2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

中学生・高校生におけるパフォーマンスを通した科学的思考力・表現力の育成とその実践による検証

実施担当者

森本 信也

所属:横浜国立大学 教育人間科学部 教授

概要

1.はじめに
 学校教育法において学力は三つの要素として規定されている。「基礎的・基本的な知識・技能」「思考力・判断力・表現力の育成」「主体的な学習態度」である。最も重視されている要素は、「思考力・判断力・表現力の育成」である。PISAや国際的な数学・理科教育調査であるTIMSSの結果から、日本の児童・生徒においては、思考力・判断力・表現力の育成が喫緊の課題として示されたからである。児童・生徒は学習成果を咀嚼し、適切に表現することに課題があったのである。
 平成23・24年度から実施されている中学校・高等学校の理科学習指導要領ではこうした課題を反映させ、理科学習の成果として観察、実験の結果を「分析・解釈」する能力の育成が、主要目標の一つとして措定された。観察、実験結果について考察し、科学概念として理解することが求められたのである。しかしながら、平成24・27年度に実施された文科省による「全国学力学習状況調査」の中学校理科の評価において、中学生(3年生)の考察する能力、すなわち観点別評価の「科学的な思考・表現」に関わる問題の平均正答率は、24年度調査では48%、27年度では49%とほとんど改善傾向は見られなかった。依然として、中学校理科教育において科学的な思考力・表現力が十分育成されていなかったのである。高等学校理科学習への影響は必至である。本研究においては、中学校と高等学校の理科教師が、生徒の学習状況に関する情報を共有し、その改善の方策について協同的に検討した。生徒のパフォーマンスを理科授業において逐次評価し、科学的な思考力・表現力を育成することで、上述の課題解決の方途を見いだすことを研究の目標とした。


2.研究の視点と方法
(1)科学的思考力・表現力を評価するための枠組み
 中学生・高校生の科学的な思考力・表現力の育成のために、二つの視点から評価項目を設定した。これは、学習の目標を示すものであり、理科授業における指導の視点と言い換えられる。
 先ず、第一の分析の視点は、表1に示した「理科学習に必要とされる記憶要素」である。ホワイト(White,R.T.)は、理科学習における科学概念の構築を、表に示す多様な要素から措定した 1)。ことばのみの記憶を求める学習を排し、イメージやエピソード等の多様な要素の組み合わせからなる、科学概念構築指導の必要性を重視した。表はこのような指摘を加味して分析したものである。

(注:表/PDFに記載)

 このような分析を基に、理科授業における生徒への指導を想定するとき、授業で提示される多様な情報に対して、彼らにどのような処理とその成果の表現をすべきかを明らかに示すことができるのである。結果として、生徒は理科学習の成果をどのように表現するのかを、自覚することができるようになるのである。科学的思考力・表現力をどのように習得するのかを自覚することができるのである。
 第二の分析は、理科授業の各段階でこれらの要素を基にして、生徒にどのように思考したことを表現させるのかを指導する視点を明らかにすることである。理科授業のはじめの段階である予想や仮説を設定、観察、実験結果の整理、考察、結論を導出する等のそれぞれの段階での思考を表現させる指導と評価の視点の分析が必要である。表2に示すソーヤ(Sawyer,R.K.)の分析による「知識についての深い学習」は、こうした指導と評価にとって有用である 2)。
 表はソーヤの指摘を基に、理科授業にそくして分析を行ったものである。科学的思考力・表現力は、表に示す理科授業の各場面での一つひとつの学習の充実を通して形成される。また、同時に表1の学習と同様に生徒には、自覚的に進められる活動として位置付けられるものでなければならない。
 生徒のパフォーマンスを通した科学的思考力・表現力は、こうした二つの視点からの指導と評価を通して充実する。これが研究を進める上での仮説である。
(2)評価の枠組みを検証する方法
 指導の視点として、表1に示す理科学習で必要とされる思考表現の多様性、並びに表2に示す理科授業における多様な活動での思考表現にそくして、生徒にパフォーマンスを促し、彼らにその有用性を実感させ、その学習の成果を常に表出させた。
 今年度は、平成24・27年度全国学力・学習状況調査で、両年度ともに平均正答率が40%台であった中学校物理分野を中心にしてその指導を行い、生徒における科学的思考力・表現力の充実度を評価した。表1・2の指導の充実が求められる領域であり、かつこの分野の充実が高等学校物理の学習へも当然のことながら影響を与えると考えるからである。

(注:表/PDFに記載)


3.研究の結果と成果
 中学校理科における物理分野での電気の学習を通して、パフォーマンスを通した生徒の科学的思考力・表現力がどのように変容したこのかをここでは、事例として報告する。
 図1は直列回路と並列回路における電流の流れ方を表現したものである。表1に示したストリング、命題、知的技能としてのデータの読みの反映、イメージを駆使した表現がなされている。加えて、表2に示した科学概念の背景にあるデータの理解、既習の経験を基にした、電流概念の深い学習が成立していることが明らかである。
 ここで、重要なことは生徒一人ひとりに、観察、実験から得られたデータを読み取り、図にあるような自分で納得できる表現を行わせることである。教科書にある表現を復唱することになっても、自分なりにその意味を作り上げることにここでの活動の意味はある。表2の深い学習の意味するところでもある。
 同様の形態の学習は、図2に示す電圧、図3に示す抵抗の学習においても踏襲されていった。図1と同様に生徒による明確な視点からなるそれぞれの科学概念についての意味構築がなされている。
 さらに、図1~3に見られる科学概念についての意味構築が、確実に観察、実験の読み取りによりなされた根拠を生徒の表現から見ることができる。図4に示す、生徒の観察、実験データ、特にグラフ読み取りの視点がそれである。プロットからのグラフの傾向の読み取り、変数の同定、内挿、外挿等の表やグラフからのデータ読み取りにとって必須の要素を、生徒は電気での学習の成果として習得することができたのである。上述した全国学力・学習状況調査で示された課題達成の端緒が開かれた。


4.今後の研究課題
 本報告では中学校の物理分野の学習に限定して、理科学習において中学生の課題であった「分析・解釈」する能力の伸張が、表1,2に示す視点からの指導と評価により充実することを明らかにした。化学、生物、地学分野の学習においても、こうした能力を活用していくことは容易に想像できる。図4に示す生徒の観察、実験データに関する読みの考え方が、こうした考え方を確証に導く。当然のことながら、教師によるこうした視点からの一貫して指導が必須であることは言うまでもない。
 次の教育課程における学習の中心として、文部科学省はactive learningの必要性を提案している。理科授受業を対象にすれば、本報告にある実践が未だ試行レベルであり、通常の授業形態として公立学校に定着していないことを指摘したものと思われる。特に、こうした学習の必要性が、高等学校教育並びに高大連携を充実させるための視点から主唱されたことに注視する必要がある。学校間の連携が課題解決の鍵である。