2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

プロトン磁気共鳴画像化法を用いた生体内温度分布の非侵襲画像計測の研究

研究責任者

黒田 輝

所属:東海大学 総合科学技術研究所  講師

共同研究者

守谷 哲郎

所属:通商産業省工業技術院 電子技術総合研究所 大阪ライフエレクトロニクスセンター  センター長

共同研究者

中井 敏晴

所属:通商産業省工業技術院 電子技術総合研究所 大阪ライフエレクトロニクスセンター  主任研究官

共同研究者

服部 峰之

所属:通商産業省工業技術院 電子技術総合研究所 超分子部 主任研究官

概要

1.はじめに
医療分野では近年、患者に対する低侵襲性を指向して加温・冷却を利用した治療(高温切除術、癌温熱療法、低体温心臓・脳手術、凍結療法)が注目され成果をあげつつある。しかし、これらの治療における体温のモニターは現在侵襲的な温度プローブに頼っている。温度プローブの刺入は手術自体の低侵襲性の阻害、抜去時の病変組織の転移の可能性、さらに測温点以外に生じる異常温度点の検出の不能性などの重大な問題を持つ。これらの問題を根本解決するために体内温度分布の非侵襲画像計測技術が強く望まれてきた。この技術はまた体温異常を伴う疾患(代謝異常、血行障害)の直接診断の手段にもなりうる。本研究の最終目的は磁気共鳴画像化法を利用した臨床応用可能な体内温度分布の非侵襲画像計測技術の開発である。
筆者らはこれまでに生体組織水のプロトン化学シフト(化学的環境の違いによる共鳴周波数の違い)が温度に比例することを見出し(1)、同パラメータに基づく温度分布画像計測法として磁気共鳴分光画像化法(1、2)及び位相分布画像化法(3)を提案し、その有用性を示した。位相分布画像化法は既存の撮像法(勾配磁場エコー法)を利用して数秒程度で温度画像を与えるもので最近では脳腫瘍のレーザー手術で臨床試験されるに至った。しかし本法では温度変化前後の位相差から温度差を推定するために、血中ヘモグロビン還元率の変化による組織体積磁化率の変化、ならびに体動に起因する位相変化が重大な誤差要因となった。一方の磁気共鳴分光画像化法は原理的には内部基準物質により磁化率変化及び体動の影響を低減しうるが、撮像時間が長い(数分に及ぶ)点が問題であった。そこで本研究では両法の利点を併せ持つ超高速磁気共鳴分光画像化法による温度計測技術を開発した。
2.超高速磁気共鳴分光画像化法による温度分布画像化
2.1原理
プロトンの磁気共鳴周波数は電子雲内に誘導される反電流による磁気遮蔽効果によって決定される。水プロトンでは反電流の強さが水素結合強度に依存するため、共鳴周波数が分子運動の激しさ、すなわち系の温度に負の勾配(約一〇.Olppm1℃)で比例する。したがって組織水のプロトンの共鳴周波数を観測することにより組織の温度を測定することが可能である(1-3)。本研究では超高速磁気共鳴分光画像化法(Echo Planar Spectroscopic Imaging ;BPSI(4))を応用して体断面を被うボクセル群における磁気共鳴スペクトルから温度の2次元分布画像を得る(5)。
EPSI磁場シーケンスを図1に示す。このシーケンスを1.5及び3.OT(プロトン共鳴周波数64MHz及び128MHz)のMRI装置(Signa5.4,GEMedicalSystems)にインストールした。このシーケンスでは1回の励起磁場でk空間の1ライン上の12乃至16エコーの信号を収集する。プロトン化学シフトの存在範囲は約10ppmであるので、時系列デ一タのサンプリングレートは共鳴周波数が64MHzの場合1.6ms、128MHzの場合0.8ms程度となる。本研究では現行の装置でこれを実現するために4セットのエコー信号列を互いにずらせてサンプリングした。
2.2実験対象ならびに方法
高含水組織を模擬するためにエチレングリコール(CH2-OH-OH-CH2)を試料としたファントム実験を行なった。エチレングリコールでは水酸基とメチレン基の間の化学シフト(δOH.CH2)と温度(T)の関係が良く知られている(δoH-cH2[ppm]=1.90-0.00984τ[℃](6))。試料を2重の円筒形容器(外容器直径20cm、内容器直径10cm)に入れ、内容器試料を60℃程度までマイクロ波加温した。内容器試料が自然冷却される過程で、3TのMRIにより次の条件でEPSIを測定しプロトンスペクトルの空間分布を観測した;TR,70ms;エコー数,12;エコー間隔,2.8ms;励起数,4;スペクトル帯域幅,1.4kHz;空間マトリクス,32×32;観測視野,20×20cm2。データ点数が128点になるようゼロフィリングしてからスペクトルを求め、非線型最小自乗法を用いて2成分の複素ローレンツ関数をフィットし水酸基とメチレン基の中心周波数を求めて両者の間の化学シフトを求めた。得られた化学シフトを温度に換算して温度分布画像を求めた。
より実用に近い検討を行うために高含水組織の一例としてブタ摘出肝の温度分布の1.5Tでの画像化を試みた。試料の温度は試料を循環式高温槽に浸すことによって制御した。内部基準物質ピークを求めるために化学シフト選択励起による水信号抑制を利用した。各温度点において2回のスキャンを行った。一方は水抑制を行ったもの(TR,350ms;エコー数,16;エコー間隔,5.2ms;励起数,4;スペクトル帯域幅,767Hz;空間マトリクス,32×32;積算回数,4;観測視野,16×16cm2)、もう一方は水抑制を行わないもの(TR,120msと積算回数,1を除いて上記と同一条件)であった。スペクトル推定はボクセル毎に水抑制時の脂質ピークと抑制されない水ピークに対して別々に行われた。温度と化学シフトの関係を確認するため撮像前後に熱電対にて試料の温度を測定した。
対象の動きに対する耐性を調べるために室温に保ったブタ肝試料をMRI観測視野内で左(+x)、上(+y)ならびに奥(+z)にそれぞれ10mmつつ変形しないように動かした。動きの前後でEPSIを撮像し温度差(真値は一様に0℃)を推定した。比較のために従来の位相分布画像化法により同様の測定を行った。撮像条件は次の通りであった;TR,51ms;TE,6ms;読み出し帯域幅,32kHz;空間マトリクス,256×128;観測視野,16×16cm2。
2.3結果
エチレングリコールにおけるプロトン化学シフト(δOH-CH2)と熱電対で測定した温度(ηとの相関係数(r)は0.999であった。回帰直線はδoH,cH2=1.91+0.0102Tで文献値(6)と良く一致した。この化学シフトから推定した温度の絶対値を図2に示す。摘出肝試料において得られたスペクトルを図3に示す。図4は熱電対で測定した温度と図3のスペクトルから推定した化学シフトの関係である。水と脂質メチレン基の間の化学シフト(δH20〈〕H2)は47.3℃までの範囲で温度と良く相関した。高い温度においては脂質ピークへのカーブフィット精度の低下により相関が低下した。図5はδH20-CH2から推定した温度上昇分布である。図6では試料の動きに対する耐性の点からEPSI法と位相分布画像化法が比較されている。
3.小動物用プローブコイル
動物実験あるいは臨床試験における信号観測領域ならびに検出感度の最適化のためには動物種あるいは部位に応じたプローブコイルの開発が不可欠である。本研究では3TMRIのための小動物用バードケージコイルの開発を行った。バードケージコイルは、コンデンサを等間隔に装荷した円形コイルを対向させ、それらを直線状導体(インダクタ)で接続した円柱状構造を持つ。対の円形コイル上の電流定在波が互いに180°の位相差を持つ正弦波状の分布を保つことにより、直線状導体がコイル内部に均一磁場を形成する。このため被検体内の核スピンを均一に励起・検出することが可能である。
図7に試作器の一例(直径120mm、有効長170mm)を示す。同器の人腕装填時の共鳴周波数は127.OMHz、SWR(Standing Wave Ratlo)は2.3であった。図8にスピンエコー法(TRITE=300/9ms)による人腕の撮像結果を示す。
4.考察
EPSIの撮像時間は従来の磁気共鳴分光画像化法の撮影時間を、一方向の位相エンコード数で除したものとなり、内部基準による温度分布画像計測の実用化に極めて有効であると考えられる。図2ではファントム内部の温度の時間推移と空間的分布が明確に画像されている。内容器から外容器への熱伝導による温度勾配も認識できる。
肝試料においては脂質のメチレンピークが内部基準として利用可能であった。ただしメチレンピークは高温では強度が減衰し共鳴点の正確な同定が困難であったため、その利用は50℃以下の温度範囲に限られた。図5では肝臓試料における温度の変化が明確に画像化されている。試料を被う全ボクセルの10%の数にあたるボクセルにおいては明らかに誤った温度を推定しているが、これは位相エンコード数が少ないために生じた信号の染み出しに起因するスペクトル推定の誤差が原因と考えられる。これらの温度画像においては位相分布画像化法を用いた場合と違い画像の引き算を使っていない点が特徴である。この特徴は図6において明確である。内部基準を使ったEPSIでは真値0℃に対して、3方向それぞれについての誤差の最大値の平均がL6℃であった。これに対して位相分布画像化法では同じ尺度の誤差が9.7℃で、およそ6倍であった。
図8では骨・皮下脂肪ならびに筋肉などの組織を明確に識別できる良好な画像が得られ、試作器は直ちに動物実験に利用できる目途がついた。周波数微調整用の可変コンデンサの完全非磁性化が今後必要な改良点である。
5.おわりに
本研究によりEPSI法を利用した温度分布画像化法の有用性が示された。本法では水プロトン化学シフトの測定に内部基準を用いるため画像の引き算が不要であり、組織体積磁化率の温度変化あるいは撮像間の体動による誤差を低減できる。本法に関してはまだいくつかの改善すべき点があげられる。まず皮下脂肪からの信号が肝臓の脂質信号に重なる、いわゆるボクセル間信号混入を防ぐ必要がある。このためには現在の面選択を体積選択に変える必要がある。この場合水抑制パルスと体積選択パルスの相互作用が予想されるので水抑制法の最適化も同時に必要となる。静磁場の均一性改善のためのシミングの最適化も必要である。例えば脳ではN一アセチルアスパラギン酸(NAA)(7)が水プロトン化学シフトのよい基準となるが、含有量が数mM程度であるため、その検出のためには体積選択、水抑制ならびにシミングなど全てが同時に最適化されることが重要である。さらにS/N改善のためには信号積算回数を増やす必要があるがこの場合撮像時間が問題となる。最新のハードウエアによる勾配磁場の高速反転(>150mT!m!ms)を用いて必要な化学シフト帯域を1回の励起でカバーすることが不可欠である。