2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

バナナ皮の斑点化とドーパミン重合メカニズムの解明

実施担当者

加藤 正宏

所属:京都府立桃山高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 バナナ果皮は、時間の経過に伴い褐色化する。この現象は、「皮中のドーパミンが酵素の作用等で重合し、ポリドーパミン(メラニン)が生成すること」が要因であると言われている。しかし、「なぜ“斑点状”に褐色化するのか」、この理由やメカニズムについては、はっきりしていない。また、「皮中のドーパミン重合化の分子メカ二ズムについて」も、他の研究からの類推であり曖昧な点が残っている。さらに、意外なことにポリドーパミン(メラニン)の化学構造も未解明のままである。そこで、「“斑点状”に褐色化するメカニズムの解明」を主目的にしながら、バナナ果皮の褐色化に関する化学的・生物学的な研究を行っている。なお、本研究では、バナナ果皮が斑点状に褐色化した状態がキリンの皮膚模様に似ているので、「果皮の斑点化現象」を「キリン化」もしくは「キリン化現象」と呼ぶ。


2.申請題目の目的
 本申請題目の目的は、バナナ果皮のキリン化現象のメカニズムを解明すること、及び、この現象の生物学的意義を探ることである。そのために、以下の実験(1)~(4)を行った。
(1)果皮のキリン化現象の温度依存性実験
(2)果皮中のドーパミン抽出実験
(3)ドーパミンの重合反応実験
(4)ドーパミン重合反応の中間体確認実験


3.実験方法
(1)果皮のキリン化現象の温度依存性実験
①人工気象器等(温度:-10~ 200℃)にバナナ(甘熟王:Sumiflu)を静置する。なお、再現性をみるために実験毎に3本のバナナを使う。
②その変化を一定時間毎に観察する。

(2)果皮中のドーパミン抽出実験
①果皮を抽出溶媒(1mol/L 塩酸もしくはメタノール)に浸漬し、ミキサーにかける。
②ろ過後、薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析する。

(3)ドーパミンの重合反応実験
①一定の濃度のドーパミン塩酸塩水溶液を調製する。
②20℃もしくは60℃で静置する。
③その変化を一定時間毎に観察(蛍光観察を含む)する。

(4)ドーパミン重合反応の中間体確認実験
①一定の濃度の5,6-ジアセトキシインドール溶液を調製する。
②未添加、塩酸添加、水酸化ナトリウム添加、の3種類を準備し、室温で静置する。
③その変化を一定時間毎に観察(蛍光観察を含む)する。


4.実験結果
(1)以下に、バナナ果皮のキリン化現象の温度依存性実験結果を示した(図1)。20℃もしくは30℃で静置したときのみ、キリン化現象が観察された(図2点線四角内)。8℃もしくは40℃以上では、キリン化は観察されず、全体的に褐色化(黒色化)が進行した。また、-10℃では、褐色化そのものが起こらなかった(1年以上経過後も、黄色のままである。)。

(2)1mol/L塩酸もしくはメタノールの抽出液を、TLC分析に供した。その結果、両方の抽出液から標準品のドーパミンとほぼ同じ位置に、同じ色のスポットを確認できた(図2中のヨウ素、ニンヒドリン)。一方で、紫外線照射による検出では、ドーパミンと同じ位置にスポットは確認できなかった(図2中、254nm、365nm)。

(3)実験(1)において、酵素が失活するような100℃以上の高温でも果皮の褐色化が進行したことを受け、ドーパミンの褐色化(重合化)が酵素無しでも起こるかどうかの実験を行った。その結果、20℃もしくは60℃で静置後24時間以内に、溶液の褐色化が確認された(図3(a))。また、高温の方が褐色化の速度が大きいことが分かった。興味深いことに、ドーパミン水溶液に365nmの紫外線を照射したところ、20℃静置で23時間経過(50mg ドーパミン/1mL 水、100mg ドーパミン/1mL 水)の試料から、青色系の蛍光が観察された(図3(b))。この蛍光は、47時間後も観察された。

(4)実験(3)で、ドーパミンの呈色化過程において蛍光を発する物質が生成したことを受け、「この蛍光は、ドーパミン重合反応の中間体である5,6-ジヒドロキシインドール(DHI)由来である」という仮説をたて、仮説の検証実験を行った。すなわち、5,6-ジアセトキシインドール(市販品)40mgをメタノール1mLに溶かし、pHを調整することで溶液中にDHIを生成させて、その様子を観察した。その結果、酸添加(1mol/L 塩酸1滴)時は、徐々に橙色系の呈色を示し、それに伴い蛍光が観察されなくなった(図4(a)酸、(b)酸)。塩基添加(1mol/L NaOH1滴)時は、添加と同時に溶液が黒色に変化し、蛍光が消えた(図4(a)塩基、(b)塩基)。無添加の場合は、徐々に褐色(黒色)を帯び、それに伴い蛍光が弱まった(図4(a)無、(b)無)。これらの結果からは、DHIが蛍光を放出するかどうかは分からない。興味深いことに、インドール環を有する5,6-ジアセトキシインドールが蛍光を放出することが分かった(図4(b)0hの3本)。なお、5,6-ジアセトキシインドール由来の蛍光色と実験(3)の蛍光色は、肉眼レベルでは同じであった。


5.考察
 20℃および30℃においてキリン化現象が観察されたが、それ以外の温度では、なぜキリン化現象が観察されなかったのか。その要因を探るため、果皮全体が褐色(黒色)になるまでの総時間と温度の関係を調べた(グラフ1)。グラフから明らかなように、50℃以上では急速に褐色化が進行していることがわかる。また、実験(3)よりドーパミンは酵素が無くてもそれ自身で自動的に褐色化する。これらの意味するところは、50℃以上の温度領域では、酵素反応よりも、純粋な化学反応による褐色化が優位に進行したということである。全細胞に存在するでろうドーパミンが一斉に褐色化したので、キリン化は観察されなかったと解釈できる。一方で、40℃以下では、果皮や果肉の成熟と果皮の褐色化が一定の関係で進行する。すなわち、低温になるほど生命活動(生化学反応)が鈍化し成熟化(老化)に時間がかかるので、全体の褐色化の時間が長くなったと推測する(20℃~40℃)。また、成熟化の速さは細胞毎に異なると思われるので、偶然に速く成熟化した部位から褐色化反応が進行し、結果的にキリン化現象が起こるのだろう。
8℃でキリン化が起こらなかったのは、高温時とは別要因であると考えられる。すなわち、熱帯性植物に特有の低温障害がその一因であると推察する。熱帯性植物は低温に晒されると、細胞膜組成が変化し、それに伴って細胞構造が維持できなくなる。この変化が皮の細胞全体で起こるので、その結果、全体が一気に褐色化すると考えられる。
 実験(2)のTLC分析において、紫外線によるドーパミンの検出ができなかった。この原因を考えている過程で次のような興味深い現象に遭遇した。つまり、展開直後には検出されなかった新スポットが、15時間後に出現したのである(図5)。
 この新スポットは、自然光下で褐色を示していることから、ポリドーパミンを主成分とするものであると考えられる。この新スポットに365nmの紫外線を照射すると、青色系の蛍光を放出していることが確認された。これらの現象が意味することは、果皮に含まれていたドーパミンがポリドーパミンに変化したことを直接観測できた、ということである。また、ドーパミンの重合過程で青色系の蛍光を放出する中間体を経由する、ということも意味している。青色系の蛍光については、実験(3)や実験(4)でも観察されており、この蛍光の原因物質を解明することで、ポリドーパミンの重合反応に関する知見が得られると考えられる。なお、参考文献や既知情報等を総合し、ドーパミン重合過程のインドール骨格を有する中間体が蛍光体の正体であると推定している。
 バナナ果皮中のドーパミンの重合メカニズムや褐色物質メラニンの化学構造について、我々が調べた限りでは、その詳細は不明であったり、議論の最中であったりする。これは、ドーパミンの研究といえば人間の脳に関する(パーキンソン病など臨床的に価値の高い)ものが中心であるからだと考えられる。また、メラニンの生成メカニズムが複雑であり、同時にその構造も複雑で多岐に渡ることも一因であろう。さらに、昆虫のメラニンや毛髪のメラニンのように、その起源がドーパミン以外(ドーパであることがほとんど)の場合があることも一因であろう。バナナ果皮のキリン化という限定的な現象を対象に研究を展開しているが、実は、生き物に普遍的に存在するメラニンの研究や模様の多様性(と進化)の研究につながる。最終的には、褐変化現象や成熟化現象、生物の模様・形態の多様性を生命現象として捉え、それを物理と化学の言葉で合理的・論理的に説明できるところまで迫りたいと考えている。


6.まとめ
(1)キリン化現象には温度依存性があり、20℃~30℃で起こる。
(2)果皮の成熟化に伴ってキリン化がおこった。
(3)バナナ果皮中の主な褐色化原因物質は、ドーパミンである。
(4)ドーパミンの重合過程において、紫外線照射で青色蛍光を放出する物質が生成する。


7.発表
・第62回日本生化学会近畿支部例会
・平成27年度第1回京都サイエンスフェスタ(奨励賞)
・全国理数科研究大会
・第4回応用糖質フレッシュシンポジウム(最優秀賞)
・第9回千葉大学高校生理科研究発表会(優秀賞)
・平成27年度京都高校生総合文化祭
・第12回高校化学グランドコンテスト(金賞)
・京都大学サイエンスフェスティバル2015(京都大学総長賞)
・京都産業大学益川塾第8回シンポジウム