2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

中学生の科学的探究能力を向上させる理数コンペティション -中学生科学探究ラボ「SQUALL2016」-

研究責任者

中村 琢

所属:岐阜大学教育学部 准教授

概要

1 はじめに

新しい学習指導要領(案)によると,中学校理科の目標は,自然の事物・現象を科学的に探究するために必要な資質・能力を育成することを目指すとし,次の3点で構成されている。(1)自然の事物・現象についての理解を深め,科学的に探究するために必要な観察,実験などに関する基本的な技能を身につけるようにする。(2)観察,実験などを行い,科学的に探究する力を養う。(3)自然の事物・現象に進んで関わり,科学的に探究する態度を養う。今回の改訂は,科学的に探究する資質・能力の中身を具体的に示し,育成する過程で必要な科学的な考え方を照理した。本研究は,今回の学習指導要領改訂を踏まえて理数の教科横断の探究活動と小グループによる協働的学び,アクティブ・ラーニングを取り入れた活動を実践し,学習者に及ぼす影響を調査する。2016年に実施した活動りでは,抽象的な科学のテーマに取り組んで情意面で成果を得た。今年度はテーマを具体化して絞り,より科学的な探究プロセスを経ることを主なねらいとした。加えて,生徒個人の役割を明確化し,科学を中心としてコミュニケーションカを育成させるよう工夫した。

2 活動の内容

昨年に引き続き,中学生と教員を対象とした「中学生科学探究ラボSQUALL2016」を実施し,探求活動と科学者との対話を活動の柱とした。2016年8月17-19日の2泊3日で,岐阜大学を会場とした。岐阜,愛知,静岡,京都から中学32名が参加した。若手研究者2名,中高の教員2名が対話を重視した科学の講義を実施した。大学教員l名と教員養成課程の大学生9名が運営にあたった。特に咋年度のノウハウを活かし,TAの学生はプログラムの設計段階から関わった。昨年はグループの人数を5,6名としたが,グループ内でより小さなグループで活動したり,活動に集中できなかったりするメンバーがいる場面も見られた。1人ひとりの参加度を麻めるためにSQUALL2016では1グループ4名にした。学校,学年,性別をばらばらにした8グループを編成し,各グループにTAを1名配置した。3日間の探究活動ではグループを活動の主体とし,宿泊やコミュニケーション活動等は別の集団又は全員で行ない,多数の参加者同士がコミュニケーションをとる機会を意図的に作った。TAは指導者の役割ではなく,グループの議論や活動を活「生化するためのファシリテーションを担った。

2-1 活動の日程

3日間の日程を図1に示す。活動は2泊3日の全時間を使い,朝から夜まで探究活動に十分な時間を費やした。学生TAはファシリテーターとして全活動を牽引した。教員は生徒の活動に一緒に参加し評価および審査にあたった。2日目には互いの勤務校での教育実践を発表しあい,科学探究能力を向上させる指導法および評価について議論した。学生TAも議論に加わった。

2-2 科学コミュニケーション

初日の冒頭には,理数の様々な課題について,グループで議論しながら解決する科学オリエンテーリングを実施した。生徒は互いに初めて知り合う集団の中で活動を始めることになる。人間閃係の早期の構築が,その後のグループ活動を円滑で積極的な推進するのに必要であり,ゲームの要素を盛り込んだ科学オリエンテーリングは最滴である。オリエンテーリングでは,科学の間題に解答しながら岐阜大学の柳戸キャンパスを練り歩くもので,大学見学の要素も含む。身近な化学物質の性質を利用したパズル,化学反応式を完成させる問題,生物学,地学,物理学の小間を解くと現れるキーを用いるもの,キャンパス教員・TAの活動閲会式オリエンテーリングの審査活動グループのファシリテーション勤務校の指導事例発表と討論活動グループのファシリテーション競技会の審査発表指導,競技会の審査,閉会式講評に隠された宝を探すもの,数列の計算,増殖の仕方の予測など,理数の知識を求めるだけでなく,それらを用いて考える問題とした。
難易度は高等学校のレベルも含み難しいものとしたが,グループで各自の得意分野を活かしながら対話するにはちょうど良い課題であった。

2-3 探究活動

探究活動のテーマは,「物の密度を測る装置の製作」とした。2日目までに装置を開発し,最終日の競技会は,与えられた時間内で未知の物体の密度を測るコンペティションである。競技会では物体を複数出題し,値の精度,探究の過程,プレゼンテーションにより評価する。初日の午後にテーマを発表し,密度の定義と求め方を復習した。練習課題として密度の既知の1円玉,10円玉硬貨,立方体の金属などの測定から開始した。密度を測る装置の開発には,電子天秤ばかりや密度計などの電子機器の使用を認めたが,競技会では製作した装置およびノギスのみ使用可能とした。作製された装置の概要は物質の密度を直接測るものではなく,質量を測る部分と体積を測る部分からなる。質量を測る装置は,力のモーメントを利用した天秤ばかりなどが考案された。工作の精度により,測定値が異なり,各グループで様々な工夫がなされた。体積を測る装置は,直接計算等で測る方法やアルキメデスの原理を利用して水中からあふれる水の体積を測る方法などが考案された。

2-4 競技会

探究活動の競技会では製作した装置を用いて,5つの競技を実施した。競技内容は(1)形状の異なる5種類の金属片,(2)大きさ,材質の異なる3種類の球,(3)木片,(4)空気,(5)粉末,である。いずれも形状が複雑で体積の見積もりが難しく,グループによってすべて異なる形状である。水中で水を吸収する素材や水に浮いてしまうもの,(4)は風船等に入れても体積の測定が難しいなど,様々な困難を伴う物を盛り込んだ。

2-5 ポスター発表会

合宿最終Hの競技会終了後に,ポスター発表会を実施した。ポスターには探究の過程と工夫した点,実験方法,得られた結果,考察等を2枚にまとめた。発表方法は2グループがペアを組み,一方のグループがペアのグループに対して3分間で発表し,他方のグループが聞き役となり,2分間の質疑応答を行う。終了後,交代して同様の方法で行った。発表では発表者を固定せず,メンバー全員が毎回何かしら発表するように指示した。1回の発表時間を少なくしたことや,全員が複数回発表することによって,自身の言葉で説明できるようになった。回を重ねるにつれ,発表技術が向上し,質問が鋭く,返答も改善していくことを確認した。教員とTAが発表の様子を見て,表2の審査基準に基づき審査した。

3 教育効果の評価

今回の活動の教育効果を調査するために,活動前後で,受講者に質問紙による調査間題に解答させた。情意面については,昨年と同様のアンケートに回答させた見質間の内容と結果を表3に示す。活動前後で,今回の探究活動のテーマである,密度の正しい概念を獲得した生徒の割合が有意に増加し,誤答およびわからないと回答した生徒がいなくなった。情意面のアンケート結果では,「理科を学ぶことは,将来役に立つと思いますか」,「グループで仮説を立てて,観察・実験することは役に立つと思いますか」,「根拠を持って,課題に対する意見をまとめたり,誰かに説明したりすることはできますか」の項目で肯定的回答の割合が統計的に有意に増加した。

4 科学者との対話

若手科学者から今取り組んでいる研究の紹介と,これまでの経験から学んだことを中学生に話していただいた。神戸大学の中野佑樹さんには,宇宙の謎に迫る物理学の研究を紹介していただき,国際共同実験で協働的に取り組むことの重要性を話していただいた。岐阜高等学校の矢追雄一先生には自身の生物学の研究経験とカスミサンショウウオなど高校生と一緒に取り組んでいる日本トップレベルの課題研究を紹介していただいた。静岡北中学校の本多安希雄先生にはカメおよび水質調査の研究の紹介を通して,中学生に研究を進める意義とおもしろさを伝えていただいた。いずれの対話においても中学生から活発な質間が続き,時間を延長するほど盛り上がった。

5 まとめ
参加した中学生は,科学的に考える経験を通して,正しい科学概念を集団の討論の中から獲得できた。協働的な学びに対して好意的に捉えており,理科に対する意識の有意な向上が確認できた。船はなぜ沈まないのか,という間いに対して,すべての参加者が論理的に解答できた。運営を担当した教員志望の大学生は今回のTAの経験を有意義なものと認識しており,教育職の面白さを感じたようである。