2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

ヒト由来神経細胞の新規薬効評価系を目指したオンチップニューロシナプス機能計測技術の開発

研究責任者

鈴木 郁郎

所属:東北工業大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 講師

概要

1.はじめに
ヒト幹細胞の各細胞への分化技術の発展により、ヒト細胞を用いた疾患メカニズムの解明や創薬スクリーニング・毒性検査における動物実験を代替えする評価モデルとしての応用が期待されている。ヒト iPS 細胞から分化させた神経系においても、その潜在需要は非常に高く、国内外で細胞機能評価が行われているものの、培養ヒト iPS 細胞由来ニューロンの機能に着目した評価系が未確立である点および培養したヒトiPS 細胞由来ニューロンは未成熟である点が大きなボトルネックとなっている。我々は、これまで、神経ネットワークの活動を非侵襲かつ長期多点同時計測が可能な平面微小多電極アレイ法とヒトiPS 由来ニューロンを成熟化させるためのグリア細胞(アストロサイト)共培養法の開発により、活動電位を指標とした薬効評価を提案し、その実現可能性を示してきた。今後、神経ネットワークの機能解析や薬効評価の精度を向上させる為には、神経ネットワークの情報伝達場である「シナプス機能」を「非侵襲かつリアルタイムに計測する技術」が有効である。シナプス機能とは、プレシナプスに於ける神経伝達物質の放出とポストシナプスに於けるシナプス後電流(電位)であり、神経伝達物質の放出異常やポストシナプス電流の異常で起こる疾患はパーキンソン病やアルツハイマー病など多数存在する。このような背景から、本研究は、ナノエレクトロニクス技術と神経3次元培養技術を駆使して、培養細胞であるヒト iPSC 由来ニューロンのシナプス機能である『神経伝達物質』、『シナプス後電位』を非侵襲かつリアルタイムに定量計測できる新しい機能評価系の開発を目的とした。

2.方法
ドーパミンの放出異常は多くの神経疾患で見られる現象であり、ドーパミンは電気化学反応を示すことからドーパミン検出にターゲットを絞って開発を行った。具体的には微小電極上に神経細胞を培養し、電気化学計測にてリアルタイム検出する手法に着目した。細胞から放出される微量な神経伝達物質をリアルタイムに計測するためには、高感度な電極を作製する必要がある。我々は、電極材料としてカーボンナノチューブ、電極構造として50×50 μm2 サイズの微小電極が64 電極並んだ ITO 平面微小電極アレイを用いて、独自に開発したカーボンナノチューブ電解めっき法を用いて電極の開発を行った。作製した微小電極のドーパミンに対する計測感度は、サイクリックボルタメトリー法(CV 法)およびクロノアンペロメトリー法(CA 法)にて評価した。開発したカーボンナノチューブ平面微小電極アレイ上にヒトiPS 細胞由来ドーパミンニューロンを培養し、リアルタイム計測を実施した。
シナプス後電位計測については、培養細胞の応答が微弱であるため、培養細胞から非侵襲、長期間、リアルタイムに計測できる技術は確立されていない。そこで、培養細胞を3次元の集団にすることによって、微弱な単一シナプスの応答を加算した集合シナプス後電位を発生させ、細胞外で取得する方法論の開発を行った。具体的には細胞積層化技術、細胞シート化技術、脱細胞脳組織を足場とした3次元細胞集団の作製法の検討および、平面微小電極アレイに3次元細胞集団をマウントさせて細胞外記録にてシナプス後電位計測を試みた。

3.結果
電解めっき条件を検討し、ITO 微小電極上に多層カーボンナノチューブをコーティングした結 果、電子顕微鏡観察により、チューブ形状を維持した状態でめっきされていることが確認された(図1)。

(注:図/PDFに記載)

ドーパミンの電気化学計測をしたところ、0.3V 付近でドーパミンの酸化ピーク電流が検出され(図2)、開発したカーボンナノチューブ微小電極で電気化学反応を示すことがわかった。

(注:図/PDFに記載)

次に、開発した微小電極を用いて、検出感度測定を CA 法にて行った。検出限界濃度は数 nM 程度であることがわかった。定量的に検出できる濃度域は数 10 nM から 100 nM 程度であった。

(注:図/PDFに記載)

図3は、100nM ドーパミンを順次投与した際の電流値の上昇を示している。著しい電流値の減少は観察されず、細胞を用いたリアルタイム計測可能であることが確認された。50×50 μm2 サイズの微小電極において、本研究で得られた低濃度を検出できる電極は報告されておらず、高感度微小電極の開発に成功したと言える。但し、同条件のめっき条件であっても作製電極毎にバラつきが生じた。バラつきの改善が今後の課題である。
次に開発したカーボンナノチューブ微小電極にヒトiPS 細胞由来ドーパミンニューロンを培養した。カーボンナノチューブ微小電極アレイとヒトiPS 細胞由来ドーパミンニューロンの親和性は高く、神経ネットワークの形成および1か月以上の培養を確認し、また、電極表面を避けることなく、無毒性で培養できることが確認された(図4 A)。培養 41 日目のサンプルを用いて、ドーパミンの酸化電位である 0.3V に固定して電流値の変化を計測したところ、自発活動において細胞から放出されたドーパミンを電気化学的にリアルタイム検出することに成功した(図4B)。また、ドーパミン放出を促す薬剤であるメタンフェタミン 1nM を投与したところ、投与直後にドーパミン放出のレスポンスが観察された。同量のバッファー滴下時には観察されず、また、電位固定を 0V にした際にもドーパミンの応答は観察されなかったことから、得られた波形がドーパミンのレスポンスであることが確認された。培養細胞であるヒトiPS 細胞由来ドーパミンニューロンから電気化学的にリアルタイム計測した初めての報告である。ドーパミン放出のリアルタイム計測による薬剤応答評価やヒト神経疾患由来のドーパミンニューロンの放出特性の評価などへの応用が大いに期待できる成果である。
培養細胞からのシナプス後電位計測法の開発として、3次元組織モデルの構築技術の検討を行った。ヒト iPS 細胞由来大脳皮質ニューロンを用いて細胞積層化法で3次元組織体を作製したところ、50 μm 以上の厚みを持った3次元組織体が形成されていることをHE 染色によって確かめた(図 5)。内部にも細胞体が存在していたことから、酸素と栄養が行きわたっていることがわかった。また、神経突起が配向している様子が観察された。 これらの結果から3次元組織モデルとして細胞 積層化法は有効であることが示唆された。

(注:図/PDFに記載)

温度変化により、基板に接着してる細胞を剥離する技術を用いて、神経細胞シートの作製を試みた。図6はラット初代神経細胞をシート状に剥離した様子を示している。その後、基板上への再接着および神経突起の伸長を確認したことから、任意のタイミングで神経細胞シートを作製できることがわかった。

(注:図/PDFに記載)

次に、ブタの脱細胞脳組織を作製し、脱細胞組織を足場とした3次元神経組織モデルの構築を行った。脱細胞化組織内でヒト iPS 細胞由来ニューロンが培養されていることが確認された(図7)。

培養細胞から構築した3次元神経組織モデルからのシナプス後電位計測の評価として、コラーゲンゲル内にラット海馬初代培養細胞を培養した3次元細胞集団(人工脳スライスモデル)を用いた。図8は、平面微小電極アレイ上にマウントした人工脳スライスモデルと自発活動波形を示している。

(注:図/PDFに記載)

37℃インキュベータ下において、自発活動波形が検出された。スパイク成分とは異なるゆったりと変化する波形が観察された。4℃下では観察されなかったため、細胞由来の波形であることが確認された。図9は、単発電気刺激に対する応答を示したものである。37℃下において、刺激直後に自発活動と同様のゆったりとした誘発応答が観察された。4℃では観察されなかったことから、自発活動同様に細胞由来の波形であることが確認された。これらの結果から、脳スライスで見られるようなゆったりとした集合シナプス電位を検出することに成功した。現在、得られた波形がシナプス後電位によるものであるかの検証実験を行っている。

(注:図/PDFに記載)

4.まとめ
カーボンナノチューブ平面微小電極アレイ基板の開発により、50×50 μm2 サイズの微小電極において数10nM の低濃度ドーパミンを顕著に検出した。更に、ヒト iPSC 由来ドーパミンニューロンからドーパミン放出をリアルタイムに検出できたことから、ヒト iPSC 由来ニューロンの神経伝達物質の放出を指標とした神経疾患の解明研究や薬効評価への応用が期待できる。また、ヒトiPS 細胞由来ニューロンを用いた3次元組織モデルの構築に成功し、シナプス後電位波形様のシグナルを人工脳スライスモデルを平面微小電極アレイにマウントすることにより検出できた。培養細胞からシナプス後電位を非侵襲リアルタイム計測する手法としての応用が期待される。