1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

マイクロ波を用いた非接触生体微小変位測定装置の開発と臨床応用

研究責任者

宮保 進

所属:福井医科大学医学部附属病院 第三内科 教授

共同研究者

鈴木 務

所属:電気通信大学 電子工学科 教授

共同研究者

荒井 郁男

所属:電気通信大学 電子工学科 助教授

共同研究者

中井 継彦

所属:福井医科大学 医学部 内科学講座 助教授

共同研究者

久津見 恭典

所属:福井医科大学 医学部 内科学講座 助手

概要

1.まえがき
マイクロ波とは波長30cmから1cmの超高周波電磁波のことであり,その周波数領域は1GHzから30GHzまでである。マイクロ波はその波長領域の違いにより,生体とのかかわりは体表反射,体内反射,透過,熱雑音,吸収等の種類に分けられる。例えば10GHz波長域のマイクロ波はその伝搬が空気中や衣類などで可能な一方,生体表面の反射係数は1に近く,ほとんど透過しない。これは臨床上用いるMHz領域の超音波が生体を透過するが肺や腸管等の含気のある臓器で透過しないという特【生と相補的な特性である。この特性を生体計測に逆に利用することが本研究の着眼点である。
これまでにもマイクロ波の体表反射波を利用した呼吸や心拍動の非接触生体計測が幾つか試みられている。実用化を目指した頸動脈センシングの研究もなされているが,その単一信号を用いる位相干渉法ではセンサと生体の距離により検出感度が変化してしまうため,測定対象が本来静止していない生体情報の定量的解析,評価には問題があった。
そこで本研究では,この感度の距離依存性を克服するため荒井,鈴木らの提案した二位相信号法を用いたマイクロ波ドプラセンサ(以下センサ)を用いて臨床応用を試みた。即ち,①生体に直接触れることなく非接触に生体微小変位の検出を試み,従来の接触型トランスデューサーにて得られた心機図との対比を行なった。また,②非接触的大動脈脈波伝搬速度の計測の実用化と心尖部拍動信号から左室前壁壁運動異常の検出を試みた。さらに,③着衣下でも体表反射信号の検出が可能な特性を利用し,患者モニターとしての有用性について検討した。また,④微小な変位検出可能な特性を生かし開胸犬を用い虚血,再灌流時の局所壁運動異常の検出を行なった。
2.内容及び成果
2-1実験方法
センサからの信号は心電図,心機図(頸動脈波,心尖拍動図)と同時にポリグラフ(フクダ電子社製)に表示し,データレコーダー(ティアック社製)に入力した。その後,A/D変換し,演算を行なった。
アンテナは2種類を用意し,心機図との対比,局所心機能の評価には周波数はf=24.125GHz,出力:5mW,開口部:28mm×23mmの小口径アンテナを,患者モニターリングには周波数はf=10.525GHz,出力:14.3mW,開口部:67mm×93mmの小口径アンテナを用いた。
①.心機図との対比
対象は虚血性心疾患16例と弁膜症2例,その他2例の心疾患患者計20例と健常者10例である。センサ部のアンテナ開口部を頸部あるいは左前胸部心尖部より5cmの距離に設置し,それぞれ頸動脈波,心尖拍動図との対比を行なった。体表面の検出面積はほぼアンテナ開口部面積に相当する。
②.非接触的大動脈脈波伝搬速度の計測の実用化
20~70歳の糖尿病,心疾患患者40名を対象に,一対のアンテナ開口部を左頸部と右鼠頸部に皮膚より約5cm離して位置させ,信号検出を行なった。二個の信号はデータレコーダーより,フクダ電子社製MCG300の検出回路に入力し脈波伝搬速度の値を得,従来のストレインゲージ型トランスデューサーで得られる値と比較した。
③.左室前壁壁運動異常の検出
左室造影を実施した心疾患患者26例を対象に,心尖部体表より1cmの距離にアンテナ開口部を位置させ,心尖拍動図との対比を行なった。体表面の検出面積はほぼアンテナ開口部に相当する。左前傾位左室造影をpicture analyzerにより24分割し,分割線長変化率又は面積変化率がいずれの部位においても10%以上のものをcontrol群,連続して5分割以上にわたり5%以下の変化率を示すものを壁運動異常群とした。センサ検出信号は,心尖拍動図による分類を参考にし,正常群(normal)と異常群(sustained wave, bulge)に分類した。センサと従来の接触型トランスデューサーのそれぞれの異常収縮波により左室造影で定義した前壁壁運動異常(すなわち収縮期外方への膨隆)を検出する際の感度,特異性を検討した。
④.患者モニターリングへの応用
アンテナと体表の距離は1mであり,衣服着用の上から上半身,前胸部の信号検出を行なった。
⑤.開胸犬を用いた虚血,再灌流時の局所壁運動異常の検出
高感度という特長を生かして,バルーン拍動心モデルを用いての局所壁運動異常の検出と,開胸犬を用いての虚血再灌流時の壁運動低下の検出が非接触的に可能か検討した。まず基礎的検討として拍動するバルーン外径の変化を5MHzの超音波深触子によりモニターし,接触子対側のバルーン壁の変位をセンサによりモニターした。
次に雑種開胸犬6頭の虚血再灌流モデルで超音波ドプラプローブにより心外膜側,心内膜側それぞれ1/2ずつの壁収縮率を求め,センサの変位情報に反映されるか否かを検討した。
2-2成績
①.心機図との対比
図1は右頸部より接触型トランスデューサーで得られた頸動脈波(CAP)と左頸部より得られたマイクロ波センサ信号(MW)を示す。両者は立ち上がり時間に50msec程度のずれを生ずるが,得られた信号より駆出時間(ET)を求めると,図2のごとく横軸の接触型トランスデューサーで得られた駆出時間(CAP-ET)と縦軸のセンサによる駆出時間(MW-ET)は良好な一致を示した。(y・1.03x-9.63r・0.95)。図3は健常者心尖部にて得られた信号を示す。接触型トランスデューサーで得られた心尖拍動図(ACG)とセンサ信号(MW)を示す。両者の対比は良好と思われた。
②.非接触的大動脈脈波伝搬速度の計測の実用化
同一例における接触型従来法(PWV)と非接触型センサ(M-PWV)で得られた記録を示す(図4)。センサで得られた値と従来法で得られた値を比較した結果,r=0.94と良好な相関を示した(図5)。これにより非接触の状態で従来通り脈波速度の測定が可能となった。
③.左室前壁壁運動異常の検出
センサと従来の接触型トランスデューサーの異常収縮波により左室造影上の前壁壁運動異常を検出する際の感度,特異性を検討した。左室造影を実施した心疾患患者26例のうち造影上左室前壁壁運動異常を有するものは15例であったが,センサによる際は12例(sustained wave 6例, bulge 6例)に,従来の心尖拍動図による際は8例(sustained wave 4例, bulge 4例)に異常波形を示した。また,造影上左室前壁壁運動異常を有さない11例中,センサによる際は8例に,心尖拍動図による際は11例全例で正常波形を示した。左室前壁壁運動異常を有さない3例がセンサによる際にsustained waveを示した。異常収縮波により左室造影上の前壁壁運動異常を検出する際の感度,特異性はセンサによる際は感度80%,特異性73%,従来の心尖拍動図による際は感度53%,特異性100%であった。
以上より梗塞電位を検出する心電図や画像診断の一つである超音波法と併用することにより,心筋梗塞後の左室前壁壁運動異常の検出感度が更に向上するものと思われる。
④.患者モニターリングへの応用
図6は上より心電図,インピーダンス法による呼吸モニター,センサより得られた心拍の信号を示す。検出信号をスペクトル分析すると呼吸と心拍動の両成分が含まれることが分かる(図7)。50Hz付近の帯域フィルターの使用により体動,呼吸の成分は除去され,心拍の表示が着衣のままで可能であった。また,寝具の上からの検出でも同程度の信号が得られた。
⑤.開胸犬を用いた虚血,再灌流時の局所壁運動異常の検出
バルーン外径の変化として超音波によりモニターされる変位情報と,センサによるバルーン壁の変位情報は良好に対応した(図8)。
開胸犬における虚血再灌流時の左室内圧,その一次微分,心筋全層の壁厚,心外膜側1/2の壁厚,センサ信号を示す(図9)。心筋壁厚は20分虚血時に低下,再灌流時に回復するが,センサの信号は虚血時は低下,再灌流時にも回復は低下している。超音波ドプラプローブによりえられた局所収縮率は虚血時心筋全層,とくに心内膜側で低下が見られるが,再灌流時には回復が見られる。ただしセンサ信号では再灌流時にも回復が見られない。これについては二つの理由が考えられる。ひとつは超音波ドプラプローブでは捕らえられないような局所収縮不全がより感度の良好なマイクロ波センサで捕らえられている可能性がある。もう一つは心基部から心尖部への不均一な収縮を反映しているものと考えられる。以上より今後開心術等への応用により,心外膜側の挙動を非接触的にとらえることから,局所心機能の把握が可能になるものと思われた。
3.まとめ
今回用いたセンサには,既存のセンサには見られぬ幾つかの特性が考えられる。
第一に本センサの最小検出可能変位幅(変位分解能)は,距離約50cmにておおよそ数μmであり,物標として円形振動板を持つ加振器を用いた検討では振動変位幅の変化に対する出力信号の直線性は良好であった。したがって,視覚あるいは他のセンサでは認識不可能な微小な変位も検出可能と思われた。ただし,生体からの距離がある際には空間分解能が悪いため感度の評価にはマイクロ波反射面積の正確な設定が必要である。
第二は非接触計測であることの利点で,一つにはエネルギー損失がない点である。これは脈波測定の際,従来の接触型センサでは,トランスデューサーの加圧の加減により容易に波形が変化することにより理解できる。さらにもう一つには清潔操作が可能な点である。以上の特性を十分活用することにより,広い臨床応用があると考えられた。
4.結論
1.頸部,心尖部で得られた信号は,従来の接触型トランスデューサーで得られた頸動脈波,心尖拍動図に近似していた。
2.非侵襲的動脈硬化の指標である大動脈脈波伝搬速度は,接触法と良好な相関を示した。
3.左室前壁壁運動異常の検出においては従来の接触型トランスデューサーに比して,感度が良好であった。(センサによる際は感度80%,特異性73%,従来の心尖拍動図による際は感度53%,特異性100%)
4.着衣下前胸部にての距離約1mの遠隔検出でも生体信号が得られ,フィルター処理により心拍の情報が呼吸,体動の情報より分離可能であった。
5.開胸犬心外膜の微小変位測定により虚血再灌流時の局所壁運動低下の非接触的検出が可能であった。