2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

ピペット吸引法を応用した生体組織微小領域弾性率計測システムの開発に関する研究

研究責任者

松本 健郎

所属:東北大学大学院 工学研究科 機械電子工学専攻 助教授

共同研究者

佐藤 正明

所属:東北大学大学院 工学研究科 機械電子工学専攻 生体機能工学講座 教授

概要

1.はじめに
我々の体は常に何らかの力学的負荷を受けており、このことが生体組織・器官の形態や機能の維持に大きな影響を与えることが明らかとなってきた。生体をこのような観点から眺める場合、その力学的性質(弾性係数など)を個々の細胞のレベルから組織・器官のレベルまで連続して把握することが必須である。しかし、弾性係数を求めるために従来多用されている引張試験では、生体組織を切り出して試験片を作製する必要があり、試料の大きさはmmオーダーに留まらざるを得ない。一方、最近、原子間力顕微鏡などを用いて細胞ひとつの弾性特性を計測する方法が試みられているが、このような方法はμmオーダーの領域の弾性率計測には向いているものの、それ以上の広い範囲の計測には不向きであり、また試料が平面でなくてはならない、顕微鏡のステージに載せられなくてはならない等、測定できる部位や形状が限られている。
ところで我々は、従来よりピペット吸引法1-3)を応用して生体軟組織の局所的弾性率の計測を行ってきた。本法は図1に示すようにピペット先端を試料表面にあてて軽く吸引することで試料をピペット内に変形させ、この変形とコンピュータによる有限要素法解析を組合わせて弾性率を推定する方法であり、軟組織局所の具体的な弾性係数を試験片を切り出さずに測定できる利点を有する。また、本法で計測される弾性率は試料表面からピペットの内直径分程度の深さの範囲の平均値であることが判っている。原法においては、吸引時の変位量をピペット側方からCCDカメラにより撮影をしていたので、凹凸のある試料表面では測定が不可能となることが多かった、この問題を解決するため、厚肉のガラスピペット先端面を45°に切り落とし鏡面加工を施すことで、上方から変位を撮影することを可能とした(図2)。またコンピュータにより測定を自動化し、ピペット、撮影系、吸引ラインを一体化させ任意の場所における弾性率の測定が行えるプローブ型計測システムを開発した4)。しかしこのシステムにおいても、試料変位の測定系がCCDカメラ、TVモニタ、二値化装置、照明器具など多数の装置から構成されており、システムの簡略化が望まれる、ピペット先端面と45°に切り落とした面とが作るエッジに多少の丸みを生じることが避けられないため、測定可能な最小変位に限界があり(図2)、従ってピペット内径をある程度以上小さくすることが難しいなどの問題があった。
これに対して、ピペットの代わりに板に穴のあいたものを試料にあて、その反対側から吸引し、試料変形をレーザー変位計で計測すれば、弾性率計測システム全体を簡略化することができる。また、レーザー変位計の性能次第で吸引孔の縮小も可能である。このような考えに基づき、本研究では100μm~10μmのオーダーの大きさの領域の弾性特性を計測するシステムの開発を行った。
2.生体組織微小領域弾性率計測システム
本研究で開発したシステムの概要を図3に示す。吸引はポンプ(VPOI25、日東工器)により、減圧はリークバルブの開放により行った。急激な圧変化を避けるためにリザーバ(41)と滅菌用フィルタを回路中に挿入した。
ポンプとリークバルブはリレーボックスを介して計算機制御した。圧変化は圧力トランスデューサ(PGM-05KG、共和電業)により、吸引変形量はレーザー変位計(LD-1100s-oo5またはLD-2110改、小野測器)で計測し、12ビットADコンバータを介して計算機に入力した。計算機にはアナログ・ディジタル入出力ボード(Lab-NB、National Instruments)を装着したパーソナルコンピュータ(Power Macintosh, Apple Computer)を用い、計測ソフトウエアはLabVIEW(National Instruments)を用いて開発した。キーボードからの測定開始信号とともに吸引が開始され、予め決められた条件に到達すると、ポンプが停止、リークバルブが開く。測定結果はリアルタイムでディスプレー上に表示され、計測終了後、直ちに弾性係数の値が画面上に表示される。測定開始から弾性係数の算出までに要する時間を1分弱とすることができ、体表面の弾性率分布などを短時間に効率良く計測することが可能となった。
図4に本研究で試作したプローブを示す。基礎的性能評価に用いた吸引孔径3mmのTypeAおよび吸引孔径0.8mmのTypeBを設計・試作した。
TypeAにはレーザースポット径約1.5mm、測定範囲50±5mm(端面より)、測定精度50μmのレーザー変位計LD-llOOS-005を用いた。Probetipは先端が円錐形をした半透明な円筒管に透明なプラスチックのブタを結合して構成され、結合部は充填剤で密封してある。ブタには吸引ポートがあり、レーザー変位計固定用の穴が開いている。レーザービームは透明なブタを通り、円錐の頂点の吸引孔より吸引された試料の変位を測定する。予備実験より空気中と水中ではレーザー変位計の測定範囲が異なるため、空気中用と水中用の2種類の治具を作製した。
TypeBにはレーザースポット径が100μmとなるように改造したLD-2110-005改を用いた。このセンサの測定精度はSum、測定範囲は端面より20±5mmである。プローブの材料にはアルミニウムを用い、上部にレーザー変位計を固定し下部に吸引孔を設けた。吸引孔径は0.8mmとし、治具の内面は光の乱反射防止のため黒く着色した。
3.性能評価実験
3-1弾性率計測実験1(吸引孔径3mm)
3-1-1方法
TypeAのプローブを用いて本方式による計測の妥当性を評価した。試料に等方均質材料と仮定してカマボコを用いた。また、水中での計測が可能であることを確かめるために、空気中および水中の両方で計測を行った。更に吸引孔径の影響を見るため、より大きい吸引孔径5mmのものも試作して測定を行った。そして従来の吸引孔径3mmのプローブ型システムを用いて測定した場合と比較した。
3-1-2結果
図5に弾性率測定結果を示す。空気中においてレーザー変位計を用いて吸引孔径3mmで測定した場合の値と従来のシステムを用いて測定した時の値には、統計的に有意差はなかった。また、レーザー変位計を用いた場合の吸引孔径3mmと吸引孔径5mmの時の値にも有意差はなかった。よって吸引孔径がレーザースポット径の2倍程度で十分であることが判明した。レーザー変位計を用いた場合の吸引孔径3mmでの空気中と水中との値の間には有意差が生じた。この原因を確かめるためカマボコを水に浸した後、空気中で従来プローブ型を用いて測定した結果、68.6±4.lkPaで空気中の値より有意に減少したため、水中の測定ではカマボコが水分を吸収して柔らかくなり弾性率が低下したと考えられる。以上より変位計測におけるレーザー変位計を用いて従来と同様の計測が行えることが確かめられた。
3-2弾性率計測実験2(吸引孔径0.8mm)
3-2-1方法
TypeBのプローブを用いてサブミリ領域の弾性特性の計測が可能であることを確認するために、空気中でカマボコおよび成人男性の左手人指し指の皮膚の弾性率測定を行った。皮膚の測定は図6上に示すように2箇所で行い、室温の水道水に10分間浸す前後での計測結果を比較した。
3-2-2結果
カマボコの弾性率は77.6±8.4kPaで前節の結果と有意差はなく、吸引孔径0.8mmでの計測が可能であることが確認できた。指表面の弾性率は部位1では水浸により有意に低下したが、部位2では変化は有意ではなかった。指先端である部位1は角層が厚く、浸漬により角層・表皮の含水量が増加し、軟化したのに対し、部位2では角層が薄いため、浸漬の影響が小さかったものと考えられた。いずれにせよ、本方式で体表面の弾性率変化を簡便かつ敏感に捉えることができた。
4.まとめ
本研究によりピペット吸引法における吸引変位量をレーザー変位計により計測する方法の有用性が確かめられた。レーザー変位計を利用することで従来必要であったCCDカメラ、画像処理装置、モニタ、照明系が不要となった。このため構成が簡単になり可搬性が向上したばかりでなく、100万円以上のコストダウンが可能となった。これは実用化に向けて重要な点であると考えられる。しかし問題点として、本変位計が三角測量の原理を利用しているために、吸引孔の深さに制限があること、即ち、孔の深さを孔径の113以下にしなくては反射ビームが遮られるため測定ができなくなること、また、レーザービーム径と吸引孔径が小さくなるにつれて、レーザースポットと吸引孔の位置合わせが困難になることなどが判明した。ブローブの設計に際し、これらの問題を改善し、さらに吸引孔の径および形状がアタッチメントの取り換えなどにより容易に行えるようにするのが今後の課題である。