2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

プレハブ型植物工場を用いた植物の安定生産の工夫

実施担当者

楯石 誠晃

所属:宮城県農業高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 2014年の4月に千葉大学工学部デザイン学科環境デザイン研究室の原寛道准教授から宮城県農業高等学校に連絡が入り,名取市の仮設住宅植松入生にあるプレハブ型植物工場の今後の管理の事で相談を受けた。植松入生では,人々の交流の場としてプレハブを用いて植物を水耕栽培しており定期的に試食会を開いていた。しかし,植物の管理が特定の住人だけが行うようになると,個人への負担が大きくなり,虫や藻の発生や結露によるカビの発生,雨漏り,温度,湿度,など様々な問題が発生するようになり途中で栽培が中断してしまっていた。そこで,同じ名取市にある宮城県農業高等学校の生徒が実習の一環として協力するという形になった。当初は,宮城県農業高等学校の生徒が仮設住宅を訪問して植物工場の管理を行う予定であったが,教育効果や管理の面を考えプレハブを宮城県農業高校に移設することになった。移設によって,今まで仮設住宅住民が行っていた作業を生徒が行う事ができ,継続的に管理・研究することが可能となった。プレハブを用いて植物工場を作成する過程で,生徒達の科学技術に対する興味関心を高め,自ら学ぶ姿勢を身につけることにつながると考え今回の「プレハブを利用した小規模の植物工場の基礎研究」を行うことになった。
本年度の研究では,植松入生で問題となった虫や藻の発生や結露によるカビの発生,雨漏り,温度,湿度の管理など様々な問題を解決して,プレハブで安定的に植物を栽培することを目的として基礎的なデータ収集に力を注いだ。


2.太陽光パネルの設置
 平成26年の6月にプレハブが植松入生から宮城県農業高等学校に移設されて始めに行ったことは電源の確保である。外部電源の他に停電時でもデータが取れるように,120Wの太陽光パネル6枚(720W)と鉛バッテリー6つを設置した。H27年度にはバッテリーを外に出しスペースを広くする作業を行った(写真1)。

成果
 LEDとパソコンの電源を確保することができ,停電時でもデータを取ることができるようになった。LEDの棚4つの合計の電力は248W,パソコンが26W,合計274Wであるので,照明とパソコンの電力は全てまかなうことができた。エアコンは2.2kWの消費電力があるので,今回の太陽光パネル6枚では電力をまかなうことが出来ずに外部電源から電力を供給している。


3.エアコンの取り替え
 植松入生で使用していたエアコンは,自動で暖房と冷房が切り替わらないタイプであったため,温度管理が難しく特に東北の冬場の温度変化は植物の栽培を困難にする場面があった。本研究では,エアコンを最新式のものに変えた(写真2)。FUJITSU nocria ASZ25Dセット(白)年間消費電力695KW 冷房460W(105~890W)暖房510W(105~1500W)
除湿モードは,外気温が約20℃以上の時は,冷房と除湿を切り替えて運転する。外気温が20℃未満の時は,暖房と除湿を切り替えて運転する。部屋の湿度が80%以下のときに運転する。

成果
 植松入生では旧エアコンを使用していたが,暖房と冷房の自動切り替えができないタイプであったことと,冬場の暖房の性能が悪く設定温度を下回ることがあったことなどから,平成26年度の宮城農業高校では新エアコンを導入した。植松入生では人の出入りも多少あったというので,宮農では人の出入りは制限した。旧エアコンでは設定温度が20℃であるのに平均気温が13.4℃となっていた。特に2月は室内の気温が10℃を下回ることがあったが新エアコンの導入で温度は一定に保つことができた(グラフ1)。


4.培養液のEC管理
 培養液のEC(電気伝導度)の管理には,EC計(写真3)を用いた。仕様は以下の通りである。型番ALTEC―P20,測定範囲0~9999μS/cm,測定温度0~80℃,分解能1μS/cm,測定誤差±2%,温度補正自動温度補正機能0~80℃。培養液は大塚ハウス1号,2号,5号を用いた。3Lの水に対して1号を20ml,2号を20ml,5号を20ml入れかき混ぜる。それぞれ異なるピペットを使用する。この時EC計で1.6×103μS/cm付近(±50)であることを確認している。
使用している培養液の組成は以下の通りである。
大塚ハウス1号:窒素全量 10.0%,リン酸 8.0%, カリ 24.0%,苦土 5.0%,マンガン 0.1%,ホウ素 0.1%, 鉄 0.18%
大塚ハウス2号:硝酸カルシウム;窒素11.0%,石灰 23.0%
大塚ハウス5号:窒素 6.0%,カリ 9.0%, マンガン 2.0%,ホウ素 2.0%,鉄 5.7%,銅 0.04%,亜鉛 0.08%,モリブデン 0.04%である。

(注:グラフ/PDFに記載)

 グラフ2のようにECは溶液のイオンの濃度に比例することが知られており,ECを測定することで培養液の濃度を一定にして実験ができるのである。本研究では千葉大学デザイン学科環境デザイン研究室と同じ培養液の大塚ハウスを用いており,ECも1.6×103μS/cm付近で同じにしてある。表2は身の回りの様々な液体のECを測定した結果である。培養液のECは市販のアクエリアスよりも少し小さい値であることが分かる。

(注:表/PDFに記載)


5.プレハブ実験施設内
 写真4は植物の栽培に使用しているユニットである。一つのユニット(図1)には,棚が4段あり,全部で4ユニットがあるので16個の棚で植物の栽培が可能である。一つの棚にある白色LEDの個数16個,一つのユニットは4段あるので合計64個のLEDを使用している。栽培ユニットにおいて,栽培ユニットの床からの高さは1630mm,LEDと栽培棚との距離201.5mmである。
千葉大学工学部デザイン学科環境デザイン研究室より借用したユニットで使用しているLEDは白色光であり,光量子計で測定した結果が表3である。光量子束密度で比較すると栽培ユニット(距離20cm)では野外の日陰程度であるとこがわかる。
 光量子計とは,光合成に必要な光子の量を測定するための器械である。仕様は以下の通りである。
Apogee社製光量子メーターMQ-200,測定範囲:0~2999μmol/m2・s,電源:CR2320 3V,使用環境:温度0~50℃
 プレハブが植松入生にあった頃から同じLEDを使用しており,光源と発芽したばかりの植物との距離は20cmである。


6.収穫までの日数
 播種(ルッコラ,バジル,水菜)平成26年12月29日,収穫平成27年1月18日の21日間で収穫した。播種から発芽まで2~3日,収穫まで3週間であった。播種(バジル,ルッコラ,水菜,サンチュ,サニーレタス)平成27年1月16日,収穫平成27年2月24日の40日間で収穫したものが写真7の右である。植物は大きく育ってはいるが,ルッコラは花が咲いて,茎が長くなってしまった。また,40日間育てた水菜はLEDとの距離がほぼ0となり,葉の先端が白色く変色するものがあった。LEDとの距離が20cmしかないので,現在ある栽培ユニットでつけ置きでは,ルッコラは3週間,水菜は4週間程度で収穫するのが妥当と思われる。

(注:表/PDFに記載)


7.循環装置の作成
 植松入生での栽培では,つけ置きで栽培していたので宮農ではポンプをつけて培養液を循環させて栽培を行った。ポンプは金魚用のポンプ,ジェックス水槽用フィルターe-ROKAイーロカPF-701を使用した。1m程度の高さであれば,培養液を上げることができる。栽培棚容器に穴を空けて,その中にチューブを挿して高さを調節する。液面から1.0cmの高さにチューブをセットしておく。ポンプから注がれる量を調節すると,チューブの高さを超えた培養液は自動的に排水される。この仕組みによって培養液の量は常に一定になるようになり,栽培当初にありがちだった植物を培養液に浸しすぎて根が酸素不足になり根腐れを起こす現象を無くすことができた。循環装置に入れる時期は,植物の根が発砲スチロールの下から出たタイミングで循環装置を作動させている。


8.循環装置の有無による収量の差
 収穫した植物は培養液を落として容器と根の質量[g]を一緒に計測し,その後,根から上の食べられる部分の質量を測定して全体の質量のうち何%が食べられるのかを可食率と定義して,その可食率を3ヶ月間調べた結果がグラフ3である。
 可食率の変動はあるものの,いずれの月においても「循環装置にあり」の方が高収量という結果となった。可食率が低くなっている原因は枯れた水菜を除いて測定しているからである。4月30日収穫の水菜は20日間栽培,5月15日収穫の水菜は
29日間栽培,6月26日収穫の水菜は49日間栽培で行った。現在使用している栽培棚の高さが20cmであることを考えると水菜は循環装置を付けた場合20日前後(ライトに当たる直前)で収穫するのが望ましいことが分かった。
 一般的な植物工場でもライトの高さは一定で行っているが,収穫のタイミングが重要であることにあらためて気づかされた。植物が生長するに従ってライトとの距離が近くなり,葉がLEDライトに触れてしまうと,その部分が焼けて白くなってしまうのである。商品として出荷する場合にはこのロスを出来るだけ小さくする工夫が必要である。

(注:グラフ/PDFに記載)


9.成分分析
 宮農では植物の2つの栽培方法に挑戦した。培養液に常に浸しておく方法と培養液を循環装置で循環させる方法である。つけ置きは培養液が少なくなったら付け足す方法で,循環装置は水槽用のポンプを用いて 1m程度くみ上げ,栽培棚3段を循環させるというものである。つけ置きで栽培した水菜が写真のように,先端が枯れてしまうことがあったのでチップバーンを疑い成分分析を行った。植物はつけ置きで育てた水菜と循環装置付きで育てた水菜。葉の先端が枯れているのはつけ置きの水菜であった。分析の前の下処理としてDRYING OVENで約23時間乾燥させて水分を抜いた。乾燥させた水菜のCaの分析を日本大学生物資源科学部生命農学科作物科学研究室磯部勝孝准教授にお願いした。サンプルを粉砕後,過塩素酸で分解し,その分解液のCa濃度を原子吸光度計(日立Z-8200)で測定していただいた結果が以下の表4である。

(注:表/PDFに記載)

成果
 単位質量あたりで比較すると,つけ置きが24.83mg/g,循環装置が20,60mg/gとなった。当初の予想に反してつけ置きの方が多かった。枯れたのはカルシウム不足が原因ではなく別の要因があると考えられ,今後の研究の課題となった。


10.二酸化炭素濃度の変化
 植物が光合成する際に使用する二酸化炭素濃度の変化を調べることで光合成がどれくらい活発に行われているかを調べることが出来る。
平成28年1月7日に二酸化炭素供給システム(SODATECK製のCO2コントローラーとレギュレーターシステム)が届き,ようやく連続した二酸化炭素濃度測定を行う事が出来た。
 プレハブ内には常に複数の野菜が栽培していつため今回も赤茎水菜,ターサイ,小松菜,レッドマスタード,ルッコラ,サラダ水菜を植えているがこれらを一つの系と考えて単純にプレハブ内の二酸化炭素濃度と湿度の関係を調べたグラフ4。
 測定は20:00~4:00の1分ごと外気温が下がる夜間に8時間測定で行い,人の出入りはなく,呼吸の影響を除くため24時間照射で行った。二酸化炭素濃度が2000ppmを下回ると電磁弁が開き一定量のガスが噴出する仕組みとなっている。2月22日(金)に播種をして,発芽し始めの2月24日~25日が平均湿度62%のグラフであり,3月1日~2日が平均湿度73%のデータであり,収穫目前の3月6日~7日が平均湿度94%のデータである。No plantは1月16日に植物を入れない状態で二酸化炭素濃度の変化を調べたもので,二酸化炭素の下限値が1000ppmであった。

(注:グラフ/PDFに記載)

 湿度が高くなっていくのは植物の生長に伴い蒸散量も増えるためである。エアコンの除湿モードを使用しているが植物が大きくなると除湿の性能の限界を超えてしまうのである。
 このグラフ4からは,湿度が94%の二酸化炭素濃度が2000ppmになるまでの時間が長い。植物が水を吸い上げるには葉からの蒸散が必要である。二酸化炭素濃度の変化を見ると植物を入れていないNo plantとほぼ同じグラフの形であることから,飽和水蒸気量に近い94%という状態ではこの蒸散が押さえられていたと考えられる。蒸散が押さえられた結果として,根が培養液に浸かっていたとしても,高湿度の状況で植物の光合成が抑えられたと考えられる。
 植物工場ではエアコンを使用して温度の管理を行っているが,植物が大きくなるとそれに伴い蒸散量も多くなる。実際に,平均湿度が94%の状態では断熱マットの下の床には結露した水が大量にあった。大型の植物工場と小型の植物工場では体積が異なるが湿度が高くなると光合成が抑制されることは同じであるので湿度の管理は重要であるといえる。


11.2年間の植松入生住民との交流
 植松入生との交流会は2年間で7回行った。千葉大学の学生と一緒にイベントを考え,取り組んだ。始めは消極的だった高校生も回を重ねるごとに慣れてきて積極的に仮設住宅の住民と交流をもつようになった。また,イベントの度に「宮農植物工場新聞」を発行して研究の成果や植物栽培の様子を報告して交流を深め,イベントを企画して実行することの難しさと楽しさを学ぶことができた(写真5)。


12.まとめ
 2年間の植物工場の研究では様々なことが分かった。1年目は培養液のECの管理の重要性である。EC計を購入してからは培養液の濃度の管理が的確にできるようになり栽培は順調に進んだ。しかし,外気温が一桁になる11月から,結露に悩まされた。プレハブで実験しているため,外気温の低下によって窓,天井などにエアコンで回収しきれないほどの大量の結露水が付着してしまい,植物の成長が遅くなった時期があった。生徒たちは工夫して屋根に断熱シート,床に断熱マットなどを敷いてなんとか冬場の栽培続けることができた。
 2年目となり,栽培が安定してきた頃に密閉空間で栽培しているため,二酸化炭素濃度が低下して植物の栽培に影響が出たため,はじめは植物工場班でプレハブ内に入り呼吸をすることで二酸化炭素濃度を上げていたが,植物が大きくなるにしたがい二酸化炭素濃度度供給システムの必要性がわかり,整備した。光源,室温,二酸化炭素濃度,培養液のECまではコントロールすることができたが,最後まで残った課題が湿度であった。二酸化炭素濃度の測定でも,平均湿度が94%を超える状態では明らかに湿度が低い時と異なる反応を示した。今は,実験用施設で植物を生産しているので,失敗してもデータとして捉えることができるが,生産者の場合は死活問題となる。今回の実験では,3畳ほどしかない場所に10畳用のエアコンを設置したのである。温度の管理は簡単にできたが,当然ではあるが,培養液を使用した植物の育成を想定した仕様にはなっていないため,湿度の管理が不十分であった。大量の植物を扱う場合は同時に培養液も大量に存在して,植物からの蒸散も活発に起こっているので,よほど気をつけなければ,高湿度により生産性が低下すると考えられる。
 2年間様々な実験や交流を生徒とともに行ってきたが,その中で失敗を沢山した。しかしながら,その分生徒たちが成長できる機会があり,この2年間は大変よい経験になったと言える。