1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

バイオリアクターを中核とするFIA法による糖尿病関連物質の高感度化学発光分析法の開発に関する研究

研究責任者

田畑 勝好

所属:京都大学 医療技術短期大学部 衛生技術学科 助教授

概要

1.はじめに
戦後の食料や生活様式の変化により,糖尿病患者やその予備群が毎年着実に増加している。近頃では若年者にさえ糖尿病患者が出現している。糖尿病をうまく管理できる安価で迅速,簡単な優れた方法が開発されれば患者のためならず膨大な医療費の節約にも寄与する。現在,血糖,3一ヒドロキシ酪酸(3-HBA),1,5一アンヒドログルシトール(1,5-AG),グリコヘモグロビン,糖化アルブミンなどのいろいろな糖尿病関連物質が測定されている。その中でも,1,5-AGは,空腹時血糖値と違い,常温で安定なので保存に強く,食事や運動の影響もなく,糖尿病の一次スクリーニングに適した検査項目である1,21。それに1血清1,5-AGは高価な抗体を用いなくても,酵素法での測定が可能である。しかし,血清中の1,5-AGの健常値は25μg/m1前後の微量であり,糖尿病が進行するとかえって減少し,2μg/ml以下にもなり,分光光度計での測定は感度的に困難であり,さらに1,5-AG測定に用いられる酵素試薬は非常に高価である。それで,本研究ではこれらの欠点を克服するために,再利用が可能なバイオリアクターと比色法より数百倍から数千倍高感度検出が可能な化学発光検出器を装着したFIA(flow injection analysis;連続注入分析)方式を1,5-AGの測定に応用して,高感度,迅速さらに安価な分析法の構築を試み,その研究成果を報告する。
2.血清1,5-AG測定原理
1,5-AGがピラノースオキシダーゼ(PyOD)により酸化分解されると過酸化水素が生成され3},その過酸化水素をルミノール化学発光法を用いて発光強度を測定することにより,1,5-AG濃度を求めることができる。
しかし,PyODは1,5-AGのみならずグルコースをも酸化分解して過酸化水素を生成するため,1,5-AGが酸化される前にグルコースを何らかの方法により反応系から除去する必要がある。PyODカラムリアクターとグルコース除去用バイオリアクターを装着した血清1,5-AGの化学発光一FIA方式のフローダイアグラムを図1に示す。
3.バイオリアクターの作製
多孔性アルキルアミンガラス粒子(粒子サイズ;約0.15mm,孔丁;50nm)に酵素をグルタルアルデヒドを用いるシッフ塩基結合法により固定化した。酵素が固定化されたガラス粒子をミニカラムに充眞してバイオリアクターを作製した。
3-1.血清グルコース除去用バイオリアクター
一般的に血糖値が高くなるに従って血清1,5-AG値は低下していく。例えば,血糖値500mg/dl(27.8mmo1/1),血清1,5-AG値1.0μg/m1(5.9μmol/1)の時,グルコースを99.98%除去しても,残った0.02%のグルコース量は1.0μg/mlの1,5-AG量,すなわち元から存在する1,5-AG量に相当する。それ故,1,5-AGを分解する前に,血液中のグルコースをほとんどすべて反応系から除去する必要がある。グルコースを除去する方法として,次の4法が考えられる。①グルコキナーゼ(GK)法グルコースをGKによりリン酸化する。②GK/ピルビン酸キナーゼ(PK)法GK反応の生成物であるADPをPK反応を利用して除去することにより,GK反応によるグルコースのリン酸化を促進する。③GK/グルコースホスフェートイソメラーゼ(PGI)/ホスホフルクトキナーゼ(PFK)法GK反応により生成されたグルコースー6一リン酸をPGI反応によりフルクトースー6一リン酸に変え,さらにPFK反応によりフルクトース1,6一ニリン酸に変化させて,GK反応の進行を促進する。④GK/PK/PGI/PFK法②反応と③反応を組み合わせてGK反応の生成物であるADPとグルコースー6一リン酸を反応系から除去することにより,GK反応の進行を促進する。①ではGKを多孔性アルキルアミンガラス粒子に固定化した。②ではGKとPKの2種の酵素を,③ではGK,PGI,PFKの3種の酵素を,④ではGK,PK,PGI,PFKの4種の酵素を,多孔性アルキルアミンガラス粒子にそれぞれ同時固定化した。固定化のさい,①~④の場合において,担体に対する酵素タンパク量の割合は同じであり,同じ大きさのカラム(3x24mm)に充愼し,図1に挿入して,どのカラムリアクターがグルコースの除去に最も効率的に働くか,検討した。その結果を表1に示す。表1より同時固定化GK/PGI/PFKカラム以外の3種のカラムは殆ど同じグルコース除去能を示し,30mMグルコースに対して99.990~99.994%のグルコースを除一去した。
3-2.PyODカラムリアクター
PyODを前記の方法により多孔性アルキルアミンガラス粒子に固定化し,2×20mmのミニカラムに充填してリアクターを作製した。このリアクターのグルコースと1,5-AGに対する酸化分解能を調べてみると(図2),1,5-AGに対する分解率はグルコースの約70%であった。液状PyODでは1,5-AGに対する分解率はグルコースに比べて極端に低いのに,固定化酵素カラムではカラム内に多量のPyODが存在するためか,非常に良好な結果を得た。
4.GKによる1,5-AGのリン酸化
図3に示されているように,α一D一グルコースと1,5-AGの構造は非常によく似ている。それ故,PyODがグルコースにも1,5-AGにも作用したように,GKもグルコースだけでなく1,5-AGをもリン酸化しないかどうか,検討した。すなわち,同時固定化するときのGKとPKとの総蛋白量は同じであるが,割合を変えて固定化し,カラムに充填して,PyODカラムと共に図1に挿入し,1,5-AGをインジェクションして,それぞれのカラムによる1,5-AGとグルコースのリン酸化率を測定した。GK/PKカラムによる1,5-AGのリン酸化の結果を図4に,グルコースの除去能を表2に示す。図4からGKはグルコースのリン酸化速度よりははるかに遅いが,1,5-AGをもリン酸化することが判明し,そのリン酸化率はGK量が少ないほど小さかった。しかし,GK量が少なすぎるとグルコースのリン酸化率が減少するので(表2),両者の中間をとって,本法ではGK500U,PK3.1mgが同時固定化されたカラムを採用した。溶液状のGKとヘキソキナーゼ(HK)を用いても1,5-AGとグルコースのリン酸化率を調べた(表3)。比色計を用いての測定では,GK量を少なくして反応時間を長くするというように条件をうまく選択するとグルコースを100%リン酸化して1,5-AGをリン酸化しないことが判明した。
5.1,5-AGの検量線
グルコース除去用同時固定化GK/PKカラム(3x24図5-Bmm)と1,5-AG測定用PyODカラム(2x20mm)を直列に図1のフローダイアグラムに挿入し,0.2~8.0μg/mlと10~100μg/mlの2系列の1,5-AG標準液を1μ1インジェクションして1,5-AGの直線性を検討した。得られた結果を図5に示す。図5-A(0.2~8.0μg/ml)と図5-B(10~100μg/ml)に見られるように,ピーク間の分離がよくてキャリオーバーも無く,検量線は100μg/m1まで原点を通る直線を得た。
6.1,5-AGの検出限界
2×20mmの大きさのPyODカラムが使用されるとき,本法の1,5-AGに対する検出限界は約0.17ng(1pmol)/μ1(試料)であった。
7.他法との相関
同時固定化GK/PK/固定化PyODカラムを用いる本法とミニカラム法であるラナ1,5-AG比色キット法との患者血清を用いての相関は例数n=40,相関係数r=0.993,回帰直線y・0.946x-0.32で,広範囲にわたって良好な相関を得た(図6)。
8.おわりに
1,5-AGの分析に使用されるPyODはグルコースを非常に早く酸化するが,1,5-AGに対しては反応速度はすごく遅いため,市販1,5-AG比色キットは発色反応に1時間を要している。しかし,2×20mmの大きさの固定化PyODカラムを使用すると,カラム内に多量のPyODが存在するためか,1,5-AGがカラムを通過する約1秒前後の間にほとんどすべての1,5-AGを酸化分解した。GKはグルコースのリン酸化反応と比べると極端にその反応速度は遅いが,1,5-AGをもリン酸化した。GK反応は極端にリン酸化の方向に傾いており,GKだけのカラムリアクターでもグルコースを99.99%除去することができたが,カラム内にGK量が多いため1,5-AGをもかなりリン酸化した。GK量を減らしてもグルコースのリン酸化が十分に進行するように,PKを加えてGK反応が円滑に進行するように試みた。血清1,5-AGの測定に用いた3×24mmの大きさの同時固定化GK/PKカラムでさえ,グルコースを99.99%除去することができるが,1,5-AGを19.6%リン酸化した。今後の課題として,1,5-AGに特異的で,グルコースなどの影響の無いカラムリアクターを開発することである。本法は,同時固定化GK/PK/固定化PyODカラムを化学発光一FIA方式で使用することにより,血清1μ1を用いて,0.2μg/mlの血清濃度までの1,5-AGを約10秒で測定することを可能にした。