1997年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第11号

不整脈発生源からの微小電位記録法の開発と応用に関する研究

研究責任者

相澤 義房

所属:新潟大学 医学部 第一内科学教室 講師

共同研究者

庭野 慎一

所属:新潟大学 医学部 第一内科 助手

共同研究者

池主 雅臣

所属:新潟大学 医学部 第一内科 医員

共同研究者

古嶋 博司

所属:新潟大学 医学部 第一内科 医員

概要

はじめに
これまでに,突然死の多くは頻脈性不整脈によることが判明している。さらに,これらの不整脈の機序はリエントリーにより興奮が心臓の一部を旋回することによることも判明している1・2)。
しかしながら,興奮旋回の場である不整脈起源の電気生理学的性質については不明点が多く,また抗不整脈薬の作用機序も不明であり,目下検討中である3)。
著者らはこの様な問題点に迫る目的で,心室頻拍起源の同定(マッピング)を行い,そこでの電気現象を捉えることおよび抗不整脈薬に対する反応の特徴を解析する一方,心筋からのより活動電位に近い形での電気現象を捉えるべく,微小電極の開発をめざしてきた。後者による所見は,取り出した心臓片または1ケの心筋細胞を単離して電気生理学的に検討するか(細胞電気生理学),またはカテーテル電極を心臓壁に押しつけて得られる傷害電流からによって推定している活動電位に相当する。
細胞電気生理学的な活動電位の記録は不整脈起源からの標本の採取が必須であるし,カテーテルの押しつけで得られる単相活動電位は,電極下の多数の心筋を傷害するため細胞特異性が失われる可能性があることと,カテーテルを押しつけるためには心表面からの情報に限られることなど,いずれも限界はあきらかである。
ここでは臨床的研究として不整脈起源からの微小電位の解析および抗不整脈薬への反応と,基礎研究としてはできる限り細い電極の開発を行い,実際に活動電位に近い電位を得る事ができる様になった。
臨床的検討
方法:申請者らはリエントリーを機序とする持続性心室頻拍において,不整脈の起源をマッピングした。対象は全例持続性心室頻拍を発症し,精査と加療を目的に入院となった最近の10例で,7例は陳旧性心筋梗塞を2例は拡張型心筋症を,残り1例は心臓手術例であった。心室頻拍は全例プログラム刺激で誘発可能で,エントレインメント現象などリエントリーを支持する所見が確認された1・2)。
カテーテルを用いてマッピングを行い,不整脈起源を同定しカテーテルをその部位に留置した。起源での有効不応期を期外刺激法で求め,また間接的に伝導能を我々が既に発表している最長途絶周期(ブロック周期と呼ぶ)をも求めた。またその起源での電位の振幅と持続時間も測定した。これらの諸指標をコントロール時に求め,抗不整脈薬としてメキシレチンを用いた後でも検討した。
成績:持続性心室頻拍は全例プログラム刺激で誘発可能で,周期は316±30msecであった。起源からの電位は,振幅は1.2±0.6mV,持続時間は146±50ms㏄と正常部位と比較して低振幅で分裂が認められた。(正常部位ではそれぞれ3.8±0.9mV,52±8msec)。ブロック周期は255±35ms㏄であった。
メキシレチン投与により心室頻拍周期は20±7%延長し,ブロック周期も22±13%の延長を示した。
局所電位は正常洞調律では不変であったが,心室頻拍中は持続時間は23±8%延長した。正常心筋部位では抗不整脈薬による変化は認められなかった。不応期は起源で253±12msecと正常部位の240±21ms㏄に比べやや延長していた。しかし抗不整脈薬投与でこれらの指標に有意の変化は認められなかった。
以上より活動電位をむしろ短縮するとされるメキシレチンを用いることで,心室頻拍周期の延長(徐拍化)や興奮伝導の途絶周期であるブロック周期の延長をきたすが,これらの2つの指標は,活動電位以外の要因で規定されていることが示された。と同時に抗不整脈薬は心室頻拍起源を形成する異常心筋に特異的に作用することも示された5)。しかしながら,この部位からの活動電位は測定されていない。更に,起源における不応期は決して一様とは考えられず3次元的な広がりを有している。従って,臨床例でリエントリー回路の全貌を明らかにすることは困難であるし,興奮伝導が途絶する部位も不明である。
心室頻拍の手術時や実験的心室頻拍で,3次元的な構築を明らかにする必要があるし,このためほぼ単一に近い心筋からの情報を複数の点から記録できるシステムの開発が重要である。
2実験的検討
方法:上記の臨床的検討からの要請に答えるべく,できる限り細い針電極の開発が必要である。これまでにステンレスや白金などで作られた針電極が用いられているが,これらは一定以上に細くすると柔らかくなり心筋に刺入できないという欠点が明らかになった。
当初電子回路の配線用に開発された50ミクロンの細さからなる金を含む合金による針電極の開発を目指したが,入手は不可能であった。
そこでタングステン電極を独自に開発した(図一1)。太さは0.1-0.2mmで,先端以外は電気的に絶縁状態とした。これに金メッキを施したものと非メッキの2種類も作製した。
成績:イヌを用い,径0.1mmと0.2mmの針電極の刺入と記録を試みた。0.1mmの電極では,動いているイヌの心表面からの刺入は困難であった。しかしその先端をカテーテルの先から数mm程度出す様な工夫をすれば,この太さでも心筋に刺入できる可能性があり,更に開発を進めている。
他方,0.2mmの針電極は,イヌの心表面から刺入可能で,図一2に示す様な電位が記録できた。刺入の深さを調節することで,心外膜側から心内膜下に至る電気生理学的に異なる性質の心筋からの活動電位が記録できると思われる。この針電極の抜去後の刺入部位からの出血はわずかであり,これは従来の電極に比べて大きく異なり,細胞傷害は小さい。
今後はこの様に得られた電位と細胞レベルでの活動電位との比較,従来のカテーテル電極を押しつけて得られる単相活動電位との比較などが必要である。また複数の同時記録を行い,興奮伝搬様式,発生部位,その他機序の解明に用いることができると考えられる。特にリエントリー回路内の活動電位や不応期のばらつきを検討することで,リエントリー性頻拍の成立過程や興奮伝導の途絶部位,さらに抗不整脈薬の特異的作用部位の同定など臨床的な疑問に手がかりを与えてくれると考えられる3)。
また,活動電位持続時間の延長に伴って認められる不整脈の発生機序と発生部位,および不整脈の維持機構の解明もより容易になると思われる。現在心不全や心肥大モデルにおける活動電位の変化を明らかにし,それと不整脈の発生の関連およびその治療法の確立のための基礎データを実験モデルで収集しつつある。
このように,侵襲度の少ない方法でかつあらゆる部位からの心筋の電気活動の記録が可能になれば,不整脈特に心臓突然死の解明にも寄与すると考えられる。