1992年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第06号

レーザー光音響・蛍光法による多項目同時イムノアッセイシステムの開発

研究責任者

升島 努

所属:広島大学 医学部 総合薬学科 教授

共同研究者

池田 佳代

所属:広島大学 医学部  技官

概要

Ⅰ.まえがき
医療検査,生化学的定量において多用されているイムノアッセイ法の簡便化,迅速化,高感度化を目指し,高感度検出法による多項目が同時に検出可能なイムノアッセイシステムについて研究を行った。
検出法としてはレーザー光音響法を中心手法とし,これによるイムノアッセイ系の手法確立,検出の安定性,定量性,多項目化の可能性,そして微小域集積化に備え顕微検出の可能性について検討した後,更に多項目化に際して有効なレーザー螢光との併用同時検出の可能性を検討した。
また,多項目化の際再問題となる,抗体の交差反応性を検討した後,ヒト尿中のマーカー蛋白質の定量にも応用した。
II.内容
1.検出法
a.レーザー光音響法
光音響効果は1880年ベルによって発見された。物質に光が吸収されると,光エネルギーを得て励起状態にある分子は,発光や化学反応のエネルギーとしてこのエネルギーを使う以外は,最終的に熱として放出し,もとの基底状態に戻る。光音響法はこの熱を測る手法である。今,図1(左)のように,光を回転翼などで断続して,物質にあてると,熱も試料表面で断続的に発生し,周囲の空気を膨張収縮(つまり圧力波(音)を発生)させる。試料を図1(右)の様な,密封した容器(セル)に入れ,そこにマイクロホンを置くと,その圧力波でマイクの振動板が揺れ,光吸収の大きさが,圧力波(音)の強さとして捉えられることになる。これを光音響法という。このような原理から,本手法は,1)試料そのままで,固体でも測定できる,2)レーザーの様に光強度を上げると信号は比例して増加し,高感度化が容易である,などの特徴がある。我々が本研究で固相でのイムノアッセイを試みるのは,この光音響法の特徴の生かせた高感度分析が可能となる為である。
b.レーザー光音響顕微法
光音響信号強度は,上記の様に光の強度(単位面積あたりの光束数)に比例する。そこで,He-Neレーザービームを集光し,その面積あたりの強度を上げれば,微小域で分子数の絶対数が低くても検出できることになると考えた。そこで,顕微鏡を用いてレーザー光を集光し,それを走査することにより,顕微像が得られるレーザー光音響顕微システムを開発した(図2)。
c.レーザー光音響・螢光同時検出法さらにこの顕微鏡の光導入部に,ハーフミラーでArイオンレーザービームを重ね,ダイクロイックミラーを用いて螢光成分を3眼式顕微鏡のカメラ用開iI部に導き,フォトンカウンターでその強度を測る装置に改造した。
2.イムノアッセイ法
a.レーザー光音響固相イムノアッセイ法
光音響検出に適したイムノアッセイ系を色々検討した結果,光学的,熱的に均質で,抗原,抗体の吸済が容易に出来る,ニトロセルロース膜を固相とする系が最も適していることが解った。抗体或いは抗原の吸着条件,他の吸着サイトの牛血清アルブミンによるブロック法,染色条件などの条件検討を終え,図3の様な,アッセイ系を確立した。ニトロセルロース膜上直径3mm域に吸清させた抗原に,第一抗体を結合させ,次に第一抗体に対し,パーオキシダーゼ(PO)を結合させた抗体(第二抗体)を結合させる。この様にした試料をDiaminobenzidine(DAB),過酸化水素共存下で反応させると,POとの反応で脱プロトン化されたDABが蛋白質である抗体.上に吸着し,この部分のみが茶色に染色される。これをレーザー光音響法で測るのである。
本手法により,ヒトλ鎖の検量線を求めると,検出限界がlngとなり定量範囲も1~1000ngと広く,C.v.は250ngで7%であった。
b.レーザー光一音響固相顕微イムノアッセイ法
さらに落射螢光顕微鏡の励起光源部分を取り外し,ここからHe-Neレーザービームを導入すると,直径40μmの集光スポットが得られた。aの結果得られた,直径3mmの染色された領域に,このビームを焦点を外して広げて照射しても,またスポットして当てても,照射領域内で試料の染色度が均質であれば,信号は変わらない事を発見した。これにより,微小域でも同じ信号が得られることが分かり,早速そのビームを走査しながら信号を画像化する,図4のような一走査型光一音響顕微装置に改良した。
微小域の検量線を得るには,全量既知の大スポットを走在し,得られた図5のようなハターンから,その総信レナ積算強度(バックグラウンド差引)を求め,領域内に含まれるステップ数で割れば良い。このようにして求めた検量線を図6に示す検Ⅲ感度は40μmφでのヒトλ鎖が0.1pgとなり,検lll:線はS字型となり,0.1~300pgの範囲で定曝:可能となった。
この手法を,擬似ランダム分布試料〔全量10ng),ヒト胎児すい臓,脾臓の5,um厚の組織切片中のヒトλ鎖の微小域定量に応用した。その結果を図7〔a~d)に示す、図7(a)は,既知10ngをランダムに分布させた場合の信号強度像で,これから図7(b)の量的画像に変換する非線形変換なので,コンピューターで変換し,罫線内のTotal量も評価出来るようにした罫線で囲った領域内で全量{変換積算値)が画面左上に示してあるが,罫線内で10.7ng,34ng,11ngである。10%程度の誤差が見込まれるが,この結果から,将来多項目試験紙が集積化された時の,有望な手法が開発できたと考える。問題はその走査スピードで,今は数時間の走査時間が必要であり,やり方の根本的改善が必要である事もわかった。
3.多項目イムノアッセイ法の開発
a.レーザー光音響多項目イムノアッセイ法
多項目化を達成するため,まず光音響法の固相検出における高感度性を利用した酵素抗体・固相イムノアッセイ系を検討した。
対象を上記の多発性骨髄腫マーカーのひとx型及びλ型L鎖,ヒトIgGの3種を選んだ。アッセイ手順は2.aと同様であるが,一枚のニトロセルロース上の異なった3ケの直径3mmの部位に,それぞれこれら3種の抗原に対する抗体が吸着されている。この様子を図8に示す。抗体には交差反応性があるので,これら3種抗体の吸着したニトロセルロース片を,1種の抗原溶液に浸し,その後,酵素標識第二抗体溶液への浸潤,洗浄後,染色,乾燥という径路を経て,測定した。この操作を3種の抗原に対し,濃度を変えて行った。その結果得られた検量線を図9~11に示すJ図9はヒトλ鎖の検量線で,抗ヒトλ鎖が当然高い反応性を示すが,抗ヒトIgGもある程度λ鎖と反応する事が分かった。IgGのL鎖にはλ,κ両タイプの鎖がある為当然ではある。図10はヒトx鎖の検量線で,この場合,抗ヒトIgG抗体が,意外に高いx鎖との交差反応性を持っていることが分かった。図11はIgGの検量線で,当然抗ヒトλ,κ鎖抗体も交差反応を示している。この様に,同時多項目化に伴い,必然的に交差反応性を考慮した,それぞれ各種成分の定量解析法が必要であることが分かった。
抗体それぞれの抗体価が異なり,インキュベーション時間などの各種条件により検出範囲は変化するが,現時点で20ng/ml~5,ug/mlの範囲で定量出来る事が分かった。検出限界は光音響法の検出限界でなく,バックグラウンドの上昇によるもので,現在その点の改善を進めている。再現性は日内変動でc.v.7~11%であった。
b.レーザー光音響・螢光多項目イムノアッセイ法
図12にアッセイ原理を示す。今回は対象を同じヒトλ,x鎖,IgGとし,その内抗ヒトx鎖抗体をFITC(フルオレッセインイソチオシアネート)標識したものに,また抗ヒトλ鎖をPE(ピコエリスリン(螢光性蛋白))標識したものに変えた。抗ヒトIgGは,他と同じもので,光音響検出する事とした。図13にそれぞれの螢光スペクトルを示す。FITCは緑色の,PEは赤色の螢光を発し,共にArイオンレーザーの488nmの発振線で励起される。この両者の螢光は波長が大きく離れているので,570nm以一上カットのフィルターの挿入でFITCの螢光値を,未挿入でPEの螢光値を(FITCの螢光寄与を前者の値から評価し差し引くことにより)求めることが出来た。光音響法によるIgG値は染色の度合いを,上記の螢光に影響を与えないHe-Neレーザーの633nmの光をあてる事により求めた。
しかし,螢光検出の場合の問題点は,光照射の際の螢光強度の減衰である。そこで,その減衰の時間変化をレーザー照射強度を変えて測定した。図14に示すように,予想どうりFITCは大きな滅衰を示したが,PEはレーザー照射に対して安定であることが分かった。この結果から,照射出力は0.1wとし,データは照射後10秒から30秒までの強度の積算値とすることにした。一方図15に見られるように,光音響検出の方はきわめて安定で問題ない。
これらから,3種抗原に対する検量線が図16,17の様に求まった。図16より,蛍光標識抗体は交差反応性が低く,IgGにはあまり反応しない。検出範囲は20-50ng/mlから1μg/mlで,再現「生はc.v.で6~10%であった。光音響法によるIgGの定量は,前記と同様で,定量範囲は50ng~2μ9/mlであった。
4.ヒト尿中のマーカータンバク質の定量
本手法の臨床的応用の準備として,上記2法を適用して,健常人尿中の3種タンパク質の定量を行った。その結果を光音響法に対しては表1,光音響・蛍光法に対しては表2に示している。どの評価も無交差を仮定したもので,他の手法で評価した結果を比較の為下欄で示している。λ鎖の健常人レベルは良い一致を示しているが,評価した中で特にx鎖の存在量が表1の場合大きい。これは抗κ抗体の抗体価が低く,信号が小さい所に,交差によりかなりこの部分が強く染色された為と考えている。一方表2では,このx鎖は適切な値を示している。これは,螢光標識抗体の方が交差反応性が低かった為と思われる。IgGなどは,抗体λ,κ鎖抗体ともよく結合し,この効果を計算に入れると,真の値は,更に低いものとなるであろう。現在その為の非線形一多次元連立方程式のコンピューター数値解析法を開発中である。
5.おわりに
当初の目的をほぼ達成し,レーザー光音響・螢光多項目イムノアッセイシステムの実現に近づいた感がある。試験紙を定量するには,濃度が高ければ,通常の反射吸収測定でもよく,ヌ、クリーニングには,それも今後多用できる。本研究は多項目化の際の固相使用に着眼を置いた点が新しく,今後テレビカメラなどの面検出器などの採用により,より迅速な検出法を持った,アッセイシステムへの展開も考えられる。実際我々は,X線光源も含め,そのような異なった検出手法での開発も,この研究をきっかけに始めた所である。