2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

フレキシブルシルク電極を用いた chip on clothes 生体活動モニタリング

研究責任者

鳥光 慶一

所属:東北大学大学院 工学研究科 バイオロボティクス専攻 教授

概要

1. はじめに
近年、高齢化社会とともに遠隔医療や在宅ヘルスケアが注目されるようになってきた。従来の動態監視に加え、未病の観点からも個々人の健康状態/病態などの生体情報を継続的に長期にわたってモニタリングする必要性が高まっている。昨今の技術発展に伴い、計測器そのものや解析技術などは高精度・高機能化が著しく進んだ。しかしながら、このようなモニタリングにおいて重要なのは、生体と計測器をつなぐインターフェイス、すなわち生体からの情報を取り出すための電極である。これまでに、カーボンやカーボンナノチューブを利用した電極、変形可能なゲル状のハイドロゲル電極、フィルム状の回路基板を有するフィルムエレクトロニクスなどの他、金属を織り込んだ、あるいは塗布した繊維を用いた e-テキスタイルと呼ばれる新たな計測法が注目を浴びている。また、腐食やアレルギーなどの問題から金属に変えて導電性高分子を用いた様々な計測法/ 電極が報告され始めている。
一方で、長期継続的に情報を取得する際には、センシングする機器との間で、掻痒感やアレルギーなどを生じ易いことから、装着していることが気にならない、邪魔にならないというのが極めて重要な点である。いくら性能が良くても装着することで違和感を覚えるのでは、計測に支障をきたす。そのような観点から無意識に装着できるアンコンシャスなセンシングが必要である。
また、健康管理の観点から健常時のセンシング/モニタリングだけでなく、生体機能に異常があった場合に筋電等の生体信号を介してフィードバックさせることで異常を知らせ、機能制御を行うことが求められる。
本研究のフレキシブルシルク電極は、金属電極に見られる金属アレルギーを引き起こす心配が ないこと、医療用電極と同等の S/N を有すること、シルク特有の優しい肌触り、柔軟性(フレキシビリティ)があり掻痒感が極めて低いこと、ジェル フリーでの計測が可能であることなどの点で優 れており、この電極を用いた心電・筋電・脳波、SpO2 等の統合化による生体状態の把握は健康状態を把握する上で重要である。本研究では、この電極を利用した糸・布型電極による生体情報モニタリングに取り組むと共に、異常時や機能障害に対する電気的フィードバック機構を構築することで、糸・布型生体情報モニタリング機器(chip on clothes)の開発につなげ、生体活動の把握と制御を最終的な目標とするものである。

2.フレキシブルシルク電極
導電性高分子を繊維と組み合わせることで、導電性を有する繊維を作製することができる。 本研究では、基材繊維となるシルク(絹)に対し、導電性高分子であるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン- パラトルエンスルホン酸、poly(3,4-ethylenedioxythiophene) p-toluene sulfonate: PEDOT-pTS:)を重合させることで導電性を付与している。繊維を EDOT を含む重合液に浸した後、加熱洗浄することで導電性シルクが形成される。シルクはセリシンとフィブロインという二つのタンパク質から構成されているが、導電性高分子は、この二つのタンパク質のうち、主としてセリシン側に取り込まれる。

(注:図/PDFに記載)

布型電極は、重合した糸電極を編み込んで布にする場合と、絹布を直接重合する場合の二通りあるが、本研究では主に絹布を直接重合することで電極化を行った。抵抗値は、布型電極の場合、数百Ω/cm 程度であり、糸型電極は太さにもよるが、その約 10 倍程度である。電極は、重合後洗浄を行った後に使用しているが、数回程度の繰り返し洗浄による抵抗値の変化はほとんど観測されなかった。

3.電極の特性
フレキシブルシルク電極は、導電性化しても素材(基材)の特性を失わないことが特徴である。肌触りの良いしなやかな素材は、その肌触りの良さはそのままでほとんど導電性高分子が付与されていることを感じさせない。実際、触感感性計測システムを用いて、シルク電極の風合いを計測を行うと、柔らか感は 2 割程度堅めになるものの、ウェット感は1割程度の変化である。また、摩擦感テスター(カトーテック社、KES-SE) による計測でも同程度の変化である。

(注:図/PDFに記載)

一方、インピーダンス特性は布状と糸状で特に 50kHz 付近の高周波において大きく異なり、位相遅れが顕著になる。基本的には糸状シルク電極では、キャパシタンスの影響が大きい。

4.肌への影響
シルク電極は、肌への影響が極めて少ない特徴 がある。ゲル及びシルク電極を腕の内側に貼付し、24h 後に各電極を剥離した際の肌表面の状態を比べてみたのが次の写真である。ゲル電極では、電極貼付部全体が発赤し、接着部剤の残りがあることが分かる。一方、シルク電極の方は全く発赤がなく、電極を装着していた痕跡も不明なほどである。本実験は 24h での比較であるが、48h の連続着用でも肌表面の変化は殆どなく、掻痒感を伴わない。

(注:図/PDFに記載)

5.フレキシブルシルク電極による筋電計測フレキシブルシルク電極を利用した多点での筋電計測の 1 例を示す。電極は腕の内側に貼付し、計測を行った。右側に電極からの筋電波形の一例を示す。

(注:図/PDFに記載)

場所により筋電パターンが異なることが明らかとなり、パターンを利用した筋肉活動と相関性を解析することで運動時における筋肉の使用状態の把握、筋活動評価が可能となった。本研究では、本手法によるテニス等の運動時における筋肉活動評価を行い、最適な運動となるよう効率的な筋肉活動のためのフィードバックを設定した。

6.フレキシブルシルク電極による心電計測
布状の電極は、筋電位だけでなく、心電計測にも最適である。特にジェルフリーであることから、肌着のように直接電極を肌につけるだけで心電計測が可能となる。実験では、密着性の高いシャツの内側にシルク電極を縫い付け、ワイヤレス心 電計と接続することで、心電の連続観察を行った。布状電極からの配線は糸状電極で行い、ワイヤレス心電計のスナップにつけ、心電計からは、スマホ経由でサーバーにデータを送信することで心電データを確認することができた。
今後、電極形状と配置を精査することでより効率的に計測可能な条件を探索し、既存の心電計とは異なる機能を有する心電計として一体化を進める。

(注:図/PDFに記載)

7.フレキシブルシルク電極による脳活動計測
糸状のフレキシブルシルク電極は、前述のように布状に比べてキャパシタンスの影響を受けや すいインピーダンス特性を有する。しかしながら、フレキシビリティが極めて高いために皮膚表面への貼付の他に、体内に埋め込むことが可能であ る。特に脳などの柔らかくデリケートな組織に対 し有効で、本研究ではニワトリ胚の脳に対する刺 入、留置実験を実施し、脳活動計測を試みた。
受精後 15-20 日までのニワトリ胚を開頭し、露出した脳組織に対し、糸状電極を 2 本刺入、留置した。1本は基準電極として使用し、もう一本で脳活動を計測すると、16 日目以降ガンマ波の出現が顕著となり、その割合は、生まれるまで増加する傾向が見られた。本実験は麻酔下で実施しているため、ガンマ波の出現が観測され、その周波数は出現率と同様に日数と共に増加する傾向が観察された。

(注:図/PDFに記載)

一方、電極を刺入した状態で視覚刺激を行うことで、光刺激に対する脳活動の反応を調べたところ、ガンマ波の出現と光の感受性には相関関係がある結果が得られた。すなわち、光の ON、OFFに対しては、ガンマ波の出現頻度が高い時期である孵化に近づくにつれ応答性が発現することが明らかになった。ガンマ波の発現と脳の発達、視覚系の発達との間の相関性については、さらに研究する必要があるものの、この解析法がこれらの解明に有効であることが示せた点で意義深い成果である。
また、手術針を使って筋肉に刺入、留置することで筋肉活動に伴う筋内電位の計測が可能となり、筋肉表面からのいわゆる筋電位とともに筋内電位計測を行うことで、筋電位からどの筋肉がどのように活動しているかといった筋肉活動の様子を細かく解析することができるようになった。
このように、フレキシブルシルク電極は、布状の電極を用いることでバイタル情報を中心とし た生体活動計測に対し有効であり、糸状の電極は、脳や筋肉組織に刺入、留置することで、内部の情 報を入手することに適していると考える。これらの特性をうまく生かすことで従来困難であった活動解析ができるようになり、新たな解析ツールとしての可能性が大きく広がった。

8.まとめ
本研究は、従来絶縁体としてとらえられていた絹(繊維)素材に対し、導電性高分子を導入することで導電性を持たせ、その素材特性を生かした今までに無い特徴を有する新たな電極として活用するとともに、その先の回路一体化の糸・布型生体情報モニタリング機器(chip on clothes)の開発につなげるための基盤作りとして研究を進めてきた。シルクが生体素材(タンパク質)であるため優れた生体適合性を有することは、ヘルスケアにおけるバイタル計測だけでなく、将来、医療/治療分野においてもその有効性が発揮されるものと期待している。特に神経系との相性が良い特性を生かし、ダイレクトに神経制御可能な義肢の開発や、パーキンソン病治療用の脳深部刺激電極、あるいは経頭蓋直流刺激(tDCS)などへの応用を念頭に置いている。
今回、シルク電極に対し、主に筋電、心電計測 への適用を検討し研究を進めた。各計測の統合化 はできなかったが、各計測に関する基盤は確立で きつつあることから、今後、シルク電極を介した データ統合のためのプラットフォーム基盤の整 備と、解析に向けた総合的システム構築を目指し、研究を進めて行く予定である。