2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

パッシブサンプラーによる大気汚染物質の測定法の教材化

実施担当者

松浦 紀之

所属:大阪府立千里高等学校 首席

概要

1.はじめに
 本校の理科研究部では,水や大気などの環境に対する理解を深めるために,実際に生徒自らフィールドワークを行い,現状を捉えさせてきた。
 一般に,中高生が行う水質や大気の調査では,パックテストや気体検知管などを用いた簡易測定が行われている。これらは誰にでも簡単に取り扱いができ,測定自体が短時間で終了するといったメリットがあるが,測定法の測定精度は高くはない。一方,イオンクロマトグラフを用いた測定では,高精度の測定が可能であるが高価な装置が必要であり,これらを設置している高校はほとんどない。
 理科研究部の活動の中で,生徒は「大気汚染防止の取組の結果,硫黄酸化物や窒素酸化物の濃度は減少しているが,光化学オキシダント(その主成分はオゾン)濃度は,減少していない」ことを知った。大気汚染に興味を持ち「どのようにしたら,大気中のオゾン濃度測定ができるのか」と考え,高校生でも簡単に大気中のオゾン濃度測定ができる方法を開発することにした。


2.研究活動の背景
 大気中に含まれる化学物質の測定方法として,アクティブ法とパッシブ法がある。アクティブ法は,吸引ポンプを用いて強制的に空気を吸引し,空気中の化学成分を集めるもので,短期間(数時間程度)における測定物質の定量を行うことができる。一定量の大気の吸引を短時間に行うため精度高いが,使用するポンプは電源が必要となるので,測定場所は限られる。一方,パッシブ法は,分子拡散の原理に基づいた測定方法で,測定場所に捕集剤を放置しておき,大気中の測定物質と反応させることで定量する。長期間(数日~数週間程度)の測定に都合が良く,電源が不要で操作が容易である。
 現在,自治体で行われている大気中のオゾン濃度測定は,紫外線吸収法を用いており,高価な装置が必要である。本校の理科研究部では,これまで高校生でも取り扱えるような大気中のオゾン濃度測定法の研究を行ってきた。2009~2011年には,ヨウ化カリウムと大気中のオゾンとの酸化還元反応によって生じるヨウ素を自作の簡易比色計により定量する方法(中性KI法・アクティブ法)1),2012~2013年には,青色色素のインジゴが大気中のオゾンによって脱色される反応を利用して定量する方法(インジゴ法・パッシブ法)2)の研究を行い,それぞれ成果を上げている。


3.研究の仮説
 大気中の二酸化窒素を定量する方法として,ザルツマン法が有名である3?5)。この方法は,大気中の二酸化窒素が水にとけて生じた亜硝酸HNO2とN?1?ナフチルエチレンジアミンとのカップリング反応により橙赤色のアゾ化合物になる。生成したアゾ化合物の量から,大気中の二酸化窒素の濃度を求めるものである。生徒は,このザルツマン法を応用することで,大気中のオゾン濃度が測定できないかと考えた(図1)。
 亜硝酸ナトリウムNaNO2は大気中のオゾンO3と反応すると,酸化されて硝酸なナトリウムNaNO3に変化する。そこで,オゾンと反応せずに残った亜硝酸ナトリウムの量を求めることで,間接的に大気中のオゾンの量を求めようとした(図2)。大気中のオゾン濃度を求める簡易測定法の報告例はほとんどないため,この方法が実現すれば,大きな意味がある。

(注:図/PDFに記載)


4.実験
(1)パッシブサンプラーの作成
 1.0cm×2.0cmに切断したろ紙を亜硝酸ナトリウム水溶液に30分間浸したあと,余分な水分をとり,乾燥させた(これを,亜硝酸ナトリウムろ紙と呼ぶ)。PTFEシート(水は通さないが,気体は通すシート)の間に亜硝酸ナトリウムろ紙5枚を並べて挟み,ホッチキスで固定することで亜硝酸ナトリウムを捕集媒体としたパッシブサンプラーを作成した。
(2)パッシブ法によるオゾン濃度の測定方法
 大気中のオゾンと反応させるために,野外でパッシブサンプラーをスタンドに固定し,雨と風を避けるためプラスチックバケツを被せた(図3)。数日間大気中に曝露させたあと,回収した。パッシブサンプラーの5枚のろ紙を1枚ずつサンプル管に入れた。サンプル管にイオン交換水とザルツマン試薬を加え軽く撹拌して,545nmの吸光度を分光光度計で測定した。


5.結果と考察
 大阪府立千里高校(大阪府吹田市高野台)の中庭にパシッブサンプラーを設置して,大気中で曝露した。亜硝酸ナトリウムろ紙の抽出液にザルツマン試薬を加えて発色させた溶液の吸光度を測定し,曝露前後の吸光度の差と大気常時監視局の値6)とを比較した。その結果,曝露前後の吸光度の差と大気常時監視局の値は比例関係にあり(R2=0.95),また再現性もあった。このことから亜硝酸ナトリウムを用いたパッシブ法での大気中のオゾン濃度の測定が可能であることが分かった。吸光度の変化量から見積もったところ,測定可能な積算オゾン濃度の限界は約10000ppbとなった。この値は1年で
最もオゾン濃度が高い初夏は10日間,その他の季節では2週間程度の連続測定が可能である。


6.多地点での同時測定
 電源不要,低コストで大気中のオゾン濃度測定を行うことができるパッシブ法の利点を生かすため,多地点で同時測定を行い,オゾンマップの作成をすることにした。
 紙コップとタコ糸を用いた簡易大気パッシブサンプラーにより測定を行った。研究生徒は,クラスの友人や生徒より広範囲に住んでいる先生方にお願いすることで,多くのデータを収集した。120時間の測定結果は,自治体が公表する値と比較して遜色ない結果となった(図4)。

(注:図/PDFに記載)


7.活動の成果
 生徒自らが大気調査を精度よく行った本研究では,次の成果を得ることができた。
(1)分析に用いる検出・測定装置の製作を通じて,研究の楽しさや測定の原理を知るきっかけを与えることができた。これらの観察・実験を通じて現在の状況を理解し,将来に向けての問題点が鮮明に描くことができた。
(2)パッシブ法による大気成分の分析は,ザルツマン法による二酸化窒素の定量測定が有名であり,高校でも行われる実験である。しかし,高校生が大気中のオゾン測定を行う例はほとんどなく,化学教材として有効である。
(3)研究の成果は,第12回高校生科学技術チャレンジ(JSEC 2014)で発表し,特別協賛社賞・富士通賞を受賞した。2015年5月にアメリカペンシルベニア州ピッツバーグで開催されるインテル国際学生技術フェア(Intel ISEF 2015)に日本代表として出場する機会を得た。