2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

マイクロカプセルによる臓器の自動描出と薬物ターゲッティングを兼ねた新しい超音波診断・低侵襲治療システムの開発

研究責任者

桝田 晃司

所属:愛媛大学医学部付属病院 医療情報部 助手

共同研究者

石原 謙

所属:愛媛大学医学部附属病院 医療情報部 教授

共同研究者

新盛 英世

所属:愛媛大学医学部附属病院 医療情報部 助教授

四国厚生支局 診療専門官

共同研究者

大城 理

所属:奈良先端科学技術大学院大学  助教授

共同研究者

長倉 俊明

所属:鈴鹿医療科学大学 医用工学部 助教授

概要

1.はじめに
超音波断層法の最大の利点は安全で、しかも臓器のリアルタイム観察が可能なことであるが、診断方法は検者が探触子を手に持ち、患者の体表に押し当てるという原始的なもので、検者の自由度が高い反面、長時間の診断になると検者にかかる負担が大きい。近年、マイクロカプセルを体内に注入して超音波断層像のコントラストを強調する研究が盛んなように、デジタル画像処理技術の発展は著しいものの、装置と人間のインターフェース部分は発展が遅れている。超音波診断に機械的インタフェースを導入する研究はいくつかあるが、それらはロボットアームの発想であるため機構が大がかりで根本的に安全性に問題があり、被験者の体動に弱い。それに対して我々はロボット自体を被験者の腹上に置くことによって、探触子が自在に動くことのできる超音波検査ロボットを製作した。
また、マイクロカプセルに治療用の薬物を含ませて体内に注入し、病変部位に到達したカプセルに超音波を収束させ、薬物を放出させると侵襲の少ないターゲッティング治療が行える。マイクロカプセルに強い超音波を照射すると、その表面が振動して破壊することから、カプセルに薬物を含ませ、外部から超音波を照射することにより、病変部位に選択的に薬物を投与できる。マイクロカプセルを含んだ臓器の画像をロボットを制御して捉えることにより、より正確な薬物ターゲッティングが行えるだけでなく、ガンなどの疾患によって機能の低下した組織特有の血流、代謝状態もモニタリングすることができる。
本報告書では、超音波診断の機械的インターフェースである超音波検査ロボットの概要と、それを利用した生体内での薬物ターゲティングシステムの研究経過を報告する。
2.超音波検査ロボットの製作とパソコン制御
2.1安全性を考慮した探触子可動機構
超音波探触子を機械的に動かすためには、3次元の回転運動と平行移動が必要である1),z)。手首の運動に相当する角度調節に関してはジンバル機構で、腕に相当する平行移動に関しては、パンタグラフ機構とスライド機構で実現した。全体の概略は図1、健常者の体表上に搭載した様子を図2に示す。
ジンバル機構は図3のように、探触子を固定する円筒が回転できるように2枚の板で挟み、それを外部から回転させる。パンタグラフの基部には2個の高トルクモータを設置し、それらを同方向に回転させることにより水平方向、逆回転させることにより鉛直方向の運動をそれぞれ実現する。この機構を患者の腹部に載せ、探触子の先端を腹上で這わせる。ロボットアームでは困難な、産婦人科領域の様に体表の広い領域を容易にスキャンすることができる3)。
探触子の先端を体表に近づけた場合、体表面を必要以上に圧迫する危険を防ぐため、図3に示すように探触子を固定する円筒に取り付けた直径10mmのボタン型力センサ(圧縮型ロードセル)を前後左右に4個用いて接触力の検出を行う。探触子の軸と体表の位置関係によって向かい合うカセンサの出力がお互いに変化するため、接触力だけでなく探触子が体表に接触した角度を知ることが出来る1)・2)。超音波探触子の先端に下から力を加え、4つのセンサにおいて荷重分布を計測した。500gを荷重としたときの測定結果を図4に示す。鉛直方向から角度を変化させることにより、荷重分布が変化することが確認できた。これにより、ひずみセンサの出力から探触子の体表接触角を認識することができる。ひずみの差を回転駆動用モータに出力して、常に最適な角度で探触子が体表にアプローチできるように制御することができた。
2.2ファントム実験3)
上記の探触子可動機構を、まず図5のように血管を模擬したドプラ検出用のファントムに載せ、埋め込まれた管を断層像として描出させる実験を行った。各モータはポテンショメータによる位置制御を適用した。ジンバル機構はジョイスティックで、パンタグラフ機構はポテンショメータによる角度入力で操作を行った。操作性はまだ十分とは言えないが、図5中のモニタに表示されているように、ファントム内の管を容易に描出できた。
2.3操作インターフェース4)
ロボットの操作方法は従来のジョイスティックによる方式を踏襲した。図6に人間の心臓を観察している時の様子を示す。右手は探触子を持つ手の感覚を生かすためにジンバル機構を、左手はパンタグラフ・スライド機構の操作に割り当てた。右手のジョイスティックの角度は、そのまま通常の検査時に検査者が感じる探触子の角度に連動させ、また左手の操作は腹上での絶対的な位置を指令値として与える。検査者へのフィードバックは、被験者サイドの映像と、探触子先端の腹上での接触力および接触角である。操作に慣れるまでには数十分の練習が必要であったため、今後はVR技術を導入することを検討している。
3.生体内マイクロカプセルカプセルの濃度測定
3.1 Bモード像の自動撮像
生体内に注入されたマイクロカプセルを体外からの超音波照射によって破壊し、カプセル内の薬物を体内の任意の部位で放出させる超音波DDS(Drug Delivery System)5)では、通常の断層像観察とカプセル破壊のためのビーム送信を同時に行えるというメリットがある。しかし探触子自身を検者が手に持つ方式では、薬物放出の効率が落ちるため、前述の超音波検査ロボットを用いて断層像観察とビーム送信の両方を制御することとする。
まず、探触子先端の接触力をパソコンに取り込んで、リアルタイムに探触子先端が患者の体表に密着するように機構部の姿勢を変化させることができた。次に探触子を体表上で動かしてスキャンし、得られた画像から、画像の垂直方向において1cmほど離れた高輝度の横断線が得られる位置で探触子の動きを止める様に制御した。ドプラ検出用フローファントム(ATSLabo,523A)を使用した時の断層像を図7に示す。フローファントムは4本の管が走っており、その1本の軸方向断面である。これは腹部の血管を想定しており、マイクロカプセルが血流に乗って血管内を流れてきたところに、ビームを照射してカプセルを破壊することができることを意味する。マイクロカプセルは生体内に注入されることによって超音波の造影効果が高まり、位置の把握が容易である。
3.2輝度変化からの濃度測定
マイクロカプセルは、我々が従来から用いている松本油脂社製F-04E(真比重0.1661,平均粒径3.3μm)を用い
た6)。
この懸濁液を図8の循環装置に流し、フローファントムにおいて超音波診断装置(日立メディコ、EUB-565S、中心周波数2.5MHz)で観察した。ここでマイクロカプセルの濃度を3×102から3×104L-1の問で変化させてファントム内に流し、図7中に四角で囲んだ関心領域の輝度値の時間平均値を測定した。結果の一例を図9のカプセル濃度輝度値変化のグラフに示す。関心領域は探触子から80mmの焦点領域に設定した。超音波Bモード出力はH,M,Lの3種類あり、濃度に対する輝度変化は出力が小さいLの場合が大きかった。このBモード出力の差異は、生体内においては介在組織の音響特性の違いに相当すると考えられる。つまりBモード出力を一定とした時に、介在組織による減衰が小さい場合がH、大きい場合がLに相当する。
ここで生体内に注入されたカプセル濃度が既知であるとすると、超音波ビームによるカプセルの破壊の前後の輝度変化を観察することにより、破壊後のカプセル濃度を推定できる7)。まず図10のように超音波ビームがファントム内の管を横切って照射され、管内の上流、下流の2つの関心領域をそれぞれA,Bとする。カプセル懸濁液は生体注入後領域Aに到達するまで濃度変化が無いとすると、領域A内の平均輝度から、カプセルや介在組織の種類に応じたそれぞれの濃度一輝度値のグラフにおいて、介在組織による減衰がどの程度の超音波出力に相当するかがわかる。次に超音波ビームを通過した領域Bの平均輝度を同時に測定し、輝度の減少があれば、濃度一輝度値グラフの勾配から、領域Bのカプセル濃度が推定できる。これからカプセルの減少率が求められ、放出された薬物濃度が概算される。
3.3カラーエンコーディングによる濃度の可視化
以上の計算課程をF-04Eの他に、直径50,70μmの同材質のカプセルについても濃度一輝度値の関係を測定した。次に各種濃度の懸濁液をファントムに循環させ、ビーム照射前後のカプセル濃度変化を観察した。そこから推定された放出薬物濃度は、Bモード像上にカラーエンコーディングを施してビーム照射部位に表示された。カプセルの直径が大きいほど崩壊し易く、薬物放出効果が大きいことが分かった。
4.まとめ
本報告書では、超音波診断のための機械的インターフェースとしての超音波診断ロボットの開発と、それを用いたDDSのための薬物濃度のモニタリング手法を提案した。Bモード出力に対する濃度一輝度値の関係から、マイクロカプセルカプセルの生体内での濃度と薬物放出濃度をカラーエンコーディングで表示した。本手法は予め関心領域の初期設定が必要であるが、今後はより簡便に設定できるよう改良が必要である。本研究の発展により、装置が小型で、最も安全に効率の高い治療が期待できる、全く新しい超音波治療の分野が開かれる。