1990年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第04号

レーザーフローサイトメトリーによる細菌の分類・同定システムの開発とその臨床応用

研究責任者

横地 高志

所属:福井医科大学 医学部 微生物学講座 助教授

福井医科大学医学部微生物学講座 教授

共同研究者

谷口 慶治

所属:福井大学 工学部 情報工学科  教授

概要

1.まえがき
現在,細菌の分類あるいは同定は光学顕微鏡を用いて行われている。しかしながら細菌の大きさは極めて小さく,光学顕微鏡の分解能だけでは,不十分であり,細菌にさまざまな染色をして,その形態学的特徴を調べ,ようやく分類,同定が可能である。このため,細菌の分類・同定には染色操作という煩雑な手技が伴い,多量の検査材料を短時間で操作することは極めて難しい。他方で,細菌の同定は生化学的特徴を利用してなされている。この場合,菌類は単一でなければならず,一度細菌を培養し,その後生化学的検査をせざるを得ない。このため原因菌を同定するのに数日を要する。この場合,原因菌が不明のまま,治療を開始せざるをえない。このため臨床側から治療開始時において,最低限の原因菌に関する情報が速やかに得られるシステムの開発が望まれている。そこで,我々は,患者からの臨床材料(たとえば,尿,膿,血液,浸出液,喀疾など)を細菌浮遊液のまま,レーザーフローサイトメトリーを用いて,検体中に存在する細菌を解析し,それを画像処理することによって短時間(分単位)で大まかな原因菌が推定でき,臨床医が治療開始にあたって,適切な治療及び治療薬を選択することを可能にするシステムの開発をめざした。
2.システムの概要
図1は,フロー方式により細菌の計測をおこなうシステムの構成を示したものである。このシステムは大きく分けて,流体系,画像撮像部,制御,画像処理部の三つの部分から構成されている。流体系は,細菌を流す部分で,主な構成要素はチャンバである。チャンバは石英ガラスで作られており,上部に細菌の注入口が設けられていて,下部よりポンプで流体を吸入するようになっている。細菌の測定が行われる部分は非常に細い管になっている。
図2は,シースフローの概要を示したものである。チャンバ上部より注入された液体がシース(鞘)となり,細菌を包み込むようにして流れていく。このため,細菌はチャンバの細管部の中心付近のみを流れるようになっている。
画像撮像部において撮像用光源には,細菌を静止画像として撮像するためにパルス幅が約10nsの窒素ガス.一ザーが用いられている。また撮像用のTVカメラには紫外域まで感度をもつCCDカメラが用いられカメラの前には顕微鏡が設置されている。TVカメラに接続された画像メモリーは,1フレーム当たり515×512×8bitのものがもちいられており,TVカメラからのテレビ信号をリアルタイムでA-D変換して画像メモリーに記憶する。また,同時に読み出しを行い,モニターTVに出力することができる。チャンバ内を流れていく細菌には,一定の間隔で窒素ガスレーザー光を照射させてTVカメラで撮像する。TVカメラからのテレビ信号は,A-D変換され画像メモリーに記録されるとともに,ビデオテープレコーダー(VTR)に記憶される。制御・映像処理部は,CPUに68000をもつマイクロコンピューターで構成されていて,このマイクロコンピューターで,画像撮像用の光源や画像メモリー装置などのシステムの制御を行う。また9VTRに記憶された画像を画像のメモリー装置を介してテジタ・し量のデータとして取り込み,画像デ一タの記憶,画像の処理が行われるようになっている。チャンバの壁面に付着したゴミは雑音を消去するために以下のような処理を行った。図3は,細胞を透過光で撮像した場合のモデルである。(m,n)を空間変数として,チャンバへの入射光束パターンFp(m,n),チャンバの光源側の壁の透過率パターンをFO(m,n)細胞の透過率バターンをT(m,n),チャンバのカメラ側の壁の透過率パターンをFO'(m,n)とすれば,カメラに入る光束パターンF1(m,n)は,
F1(m,n)=FO(m,n)T(m,n)FO'(m,n)Fp(m,n)
で現される。この式から,T(m,n)はつぎのようになる。
T(m,n)=F1(m,n)/{FO(m,n)FO'(m,n)Fp(m,n)}
ここで,{FO(m,n)FO'(m,n)Fp(m,n)}は細菌が映ってない画像の値を用いている。
3.成果
3-1球菌,粁菌識別処理と識別結果
図4は,単球菌の識別の方法として,まず単球菌のみの識別を行う第一段識別処理の手順を示したものである。第一段階識別処理において単球菌と識別されなかったもの,つまり円形度0.78より小さいものは杵菌または球菌の集合体である。第二段階の識別処理として,軒菌と球菌の集合体とを識別する。図5は,第二段階識別処理の手順を示している。詳細な識別処理の方法は省略した。この第一,第二段階識別処理を用いて,細菌画像300枚(球菌150枚。粁菌150枚)に対して行った識別結果は,表1である。表中の正当数とは,球菌の場合なら対象物を球菌と識別した数であり,粁菌の場合なら粁菌と識別した数である。全サンプルの80%以上について,粁9球菌の識別が可能であった。
3-2各種球菌の識別処理と結果
表2は,単球菌,連鎖球菌,ブドウ球菌に分けたときの正当率を示したものである。単球菌は91%.連鎖球菌は83%,ブドウ球菌は78%の正当率を示した。ややブドウ球菌の正当率が低いのは,連接面が分かれないものが多数存在し、それらを分離して,識別できなかったためと考えられた。
3-3長粁菌と短粁菌の識別結果
表3は,長粁菌,短粁菌の正当率を示したものである。長柱菌はほぼ確実に識別できた。一方,短粁菌は円形度が高く,粁菌として識別するのが困難であるものが存在していた。したがって,短粁菌においては必ずしも正当率が高いとはいえなかった。
3-4杵菌の長さと幅の算出
図6は,粁菌の長さと幅の算出の手順を示したものである。まず,直線状秤菌と弧状粁菌とに分類し,次に直線状秤菌に対しては外接長方形を用い,弧状粁菌に対しては細線化による線図形を用いて算出した。ここで直線状粁菌と弧状秤菌を分類しておくのは,直線状 aであれば細線化を行う必要がなく処理時間が短くてすむためである。図6は,粁菌の長さと幅を示したものである。(A)のように,外接長方形の短辺W1と,重心を通るx軸(j軸)方向の長さW2を算出し.次式のようにW1とW2の比Cを求める。
C=W2 / W1 × 100
Cの値が90%以上のものは直線状粁菌とし,90%より小さいものを弧状粁菌とした。直線状粁菌の場合は,(B)に示すように外接長方形の長辺Lと短辺Wを算出する。直線状粁菌の長さと幅は,それぞれ長辺Lと短辺Wで与える。弧状粁菌の幅は,(A)にしめす重心を通るx軸(1軸)方向の長さW2で与える。3種類の粁菌について上記の方法により長さと幅を算出した。処理した画像の枚数は,それぞれ100枚である。表4は,この結果を示したものである。表中の測定値は,従来の顕微鏡検査などにより測定されている値である。また,算出値はここで行った方法により算出した値である。3種類とも同じような長さの菌が最も多く出現しており,平均の長さにも大差はない。従って,この算出結果からは,粁菌の分類をするのは困難であると考えられた。それぞれの粁菌において最も多く出現している粁菌の長さは,測定値より短くなっている。また,幅については逆に若干広くなっている。長さと幅の比を見たとき,算出値は測定値に比べ小さくなっており,かなり丸く見える。実際,フロー方式により撮像された粁菌は目視においても測定値にあるような長細いものではなく,まるくみえるものが多かった。今後,フローシステムにより撮像される細菌の形状について,顕微鏡で観察されるものとの違いなどを検討する必要があると考えられた。
4.まとめ
フローシステムにより得られた細菌画像に対する識別処理および結果について述べた。細菌はその種類や形態が様々であるが,球菌と粁菌に大別するだけでも治療開始時には貴重な情報であることから,まずこの2種類の識別を試みた。約8割の菌が粁菌あるいは球菌と同定が可能であった。さらに連鎖球菌,ブドウ球菌の同定も約8割が可能であった。一方,球菌と短粁菌とを識別することはかなり困難であった。その主な原因として,焦点のずれによって細菌の形状が実際とは異なって見えることが考えられる。さらにチャンバの改良が必要である。杯菌の長さと幅の算出では,直線状の粁菌と弧状の粁菌が存在するため,直線状の杯菌に対しては外接長方形を用い,弧状の粁菌に対しては細線化による線図形を用いて長さと幅の算出を行った。3種類の秤菌を比較してみると,3種類とも大まかな値は既知の測定値と一致したが,微妙な差異を測定することは困難であった。
以上の結果から,我々のフローシステムはかなりの細菌の分類・同定が可能であることが明らかになった。さらに撮像環境の改良を行い,より良好な細菌画像が得られるようにすることによって,より確実な細菌の識別ができるようになると考えている。また,細菌数の自動計測のできるフローシステムの開発に現在着手している。