2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

マイクロスケール実験を活用し、生徒が「気づき、考え、議論する」授業の研究

実施担当者

和田 雅之

所属:加古川市立陵南中学校 主幹教諭

実施担当者

森本 雄一

所属:かがく教育研究所 代表

概要

1 はじめに
マイクロスケール実験は、実験に使う化学薬品の量を極力少なくし、廃棄物を減らすことにより、環境に優しいグリーンケミストリーという観点から化学教育に導入されたものです。薬品景が少な<器具が小型で低コストである、反応時間が短く短時間で結果が出る、省スペースで個別実験または二人一組の実験ができることなどの利点があります。この結果、マイクロスケール実験を活用した授業では、短時間に一人ひとりが主体的に関わって実験することができるため、実験結果について一人ひとりが考察を加え、パートナーと相談し、クラス全体で議論することができます。このことから、環境への配慮に加え、アクティブラーニングとして積極的な意義を持つ手法として活用が期待されます。
加古川市中学校教育研究会理科部会・加古川市教育委員会・かがく教育研究所は、加古川市科学教育推進研究会を結成し、2年間にわたり取り組みました。マイクロスケール実験を、物理・化学・生物・地学の分野に拡張し、講習会、研究授業などを行い実践研究しました。

2 研究の内容

2-1 マイクロスケール実験講習会

初めてマイクロスケール実験に取り組む教員も多いので、化学・物理・地学・生物の各分野の講習会を、市内12校の中学理科教員の代表者対象に実施しました。マイクロスケール実験を教員一人ひとりがやってみて、はじめてその意義が理解できました。

1 平成27年6月12日(金)化学分野アンモニアの噴水、呈色板の実験
講師四天玉寺大学講師佐藤美子氏
2 平成27年8月26日(水)化学・物理分野塩化銅の電気分解、呈色板の実験、回路カード
講師四天王寺大学講師佐藤美子氏
講師かがく教育研究所代表森本雄一
3 平成28年6月2日(木)地学分野実物岩石標本図鑑作成
講師神戸親和女子大学教授背本格氏
4 平成28年8月24日(水)生物分野タネの観察、光合成、唾液の実験他
講師姫路大学教授内山裕之氏

2-2 研究授業

講習会の内容を元に研究し、実験器具などを準備し、研究(公閲)授業を行いました。1 平成27年10月7日(水)化学分野(1年生アンモニアの哄水)授業者加古川市立平岡南中学校主幹教諭和田雅之2 平成27年10月23日(金)物理分野(2年生電流と磁界)授業者加古川市立中部中学校教諭春名盛也

3 平成28年11月15日(火)物理分野(1年生光の反射)
授業者加古川市立浜の宮中学校教諭橋田大輝

初年度、2人の教員が授業研究に取り組む中で、いくつかの工夫が生まれました。その結果、研究授業は活気のあるものになりました。今まで傍観していた生徒が積極的に参加し、すべての生徒が生き生きと実験に取り組む姿が、参観者全員の心を動かしました。授業担当者も「マイクロスケール実験を活用した授業の効果を確信することができた。」と述べています。その後、自分もぜひやってみたいと4人の教員が授業に取り入れて実践しました。
また、他の分野でもマイクロスケール実験を活用する取り組みをしました。「電気回路」永安(浜の宮中)・「電流の性質とその利用」加山(陵南中)・「光の反射」「光の屈折」「凸レンズと像」(平岡南中)和田?「呈色板を使った溶液の実験」森下(平岡南中)等を実践しました。

2-3研究内容と成果

マイクロスケール実験を活用し、生徒が「気づき、考え、議論する」授業をテーマに、これまでに実践例がある化学分野に加えて、物理?生物・地学分野においても研究を進めました。講習会でマイクロスケール実験を体験し、研究授業を参観した結果、教員一人ひとりが実験結果について「気づき、考え、議論する」ことができました。以下、担当教員の実践結果を報告します。

(1)化学分野中学1年生「気体とその性質」(平岡南中学校H27年度和田教諭)
アンモニアの噴水実験は、生徒にとても人気がある楽しい実験です。一人ひとりが実験する授業を公開授業として行いました。気体の捕集法と酸素の性質(1時間)、二酸化炭素の性質(1時間)を学んだ後、アンモニアの性質(1時間)として実験をしました。一人一個、濃アンモニア水を入れた試験管を、湯を入れたビーカーに浸けて加熱し、気化したアンモニアをlOOmL丸底フラスコに上方置換で捕集しました。このフラスコの口に、注射器の針を差し込んだシリコン栓を差し込み、lOOmL注射器でフェノールフタレイン水溶液を少し注入すると、針の先から噴水のように水が噴き出し、ピンク色に変化しました。実験結果について意見を出し合い、班で相談し、発表し、クラス全体で議論しました。今回は、一人一人が実験し、ほぼ全員が成功し、とても楽しそうに取り組んでいました。赤い液体が噴出した時には、歓声があがりました。
生徒の感想:「すごい不思議なことや、“なぜこうなるのか”という疑問がいっぱいあるのを見るのも楽しいし、それを解こうと班で考えるもの楽しかった。」一人一人が自ら実験しているので、あとの結果についての話し合い活動においても、全員が主体的に取り組み、考えが深まったようです。今まで、班で実験をやっていた時には見ているだけだった生徒が、自分でできることに喜びを感じていました。
授業後のアンケートでは、①集中して取り組めたか?(97%)、②興味関心が持てたか(97%)、③理由を積極的に考えたか?(73%)、④自分の意見を説明できたか?(56%)と、ほとんどの生徒が積極的に取り組んでいたことがわかりました。
※()内の数字は「よくできた」と「いつもよりよくできた」という回答を合わせた割合です。

(2)物理分野中学2年生「電流の性質」(中部中学校春名教諭)
電気の単元は、生徒にとって理解しにくい単元です。電気回路の配線に手間取り、測定だけに終わってしまい、結呆を考察する時間が取れませんでした。そこで、ビニル導線を使わず、ハガキの大きさのカードにクリップで部品を固定し、短時閤で接続し電気回路ができる「回路カード」を使
い、3回の実験を行いました。
実験1「2つの豆電球をより明る<光らせる方法を考える」
電圧と電流の規則性を調べる小学校の内容を復習する実験を、一人一人が実験しました。

実験2「テスターを使って全体抵抗の規則性を調べる」
直列、並列回路の全体抵抗の規則性を調べる実験。2人で1台デジタルテスターを使い、抵抗値を測定する実験を行いました。抵抗の数を増やすことで、回路の組み方と合成抵抗の値との規則性に気づかせる実験とし、理論値との検証も行いました。

実験3「電流がつくる磁界を調べよう」
回路カードの導線の周りにできる磁界を、方位磁針を使って規則性を見つける実験。
生徒の感想:
・回路カードを使うと自分で工夫していろいろな回路ができるので勉強になった。
・電気の通り道が見えてわかりやすかった。
・一人でするとよくわからないので複数でやったほうがいいと思う。という感想もありました。
グラフ1(注:表/PDFに記載)は個別で行った実験1の理解度、グラフ2(注:表/PDFに記載)は二人一組で行った実験2の理解度です。実験内容は違うので単純比較はできませんが、実験内容に応じて実施する人数を考慮すべきだと思われます。

(3)物理分野中学2年生「電流の性質」(陵南中学校加山教諭)
「回路カード」を使うとすぐに接続が変更できるので、実験時間が短縮され、その結果生徒には様々な「気づき」が生まれました。主な実験項目は、発光ダイオード(LED)の点灯・モーターと豆電球直列回路・豆電球の直列並列回路・デジタルテスターを使った抵抗測定・小型電流計を使った測定・電流が作る磁界・直線電流が作る磁界(エルステッドの実験)・電流が磁界から受けるカです。2人で1つ、だれもが確実にできるマイクロスケール実験だからこそ、生徒は主体的に取り組み、様々な発見や気づきがありました。教師自身も面白いと思い、思いもかけなかった気づきがあり、毎時間、楽しみながら授業に臨むことができました。
学年末のテストは、おもに電気分野中心の出題でしたが、従来より平均点が高くなりました。今まで正答率が低かった回路全体の抵抗を求める間題も、クラスの約半数が全間正解しました。一人ひとりが実験することで、生徒が主体的に実験に取り組み、興味?関心・理解の深まる学習となりました。

(4)物理分野中学1年生「光による現象」(平岡南中学校和田教諭平成27年度)
講習会を参考に、マイクロスケール実験を活用した授業を実施しました。気体発生実験をしてみると、とても生徒の反応がよく、次に、小さなフラスコを使うアンモニアの噴水実験を公開授業として実施しました。この授業には生徒たちはとても積極的に参加し、発言も多かったです。この実験であれば、今まで不安で実験出来なかった生徒も取り組めるのではないかと思い、通常の授業では理解しにくい「光」の単元で実践してみました。
以下の実験は、一人1実験装置で行いました。

①「光の反射」A4版ホワイトボードの上に分度器をコピーした紙を置き、LED光源装置(アーテック)とプラスチック製L型アングルを5cmに切ったものに、底面にゴム磁石、壁面にミラーシートを貼り付けた器具を置きました。光源装置の光線を分度器の中心に当てると、反射光が普通教室でもはっきり見えました。鏡に写る像も実験したところ、生徒から、「うわ~おもろしいこれ~」「なるほど、ここか~」と声が上がりました。
②「90度に合わせた2枚の鏡にできる像」これは理解が難しいものですが、一人ひとりがやってみることで簡単に作図し、理解することができました。
③「光の屈折実験」ポリプロピレン製の小型調味料容器(容量30ml)に、床用ワックスを1滴加えた水を3分の2ほど入れ、LED光源装置の光線を水と空気の境界面に入射させると、屈折や全反射の様子が観察できました。また、凸レンズの性質、レンズの中心を通る光の実験など一、人ひとりが、短時間で明確に観察することができました。普通教室でも光線の様子を観察できたので、生徒は納得するまで何度も実験していました。

3 まとめ

(1)マイクロスケール実験を活用する効果
この研究は理科部会を中心に、講習会→授業研究→研究(公開)授業→研究会という流れで、加古川市の中学校全体で行われました。まず、教員がマイクロスケール実験を体験し、その中で気づき、不思議に思い、考え、教員同士議論ました。マイクロスケール実験には、教員自身が自分で実験してみなければ気づけなかった内容があることで、興味・関心を持ち、深く考えていきました。そして、ぜひこの実験を授業で活用してみようという意欲がわき、工夫して授業に臨みまし。た
マイクロスケール実験を活用した授業では、短時間で確実に様々な実験をすることができます。また、生徒全員が自分で実験するので、一人ひとりが結果を考察します。1時間の授業の中でも十分に、実験、実験結果の発表、それに基づいて活発に議論することができました。このことは、研究授業をした教員は勿論、参観した教員の心も動かし、さらに意欲的に取り組むようになりました。その結果が、授業に反映されるという、好循環を生み出してきたと思われます。

(2)今後の課題
教員の意欲が授業に反映するという好循環を生み出すためには「教員自身がマイクロスケール実験を体験し、その中で気づき、不思議に思い、考え、誂論すること」がなければなりません。単に教科書の実験結果を確かめることを目的とすれば、「結論が決まっている結果を理解するための実験」になりかねません。マイクロスケール実験では、失敗や、予想と異なる意外な結果になることもあります。この場合でも、薬品・材料が少なく、簡単な器具を使うため、短時間で実験をやり直し、考察し、議論することができるというしくみが内蔵されています。今後、このような仕組みをもつ実験を開発していくことが必要です。また、今回実現できなかった。生物・地学分野の授業実
践や、この実験に対する教員の理解を深めるための講習会をどのように継続していくかが課題です。もう一つは、実験器具の問題です。研究授業などで使用した実験器具や消耗品の多くは、助成金で準備することができました。マイクロスケール実験は、個別実験、または二人一組で実施するので、小型・少量・安価なものを使いますが、4人一組の班実験と比べ、2倍から4倍の数の器具が必要になります。また、ポリ容器やシリコン栓、ミラーシートの加工など、教員が実験器具を加工しなければならないものもあります。費用と時間をどのように捻出するかはもう一つの大きな課題です。

(3)研究の成果
研究の結果から「マイクロスケール実験を活用した授業」は、「生徒が、気づき、考え、議論する授業」になることが明らかになってきました。研究を通じてこのことを確認できたことは、2年間の研究の大きな成果です。「マイクロスケール実験を活用した授業」は、課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)そのものであると思われま。す最後の総括報告会では、「この研究を本年度で終わらせるのではなく、これまでの成果を生かし、今後とも取り組んでいきましょう。」という力強い言葉で締めくくられました。