2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

ワンチップ時間分解分光分析システムの開発と生体計測への応用

研究責任者

岩田 哲郎

所属:徳島大学 工学部 機械工学科 助教授

共同研究者

荒木 勉

所属:大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム人間系専攻 教授

共同研究者

宮田 剛

所属:新居浜工業高等専門学校 機械工学科 助手

概要

1.はじめに
工業計測や分光分析機器などで使用される光検出器に対する一般的な要求は、小型、安価、高速応答性、高感度である。ここで特に、可視紫外波長域用の光検出器としては、光電子増倍管(PMT)が高感度という点で広く利用されている。しかしPMTは、高圧電源が必要であるし、後段の信号処理回路までをも含めた価格、形状、取り扱いの煩雑さ等を考慮すると、実際の製品への搭載がしばしば躊躇されることがある。一方、フォトダイオードのような通常の半導体光検出器では、感度不足に陥る場合が多い。
我々は、このギャップを埋める目的で、アバランシェフォトダイオード(APD)に着目した。すなわち、APDの逆バイアス電圧をオン・オフさせることによってパルス動作させ、小型で新規な低消費電力高感度光検出器の実現を考えた。またほぼ同様な発想から、最近市販されている超小型PMTにも着目した。PMTの場合は、高圧電源が必要ではあるが、内部ゲートをかけることによって、蛍光寿命測定などで問題となる励起散乱光の効率のよい除去が可能となる。つまり、パルス的なバックグラウンド光を除去する一方で、微弱信号を検出できる小型光検出モジュールが実現できる。感度の点では当然APDに優っている。ゲート手法そのものは既に多くの報告があるが、超小型PMTを利用することで、性能面で従来のものよりも向上させられるという狙いもあった。APDにしろPMTにしろ、このような発想に基づく光検出器は一言で表現すると、検出器自体に、ロックインアンプやボックスカー積分器の機能を持たせたものであり、機能付光検出モジュールと呼べると思われる。
機能付光検出モジュール製作の最終的な目的は、計測機器、分析機器など機器組み込み用のワンチップ小型光検出モジュールの実現である。ワンチップモジュール検出器そのものに、時間分解測光用機能や微弱光測光用機能などが付随している。本稿では、それらのモジュールの基本構成と性能評価、生体計測への応用の可能性について報告する。なお、本稿で紹介する2つの光検出器はいずれもマイクロ秒のオーダでの動作ではあるが、比較的容易にナノ秒のオーダに対応させられ、時間分解能などの点で、従来のものより改善できる可能性がある。しかし、この点については現在研究継続中であり、改めて報告したい。
2.光検出モジュールの設計と試作
2.1ゲート型APDを用いたロックイン光検出モジュール
ゲート型APDを用いたロックイン光検出モジュールと評価実験のためのブロック図を図1に示す。ゲート型APDモジュール設計の基本的な考え方は、APDに印加すべき通常の直流逆バイアス電圧を、パルス的に印加するということである。我々は、パルス的な逆バイアスの印加によって、通常の直流バイアス印加時よりも高利得が得られるという事実を見出した。この現象を利用して、10kHz程度で動作するボックスカー積分器、ロックインアンプなどの報告を行った。その特長は、非常に強い直流的なバックグラウンド光の状況下では、従来の直流バイアスAPDならば、APDのPN接合部が過剰キャリアによって飽和してしまうような場合でも、パルスバイアスにすればその影響を緩和でき、信号対雑音(SN)比の高い測定が行えるという点にある。しかしパルスバイアスを与えるためには、シリコンAPDの場合、ブレークダウン電圧を超える百数十ボルトの制御パルスが必要である。我々はこの問題を、APDのブレークダウン電圧よりも数ボルト低めの直流バイアス電圧を常時印加しておき、ゲ一ト動作時だけTTLレベルの信号を重畳させることによって解決した。利得も従来の直流バイアスAPDと比較して、6倍程度向上させられることを確認した。この工夫によってゲート制御がTTL信号によって非常に簡便に行えるようになった。
図1はそのようなゲート型si-APD(s2382,浜松フォトニクス)と、それに同期して動作する位相検波(PSD)IC(CD-505R2,NF回路設計ブロック)を組み合わせて、小型ロックイン光検出モジュールを構成した例である。模擬実験として、APDにはデューティ比50%、周波数10kHzで変調させたLED(GL5HD43,λ=635nm,SHARP)からの信号光と、直流駆動されたLD(λ=660nm,平均パワー;4mW)からのバックグラウンド光を同時に入射させている。ここでAPDのゲート信号周波数はfニ20kHz、PSDICの参照信号周波数はア=10kHzとして、図2に示したタイミング図のように、信号光のみをロックイン検出する。ここでAはAPDへの入射光を表し、BはAPDの出力、Cは最終的に得られる信号を表している。
2.2PMT内部ゲート方式光検出モジュール
APDの場合と同様な発想で、PMTゲート動作実験を行った。PMTゲートに関しては、既に多くの報告がなされているが、本研究では、最近入手できるようになった超小型PMTを活用することにより、さらなる性能アップを目指した。その根拠は、物理的に小型である故、PMT内の電子走行時間や、走行時間広がりが大幅に短縮されており、時間分解能の点でも従来のものより改善できる可能性が予想される点にある。しかし、本稿ではマイクロ秒領域でのパルスバックグラウンド光の除去という点に絞って報告を行う。
図3に試作モジジュールのブロック図を示す。使用したPMTは金属メタルパッケージタイプ(R7400,浜松フォトニクス)であり、その後段にPSDIC(CD-505R2)を配置した。PMTゲート制御手法としては、偶数番ダイノード同時制御法を採用した。すなわち、偶数番ダイノードのバイアス電圧を正規のバイアス電圧よりも数十ボルト低く設定しておき、ゲートオン動作時だけ相応のパルス電圧を印加する。そして、PMTゲートオン時のPMTカットオフ時に対する利得をバックグラウンド除去比(BGRR)と定義し、PMT印加電圧をパラメータとして、最適バイァス電圧とゲートパルス電圧の関係を調べた。その結果、PMT印加電圧に応じて、数千から数万のBGRRが得られることが確認された。実際のモジュールでは、後段にPSDICを接続することをも考慮して、第2,4,6番ダイノード同時制御法を採用した。
3.性能評価結果と考察
3.1ゲート型Si-APDロックイン光検出モジュール
図4は、入射信号光パワー対出力信号強度を、通常の使用法である直流バイアスAPDとパルスバイアスAPDの両者に対してプロットした結果である。ただし、ここではバックググラウンド光パワーを零としている。また、図4図5には、入射信号光パワーを一定(8nW)にした状態で、バックググラウンド光パワーを変化させたときの結果を示す。いずれの場合でも入射光強度が大きくなると、出力信号が飽和する傾向にあるが、パルスバイアスAPDの方が直流バイアスAPDよりも、高バックググラウンド光照射時に、よりSN比が高い測定が可能であることが確認された。
3.2 PMT内部ゲート法によるパルスバックグラウンド光の除去
図3に示したモジュールを用いて、非常に強いパルスバックグラウンド光の直後に生じる微弱光を検出するシミュレーション実験を行った。実験のブロック図を図6(a)に示す。ここでは、マルチ白色LED(EIS21-OW4Ap Type A,豊田合成)を使用し、蛍光減衰波形測定時における、励起散乱パルスバックグラウンド光と蛍光信号光のシミュレーションを行った。同図(b)に示すように、使用したマルチ白色LEDには、ワンパッーケージに、赤色2個、青色2個、緑色1個の計5個の独立したLEDが内蔵されている。ここでは、(c)図に示すように、赤と青のLEDをパルスバックグラウンド光とし、緑のLEDを30μsの時定数で指数関数的に減衰する電流で駆動し、これを信号光として検出した。バックグラウンド光の平均パワーはPMTカソード面上で150nWであった。図7に実験結果を示す。黒丸はPMTゲートを行った場合、白丸はPMTゲートを行わない場合である。通常の直流測光法ならばPMTの非直線性の影響が強く現れ全く測定できないような状況下でも、PMTゲート法の採用によって微弱光測定が可能になっていることがよく理解できる。
4.おわりに
APDをパルス動作させ、それと同期した位相検出器を縦続接続することによって、従来の直流バイアスAPDよりも、耐バックグラウンド光性能の高い光検出モジュールが実現できることを示した。また、超小型PMTをゲート動作させ、その出力に位相検出器を接続することによって、強いパルスバックグラウンド光状況下でも動作可能な、小型微弱光検出モジュールが実現できることを示した。これらは現在のところ、ゲートパルス幅がマイクロ秒のオーダ、繰り返し周波数が数10kHzのオーダであるが、設計によってはそれぞれもう1桁程度の改善が可能である。
今後、ナノ秒オーダの時間分解能のボックスカー積分器型光検出モジュールを設計製作し、生体計測への応用を行う予定である。本稿で報告したような機能付光検出モジュールはワンボード化、場合によってはワンチップ化が容易であり、例えば、生体試料の顕微鏡下での蛍光寿命測定装置や高速液体クロマトグラフィ用時間分解蛍光検出器、血液中の酸素濃度モニタ等の、分析機器組み込み用信号検出モジュールとしての応用が期待できる。