2011年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第25号

ヘテロコア光ファイバによる脈拍や呼吸の無拘束・無意識生体計測

研究責任者

西山 道子

所属:創価大学 工学部 情報システム工学科 助教

概要

1.はじめに
人体の呼吸状態や脈拍、また手足の動きや腰や関節の振じりのための生体情報計測は、臨床分野における評価にのみならず、バーチャルリアリティ、スポーツバイオメカニクスや高齢者福祉といった様々な分野で開発が期待されている。この生体計測装置は、人体に対して拘束性が低く不快感を与えないものが求められる。人体に直接センサを取り付け、計測機器を携帯するウェアラブル型計測は、被験者がその計測機器の近くに赴く必要も無く、時間的・空間的制約が低減され無拘束計測を実現する。日常生活を営む自宅などの環境側にセンサを配置する環境配置型計測は、その環境内で被験者は無意識に生体情報を集録され、健康管理などに役立てられる。
従来のウェアラブル型計測として、導電性ファイバによるコイルで作られた変位センサを衣服に織り込むことによる、ウェアラブル呼吸計測とモーションキャプチャが提案されている1)。また、ファイバグレーティング(FG)視覚センサというCCDカメラとFG素子を使って入浴者の呼吸状態と洗い場での転倒リアルタイムで計測する手法が提案されている2)。呼吸によるわずかな身体の上下動をリアルタイムで計測が可能であるが、浴室内の湯気によるカメラレンズのくもりや石鹸の泡、入浴剤による液体の非透明度の上昇といった画像を捉えきれない場合がある。
これらの従来のセンシング手法に対し、軽量、柔軟性、防爆性、耐電磁誘導性、耐腐食性といった利点を持つ光ファイバの利点を活かした、LPFG(Long Period Fiber Grating)センサを用いたウェアラブル呼吸計測の研究が行われている3)。しかし、LPFGセンサは、歪み計測において温度変動に対する補償用のセンサと計測装置を要し、更に計測量は波長シフト量となり、波長べ一スの計測装置が必要となる。一方。プラスティック光ファイバセンサによる光強度ベースの呼吸計測の研究も行われているが4)、マルチモード光ファイバで構成されるため、ファイバ伝送路上でセンサ部以外の外乱の影響を受けやすい。
従来の光ファイバセンサに対して、本研究で用いるヘテロコア光ファイバ5)~11)は、コア径を適度に調節されたヘテロコア部を設けることで、比較的緩やかな曲げに対して感度があり、かつ温度変動に依存しない。加えて、製造工程が簡便といった利点もある。また、シングルモードファイバで構成されるため伝送路が安定しており、伝送路長を自由に確保でき、センサ部以外の変形などの外乱の影響を受けにくい。これらの利点を踏まえ、今までの研究で、人間の大まかな動きをリアルタイムで捉える、ウェアラブル光神経モーションキャプチャを試作し、ヘテロコアファイバ光神経網の有用性を示してきた5)。
そこで本研究では、ヘテロコアファイバ光神経センサを用いて、ウェアラブル型計測、環境配置型計測として脈拍や呼吸、動作などの無拘束・無意識生体情報モニタリングシステムを提案する。
2.光ファイバ生体情報計測センサ
2.1ヘテロコア光ファイバ
本研究で用いたヘテロコア光ファイバセンサの構造を図1に示す。コア径9?mのSMファイバ伝送路の途中に、コア径5?mのSMファイバ小切片を挿入し融着することで作製される。このコア径の小さいファイバの挿入部をヘテロコア部と呼ぶ。伝送光はヘテロコア部において一部漏洩する。更に曲げなどの変形が付与されるとその光の漏洩量が増加し、曲げ変形を光損失の変化として捉える事が出来る。曲げを加えない状態で、ヘテロコア部を挿入したときに生じる損失は1dB以下となる。今までの研究で、SMファイバで構成されるヘテロコア光ファイバセンサは、曲げ量に対して単調な光損失変化を生じることが確認されている6)。本研究では、曲げ量に対して単調な光損失変化を生じ、かっ感度の比較的高いヘテロコア挿入長2mmを採用した。
2.2光ファイバ脈拍センサの構造
ヘテロコア部の曲率変化に鋭敏な光損失変化を生じるこのセンサの特性を活かし、経年劣化の比較的少ないシリコーンゴムシート厚さ0.5mmの2枚のシートの問に光ファイバセンサを挟み、脈拍による微弱な圧力変化が効率よくヘテロコア部の曲げに変換されるようにシリコーン小切片を組み込んでいる。図2(a)に示すように、ヘテロコア部を中心に0.5~1.Ocm程度の間隔でファイバに小切片を添えて固定した状態で、ヘテロコア部に急激な曲率変化が生じるように1.Omm幅程度の小切片を添えている。図2(b)に示す通り、柔軟で経年劣化の少ないシリコーン素材を用い、0.5mm厚シリコーンゴムシート(一辺5.Ocmの正方形)の中心にヘテロコア部をおき、ヘテロコア部とその両端にシリコーン小切片を添えて、シリコーンシートを接着する。
更なるセンサ感度の向上を目指すと、脈拍による脈圧振動を伝える膜であるシリコーンゴムのシート厚を薄くすることが必要である。しかし、シリコーンゴムは柔軟であるため、シート厚を薄くすると膜としての機能が低減し、ある程度厚みがなければ計測が困難であった。そこで、伸縮性が見られず、経時変化が比較的少ない安定した素材であるフッ素樹脂であれば、更に薄いシートを用いることができ、より効率的に振動を伝えることができると考えられる。シリコーンゴムシートで作成したセンサ構造をフッ素樹脂シートに応用することで、シート厚が薄い場合でも脈拍計測が可能であるか、検討を行った。
2.3呼吸を検知のための光ファイバ感圧センサ
図3(a)にヘテロコア光ファイバ荷重センサの構造を示す。荷重センサは、柔軟性のあり、また経年劣化の少ないシリコーンゴム素材で構成した。図3(a)に示すように、上下からの荷重がヘテロコア部の曲率変化として生じさせやすいように、ヘテロコア部にシリコーンゴムによる小切片をあてている。更にヘテロコア部近傍の両側にシリコーンゴムによる段差構造をもたせることで、荷重による曲率変化が顕著に生じるように構成されている。それらの構造をシリコーンゴムで挟み、上下をプラスティック板で挟む構造をとっている。本荷重センサの寸法は、20mm×20mm×4mmである。図3(b)に、本研究で使用した8個の荷重センサのうち、代表的な4個と3.Okgの荷重に対する光損失特性を5回繰り返し計測の平均値とその計測誤差を示す。図3(b)より、どの荷重センサも荷重に対して光損失が単調増加する特性を有することを確認した。図3(b)の荷重光損失特性おいてセンサNo.2、No.3、No.5、No.8はそれぞれ、荷重3kgに対して、1.80、0.91、0.74、0.55dBの光損失変化を示した。また、0.1kg以下の比較的軽い荷重に対しても光損失感度を有していることを確認した。従って、本荷重センサを用いて、睡眠呼吸時の体動による僅かな圧力変化を検知できると考えられる。また、身体からの荷重は、被験者の体重は数十kgとなっても、荷重はベッドとの接触領域に渡って分散するため、荷重センサの計測可能範囲は3kg程度で十分であると想定した。
2.4睡眠時の呼吸における体動の無拘束計測
図4(a)に、計測装置構成図と図4(b)に実験で使用した寝台であるソファベッド(180cm×100cm)の写真を示す。伝送波長は1.3?mを採用し、8点の光損失をリアルタイムで計測可能なLED-PD計測器を用いた。ヘテロコア荷重センサで発生した光損失値を、サンプリング周波数2HzでAIDコンバータを介してPCで集録する。図4(b)に示すように8個の荷重センサを、被験者の背中に相当する箇所を中心にマジックテープでソファベッドに固定し、その上に被験者が荷重センサを意識しないように、一枚薄い布を被せた。また、8個のセンサは、図4(a)に示すように被験者の睡眠時に寝返りなどによる移動があった際でもセンサに荷重がかかるように、縦5cm、横6cmと間隔をあけて広がりを持たせるように設置した。睡眠時の被験者の様子を確認するため、USBカメラを用いて同時に動画記録を行った。本実験では、被験者7名に対して睡眠状態にけるヘテロコア荷重センサの光損失値の計測を行った。8名の被験者は全員20代の男性で、実験前に頭の位置のみ指定し、睡眠時の姿勢については特に制限を設けずに実験を行った。
3.実験
3.1脈拍計測実験
脈拍信号の評価方法は、計測時間30秒間のうち、脈拍の振動に伴って生じる光損失のピークから次のピークまでを1周期として、連続した20周期分のデータを抽出する。図5に示す1周期中の最小値から最大値までの振幅を感度[dB]と定義する。また、20周期分の感度の平均値をセンサ感度と定義する。ここで、シリコーンゴムシートで作成した脈拍センサの特性は予めヘテロコア部に緩やかな曲率を与えている状態で固定した場合、感度0.343[dB]となり、その波形からも脈拍を十分に捉えていることが分かる。
図6に、フッ素樹脂素材で作製した脈拍センサのリアルタイム光損失特性を示す。フッ素樹脂製の脈拍センサは、3.2cm角の0.05mm厚フッ素樹脂シートの中心に緩やかな曲率を与えたヘテロコア部を配置し、微弱な脈圧の変化をヘテロコア部の曲率変化に効率良く変換するため、ヘテロコア部とその両端に小切片を添える構造をとる。この脈拍センサを手首に装着し、その手首を台座に乗せることで、脈拍センサを手首に押しつけるように圧力を与えた場合と手首を台座に乗せず、圧力を与えていない場合のセンサ感度の比較検討を行った。図6に示すように、圧力を与えていない場合のセンサ感度は0.015[dB]となり、加圧時のセンサ感度0.266[dB]に比べて微弱ではあるが、脈拍を検知がすることができた。
3.2睡眠時呼吸モニタリング実験
図7(a)、(b)に、被験者A、Bの睡眠計測の2分30秒間抜粋したリアルタイム光損失波形を示す。光損失値の基準となる0dBは、荷重を与えていない状態としているため、身体が荷重センサの上にのり、少しでも荷重がかかっていれば光損失の値が発生することになる。呼吸による体の動きを捉えられていれば、その一定量の荷重がかかった状態で、更に損失変化が定期的に生じる。図7(a)から、このときの被験者Aの睡眠計測ではすべての荷重センサにおいて規則的な光損失変化を確認でき、呼吸による体の動きを示す波形が確認できた。センサNo.7においては約0.11dB程度の光損失波形の振幅を示した。また、睡眠時の呼吸による細かい定期的な光損失変化は、比較的ある一定の光損失値が生じている状態の上でみられているのが分かる。ここで、この一定量の光損失値は安定しており、ヘテロコア光ファイバ荷重センサは身体の荷重に対して安定して計測を行えることが示された。また、その一定量の光損失値は、図3に示す荷重光損失特性で示す光損失量の範囲内であるため、荷重センサにかかる荷重は3kgの範囲内であることが分かる。一方、図7(a)から、センサNo.7とNo.1は、光損失変化の波形の時間に対する位相が逆になっているのが確認された。これは、センサNo.1とNo.7がベッドの上で離れた位置に配置されており、身体が当たる個所が胸部と腰部と異なり、センサの位置によって荷重のかかる方が異なったためと考えられる。しかし、波形の周期はほぼ同じであり、睡眠時呼吸計測は行えていることが分かる。
図7(b)では、被験者Bの計測結果では、呼吸の規則的な波形が見られた後に波形が乱れている。これは、被験者が寝返りを打ったためであり、同時に撮影した動画でも確認した。しかし、寝返りを打った後も、寝返り前に睡眠状態を捉えていた荷重センサとは別の荷重センサが捉え始めているのが確認できる。従って、ある程度分布的に荷重センサを配置したことで、寝返りによる身体の位置の移動にも対応できていることが分かる。また、寝返りの直後は、一定量の光損失値は生じている状態でも規則的な波形の変化が見られず、十数秒後から再度波形の変化が見られるようになった。これは、一時的に無呼吸状態、又は低呼吸状態になったためと考えられる。従って、無呼吸状態の診断にも利用できる可能性が示唆された。
7名の被験者の内1名が睡眠途中で寝返りを打ちセンサ設置位置から被験者の身体が離れてしまったため、センサに荷重がかからなくなり、一時的に呼吸計測が困難となったものの、7名の被験者全員の睡眠時の呼吸を検知することに成功した。これらの実験結果から、センサに被験者の体の荷重がかかってさえいれば、ある程度の被験者の体格差に関わらず、睡眠時の呼吸計測が可能であることが分かった。また、睡眠時の無呼吸状態、又は低呼吸状態を検知することが可能であることが示唆された。
4.まとめ
本研究では、安定した伝送路を有し、鋭敏な曲げに対する感度を有するヘテロコア光ファイバセンサを生体情報計測に応用し、拍動による脈圧の動きや睡眠時の呼吸による体動による荷重の変化といった、僅かな変化を検知できる新しい生体情報センサの提案を行った。従って、ヘテロコア光ファイバを用いて、より無拘束な生体情報センシングシステムが構築できることが示唆された。