2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

中学生の科学的探究能力を向上させる理数コンペティション

実施担当者

中村 琢

所属:岐阜大学 教育学部 助教

実施担当者

山田 眞智子

所属:岐阜大学 教育学部 理科教育研究室

概要

1.はじめに
 近年の日本の理科教育では,目的意識を持って観察,実験などを行い,科学的に探究する能力と態度を育て,科学的な見方や考え方を養うことが目標とされている。加えて次期学習指導要領改訂に向け,学習者主体型のアクティブラーニングをはじめとする教授法改革に注目が集まっている 1)。学習者主体ではあっても,その教育手法は様々な種類があり,教育効果も当然異なることが予想される。
 そこで本研究ではアクティブラーニングが学習者に及ぼす情意面での影響を調査し,初等中等教育の理科授業に活かせる教育手法の知見を得ることを目的に,探究活動の機会を設けた。中学生に理科数学の教科を横断した課題を与え,グループで探究活動を行い,解決に至る経験をさせた。2015年8月18-20日の2泊3日の合宿とし,岐阜大学において実施した。


2.活動の規模
 本活動を「中学生科学探究ラボ SQUALL 2015」と名付け,探究活動と科学者との対話を2本の柱として設計した。岐阜,愛知,静岡から中学1-3年生27名と若手研究者5名,中高の教員2名が参加した。教員志望の大学生7名と大学教員1名がTAとして運営にあたった。学年,学校の異なる5,6名の中学生とTA1名がグループを編成し,すべての活動はグループで行った。


3.活動の日程
 表1に示す日程で探究活動合宿を行った。活動のメインは班(グループ)による探究活動と科学者との対話である。学年,学校の異なるメンバーで計6の小グループを編成し,活動の大部分はグループ単位で行った。宿泊やコミュニケーションの活動は,グループではなく全員で行った。

(注:表/PDFに記載)

 初対面のメンバーでもコミュニケーションを取れるように,科学をテーマとした屋外のオリエンテーションやアイスブレイクを工夫した。


4.探究活動
 探究活動のテーマは「時間を計る装置の開発」とした。課題として(1)10分間を正確に測る,(2)音楽の鳴っている時間を正確に測る,の2問とし,3日目に競技会でタイムを競い,探究の過程をポスターで発表して総合的に順位を付けた。(1)は時計としての機能,(2)はストップウォッチとしての機能を持つものである。この課題は数学および理科,技術の教科横断的内容で身近な題材にし,自由な発想を可能とすること,性能を数値で評価できることなどを考慮し設定した。探究活動に必要となる道具類を予め用意しておいた。

(注:表/PDFに記載)

 探究時間は実質2日間であり,限られた時間内で科学的なプロセスを経て,課題解決に至ることを求めた。参加中学生は知恵を出し合い,生き生きと探究活動する様子が見られた。TAが探究活動のファシリテーターとなりコミュニケーションを促進させた。
 グループでの探究活動は,方針の決定,実験方法の検討および装置の開発,データの取得,結果の可視化,モデル化,モデルの検証,探究のまとめなどであり,すべての過程で議論が必要となった。
 実際に中学生が探究活動で開発した時計の概要と活動中に見られた工夫点を表2にまとめる。全グループが異なる方法による時計を開発した。


5.探究成果競技会
 合宿最終日に探究成果の競技会とポスター発表会を実施した。競技会は2つの競技に分けて行い,基準時間とのずれにより順位付けを行った。競技会の結果を表3に示す。競技(1),および(2)においていずれも振り子の等時性を利用したグループが最も正確な測定を行った。ガリレオガリレイの時代から使われている振り子時計は,小学校5年の理科の条件制御のところで扱い,すでに学習済みであることから精度の良い時計として機能することを知識として持っていたようである。

(注:表/PDFに記載)

 どのグループも,異なる事象の時間変化を測定し,その再現性を確認してモデル化し,10分間の変化を予想していた。競技(2)の曲の時間の計測では,参加中学生が知らないであろう曲の音源を用意し,曲を流し始めると同時に開発した時計を用いて,曲の終了時までの時間を計測させた。いつ曲が終わるのか,わからない中で計測を続ける難しさがあった。


6.ポスター発表会
 合宿最終日に探究活動の競技会とポスター発表会を実施した。各グループは探究の過程や実験方法,結果,考察等をポスター1~4枚でまとめた。発表方法は2グループずつペアを組み,一方のグループがペアのグループに対して3分間で発表し,他方のグループが聞
き役となる。その後2分間の質疑応答を行う。
終了後,交代して同様に行った。全6グループが他のすべてのグループの発表を聞けるように繰り返した。発表ではグループで発表者を固定せず,メンバー全員が発表するようにした。1回の発表時間を少なくし,複数回全員が発表することによって,参加中学生全員が自身の言葉で説明できた。


7.教育効果の評価
 本事業の成果を明らかにするため,選択式のアンケート調査を,活動前と後に実施した。アンケートは全39問からなり,各質問に対して,①あてはまらない,②あまりあてはまらない,③少しあてはまる,④あてはまる,の4段階で回答させた。①と②を否定的回答,③と④を肯定的回答として回答比率の変容を比較し,比率の差について両側t検定で有意差を評価した。有意差が認められた項目について結果の抜粋を表4に示す。

(注:表/PDFに記載)

 結果から,他者と相談し物事を行うことへの意識は,この事業の前後で肯定的に有意に変容した。活動を通じてコミュニケーション力に向上があったと考えられる。また,自分の意見をまとめることと他者に伝える表現力,コミュニケーション力,根拠を持つという科学的思考力が,この活動の前後で有意に向上した。アクティブラーニング型の活動がこれらの意識向上にも効果があることがわかった。
 さらに,合宿中の1日ごとに自身の成長した点について自由に記述させた。この記述文中にある語句をカテゴリーに分類し,その出現頻度を測定した。語句のカテゴリーは,①思考力・表現力に関する語,②知識・理解に関する語,③コミュニケーション力に関する語,の3種とした。3日間で全27名が書いた記述文は合計233文であった。そのうち分類した語句の出現回数,記述した生徒の数および割合を表5にまとめる。
 この結果から,参加中学生全員が自身の思考力・表現力やコミュニケーション力の成長を実感していることが分かる。

(注:表/PDFに記載)

 一方,探究活動の成果物のポートフォリオ評価として,参加中学生が言語表現し作成したポスターを表6の評価基準を用いて評価した 2)。評価基準に対して達成できていれば1点,できていなければ0点として得点付けした。2名の評価者の合意により観点評価のばらつきができるだけ出ないようにした。

(注:表/PDFに記載)

 全6グループのポスターの評価を,表6の基準に従ってまとめたものが図2である。項目別の合計得点をチャートで示してある。全グループが基準を満たすと6点になる。この結果から項目2(手順のまとめ),3(変数定義),4(対照・比較)を達成できていることが分かる。これより証拠を収集する力は概ね活動を通じて身に付いたと考えられる。5のデータの質の考察,再実験については時間的な制約もあり,達成度が低かった。また,項目6(傾向の特定),7(グラフ化)については半数以上が達成できていることから,今回の探究活動を通して,データの取得および可視化ができていることがわかる。一方で,仮説を明確化することや結論を導きだす項目は得点が低かった。

(注:図/PDFに記載)


8.科学者との対話
 探究活動と並行し,もう一方の柱として科学者との対話を実施した。5名の若手科学者にそれぞれ自身の研究の紹介と,これまでの経験談を踏まえて中学生への講話,対話をした。講話の内容は,原子核乾板を用いた素粒子物理学実験,火山のレントゲン写真を撮ることによる地震の予測,スーパーカミオカンデ実験で巨大科学に挑む話,カスミサンショウウオの保護と多様性の解析,天体観測など,実習や実演を含むものであった。さらに,サイエンスコミュニケーションの専門家による,情報を伝える技術,コミュニケーションの方法についても実習を含めて扱った。研究者の経験を含めた話は多くの中学生に,科学への興味を刺激するものであり,中学生から多数の質問があった。


9.まとめ
 本研究ではアクティブラーニングが学習者に及ぼす情意面での影響を調査し,初等中等教育の理科授業に活かせる教育手法の知見を得ることを目的に,探究活動を実践した。
 その結果,学習者が主体的に実践でき,活動を通じて思考力・表現力やコミュニケーション力の向上が得られたことが明らかとなった。また,これらの力に対して,参加中学生自身も成長したと実感していることも明らかとなった。
 一方,科学的能力として仮説を明確する力や,結論を導く力が不十分であることが分かり,今後それらの能力を収得できるような手立てを盛り込んだ手法を考案していく必要がある。
 中学校の通常の理科授業内においても仮説の立案,結論づけをさせる取組みが重要になるであろう。