2012年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第26号

マイクロチップ用動的光散乱法を用いたリポソームの反応速度解析法の開発

研究責任者

片山 建二

所属:中央大学 理工学部 応用化学科 准教授

概要

1.はじめに
Bangham らによって見出されたリポソームはリン脂質二重膜が袋状に閉じた小胞体であり1、生体膜モデル2 や薬物送達システム(DDS)3 などに利用されている。DDS はリポソームが内部に水相を内包することができることを応用したもので、リポソームが壊れることにより水相の薬理成分を放出する。よって、リポソームの膜崩壊過程を理解することは非常に重要である。
膜崩壊過程の一つにリポソームの界面活性剤による可溶化がある。これは、生体膜の精製や分析に利用されており、重要な研究対象である。4 生体膜・膜タンパクの可溶化に広く用いられるTritonX-100(以下TX)によるリポソーム可溶化現象は、Dennis らにより初めて調べられた。5 可溶化反応の界面活性剤及び脂質濃度の依存性については様々な報告がなされ、6,7,8 現在リポソームから混合ミセルとなる3stage モデルが最も受け入れられている,9,10,11。このモデルでは、リポソームからの可溶化の濃度依存性について、低濃度では、界面活性剤モノマーの二重膜へにとりこまれ(ステージ1)、濃度がしていくと二重膜が界面活性剤で飽和し、混合ミセルが形成し始める(ステージ2)、さらに濃度が増加すると混合ミセルに富むようになる(ステージ3)と理解されている。また、分子論的には、リン脂質と界面活性剤の静電的相互作用・疎水性相互作用が重要であることが明らかにされている。12
しかし、可溶化反応の時間変化を追った報告13はあまりなされておらず、そのモデルが妥当かどうかは明らかになっていない。リポソーム可溶化反応のリアルタイム変化を考えたとき、リポソームから混合ミセルへとなるにつれて粒子径が小さくなっていくことが予想される。そこで、動的光散乱(DLS)測定により粒子径変化を明らかにできないかと考えた。DLS 測定を行うには、TXとリポソームを均一に混合して測定を行う必要がある。ガラスセルに2 液を注入するのでは濃度分布ができてしまい、均一な混合は難しい。そこで我々は2 液混合Y字型マイクロチップを用いることとした。Y 字型マイクロチップは2 液の界面で液体が混合される。
また、DLS 測定をリアルタイムに行うには2 つの問題を解消する必要がある。1)粒子数の絶対量が少ないことによる微弱な散乱光の検出、2)リアルタイム測定を行うための短時間測定である。そこで我々は回折格子ヘテロダイン動的光散乱測定装置により、14 2点の問題をクリアした。また、リポソーム可溶化反応のダイナミクス解明のため、顕微鏡で直接観察を検討した。
マイクロチップを用いた場合、溶液の流れが存在すると、観察対象が視野から外れてしまうため、個々のリポソームを追うことは困難であった。そこで、液体の流れを容易に止めることができるよう、マイクロチップを改良し部屋付きマイクロチップを考案した。この部屋付きマイクロチップとは、Y 字地点で2 液を合流させ、そこから拡散により2 液を混合させる。混合が終了する地点の流路に流路幅を広く設定した部屋を設けると、混合領域がまるで拡大されたように広がり、また流速が遅くなる。結果従来の直線マイクロチップよりも容易にフローアンドストップを行うことができる。流れを止めることにより、光学顕微鏡での個々のリポソーム可溶化反応の観察が容易になった。
本研究では、この新規DLS 測定法によるリアルタイム粒子径変化の測定と新規マイクロチップを用いたリポソーム直接観察により、リポソーム可溶化反応のダイナミクスを解析した。さらに特定のリポソームと界面活性剤のくみあわせにおいては、通常穏やかに溶解していくリポソームが激しく運動しながら溶解する様子が観測された。その点について統計的解析を行い、反応機構を明らかにした。
2.DLS 測定及び顕微観察によるリポソーム可溶化反応の解析
2.1 実験方法
用いたマイクロチップは、ホウケイ酸ガラス製で、流路幅230-240 μm、流路深さ100 μm のものである。(図1)Y 字混合型の2 液混合流路を持ち、流路の途中に幅1000 μm の部屋を作成した。この混合領域のみを呈色反応で色付けした場合の流路の様子を図2 に示す。
DLS 測定測定では、当研究室で開発された回折格子ヘテロダイン動的光散乱法を用いて測定を行った。光源には、Nd:YVO4 レーザー(第三高調波・532 nm)強度6 mW を用い、回折格子間隔10μm、検出角32 度、測定時間200 ms、積算回数120回(2 分)で測定した。
リポソームとしては、ジオレオリルホスファチジルコリン(DOPC)をリン脂質として用いた。測定前に、リポソームはシリンジフィルター(孔径400 nm)にて処理を行った。界面活性剤としてはトリトンX-100(TX)を0.5-5 mM の濃度で用いた。マイクロチップにリポソームと界面活性剤をシリンジポンプにて1 μL/min で導入後、液体の流れを止めてから測定開始した。
顕微鏡観察による観察においては、オリンパス製顕微鏡(BX50)により、対物レンズ50 倍を用いて観察した。マイクロチップにリポソームと界面活性剤をシリンジポンプにて1 μL/min で導入後、液体の流れを止めてから観測開始した。
2.2 実験結果
TX とリポソーム溶液をマイクロチップに導入し、ポンプを止めてから2 分ごとに粒子径をDLS法により測定した。測定は2 回行った。1 回目は0 分、2 分、4 分、…、2 回目は1 分、3 分、5 分、…に測定を行い、2 回のデータを組みあわせたデータをグラフに示す(図.3)。界面活性剤濃度を変えて測定を行ったとき、すべての測定においてリポソーム粒子径がいったん大きくなり、その後小さくなる現象が観測された。界面活性剤濃度を上げると、粒子径変化にかかる時間が短くなり、また粒子径が極大となる時間が早い時間に現れた。以上の結果から、反応速度は界面活性剤濃度に依存すると予想される。
次に、同反応を顕微鏡により観察した。TX とリポソーム溶液をマイクロチップに導入し、ポンプを止めてから1 時間リポソームの様子を観察した(図4)。はじめ、リポソームはフィルター処理をしていないため凝集し、ひずんだ形状をしているものが多かった。界面活性剤を入れてしばらくすると、リポソームは徐々に球形に変化した。その後リポソームは数分の間球形を保ったのち、だんだんと小さくなり見えなくなった。また、小さくなったいくつかのリポソームは分裂を起こして見えなくなった。
多重膜リポソームは、球形をしばらく保ったのち、一部分から内部リポソームが抜け出し別れる様子が確認された(図5)。また、界面活性剤濃度を上げると、球形になり消えるまでの時間が短くなった。(図6)この結果も、反応速度の界面活性剤濃度依存性を示唆する。また、異なる初期サイズのリポソームの可溶化を追ってみると、小さなリポソームは大きなリポソームよりも速やかに可溶化されたが、球形となってしばらくしてから小さくなるという可溶化の進行段階に違いは見られなかった。このことから、リポソームのサイズは反応速度に影響するが、辿る反応過程に変化はないといえる。
2.3 考察
DLS 結果と顕微鏡観察の結果から、リポソームの可溶化反応過程を以下の三段階スキームで示す(図7)。まず、リポソーム二重膜内に界面活性剤分子が入り込み、界面活性剤分子の挿入によって界面活性剤分子が入り込むと膜内に空隙ができ、最密構造をとろうとするため球形になる。その後、リポソーム膜内にさらに界面活性剤分子が入り、徐々に界面活性剤濃度が高まっていく。界面活性剤分子が入るだけ粒子径も大きくなり、DLS 測定で粒子径の増大が観測されたものと考えられる。界面活性剤分子と脂質分子の割合には閾値があると考えられ、その閾値に達するまでは、リポソームは球形を保つ。この閾値の存在は、Somasundaran らからも報告されている。8 最終的に二重膜から混合ミセルが徐々に吐き出され、リポソームが小さくなる。
また、混合ミセル吐出が局所的に集中した場合、リポソームが不安定になり分裂が起こるものと考えられる。混合ミセルが吐き出された部分には空間ができるため、多重膜リポソームの場合は内部からリポソームが吐き出される。このステージはDLS 測定では粒子径の減少として確認された。
3.特異なリポソーム可溶化反応のメカニズム
3.1 実験
リポソーム構成脂質としてはジミリストイルフォスファチジルコリン(相転移温度:23℃)を用い、界面活性剤としてはドデシル硫酸ナトリウムを用いた。リポソームは、DMPC 60 μmol をナスフラスコ内でクロロホルムに溶解し、40 ℃に設定したウォーターバスで加熱しながら、ロータリーエバポレーターでクロロホルムを除去し、脂質フィルムを作成した。その後、6 時間以上アスピレーターによって減圧し、クロロホルムを除いた。脂質フィルムを40℃以上の純水1 mL に溶解させ、ボルテクスミキサーで5 分間撹拌した。この際、溶液温度が脂質の相転移温度以下にならないように1 分ごとにナスフラスコを熱湯で加熱した。その後、熱湯につけたまま30 分間超音波処理をしてDMPC リポソームを得た。リポソームの溶解条件を確認するために透過率測定を行った。DMPC リポソーム溶液(1.2mM)とSDS 溶液(1-10 mM)をプラスチックセル(光路長:10 mm)内にそれぞれ0.5 mL 導入し、マグネチックスターラーで混合しながら、混合直後から透過率の時間変化を測定した。DMPC が溶解前は溶液が白濁しているため、透過率はほとんど0 に近いが、リポソームが崩壊・溶解することで透明となり、透過率が上昇する。測定波長は532 nm とした。
界面活性剤の臨界ミセル濃度(CMC)を調べるために電気伝導率測定を行った。DMPC リポソーム(DMPC濃度:1.2mM)とSDS 溶液(1-40 mM)を等量ずつマグネチックスターラーで5 分間混合した後、溶液の電気伝導率を測定し、混合溶液中でのSDS のモル電気伝導率を計算した。ここから、SDS の臨界ミセル濃度を求めた。DMPC リポソーム溶液(1.2 mM)とSDS 溶液(6,8,10 mM)を顕微鏡下(対物レンズ倍率:50倍) 2 液混合Y 字型マイクロチップ(流路幅:230~240 μm・流路深さ 100 μm)に導入した。このマイクロチップはY字合流点で2 液を接触させ、流路内で拡散により混合する。混合が終了する地点の流路に流路幅を広く設定した部屋を設けられている。これにより溶液が部屋内に入ると、急に溶液の流速が遅くなるため、従来の直線マイクロチップよりも容易に流れの制御を行うことができる。サイホンの原理より、廃液のビーカーは反応液であるDMPC リポソーム溶液とSDS 溶液の高さを調節することで溶液の流れを制御して溶液を導入し、また、同原理により、流れを止めて、観察を開始した。流れをほぼ完全に止めることができるので、観察対象が視野から外れずに、個々のリポソームを観察することができる。光学顕微鏡(Olympus, BX50)で個々のリポソーム可溶化反応を部屋にて観察した。
溶液の流れを止めてから、顕微画像の動画(コマ数/ s)でパソコンに取り込み、個々のリポソームを解析することで、膜崩壊における挙動を観察・分類した。詳細はDiscussion 中に述べるが、溶解分類では、Mild dissolution 型・Burst motion 型・Projection disruption 型に分類した。10 μm以上移動するものについては、溶解中に移動したと判定し、リポソームから2 個以上の突起物が観測された場合には、Projection disruption 型に分類した。ひとつの実験条件で、無作為に100 個のリポソームを選択し、観察した。それぞれのリポソームの粒子径については、リポソームのキャプチャー画像から、断面積を求め、その値から計算した。
3.2 実験結果
3.2.1 透過率測定
まず、リポソームの溶解するSDS 濃度を確認するために、透過率の測定を行った。DMPC リポソーム(DMPC 濃度1.2 mM)とSDS 溶液1-10mM を0.5 mL ずつ混合し、図8(a)に示す混合溶液の透過率の時間変化を調べた。5mM では、100秒程で値が飽和していることから、この濃度ではリポソームは崩壊しないと考えられる。7~8mM 付近で透過率の劇的な変化が確認された。透過率が50 パーセントに達するまでの時間の逆数をSDS 濃度に対してプロットすると図8(b)のようになり、反応性が8mM 前後で大きく変わっている。さらに、リポソーム溶解において、SDS 濃度とSDS とリポソームの濃度比のいずれが重要であるのかを確認するために、DMPC 濃度を2 倍にして、測定を行った。DMPC の濃度が2倍になっても、その可溶化に必要なSDS 溶液の濃度は7-8 mM 付近であった。このことから、可溶化に必要なのは、DMPC とSDS の濃度比ではなくて、SDS 濃度がある閾値以上である必要があることが分かる。
3.2.2 電気伝導率測定
DMPC 溶液内でのSDS の臨界ミセル濃度を確認するため、電気伝導度のSDS 濃度依存性を調べて。また、水溶液中の電気伝導度のSDS 濃度依存性についても同様に図9 に示す。SDS 濃度が8-9 mM において、SDS 溶液及びSDS/DMPC 混合溶液のモル伝導率の減少の勾配が変化しており、臨界ミセル濃度がこのあたりの濃度であることが分かる。また、SDS の臨界ミセル濃度の文献値が8.2 mM であり、この結果と一致する。SDSのみ及び、SDS/DMPC 混合溶液の比較から、臨界ミセル濃度はDMPC の有無によって大きな変化がないことが分かる透過率変化測定において、臨界ミセル濃度付近において、反応性が劇的に変化していることを考慮すると、ミセルを形成したSDSがあると、反応性が変化するものと考えられる。
3.2.3 顕微観察による可溶化パターンの統計的分類
DMPC リポソーム溶液(1.2 mM)とSDS 溶液(6,8,10 mM)をマイクロチップに導入し、個々のリポソームの可溶化反応を観察した。マイクロチップ流路内でDMPC リポソームと10mM SDS溶液を混合した際の典型的な顕微観察図を図10に示す。溶液の流れを止めてから時間の経過とともにリポソームの数が減少したことから、リポソームの可溶化の観察に成功した。
各SDS 濃度における可溶化反応の観察図において無作為に選択した100個のリポソームを解析することで、可溶化パターンは主に3 種類あることを見出した。リポソームが可溶化の際、(1)内部から複数の突起物を放出しながら、また、分裂するなど、激しく可溶化するものと、(2)ランダムに激しく移動しながら可溶化するものと、(3)特に大きな運動せずにその場で穏やかに可溶化するものである。(1)の可溶化挙動をProjection disruption 型とした。(2)の可溶化挙動をBurst motion 型、(3)の可溶化挙動をMild dissolution型とした。これらの典型例を図11 に示す。
3 種類の可溶化パターンの割合はSDS 濃度によって変化した。これを図12 に示す。SDS 濃度6 mM からリポソームの膜崩壊が観測されるようになった。この濃度では、非運動型が最も多く見られた。SDS 濃度が8mM 以上では、運動型が最も多く見られるようになった。また、SDS 濃度の増加に伴って分裂・崩壊型が増加した。SDS の臨界ミセル濃度が8 mM 程度であることを考慮すると、6 mM のSDS をDMPC リポソームに加えた場合は、均一にSDS モノマーがリポソーム膜に入り込み、リン脂質とSDS の混合ミセルが徐々に放出されるため、非運動型が最も多く見られたものと考えられる。8 mM SDS を加えた場合は、ミセル状のSDS がリポソーム膜と作用して、膜の局所に大量のSDS 分子が入り、膜の一部を不安定化して、その部分から膜崩壊する。このために、膜の一部が崩壊したリポソームは表面張力が急激に不安定になり、移動型が増加したものと考えられる。10 mM SDS では、より多くのSDS ミセルがリポソーム膜と作用するため、部分的不安定化が複数箇所で起こり、分裂・崩壊型が増加したものと考えられる。
リポソームの可溶化パターン傾向はリポソームの粒径にも依存した。これをSDS 濃度別に図13 に示す。図13 のデータからすべてのSDS 濃度において、リポソームの粒径の増大に伴い、可溶化傾向は分裂・崩壊型が増加し、非運動型は減少した。これは、分裂・崩壊型が局所的な膜の不安定化によって引き起こされることから説明できる。すなわち、粒径が増加すると、リポソーム1 個に対して、SDS が相互作用可能なリポソーム膜の表面積が増加する。そのため膜の局所的な不安定化がおこる割合が増加する。逆に相互作用可能な表面積が減少すると膜全体の溶解が起こる割合が増加するものであると考えられる。
4.まとめ
部屋付きマイクロチップを用いてリポソームの溶解過程を調べた。粒径の変化を測定するために、独自に開発してきたDLS 法を用い、その変化の過程を顕微観察結果と比較することで溶解過程のダイナミクスを明らかにした。DOPC リポソームにおいては、①最初にひずんだリポソームが球形に変化し、②しばらくその形状を保ったのち、③混合ミセルを放出して急激に溶解するという三段階の過程を経ることを見出した。
また、SDS 添加によるDMPC リポソームの可溶化反応において特異な溶解過程を見出した。SDS の臨界ミセル濃度(SDS 濃度8 mM)の前後でリポソームの可溶化の反応性の劇的な変化を確認した。そのDMPC リポソーム可溶化反応の顕微観察により、可溶化反応を3 種類の可溶化パターンに分類した。この可溶化パターンの傾向もSDS 濃度に伴って変化し、SDS 臨界ミセル濃度付近で可溶化パターンの傾向の変化を確認した。CMC 以下のSDS 条件ではSDS モノマーがリポソーム膜に入り込み、リン脂質とSDS の混合ミセルが徐々に放出されるものと考えられる。CMC付近では、SDS 条件では、ミセル状のSDS がリポソーム膜と作用して、膜の局所に大量のSDS分子が入り、膜の一部分を不安定化するものと考えられる。さらに濃度の高いSDS 条件では、膜の部分的不安定化が複数箇所で起こるものと考えられる。大きなリポソームほど分裂・崩壊型の割合が増えた。このことはリポソーム1 個に対して、SDS が相互作用可能なリポソーム膜の表面積が増加することで膜の局所的な不安定化がおこる割合が増加するものと考えられる。