2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

中学理科(運動とエネルギー領域)における課題探究型授業の構築について

実施担当者

三浦 雅美

所属:札幌市立中央中学校 教諭

概要

1.はじめに
 中学1年において「光・音・力による現象」は、中学理科においてエネルギー領域についてはじめて学習する内容である。「力による現象」の学習は、地球上のすべての物体にはたらく重力やそれとつりあう抗力、摩擦力など日常生活によく見られる現象であるにも関わらず、不得意とする生徒が多い。生活の中で様々な物体に力がはたらく現象に対して、どのような力がはたらいているのかを見出したり、力の作図(矢印)を適用して考えたり、イメージすることを不得手としている。
 特に、力がはたらく現象の応用としての圧力(水圧、大気圧)に関する学習や浮力についての学習では、さらに複雑な思考が必要になるため教師側が講義形式で一方的に解説をして理解させる授業になりやすい。しかし、これでは事象に対して生徒自らが獲得した知識とはいえず、深い理解までつながるとはいえない。


2.研究の目的
 本研究テーマにある「課題探究型授業」とは、生徒が自然現象(事象)を見て疑問を感じ、学ぶ必然性を感じ、自ら課題をたてて学習を進めることを授業の基本形式とする。具体的には、1コマの授業の中で学習課題をたてて、課題を解決するための観察・実験を行ない、考察し、仲間との情報交流(協働的な学び)を通して結論を導き出すような学び方である。
 このような学び方を繰り返すことで、より主体的に学びを推し進めるような探究する学びを展開したい。
 本研究の目的は、このような課題探究型の授業を構築することを目的とする。


3.研究の方法
 本研究では、中学校第1学年理科エネルギー領域「力による現象」における「水圧・浮力」を題材として取り組んだ。
 特に、「物体にはたらく力」に関わる現象を見て、「なぜだろう」という不思議さを感じることで関心を高め、「どのような力が原因なのか」あるいは「何に関係があるのか」という、生徒自らが問いを見出すような教材・教具を開発することで、主体的に学びを展開できる方法について研究を進めた。
 「水圧」に関しては、「水中で物体にはたらく力」について、理科室では実施できない水深での水中の物体の変化について動画を作成して、授業に使用した。
 「浮力」に関しては、水圧で学んだことを生かして、浮力が物体のどのような事柄に関係しているかを予想し、実験を通して課題を解決する授業展開を行なった。
指導計画の概要は以下のとおりである。指導計画(項目5が本研究)

中学1年 理科 エネルギー領域
『力による現象』指導計画
1 力にはどんな性質があるのだろうか
・力のはたらき
・力の種類
2 力の大きさはどのようにすればはかれるのだろうか
・力の大きさ
・力の大きさとばねののびとの関係【実験】
→力とバネの伸びとの規則性の発見
・重さと質量
3 力はどのようにして表すのだろうか
・力の表し方
・力の見つけ方
4 なぜ紙コップはつぶれないのだろうか
・圧力【実験】
→物体の面積とスポンジのへこみ方との規則性の発見
5 水中で物体にはどのような力がはたらくのだろうか
・水深10mで物体にはたらく力【実験】
→水深と水圧との規則性の発見
・浮力の大きさを調べよう【実験】
→水中にある物体の体積と浮力との規則性の発見
6 ペットボトルがつぶれるのはなぜだろうか
・大気圧


4.本研究で用いた実験動画・器具に関して
(1)水中実験動画について
 水圧についての学習は、40㎝ほどの透明アクリル水槽とゴム膜付き円筒を用いて実験を行なう。(図1参照)
 この実験で、円筒の向きと円筒両端のゴム膜のへこみ方で、水圧のはたらく方向が全方向であることと、水圧が水深に関係があることを理解する。
 しかし、水深が深くなった場合の水から受ける力の大きさについては測定の方法がない。また、「より深い場所では水圧はどれくらい大きくなるのか」という新たな疑問をもつことも考えられる。さらに、深海に対する関心があり、「しんかい6500」などの深海探査艇について興味をもつ生徒がいる。いずれも、理科室では再現できない事象である。この点を補う教材として「水中の物体にはたらく圧力」という動画を作成した。この動画から「さらに深いところではどれだけの水圧が加わるのか」という新たな疑問に答えることができる。さらに、深海探査などの最先端科学について知るための一助になると考える。
(動画DVD 別添付)
【水中動画について】
①撮影した物体
A:炭酸飲料が入った未開封PETボトル
B:密封した空PETボトル
C:風船
②撮影機材(図2参照)
・上記A~Cをフレームに取り付ける
・水中カメラをフレームに取り付ける
・水深計を取り付ける
③撮影方法
・海洋で撮影機材を持って潜水し、水面から水底、水底から水面まで連続撮影
・水深計の数値データも写し、水深と物体の形状変化について記録を残す
④撮影内容
Aは内容物が液体成分であることから、水深が深くなっても変化しない。
さらに、水中で振って開封する。
Bは水圧によりつぶされ大きく変形する。
Cは水圧によりつぶれるとともに、浮力によって上に伸びるように変形する。
(2)浮力測定用体について
 浮力の学習の最終的な学習目標は「浮力の大きさ」が「水中にある物体の体積」と関係があること見出すことである。この事実を生徒自らが見出させるためには、「浮力が物体の何に関係があるのか」を課題として実験を行なう必要がある。

・水深 ・物体の重さ ・体積
・水圧 ・物体の素材 ・物体の密度
生徒が考える浮力に関係する事柄

上記の事柄のうち、「重さ、形、素材、体積」については、密度測定用体を用いた。(図3参照)

 密度測定用体は、アルミニウム(図3右)、ポリ塩化ビニル(図3中)、木材(図3左)の3種の素材である。さらに、それぞれの体積は40㎝3と20㎝3の2つがある。これによって、素材による違い、形(体積)による違い、重さによる違いを比較しながら調べることが可能となる。木材については水に浮く(水に対して密度が小さい)ことから、密度の違いに気付くことができる。


5.具体的な授業実践について
(1)水圧に関する授業実践
 動画「水中の物体にはたらく圧力」使用。
《授業の導入》
 まず、3つの物体(炭酸飲料PETボトル、空PETボトル、風船)を水深10m付近まで沈めた場合に物体がどのようになるかの予想をたてさせる。このとき、前時のゴム膜を使った実験結果から予想をする。
 この場合、中空物体については前時の実験から水圧によってつぶれる事が予想できる。そこで、生徒に空気中で水中に沈めた同じ空PETボトルを手の力でつぶす実験を行なう。さらに、握力計でその生徒の握力を計測する。
《授業の展開①》空PETボトルについて
 水面から水底(水深10m付近)までの動画を見せる。空PETボトルのつぶれる様子を確認し、先ほどの生徒の手の力によってつぶれたPETボトルの様子と比較する。生徒の握力は中学1年平均で約25kg(250N)で、ペットボトルは半分ほどつぶれる。これに対して水深約10mではPETボトルはほぼ完全につぶれていることが動画からわかる。
 水深10m付近の水圧を約1atm(1気圧=1013hPa)とし、PETボトルの表面積0.044m2から、水深約10mでPETボトルにはたらく力は約4450N(445kg)となり、水中では、手の力に比べて約18倍大きい力がはたらいている事が理解できる。1)
《授業の展開②》炭酸飲料入りPETボトル動画では、水深10m付近で容器の変形は見
られない。ここでは空のPETの変形に対して「なぜつぶれないのか?」という問いが生じる。さらに、水底(水深10m付近)で炭酸飲料が入ったPETボトルを振って開封する動画を見せる。気体成分が出ているのがわかるが、液体成分が出ていないことがわかる。
《授業の展開③》風船
 動画では、風船が上方に伸びていることと、形状が水面よりも小さくなっている様子が確認できる。ここでは「なぜ上方に伸びるような形状変化が起こるのか」という問いを生じる。
《授業のまとめ》思考を深める交流活動
 上記の展開①~③の結論を記録するとともに自分の予想と比較してどうであったかを確認する。さらに、その現象が起きた理由について、これまでの既習事項をふり返って自分の考えを他者と交流する。
 授業の最後に班ごとの考えを発表して、結論を導き出した。(図4参照)
 この学習を終えて生徒が新たに感じた疑問には、「先生(私)が潜水した場合、先生の体は水圧で変化するのか」というものがあった。スキューバダイビングにおける人間の体が受ける水圧の影響は、体全体としては、人体成分の60%は水分であることから、水圧による形状変化は起きない。しかし、鼻腔や中耳内耳など空間がある部分は影響を受ける。2)この現象は、水中だけではなく、登山や航空機搭乗による気圧(大気圧)変化によるものであり、水圧の学習から他の学習への関連性につなげることができた。
(2)浮力に関する授業実践
 「浮力測定用体」を使用。物体が水に対して浮いたり、沈んだりする原因について課題解決する学習を展開した。
《授業の導入》
 「水面に浮かぶ船」と「水中で静止して浮かぶダイバー」にはたらく力について、力の矢印で表すことから始めた。(図5参照)
 地球上の全ての物体にはたらく重力については既習事項であるが、重力だけでは重力方向に物体は動いてしまうことから、「水中の物体には重力とつりあう力がはたらいているのでは?」という考え方をもつ。この上向きの力を浮力と呼ぶことを伝えて授業を展開する。
《授業の展開①》浮力は何に関係があるか
 「浮力が物体の何に関係があるのか」という問いをもたせて、関係があると考えられる事象を実験班内で話し合わせる。
 この際、既習事項である質量、重さ、体積、密度、物質の材料という物体をはかる量についてふり返るように促す。話し合い終了後ホワイトボードに書き出す。(図6参照)
《授業の展開②》実験計画をたてる
 展開①で考えたことを確かめる実験で使う物体や方法について考える。この際、「密度測定用体」をサンプル提示して、具体的な実験方法を班内で考えさせる。
 この場合、物体の浮力は「(空気中の物体の重さ)-(水中での物体の重さ)」で求めることも確認した。
《授業の展開③》実験を行なう
 展開②で考えたことを確かめる実験を実際に行なう。ある程度、実験が進んでいる状況で、他の班の実験結果を交流する機会をつくる。このことにより、おおよその見通しを持たせた。
結果として、浮力は「水中にある物体の体積に関係がある」事を導き出すことができた。
(図7参照)
《授業の展開④》規則性を見出す
 展開③で、浮力が物体の体積に関係があるという、定性的な関連性を確認できた。
 しかし、次に「どのような関係があるか」という疑問をもち、規則性を調べたいという考えをもつようになった。これは、定性的な関係から、さらに定量的な関係を調べる動機となったことを表す。
 ここでは、多くの生徒が密度測定用体の「同じ物質で体積が異なる物体」で実験を行なうことに気付いていた。具体的には、体積は40㎝3と20㎝3の2つで実験を行なうことで分かることを生徒同士の交流活動から見出させた。(図8参照)


6.まとめ
 課題解決型の授業は、教師が主体となって進めるのではなく、生徒自身が現象や事象に疑問を感じて、問いをもち、仲間と交流して学習課題の解決に向かうことを示す。この場合の教師の支援としては、いかに主体的な生徒の学びにつながる教材を準備できるかが重要となる。今回、水中における物体の変化を自主製作し、授業に活用できたことは、水圧という(中学生としては若干難易度が高い)概念を学ぶ意欲を高める一助になったと考えられる。さらに、密度測定用体は、物質の形状や密度から、浮力に関係する量を考えさせるのには最適な教材であった。
 このような、課題解決型の理科学習を積み重ねていくと、生徒は授業の度に「これは、どのような仕組みになっているのか?」とか「どうしてこのような現象になるのか?」などという疑問を自然に生じるようになった。そして、その疑問を解決するための方法を身に付けることで、さらに深い学びを展開しようとする姿が見られた。
 本研究のねらいである、興味関心を高めて、生徒自らが疑問を感じ、学習課題を設定して課題解決に向けて意欲的に学びを展開することについて一定の効果を得たといえる。
 今後の課題としては、ひとつの授業で課題解決をして、次の授業につながって学びを深めることで探究する学びにつながることと考えると、今後もさらに様々な教材を考案し、授業の展開を工夫する必要があると感じた。