2012年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第26号

フローサイトメトリーによる細胞死識別マーカー計測系の確立

研究責任者

長谷川 寛雄

所属:長崎大学大学院 医歯薬総合研究科 態解析・診断部門臨床検査医学 助教

共同研究者

尾坂 明美

所属:長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 院生

共同研究者

佐々木 大介

所属:長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科  院生

共同研究者

鈴木 裕義

所属:シスメックス株式会社・長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 研究生

概要

1.はじめに
アポトーシスに関する研究は、1972 年Kerr らが細胞の死には壊死(ネクロシース)と異なる形態をした細胞死があることを発見し、それをアポトーシスと命名したことに始まる1)。その後、アポトーシス研究は急速に進展し、現在では生命維持のために重要な、統制された細胞死であると考えられている。また、放射線や化学療法剤、ウィルスなどの病理的要因に対する生体防御機構としての細胞死として、アポトーシスの重要性が明らかになっている2)。
従来、アポトーシス細胞を見分ける最良の方法は電子顕微鏡下での観察であると言われている。しかし、電子顕微鏡は簡便性および汎用性に欠け、また、正確な観察のためには高度な技術や装置が必要であり、一般的にはなかなか用いられない。実際的には、細胞染色色素を用いて生死細胞を染め分ける分染法によるアポトーシスの検出系が簡便であり、細胞死の一般的な判定法として用いられている。例えばPropidium iodide(PI)などの蛍光色素は一般的に生細胞の細胞膜を透過しない。しかし死細胞では、細胞膜構造の変化に伴い細胞膜を透過し、核酸にインターカレートすることにより赤色の蛍光を発するようになる。よってこれらの色素は死細胞の蛍光染色に使用されている。このように、働きの違う蛍光色素を用いることで、生細胞と死細胞を異なった色で染め分けることができ、これらの色素を同時に用いた生細胞および死細胞の同時二重染色をおこないフローサイトメトリーでの測定を行うことがアポトーシス研究において一般的となっている。
ミトコンドリアは細胞の生と死を司る重要な細胞内器官であり、ATP 産生の重要な器官であるだけでなく活性酸素種(ROS)の主な発生細胞内器官アポトーシス誘発を決定する重要な器官であり、がん治療の成否をにぎっているともいえる。ミトコンドリアに依存したアポトーシスの誘発に重要な段階として、種々のアポトーシス刺激によりミトコンドリア外膜の透過性(MOMP)が亢進し,それに引き続いてミトコンドリア膜内に保持されているCytochrome C がミトコンドリア膜から細胞質に放出される。がん細胞ではこの段階に関与するいくつかの因子が制御されず、そのことががん細胞のミトコンドリアに依存したアポトーシスの誘発に耐性を示す原因となっている。MOMP は種々のアポトーシス促進因子(Bax, Bak等)と抗アポトーシス因子(Bcl-2, Bcl-xL 等)の拮抗作用により決定される。多くのアポトーシス研究では、ミトコンドリアの膜電位の低下をCMXRos (chloromethyl-X-rosamine) 、TMRE (tetramethylrhodamine) 、JC-1 、DiOC6(3) 、DilC1(5)あるいはrhodamine 123 などを用いて測定している。
一方、Annexin-V とPI(PS-PI アッセイ)による同時二重染色をおこないフローサイトメトリーでの測定を行うことはアポトーシス研究において一般的となっている。アポトーシスを起こしている細胞では、ホスファチジルセリン(PS)が細胞膜の細胞質側から外層側に移動する。Annexin-V はこのPS に高い親和性を示す。アポトーシスの初期段階の細胞では露出したPS に結合したAnnexin-V の蛍光が観察される。この際、細胞膜の構造自体は保たれているためPI には染色されない。アポトーシスの進行に伴い、細胞膜の構造が崩壊状態に至ると(後期アポトーシス)、アネキシンⅤとPI の両方の蛍光が観察される。
これらAnnexin-V 染色、PI 染色、ミトコンドリア外膜の透過性の測定(Δψm status)法は以前より確立されている手法であるものの3系同時測定系の解析評価はほとんどなされてこなかった3,4)。そこで我々はこの研究においてPS-PI アッセイとミトコンドリア膜電位測定系を同時に測定可能な系を確立し、実際にどう機能するか詳細な検討をおこない、臨床応用可能な実務的な3パラメーター フローサイトメトリーアッセイ の確立を目指した。
2.材料と方法
2.1 細胞株
細胞株にはT-細胞リンパ性白血病株(KK1、ST1、LMY1、Jurkat およびMOLT4)、骨髄性白血病細胞株(K562 とTHP1)とB-細胞系白血病細胞株(Ramos とSKW)を用いた5-7)。アポトーシス誘導因子としてStaurosporine(STS)、Betulinic acid(BEA)、Anti-Fas 及びTRAIL を使用した。カスパーゼ阻害剤としてZ-VAD-fmk を使用した。
2.2 細胞処理とアポトーシス誘導
Jurkat 細胞に対してはSTS(0.1μM)、anti-Fas(2.5ng/mL)、TRAIL(400ng/mL)およびBEA (50μg/mL)を使用した。THP1、Ramos とMOLT-4 細胞は1μM STS、ST1 とKK1 細胞には2μM STS と100ng/mL anti-Fas、LMY1 細胞には0.5μM STS と50ng/mL of anti-Fas、K562 とSKW 細胞は2μM STSを使用した。
2.3 Annexin-V、PI、DilC1(5)による3 パラメーターアッセイ
アポトーシス誘導刺激を加えた各細胞を回収前にDilC1(5)を最終濃度5nM にて20 分間培養する。細胞を回収後洗浄し、Annexin-V とPI による染色を20 分間行い、フローサイトメトリーにて測定を行った。カスパーゼ活性測定に際してはcaspase-3 アッセイキット( NucView 488; Biotium )、caspase-8 と -9 アッセイキット(FLICA apoptosis Detection kits; Immunochemistry Technologies LLC)を使用した。フローサイトメトリーによる測定はFACS CantoおよびFACS Diva software (BD Bioscience)を使用した。
3.結果
3.1 3-パラメーター染色
レセプター依存性のアポトーシス誘導因子であるanti-Fas に感受性であるJurkat 細胞をanti-Fas で6 時間処理したのちAnnexin-V、PI およびDilC1(5)による染色をおこない、フローサイトメトリーによる計測をおこなった。このような場合Annexin-V-PI アッセイでは通常 4 グループ(生細胞群、初期アポトーシス群、後期アポトーシス群と死細胞群) に分けることができ、Annexin-V 陽性細胞(あるいはAnnexin-V 陽性かつPI 陰性細胞)をアポトーシス細胞とみなしている(図1A)。この結果を用いてAnnexin-V -/PI-分画(生細胞)、Annexin-V +/PI-分画(初期アポトーシス)、Annexin-V +/PI+分画(後期アポトーシス)とAnnexin-V -/PI+分画(死細胞)をそれぞれ赤、青、緑と紫で表示する。次にDilC1(5)染色の結果(Δψm)を反映させてX軸に展開した。この「3-パラメーターヒストグラム」の結果を図1B に示す。Δψm 分極状態の細胞群とΔψm 脱分極群細胞を前述の4 カラーを保ったまま観察することができる。分極エリア(polarized)には生細胞(赤) 細胞、脱分極エリア(depolarized)には初期アポトーシス (青)、後期アポトーシス (緑) と死細胞(紫)とクリアに分けられることが示された。
3.2 「3-パラメーターヒストグラム」によるアポトーシスの経時変化
Jurkat 細胞を様々なアポトーシス誘導因子で処理し、24 時間後の細胞死状態がほぼ均一となるよう調整し、その過程を「3-パラメーターヒストグラム」によって観察した(図1C)。初期アポトーシス(青)細胞群は脱分極エリアに約9 時間後までに移動すること、後期アポトーシス(緑)が観察されるタイミングはほぼ同時であることが観察された。一方、脱分極が起こる早さはアポトーシス誘導因子の違いによって異なっており、STS、TRAIL、anti-Fas の順であった。さらに初期アポトーシス(青)細胞群の脱分極分画は同じ順で幅広となっていくことが分かった。これらのことから同一細胞が同じ経過時間で細胞死に到達していてもアポトーシス誘導因子の違いによってアポトーシスの状態が異なることが示唆された。このような「3-パラメーターヒストグラム」による観察では経時的な細胞死の違い、すなわちアポトーシスのプロセスの違いのスクリーニングに効果的と思われた。
3.3 「3-パラメーターサイトグラム」によるアポトーシスの経時変化
次に図2A に「3-パラメーターサイトグラム」の例を示す。ここでは前述のようにAnnexin-V、PI およびDilC1(5) による染色をおこない、4 グループをそれぞれ赤、青、緑と紫で表示した後、DilC1(5)染色の結果(Δψm)を横軸に、さらにPIの結果を縦軸に反映させたサイトグラムとして示している。この「3-パラメーターサイトグラム」を用いて分極エリアと脱分極エリアにおける細胞の構成を観察した。例えばSTS 処理したJurkat細胞の場合、生細胞(赤)は分極エリアから約6時間後には消失するが、この時間までに脱分極エリアに出現してきた初期アポトーシス(青)と後期アポトーシス(緑)の細胞群をクリアに分離することができた。我々はまた、STS 処理細胞の変化の違いに基づいて細胞死パターンは2 種に分類できることに着目した(図2B)。タイプ1 と2 の主な違いはPS の発現(すなわち青細胞)の有無である。典型的なアポトーシスでは上述のタイプ-1A のような変化を示す。しかしタイプ-1B のような変化を示す細胞もあり、そこでは生細胞(赤)群はまず脱分極エリアに移動してから初期アポトーシス細胞(青)へと変化するような動きをする。タイプ-2 細胞では生細胞(赤)群は、赤色のまま脱分極エリアに移動し、驚くべきことに後期アポトーシス(緑)へと直接変化していった。さらにこのような変化は細胞種に依存せずに観察された。例えばST1、KK1 とLYM1 細胞は タイプ1 だがSTS 使用時はタイプ2 となる。このように「3-パラメーターサイトグラム」ではミトコンドリア膜電位低下時に起こるアポトーシス変化の詳細を捉えるのに効果的であることがわかった。特にAnnexin-V、PI による染色では生細胞(赤)と捉えられていた細胞の一部が(赤色のまま)脱分極エリア細胞となっていく様(図2丸部分上)は、これまでに報告されていない現象を捉えている。さらに生細胞(赤)の一部がミトコンドリア膜電位低下もないまま、後期アポトーシス(緑)細胞へと直接変化していく現象(図2丸部分下)もこれまでに捉えられていない現象といえる。
3.4 Z-VAD によるアポトーシス抑制試験
我々はさらにカスパーゼ阻害剤Z-VAD によるアポトーシス阻害試験をJurkat、Ramos、KK1、SKW とLMY1 細胞を用いておこない「3-パラメーターサイトグラム」を用いて観察した。anti-Fas とSTS で処理したJurkat 細胞はタイプ1 のアポトーシス変化をする。しかしZ-VAD 添加によってこれらは異なるパターンをとった。アポトーシス変化はanti-Fas 処理細胞では阻害されたものの(図3A)STS 処理細胞では阻害されずタイプ2 アポトーシスパターンへと変化した(図3B)。同様にRamosはタイプ1 からタイプ2 へ(図3C)、KK1 とSKW細胞では変化なく(図3D)、LYM1 細胞ではアポトーシスは阻害された。
3.5 3-パラメーター 測定系のオプション:カスパーゼ活性アッセイ
我々はさらにカスパーゼ活性測定系を3-パラメーター測定系に組み入れる変法を試みた。DilC1(5) によるΔψm測定に変えてカスパーゼ-8、-9 及び -3 の活性をAnnexin-V、PI アッセイと組み合わせた。STS 処理Jurkat 細胞において6時間以内にいずれのカスパーゼ活性も捉える事が出来た(図4 左)。カスパーゼ活性化細胞は初期アポトーシス(青)として現れその後、後期アポトーシス(緑)へ変化して行く様子も捉える事が出来た。一方STS 処理細胞においてはZVAD によってカスパーゼ活性化が阻害されていない。そしてカスパーゼ活性化領域に生細胞(赤)群が認められた。このことは図3B で認められた現象、すなわち生細胞が赤色のまま脱分極エリア細胞となっていく様と一致しているものと考えられた。
そこでこのような特殊な細胞群の特徴をさらに詳細に解析した。まずSTS 処理Jurkat 細胞は3時間でアポトーシスが起こり生細胞群(赤)の減少、初期アポトーシス群(青)、及び後期アポトーシス群(緑)がAnnexin-VPI 染色によって捉えられた(図5A)。この系に対しカスパーゼ阻害剤Z-VAD を加えるとAnnexin-VPI 染色の結果を見る限りは、ほぼ全ての細胞は生細胞(赤)群領域に留まっており、カスパーゼ阻害によるアポトーシス減弱が起こっているように見える(図5B)。しかし前述のごとく「3-パラメーターサイトグラム」を用いて観察した結果、Annexin-V、PI による染色では生細胞(赤)と捉えられていた細胞の一部は(赤色のまま)脱分極エリア細胞となっていく(図5C)。この条件でDilC1(5)によるΔψm 測定に変えてカスパーゼ-3 の活性をみるとやはり、Annexin-V、PI による染色では生細胞(赤)と捉えられていた細胞の一部は(赤色のまま)カスパーゼ-3 の活性細胞として観察される(図5D)。そこで図5C でみられる生細胞 (赤)のまま脱分極エリアにある細胞群を黒に変色してみると(図5E)、カスパーゼ-3 の活性化細胞として観察される細胞群はまさに脱分極エリアにある黒色細胞群と一致することが確認できた(図5F)。すなわちSTS処理Jurkat 細胞はカスパーゼ阻害剤Z-VAD によって阻害されず、ミトコンドリア膜電位低下やカスパーゼ-3 の活性が起こっている。しかしこの現象は通常のAnnexin-V、PI による染色では捉える事が出来ないため、カスパーゼ阻害剤Z-VAD によって阻害されたと考えられてしまうであろう。一方、通常のミトコンドリア膜電位測定でアポトーシスを評価する場合はSTS 処理Jurkat 細胞はカスパーゼ阻害剤Z-VAD によって阻害されないと判断されることになる。これまでこのような実験結果の解離は詳細に検討されてこなかった。我々の開発した「3-パラメーターサイトグラム」によってこのような「隠れたアポトーシス細胞」を明確に観察することが可能になったといえる。
4.まとめ
この研究において我々はAnnexin-V、PI によるアポトーシスアッセイとミトコンドリア膜電位測定系を同時に測定可能な系を確立し、アポトーシス評価においてどのように機能するか詳細な検討をおこなった。我々の開発した「3-パラメーターサイトグラム」には大きく3 つの特徴があげられる。(1)STS に対する細胞死のプロセスパターンに基づいてそのパターンを2 タイプに大別することができた。さらにカスパーゼ活性系などのオプションに対しても対応が可能であった。このような成果は、「3-パラメーターアッセイ」が新しい薬剤の作用機序を簡便にスクリーニングできるツールとなることを示唆している。(2)ミトコンドリア膜電位測定系を中心に「3-パラメーターアッセイ」を行うことで、これまでは捉えられていなかったアポトーシス細胞群を捉える事ができた。これはアポトーシス評価をどのような視点でおこなうべきかという問題の解答の一つではないかと考えられた。(3)Annexin-V、PI アッセイとミトコンドリア膜電位測定系はいずれも「古典的な」方法であるにも関わらず、これらを組み合わせることで得られた知見は新しい検査法に匹敵するものであった。さらに興味深いことはAnnexin-V、PI アッセイの欠点(細胞膜レベルの変化しか捉えられない)とミトコンドリア膜電位測定系の欠点(初期、後期アポトーシスのどの状態の細胞が脱分極してくるか捉えられない)をお互いにカバーし合うように機能する点である。これらのことから我々は臨床応用可能な実務的な3 パラメーターフローサイトメトリー法を確立できたと考えている。この成果は以下の論文として発表した。Relationships of diverse apoptotic death process patterns to mitochondrial membrane potential (Δψm) evaluated by bthree-parameter flow cytometric analysis. Cytotechnology. 2012 Jun 6. PMID : 22669602