2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

一重項酸素および一酸化窒素の特異的検出法としての高感度近赤外域発光分光装置の開発

研究責任者

鈴木 喜隆

所属:国立水産大学校 食品化学科 教授

共同研究者

水本 巌

所属:富山商船高等専門学校 情報工学科 助教授

共同研究者

野本 健雄

所属:三重大学 教育学部 化学教室 教授

共同研究者

依田 敏行

所属:郡山女子大学 家政学部 食物栄養学科 教授

概要

1.はじめに(研究目的)
近赤外域800-1700nmに感度をもつ高感度の発光分光装置を開発・作成し、一重項酸素(102)および一酸化窒素(NO)の特異的かつ高感度での検出、定量法を確立し、さらに感度を高める目的で研究を行った。
この装置を用いることにより、日焼けの解明および防止、102による光動力学的疾病、色素レーザー光増感による癌治療、生体内での102の発生・老化物質生成の研究、102による水質保全(ウイルス・細菌などの微生物除去)、さらに抗酸化剤の℃2への抗酸化力の測定による機能性食品の開発;平滑筋弛緩因子であるNOの特異的検出・定量、NOによる血圧調節機構、神経伝達機構、免疫反応機構の研究に関する特異的かつ高感度での直接的定性、定量研究への応用を検討する。
我々は、かつて新技術事業団・稲場生物フォトンプロジェクトにおいて、1988-90年にわたって近赤外域の発光分光分析装置を作成し、当時としては世界最高感度の装置を作成することに成功し、その装置を用いて、亜生化学系からの一重項酸素(102)よりの極微弱化学発光の検出、さらに、102に対する抗酸化反応速度定数の測定方法の開発に成功した。この装置はプロジェクトの解散に伴って解体され消滅した結果、我が国には近赤外域発光分光装置は一台も存在しないことになった。その後、我々の一員により、ある研究機関のために一台の装置が作成されたが、一般の研究者には使用出来ない状態が続いている。
このような事態を改善し、誰にでも使える状態にするのが我々の一つの目的である。我々は以前の装置を改良して、感度の向上に成功し、素人にも操作可能な新装置を作成し、生化学系からの102やNOの検出を可能にした。102の害を阻止する抗酸化剤の発見やその反応測度を測定し、機能性食品の開発を可能にし、さらにNOの生体内での機能の解明を期待できるように改良した。この装置は102およびNOの特異的検出装置として開発され、活性酸素の一員としての102の生体内での直接的・特異的検出、発癌や炎症、老化をもたらす原因物質102を効果的に阻止する抗酸化剤の発見・開発、抗酸化力の客観的評価、さらにその医学・食品化学への応用を目的とする。さらに、平滑筋弛緩因子として注目されているNOについては、血圧調節、神経伝達、免疫反応など多彩な生理作用に関与していることが明らかにされつつあるが、一方で、大気汚染物質NOxとの関連も云々されている。現在用いられているNOの化学発光剤との反応による発光分光分析法と比較して、本法は、非常に鋭敏かつ特異性をもち、必ずしも確立されていない高感度で特異的な直接的定性・定量的検出法になるものと期待でき、医学・生化学・食品化学への応用が可能となった。本研究では、種々の系からの一重項酸素や一酸化窒素の検出・定量を行う上での測定システムの改善・整備を順次検討すると共に、具体的な生体計測1診断を提示することを目的として検討を行った。
2.近赤外発光分光装置(一重項酸素の検出・測定法)1'5)
高感度で一重項酸素を検出・定量するには、発光分析が最適である。ウミホタルルシフェリン誘導体や、ルミノールなどの化学発光試薬が、一重項酸素で発光し、一重項酸素の検出・定量に使えることが分かっているが、他の酸素種によっても発光する場合が多く、一重項酸素を牝異的に定量できる訳ではない6-8)。一重項酸素そのものを特異的に検出・定量するには、その発光を用いるのが現在のところ最適である。
一重項酸素が基底状態の酸素に戻るときに余分のエネルギーの一部を光として放出する現象(蛍光またはリン光現象)には大きく二つの経路があることが知られている。すなわち、一分子の102からの近赤外域での発光と、二分子の会合体からの赤色の発光とである。従来から、主として検出の容易さから可視光(赤色)域での発光が一重項酸素の発生の証明として用いられてきた。しかしながら、この領域には他の発光種からの発光スペクトルが重なって出る場合が多く、一重項酸素からの発光かどうかの確証とはなり難い。この点、近赤外域での1.58、1.27、1.06,umの発光は他の発光が重なる可能性はまず考えられないことから、非常に強力な証明方法となり得る。
3.装置の検討
我々は高感度の近赤外スペクトルの発光分光分析装置を開発し、一重項酸素の検出・証明と一重項酸素に対する抗酸化能の測定法を二通り開発した(Ge-Pinダイオードを用いたTIA法とIn-Ga.Asを用いたCIA法)9-11>。
この方法を用いて、我々は予備的な実験装置により,脂質過酸化反応系やKBr/H202/ペルオキシダーゼ系からと、脂肪のヒドロペルオキシドをCe4+で酸化した場合に一重項酸素が発生することを初めてスペクトル的に実証した。この際、従来から言われていた二級ペルオキシドからの発生だけでなく、三級のペルオキシドからも一重項酸素が発生することをも見いだした12)。さらに装置を改良した本法により、食品系、生化学系からも極微量の一重項酸素の検出が可能となった。それと共に、一重項酸素の消光を用いて、食品成分などの抗酸化物質の抗酸化能を反応速度定数(消光定数)として評価することによる抗酸化物質の発見・開発と、一重項酸素を効率的に発生する不溶化色素(固定化色素)を開発することにより、一重項酸素によるウイルス類の不活化(殺ウイルス)によるエビウイルス病の治療に成功した。
4.成果
(1)一重項酸素の消去(抗酸化物質の発見・開発)
近赤外発光スペクトル測定装置(図1)の測定セルの位置に図2のような石英セルを置き、色素と抗酸化剤を混ぜた溶液を一定の流速で注入し、レーザー光で照射し、発生した一重項酸素による近赤外発光(1.27μm)のスペクトル強度の比Io!Iを測定し(図3)、それを抗酸化剤の濃度[Q]に対してプロットすると、1式
が示すような直線(図4:y=1+axの式)となり、その傾きから定数kqτの値が求まり、抗酸化剤と一重項酸素との消光定数kqの値が算出できる(ここで、τ=使用した溶媒中の一重項酸素の寿命(既知);Ioおよび1はQの不在下および存在下での発光強度)13,14)。この方法を用いて、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)や茶葉カテキン類をはじめ、種々の抗酸化剤の一重項酸素との反応速度定数を測定した(表1)。
その結果、SODがそれまで考えられていたように、スーパーオキシドとばかりでなく、一重項酸素と2.7xlOgM-ls-1の速度で反応することが確認された(注1)。また、ウミホタルルシフェリン誘導体(CLA,MCLA,FCLA)が6~2.9x109M-ls-1の消光定数を示し、SODとほぼ同程度のkq値をもつことおよびルミノールが、予測されていたよりも非常に速いスピードで一重項酸素と反応することが明らかとなった。さらに、先にウミホタルルシフェリン化学発光法によりスーパーオキサイドを速い反応速度定数で消光することを証明したお茶のカテキン類が一重項酸素とも非常に速く反応することが示された(発表論文617)、8参照)。
本法を使えば、微量かつ短時間で容易に客観的に他の物質と比較できる、一重項酸素に対する抗酸化反応定数を測定でき、さらに、機能性食品の発見・開発・抗酸化物質のもつ他の生理活性との相関を探ることが非常に容易となる。
(2)エビウイルスの不活化(一重項酸素の病気治療への応用)
ガン細胞や微生物への一重項酸素の効果については多くの研究が発表されているが、生体の本体を傷つけずに微生物のみを不活化または駆除するという本来の目的に沿うところまでは必ずしも行っていない段階にある。我々は一重項酸素により、ウイルスに冒されたエビの卵を、卵そのものを傷つけることなく治療し、ウイルスを不活化することに成功した。
吾々は、現在、東南アジアから、中国、韓国、日本、北米に至る広範なエビ養殖において、重大な脅威となっている急性ウイルス血症White Spot Syndrome(WSS;日本における別名Penaeid Rod-shaped DNA Virus(PRDV))の原因ウイルスを単離し15)、それにより汚染された海水を、水に不溶性の固定化色素を用いた光増感による一重項酸素によって浄化することに成功したが16)、この度、同ウイルスにより汚染されたクルマエビおよびイソガニ類の卵を同様に処理することにより(図5)、卵の艀化に影響を与えることなく、ウイルスを不活化することに成功し、本ウイルス病の治療に初めて成功した(表2)17冒20)。我々は、この処理法が他の海産ウイルスやバクテリアなどの微生物、さらに淡水産微生物のみならず、空気中に浮遊する微生物にも応用可能ではないかと検討中である。一重項酸素は水中での寿命(半減期)が10'6秒(空気中では10'3秒)と短く、分解生成物が酸素分子のみであるという特徴をもつが、このことを利点(注2)として活かした、より多くの応用が期待される(発表論文1-3,a
5.まとめ
以上、本研究では所記の一重項酸素に対する抗酸化速度定数の測定および一重項酸素によるウイルス不活化について成功を収めたが、それ以降の研究は目下鋭意検討中である。さらに、NOの発光に関しては未だに発表する段階に至っていない。今後、この分野においても格段の努力を払う所存である。
注1このことは、SODの添加物効果を使ってスーパーオキシド由来か否かを判定する場合、より慎重にならざるを得ないということを示唆している。
注2現在、食品やプールの水の消毒、ビニールハウスの消毒などに使われている塩素ガス、次亜塩素酸(塩)、過酸化水素、オゾンなどがいずれも寿命が長く、作業者や消費者への残留毒性が問題となっていることを考慮すれば、短寿命であることは一つのメリットであろう。