2001年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第15号

ラット用運動負荷時エネルギー代謝測定装置の開発及びその適用―糖尿病性腎症に対する運動処方に関する研究―

研究責任者

鈴木 政登

所属:東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座 講師

概要

1.はじめに
2型糖尿病(NIDDM)は運動療法の適用と考えられ、糖・脂質代謝面からみた多くの改善例が報告されている。しかし、運動は腎疾患に対する増悪因子の1つに数えられ、糖尿病由来の腎症を合併した糖尿病患者に対し運動療法が適用しうるか否か、および腎症を合併した糖尿病患者の運動処方については明かにされていない。
本研究では、糖尿病性腎症モデルラットOLETFを用いて約2ヶ月間低強度、中等度および高い強度の運動療法を施行し、糖・脂質代謝および腎の機能的、形態学的観察を行い、糖尿病性腎症に対し運動療法が適用され得るか否か、適用されるとすれば適切な運動強度はどの程度かを調べることにした。運動による腎の機能的、形態学的観察を行うためには動物モデルを用いなければならない。また、運動強度を詳細に把握するためには、運動負荷装置とエネルギー代謝測定装置とが併設された装置を用いなければならない。ヒトを対象とした装置は数多く市販されているが、小動物用の装置は開発途上であり、いずれもきわめて高価で、しかも不備が多い。
そこで、本研究では既設の酸素(02)、二酸化炭素(CO2)分析装置および記録装置を用いて、ラット用運動負荷時代謝測定装置の開発およびそれを用いた糖尿病性腎症モデルラットによる運動療法をおこなった。
2.ラット用運動負荷時エネルギー代謝測定装置
本装置の見取り図を図1に示した。
トレッドミル走行面等すべてをアクリル樹脂板で密閉し、前・後方に直径8mmの穴を2ヶ所あけ、後方に吸引ポンプを取り付け、一定流量で吸引する。吸引ポンプ排出口に酸素(02)、二酸化炭素(CO2)分析センサーを設置し、トレッドミル内02,CO2濃度変化を記録器に連続記録する。代謝装置内天井にファンを2ヶ所設置し、装置内を混和し、気体濃度を一定に維持するようにした。さらに、装置内に温度計及び湿度計を設置し02,CO2濃度を同時記録し、酸素消費量、二酸化炭素排泄量(STPD)の計算に用いた。トレッドミルの走行面の傾斜は0~30°まで可変とした。
トレッドミルの走行速度範囲は2~30m1分まで可能なモーターを取り付けた。ラットが走らなくなった時に、ラット尾部に電気刺激を与える必要があるが、その刺激間隔は0.05(sec)~300(h)とした。使用電源はACIOOV、50160Hzであり、使用温度範囲は0~40℃である。図2には、本装置を用いた実際の測定状況を示した。麻酔下でラット皮下に電極を接着し、背部には小型送信器を固定し安静及び運動時に心拍数(HR)の連続記録を試みた。無線送搬されたHRをDSI製受信ボードで受信し、DSI製Analog ECG Output Adaptor(273-0008)、ECG Processor(Softron社製)およびパソコン(HITACHI製FloraNS-1)を用いて1分毎に解析し、VO2とVCO2を対応表示した。
3.エネルギー代謝装置内容積とチャンバー内ガス吸引流量の調整
本装置は図2、3に示したように、半解放性換気システムを用いている。装置内のガスはエアーポンプによって一定の割合で換気され、ラットの呼気ガスは一部再呼吸されながら装置内のガスによって希釈される。装置内に取り付けられたファンによって撹拝されたガスがサンプルとして排気口から吸引される。この希釈された呼気ガスサンプル中のO2、CO2濃度および吸引流量から装置内のラットによって摂取された毎分酸素摂取量(VO2)、排泄された二酸化炭素排泄量(▽CO2)を算出する仕組みになっている。したがって、本装置による測定結果は、ラットの換気量、呼気ガスの希釈率およびガス分析装置の測定精度などによって影響されるため、ここでは希釈ガスの測定精度が最も高くなる条件設定を試みた。
① 置内ガス吸引速度の調整
装置内ガス流量は、装置内ガス濃度変化を検出する際の時定数に影響を与えると考えられる。そこで、代謝測定装置吸気口に純窒素ガスを充満したビニール袋を装着し、換気流量と装置内O2濃度との関連を観察した。吸引ポンプの流速を2、3、4および5?/分と変化させた場合のO2濃度変化を図3に示した。O2濃度は時間経過に伴って減少し、概ね9~10%濃度でプラトーに達し、吸引速度が高い程プラトーに達する時間が短縮した。しかし、5?/分の吸引速度でもプラトーに達するのに20分間程度の時間を要することがわかった。したがって、本代謝測定装置を用いた場合吸引速度を5?/分以上にするか、装置内容積を減少させる必要が生じた。
②装置内容積の調整
ラットの走行に必須でない部分を削除し装置内ガス濃度の均一化に要する時間の短縮を試みた。図4に示したように、ラットの走行に必須でない、いわゆるデットスペースを発泡スチロールで埋め装置内容積を削減した。さらに、ラットの位置によってガス濃度が変わらないようにするため、排気口から装置内にビニールチューブのエアーダクトを挿入し、均一化されたガスを分析するように改善した。また、トレッドミルの回転によるガス撹拝の影響を包含させるためベルト走行速度を20m1分に設定し、種々の速度で純窒素を吸引し装置内02濃度の減衰過程を観察し、図5に示した。図から明らかなように、421分で吸引した場合の02濃度の減衰が最も速く、3~62/分では大きな差はなかった。しかし、デッドスペースを削減した結果、プラトーに達した02濃度はいずれの吸引速度でも高値となった。その理由の一つとして、純窒素バッグに接続した吸気口以外からの大気の流入が考えられる。本装置ではエアーダクトの設置やファンの電源を供給するリード線を吸気口から挿入したため吸気口からの純窒素ガスの流入抵抗が増加し、強引な吸引による他の間隙からの大気の吸引が考えられる。本装置のトレッドミルを回転させるドラム軸部分に若干の間隙があることがドライアイスを用いた機密テストで確認された。したがって、これらの間隙部分から大気を吸引した可能性が考えられる。しかし、装置内は常時エアーポンプによって吸引されているため陰圧でありガスの移動は外気から装置内への一方向となる。ラットの呼気ガス測定時もまた吸気口から外気(空気)を吸引する仕組みであり、装置間隙からの大気流入は02消費量、CO2排泄の算出には問題がない、と思われる。
③ポンプ吸引速度4〃分時の02濃度減衰曲線の再現性
図4に示したように、吸引速度4〃分の場合の装置内02濃度の減衰が最も速やかであった。この結果の信頼性を調べるため、全く同様の条件でこの実験を繰り返し、全く同様の02濃度減衰曲線が観察された。これによって再現性の高いことは確認されたが、その原因は不明であった。速度4¢1分程度では吸入口以外の間隙から大気を流入させる程の吸引力がなかったためかもしれない。
④装置内ガス濃度に及ぼすトレッドミル走行の影響
実験②では、トレッドミルベルトを回転させており、回転軸からの漏れとベルト回転による撹拝の影響が考えられる。そこで、実験②と同じ測定条件でトレッドミルを回転させた場合と静止状態で装置内02濃度の減衰過程を観察した。その結果、トレッドミルを静止させた場合、O2濃度の減衰が多少速くなる傾向がみられた。これは、トレッドミル回転軸から装置内への大気の浸入による影響が考えられた。しかし、これも上述のように、酸素消費量および二酸化炭素排泄量算出へは影響しない、と思われる。尚、本装置では市販のエアカーデットポンプ(7059-40型;Master flex)を用いている。
⑤酸素(02),二酸化炭素濃度(CO2)分析装置および記録器
本装置では、02、CO2濃度分析装置および記録器は当該研究室に既設されているものを用いた。02濃度分析器はポーラログラフ式酸素電極を用いた装置(RAS-31,AIC社)であり、精度±0.2°lo、分解能0.Ol%である。CO2濃度分析器は赤外線吸収方式であり(RAS-41,AIC社)、精度±0.2%、分解能0,01%である。記録器は、ナショナルペンレコーダーVP6621Aを用いた。
4.糖尿病性腎症に対する運動処方の研究
(1)対象および研究方法
20週齢の糖尿病性腎症モデルラットであるOtsuka Long-Evans Tokushima Fatty (OLETF;n=35)ラットを用いた。体重が均等になるよう4群に分け、それぞれ安静対照(Cont)、低強度(L;走行速度12m/分)、中等度(M;16m/分)および高強度トレーニング(H;19.5m/分)群とし、1回60分間、週5回の頻度で10週間運動療法を行った。尚、Cont(n=6)およびLETO-Cont(n=6)群も同じ飼育室で同時に飼育した。各群共実験期間中の24、27、30および33週齢時に24時間尿の採取、体重および血圧を測定した。また,34週齢時に再びOGTTを行い、その3日後に麻酔下で採血し、屠殺後腎臓、その他の臓器を摘出し重量秤量後保存した。
(2)結果
①運動持続時間およびVO2max等への影響
図6には、運動療法前後に行ったトレッドミルによる負荷漸増運動時の心拍数(HR)およびVO2のmax変化を示した。運動療法後には運動持続時間が延長し、HRやVO2maxが増加した。図7には、各群のVO2max、負荷漸増運動時総酸素摂取量(ΣvO2)および運動持続時間(EX-time)を示した。いずれも運動療法後に増加し、特にM群の増加が顕著であった。
②運動療法による糖尿病改善効果
OLETF-Sed、低強度(L)、中等度(M)、高強度運動群(H)およびLETO-Sedに分け、運動群にはトレッドミルを用い10週間運動療法を行った。図8にはUalbの変化を示した。運動療法群及びOLETF-Sedの4群問の体重の推移には有意な差異がなく、OGTTの結果や血清脂質レベルにも差がなかった。これらがUalbに差が生じなかった原因かもしれない。
5.まとめ
肥満糖尿病モデルラット用のエネルギー代謝測定装置を開発し、それを用いて運動療法を行い、VO2max、負荷漸増運動時総酸素摂取量(ΣVO2)および運動持続時間(EX-time)の延長を認めた。しかし、糖尿病の改善効果は十分ではなかった。運動量が少ないことが原因と思われた。糖,脂質代謝の改善と腎症進展抑制効果を同時に期待するならば,隔日の自由運動または食事と自由運動の併用などが有効かもしれないと思われる。