2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

フラーレンを使った墨作り-膠を活用したフラーレンC60の水溶化-

実施担当者

早川 純平

所属:奈良県立桜井高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 膠を活用したフラーレンの水溶化の研究は奈良県立桜井高等学校科学部7名(西川要・上田貰大・田中慎太郎・本田凜太郎・芳仲雄大・瀬川美月)で実施したものである。その研究概要および研究を通しての生徒の成長に関して報告する。本報告書では、研究を通しての生徒の意識及び能力の変化に特に着目する。研究内容の詳細は別紙に記載する。

 本研究は、多方面で高く評価され、様々な賞を受賞した。受賞記録を下記に記す。

第60回日本学生科学賞(奈良県審査)
優秀賞

第13回高校化学グランドコンテスト
第一三共賞
審査委員長賞

 この賞は11月11日の読売新聞に取り上げられ研究内容が全国紙で掲載された。
さらに、本研究は、高校生・化学宣言(PARTlO)(中沢浩著)で12ページにわたって紹介される予定である。


2 研究成果

2-1 研究概要
 墨は、奈良県の特産品(奈良墨)であり、煤(すす)と膠(にかわ)から調製される炭素コロイドであることが知られている。我々は奈良墨からヒントを得て、様々な炭素材料を煤の代わりに用いることにより、膠を活用した新規炭素コロイド調製に成功
した。
 本手法は、シャープペンシルの芯、バーベキューの炭、鉛筆の芯などの身近な材料はもちろん、純粋なグラファイトにも滴用できる。その上、我々が開発した手法を、水への溶解性が極めて乏しいフラーレンに応用できることも見出した。さらに、膠の代わりに食品用ゼラチンを巧みに用いることでゲル状コロイド、“フラーレンゼリー”が容易に調製できることも明らかにした。
 この成果は、身近な料と道具のみを用いてフラーレンをはじめとする様々な炭素微粒子の高濃度分散液を極めて簡便に環境負荷なく調製できることを意味しており、非常に興味深い手法であると言える。フラーレン墨の性質と物性のまとめを以下に記す。

(注:表/PDFに記載)

2-2 研究の背景
 奈良県立桜井高等学校は創立113周年を迎える奈良県内でも有数の歴史のある学校である。本校には、全国でも有数の書芸コースおよび書道部があり、メディアでもよく紹介されている。そのような環境から、本校生徒は墨に親しみやすい土壌があった。
 これまで本校科学部では、本校で採取できる果物のジュース作りや、高校の授業で行う実験の予行など基礎的な内容を中心に活動してきた。その一環として、本校生徒に親しみやすい“墨”を取り上げ、教師主導で墨作りを行い、コロイドに関する学習を行った。
 その中で煤の組成に疑問を持った生徒が、煤が炭素の微粒子であるということに着旦しと同様にシャープペンシルの芯でも墨ができると予想した。その後、条件を精査することで、実際にシャーペンシルの芯(HB)で、膠による墨作りに成功した。
 この実験後、ある生徒が「HB以外の濃さの他の芯ではどうなるのだろうかと疑問を投げかけた。続いて、その疑問を解決するべく生徒同士が協力し、種々の炭素材料(様々な濃さのシャープペンシルの芯、鉛筆の芯、BBQの炭等)を持ち寄り、次々と実験に意欲的に取り組んだ。その結果、種々の炭素材料の墨作りに成功した。

2-3 研究のきっかけ
 さらに、教員のアドバイスも参考にしながら、純粋なグラファイトでも同様に実験を行い、炭素コロイドを調製することに成功した。生徒たちは、この実験結果に満足することなく、炭素微粒子の水への分散化の技術を、これまで水溶化が困難であった種々の炭素材料に応用できると考えた。
 その結果、生徒達は色々な炭素材料を自主的に調べ、水への溶解「生が極めて低いフラーレンに注目した。フラーレンの水溶化はその優れた化学特性から、実用化が強く望まれている
そのため、生徒たちが選んだ研究テーマは極めて学術的にも重要であり、我々はフラーレンの水溶化に挑戦することにした。
 我々はまず、フラーレンの水溶化関連する学術論文を読み解き、勉強することにした。その知見を活かして、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団の研究助成を受賞することに成功し、実際にフラーレンを炭素材料に用いて実験に取り組んだ。

2-4 研究の発展
 教員も含めた活発な議論及び様々な実験を繰り翠した結果、フラーレン墨の調製についに成功した。さらに、得られたデータをまとめ、本校文化祭で全校生徒や保護者に発表した。
 目的を逹しても、生徒たちの実験熱は冷めることがなく、学会(第13回高校生化学グランドコンテスト)に参加することを決め、より専門的な分析に取り組むことにした。教員のアドバイスも影響し、より詳細なデータを得るために、UV-Vis(紫外可視分光法)やSEM(走査型電子顕微鏡)、DLS(動的光錯乱法)などの高校化学では扱わない測定機器の勉強を進んで始めた。最終的には、大阪市立大学理学研究科の八ッ橋先生、篠田先生の協力もあって、UV、SEM、DLSの測定を自ら行うところまで成長した。

2-5学会発表
 これまでに得られたデータまとめ、高校化学グランドコンテストにおいて英語で発表した。毎日、補足実験も行いながら、自主的に夜遅くまで練習し、コンテスト本番では流暢な英語で口頭発表し、質疑応答も行った。この経験は英語の重要性に再確認し、研究者としての素養を養う上で非常に重要な経験であったと言える。


3 まとめ(生徒達の変化)
☆化学への勉強の意欲が湧き、化学的事象に対して興味を持つことができるようになった。また、行った実験の結果に対して鋭い疑問をもつようになった。
・教員も加わり活発な議論をすることで、生徒から自発的に疑問が湧いてくるようになり、次に行うべき実験を的確に考えることが出来るようになった。
・炭素材料を進んで自ら学ぶ姿勢からも判るように、自ら学ぶ姿勢を身に付け化学的な知識の量が飛躍的に増加した。生徒Aは校内のテストで化学の成績が一番になった。

☆大学生にも見劣りしないほど実験技術が著しく上達し、複数の実験を同時に効率よくこなせるようになった。
・生徒Bは電子天秤を使う際は素早く、0. 1mgまで正確に測定できるようになった。
・生徒Cは様々な実験の律速段階を考え、最も適当な実験の手順を考案できるようになった。

☆高度な知的好奇心が芽生え、高校化学の範疇を超えた内容を進んで勉強するようになった。
・走査型電子顕微鏡(SEM)、紫外可視分光法(UV-Vis)等の勉強会を進んで行い、大阪市立大学で測定を行った。
・フラーレンやグラフェンなどの最先端の炭素材料を英語で書かれた学術論文で勉強し、フラーレンを扱って種々の実験を行った。
・グランドコンテストにおいて英語で発表したことも関係し、英語に関して強い勉強意欲をもっようになった。