1997年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第11号

三次元超音波法による心臓の動態評価と機能計測

研究責任者

三神 大世

所属:北海道大学 医学部附属病院 循環器内科学講座 助手

共同研究者

北畠 顕

所属:北海道大学 医学部 循環器内科 教授

共同研究者

山本 強

所属:北海道大学大型計算機センター 教授

概要

1.はじめに
心臓の超音波検査法,すなわち心エコー法は,心構造,心動態および心内血流をリアルタイムニ次元断層像として描出することができ,循環器疾患の診療に必須の検査法として広く用いられている。本法に熟達した検者は断層像のスキャンにより心病変の立体構造を類推できるが,このような熟練を得ることは決して容易ではない。また,三次元的診断情報の正確な伝達と客観性の保持には大きな困難が伴う。そこで,三次元心エコー法の意義は,まず第一に,心内の解剖学的異常をあるがままに立体的に表示し,その客観的な画像評価を可能とすることである。
三次元心エコー法の第二の意義として,三次元的心臓計測があげられる。循環器領域では,心腔容積や駆出分画など諸種の計測が日常的に行われるが,心エコー法,RI法あるいは左室造影法などから得られた二次元計測値から幾何学的仮定に基づき算出されている1)。これらを直接三次元的に計測することは計測精度の向上をもたらし,特に局所収縮異常のある虚血性疾患例での計測に際しその意義は大きいものと考えられる。
最近,このような臨床的需要とコンピュータの処理能力増大を背景として,心エコー画像三次元化の研究が世界的に活発化しつつある。しかし,そのための探触子位置情報の精度,心内膜面の辺縁抽出の難しさ,およびデータ収集と再構成に要する時間など,いくつかの間題がその実用化を妨げてきた。
本研究計画の目的は,心臓の三次元構造の動的評価と三次元的心機能計測を迅速かつ自動的に行うため方法論の開発とその臨床的有用性の評価を行うことである。そのために,①マルチプレーン経食道法を用いた良好な画像と正確な位置情報の収集,②RF信号解析にもとつく自動的心腔辺縁抽出法(acoustic quantification,以下AQ法と略す),③ボリューム光線追跡アルゴリズムを用いた三次元再構成・表示・計測ソフトウェアーの作成,および④ベッドサイドで得られたデータを迅速に処理するための大学内ネットワークの利用などを基本とした,独自のシステム開発を行うものである。
研究方法
(1)三次元画像化・計測システムの概要
三次元画像作成とその計測のために我々が作成したシステムを図1に示す。
ベッドサイドには,マルチプレーン経食道超音波端触子,超音波診断装置(HP社製SONOS1500または東芝社製SSH380A),三次元処理とマルチプレーン探触子制御のためのソフトウェアを搭載した市販型コンピュータシステム(Tomtec社製EchoScan)などの既存システムに加え,今回導入した画像伝送用ワークステーション(JCS社製JS5/70)を設備した。また,学内の大型計算機センターには,レーザディスクレコーダ,画像取込用ワークステーション(SUN Sparkstation-1)および三次元画像処理用ワークステーション(IRIS4D/30TG)が設置されている。なお,ベッドサイドの画像伝送用ワークステーションは,EchoScan装置のテータをオンラインで取り込み,これらを本学内のネットワークシステム(HINES)を通じて大型計算機センターに伝送するとともに,作成された三次元画像や計測値を参照するためのものである(図2)。
この度の研究では,①VTRを介してベッドサイドと大型計算機センターを結ぶ経路(オフライン法),②ベソドサイドの市販型三次元コンピュータで直接再構成を行う方法(ベッドサイド法),および③ベッドサイドと大型計算機センター間をHINESを通じて結ぶ経路(ネットワーク法)の三法を目的に応じて使い分けた。
(2)画像収集法
我々は広い視野と高画質の得られる経食道心エコー図法,とくに最近開発されたマルチプレーン探触子に着目した。これは,体外部分に搭載された小型モーターにより探触子振動子部分のみをプロペラ様に回転させるもので,正確かつ自動的な三次元データ収集を可能とする(図3)。静止ファントムでは,本探触子の振動子部分を水平(0°)方向から順次5°ずつ175Qまで自動的に回転させて,ボリュームデータを収集した。また,臨床例においては,呼吸曲線呼気相の1心周期(心電図R波から次のR波まで)の画像を30フレーム毎秒で収集し,同様に5°ずつの振動子回転により画像収集を行った。
ヒトの左室左房を模したファントム7個を用いた基礎的検討に加え,経食道心エコー法の適応となる各種心疾患36例(弁膜疾患12例,先天性心疾患8例,虚血性心疾患10例,その他6例)において三次元評価を行った。収集する画像は,目的とする病変に応じて,モノクロの断層画像,断層画像と断層像を消したカラードプラ血流像の両者,および左室AQ赤色表示画像を,ビデオテープまたはEchoScan装置に取り込んだ。
(3)画像再構成・計測のためのソフトウェア開発
オフライン法およびネットワーク法のために,①EchoScanデータの読み出しとオンライン画像伝送,③マルチプレーン画像の直交座標変換,④グレースケール画像とAQ赤色表示画像のレンダリングと三次元動画化(ボリューム光線追跡法),⑤左室容積計測法(volume cell counting method),および⑥左室局所動態展開表示法(左室体積重心からの壁移動距離計測)などのソフトウェア開発を行った。
成績
(1)心臓の解剖学的異常の三次元的評価
オフライン法およびベッドサイド法で,僧帽弁・大動脈弁疾患における弁形態異常や先天性心疾患における欠損口など,各種の形態・動態異常の動的三次元画像の観察が可能であった(図3)。
ベッドサイド法ではオフライン法に比し,画像収集と再構成に要する時間が大幅に短縮したが,画像処理の自由度には乏しかった。ネットワーク法により,心構造の半透明表示とカラードプラ画像の重畳表示など,新しい表示法の開発が可能となった(図4)o
(2)左室容積計測と壁動態評価
AQ画像のオフライン処理により,用手的トレースによらない心内膜動態の三次元画像化に成功した。三次元AQ法はファントム容積を実測値よりやや過小評価したものの,両者は極めて良く相関した(r=0.99,y=0.85x-2.5)。虚血性心疾患臨床例の左室内腔三次元動画化により,その壁運動異常部位を同定することが可能であった(図5)。また壁動態の展開表示により,局所壁動態異常の程度や範囲とその経時的推移を評価することができた(図6)。三次元計測した左室容積は左室造影法とよく相関し(r-0.93,y=0.84X-1.7),駆出分画はRI法とよく対応した(r=0.93,y=1.1x+1.1)。
考案
断層心エコー図法が循環器臨床に応用されて間もない1970年代の後半から,その画像を三次元再構成する試みが開始され1),探触子固定と方向認識アームなど諸種の工夫と画像の用手的トレースにより,Geiserら2)は左室の,Linkerら3)は右室の,またLevineら4)は僧帽弁の三次元再構成を行った。しかし,当時の超音波画像の画質,用手的トレースの煩雑さ,探触子固定アームの不便さ,コンピュータ性能の限界あるいはワイアフレーム型三次元表示のみにくさなどのため,普及するには至らなかった。
しかし,1990年代に入り三次元超音波の研究が活発化し5-14),体表アプローチに較べ,はるかに良好な画像と広い視野を得ることのできる経食道アプローチが注目されてきた5-8)。当初,水平方向断層像を引き抜く方法5)やバイプレーン探触子の縦方向画像を扇を振るように回転させる方法6・12)が用いられたが,本研究のようにマルチプレーン型探触子の振動子をプロペラを回すように回転させる方法7・8)が現状では最も正確で効率的な画像収集法と考えられている。
最近,心エコー画像の三次元化を目的に,超音波装置と連動しつつ心電図・呼吸同期下で連続的に収集した画像をその場で再構成する市販型専用コンピュータが開発された(Tomtec社製EchoScan)。本装置により画像収集から三次元再構成までの時間が大幅に短縮され,ベッドサイドでの三次元画像評価が可能となった。本研究の一部にもこの装置を使用したが,特に効率的な画像収集の面での有用性が高かった。一方,本装置では,カラー処理ができず血流像の三次元化が困難であるなど,画像処理の自由度が十分ではない。そこで,我々は本装置で収集したデータを学内ネットワークを通じて,高性能の画像処理用ワークステーションに伝送することで,より自由な三次化元処理を可能とした。これにより,カラードプラ画像と断層画像の重畳表示や三次元画像の段階的半透明化による階調表示など,高度な光線処理技術に基づく各種の新しい表示法の開発が可能となった。
心腔の形態と動きを立体的に評価することは,三次元超音波法の大きな目標のひとつである。例えば,循環器疾患中最も頻度の高い虚血性心疾患では,虚血部位に局所的な運動異常と形態の歪みをきたすため,現行の各種二次元画像を用いた評価法には限界がある。例えば,左室の容量やその変化率(駆出分画)は二次元画像を簡略化した幾何学的モデルにあてはめて算出されるが,三次元的計測が望ましいことはいうまでもない。
心腔容積の三次元計測については従来から多くの報告がみられるが4・5),その臨床応用を阻む最大の問題点が用手的トレースの煩雑さにある。このため超音波画像の自動辺縁抽出アルゴリズムの研究が進められてきたが15),画像処理を受ける前のRF信号解析に基づき,超音波装置内でリアルタイムに血液心筋境界を自動検出するAQ法16)が現時点では最も優れた手法と考えられる。我々はこのAQ法を用いて,可及的自動的に左室容積と壁動態を三次元計測する方法論について検討した。超音波装置からのAQ画像取り出しの制約のためオフライン法によったが,我々はファントムならびに虚血性心疾患臨床例の左室壁動態の動的三次元的計測・表示法の開発に成功した1η。AQ法には左室心内膜の内側をなぞり,左室容積を過小評価するという問題点はあるものの,データ処理のオンライン化により,客観的かつ自動的な壁動態計測法としての将来性が期待される。
最近,高度のparallel processing技術に基づき,扇状の二次元断面ではなく,ピラミッド状の三次元データを瞬時に収集することのできる探触子が米国で開発された(pyramidal volumetric scan)18)。現状ではこの技術は,自由な複数断面の描出への応用にとどまるものの,三次元心エコー法の将来に大きな可能性をもたらすものである。本研究の成果が,このリアルタイム三次元データ収集やコンピュータのさらなる進歩とともに,超高速またはリアルタイム三次元心エコー装置の開発に結実することを願って止まない。