条件で計測した。1mmはセンサを試料に接近させることができる限界であり、また、40mmはセンチネルリンパ節生検に必要と思われる距離である。結果を図6に示す。いずれも信号強度は濃度に比例しており、1mmのときで0.36ngのFe量が検出限界となることがわかった。また、40mmの場合は1.6μgが限界となることがわかった。これらの量はセンチネルリンパ節生検には十分な量であるばかりでなく、抗原抗体反応の定量評価などにも使用できる感度であるといえる11),12)。
3.まとめ
センチネルリンパ節生検に応用できるSQUIDを用いたナビゲーションシステムの開発を進めてきて、今回、交流磁界変調法を用いた超常磁性微粒子検出原理の実証を行った。今後、実用センサを設計試作し動物実験へと進める計画である。また、それに止まらず抗原抗体反応の定量分析への応用展開も進めていきたい。