1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

バイオミメティック有機素子を用いた血中コレステロール計測用センサーの開発

研究責任者

竹内 俊文

所属:広島市立大学 情報科学部 情報機械システム工学科 教授

概要

1はじめに
化学物質の濃度を鋭敏に,かつ簡便に計測する方法としてバイオセンサーは有効な手段であるが,その分子認識素子である天然の酵素や抗体は安定性に欠けるという問題がある。そこで,優れた分子認識能をもち,また安定性にも優れた人工分子認識素子の開発が必要となっている。本研究ではナノグラムオーダーでの定量が可能である水晶振動子をセンサー素子として用い,その認識素子として人工高分子を用いる生体分子計測システムの構築を目的として研究を行った。
2-1人工高分子固定化水晶振動子
水晶振動子をバイオセンサーとして用いた研究例として,抗原または抗体を水晶振動子上に固定化し,抗原抗体反応を利用して測定を行う免疫センサー[1],検出したい遺伝子の塩基配列をもつDNAを固定化したDNAセンサー[2],脂質膜を固定化した匂いセンサー[3,4]などが報告されている。しかしこれらの化合物は天然由来であるためコストが高く,寿命が短いなどの欠点が指摘されている。そのため安定性に優れ,コストも安い人工高分子を分子認識素子として用いるセンサーシステムが要望されているが,水晶振動子上に人工高分子を固定化してセンサー素子として用いた例はほとんど報告されていない。本研究では,まずはじめに水晶振動子上に固定化する人工高分子として,ホウ酸基をもつ高分子を用いた。ホウ酸基はCZS一ジオール基をもつ分子と選択的にかつ容易に結合することが知られており,糖質に対して選択性を示す分子を合成する際の有効な官能基として知られている[5,6]。そこで,ポリーかビニルベンゼンホウ酸を水晶振動子上に固定化することにより,CZS一ジオール基をも
つ化合物のセンシングが可能な水晶振動子を調製し,センサーの評価を行った。
2-2実験方法
2-2-1測定装置
水晶振動子は基本振動数が9MHz (SEIKO EG&G社製)のものを用いた。振動数は振動子をオシレーター(SEIKO EG & G QUARTZ CRYSTAL ANALYZER QCA917-11)に差し込み,振動数測定器(SEIKO EG & G QUARTZ CRYSTAL ANALYZER)を用いることにより測定した。
2-2-2ポリーρ一ビニルベンゼンホウ酸の合成
p一ビニルベンゼンホウ酸(400mg,2.7mmol),水(30m1),過硫酸カリウム(11mg,41μmol)を混合し,窒素雰囲気下60℃で20時間反応させることにより白色の化合物を得た。これをろ過して乾燥することによりポリ_p一ビニルベンゼンホウ酸を得た。
2-2-3ピエゾ素子へのポリーp一ビニルベンゼンホウ酸の固定化
得られたポリーp一ビニルベンゼンホウ酸(125mg)をトルエン(5.Oml)に溶解させた。このポリーp一ビニルベンゼンホウ酸溶液(10μ1)をスピンコーター(ミカサ株式会社製)にセットされた水晶振動子上に滴下し,500rpmで5秒間,さらに2000rpmで20秒間回転することによりポリーp一ビニルベンゼンホウ酸を固定化した水晶振動子を得た。これをメタノールニ塩酸(0.001N)=4:1の溶液,さらにメタノールで洗浄し実験に用いた。
2-2-416一エピエストリオール溶液の濃度と振動数変化の関係
2-2-3の方法を用いてホウ酸基を固定化した水晶振動子の振動数をF。とした。この水晶振動子上に16一エピエストリオールをメタノールに溶解させた1mM溶液を20μ1滴下し,30分間相互作用させた。その後,非特異的に付着した16一エピエストリオールを取り除くため,メタノール1mlで洗浄を行った。その後,アスピレーターで15分間乾燥させ,振動数を測定した。このときの振動数をF。とし,F -F,から算出される1mM16一エピエストリオール滴下時の振動数変化を求めた。16一エピエストリオールの洗浄は,メタノール:塩酸(0.001N)=4:1の溶液7mlに5分間浸すことを2回繰り返し,1mlのメタノールで1回洗浄したあと,アスピレーターで15分間乾燥を行い,次の測定に用いた。3mM,5mM,7.5mM,10mMの16一エピエストリオール溶液についても同様に振動数変化の関係を調べた。
2-2-5ポリーp一ビニルベンゼンホウ酸を固定化した水晶振動子の選択性
サンプルとして16一エピエストリオールのtrans異性体であるエストリオール,CZS一ジオール基をもたないコレステロール,テストステロン,コルチコステロンのメタノール溶液(10mM)を20μ1滴下し,30分間相互作用させた。その後,非特異的に付着したこれらの化合物を取り除くため,1mlのメタノールで1回洗浄し,アスピレーターで15分間乾燥を行い,振動数を測定した。このときのエストリオールの振動数をF。,とし,FrF,。から算出される振動数変化を求めた。同様にコレステロール,テストステロン,コルチコステロンの振動数変化についても求めた。評価方法としては,10mMの16一エピエストリオール溶液を滴下したときの相対振動数変化を100としたときのそれぞれの相対振動数変化を比較した。
2-3結果と考察
ホウ酸基を固定化した水晶振動子に各濃度の16一エピエストリオール溶液を滴下したとき,16一エピエストリオール溶液の濃度と振動数変化の関係についてみたものが,図1である。ホウ酸基を固定化した3つの水晶振動子を用いて,各濃度における16一エピエストリオール溶液を20μ1ずつ振動子Lに滴下したときの振動数変化の測定を行ったところ,このグラフから16一エピエストリオール溶液の濃度と振動数変化は直線関係であることがわかった。また,検出限界は20μ1を滴下したときで1mMから10mMであった。このことからlmMから10mMまでの範囲において,16一エピエストリオールのセンシングが可能であることがわかった。
次に,水晶振動子に固定化されたホウ酸基の選択性を確認するため,CZS一ジオール基をもたない化合物を用いて結合能の評価を行った。その結果を表1に示す。16一エピエストリオール溶液を滴下したときの相対振動数変化を100とすると,CZS一ジオール基をもたないコレステロールでは14,テストステロンでは32,コルチコステロンでは0,また16一エピエストリオールのtrans異性体であるエストリオールも0であった。この結果から,tYans一ジオール基では隣り合う炭素問における2つの水酸基の分子間距離が長いためホウ酸基とエステルが形成されてないと考えられる。またCZS一ジオール基をもたない化合物についても相対振動数変化が少ないため,ほとんど結合していないと考えられる。しかしコレステロールの相対振動数変化は他の化合物より少し大きくなった。コレステmルの構造は,アルキル基が多く他の化合物と比較して疎水性が高いため,認識素子と疎水結合している可能性があると考えられる。しかしそのコレステロールの相対振動数変化も,16一エピエストリオールと比べると非常に低いため,振動子に固定化されたホウ酸基は,CZS一ジオール基をもつ化合物と選択的に結合したと考えられる。このことは,C2S一ジオール基をもつマンノースを用いた競合反応によっても裏付けられた。
3-1モレキュラーインプリンティング[6-10]
ある特定の化合物のセンシングを行う場合,その化合物に対して特異的な結合能を示す認識素子を用いる必要がある。本研究では分子認識材料の合成法として知られるモレキュラーインプリンティング法(以下MI法)により高分子を合成し,それを水晶振動子上に固定化して認識素子として用いることを検討した。MI法の原理を図2に示す。(図2A)認識対象分子およびこの分子と相互作用することのできる官能基をもつモノマー(機能性モノマー)を溶媒中において混合して複合体を形成させる。(B)架橋性モノマー(本研究ではエチレングリコールジメタクリレート,EGDMA)と,重合開始剤を加えてUV光照射下で重合させる。(C)その後,高分子を洗浄することにより,認識対象分子を高分子内から脱離させることにより,認識対象分子に対して相補的な結合部位をもつ高分子が得られるという技術である。すなわち,この結合部位はあたかも認識対象分子の鋳型を取る様にして形成されたものである。本研究では,ホウ酸基を官能基にもつ機能性モノマーを用いて,コレステロールのようなステロイド骨格をもつカスタステロンをモデル化合物として用い,カスタステロンを認識するポリマーをMI法により合成し,液体クロマトグラフィーでアフィニティーを評価した[10]。カスタステロンは植物ホルモンの一種であり,極微量で植物の成長促進に関与していることが最近になって知られるようになり,その単離精製,分析についての研究が盛んに行われている。
3-2実験方法
3-2-1カスタステロンーホウ酸エステルの合成(図3)
カスタステロン(富士薬品工業株式会社より供与)(34.9mg,75μmol)とp一ビニルベンゼンホウ酸(295.6mg,180μmo1)を20mlのクロロホルム/ピリジン(99:1,v/v)中に加えた。この溶液を50℃で36時間環流し,反応させた。反応溶液は分離用カラム(YMC;R-ODS-5,250mm×20mm i.d.)を用いて高速液体クロマトグラフィーによりエステルの精製を行った。溶離液はアセトニトリル,流速は10ml/minとした。
3-2-2カスタステロンをインプリントしたポリマーの合成
カスタステロンとp一ビニルベンゼンホウ酸とのエステル(60mg,87μmol)をクロロホノレム6901中に溶かし,架橋性モノマーのEGDMAを690mg(3.5mmo1),重合開始剤の2,2'一アゾビスイソブチロニトリル(AIBN;5.0mg,30μmo1)を加えて窒素置換した後,UV光照射下4℃で12時間重合させた。コントロールのポリマーとして,カスタステロンを加えずに合成したポリマー,つまりカスタステロンをインプリントしていないポリマーも合成した。p一ビニルベンゼンホウ酸25.8mg(174,umo1)をクロロホルム690μ1中に溶かし,架橋性.モノマーのEGDMAを690mg(3.5mmol),重合開始剤のAIBNを5.0mg(30μmol)を加えて窒素置換した後,UV光照射下4℃で12時間重合させた。
3-2-3液体クロマトグラフィー用カラムの調製
得られたポリマーを乳鉢ですりつぶし,ふるいにかけて粒径が26~45μmのものを採取した。さらに,300mlのメタノール中にポリマーを拡散させ,30分静置させた後,微細なポリマー粒子を含んだ上澄み液を除去する作業を5回繰り返すことにより,完全に粒径をそろえた。これを,アセトニトリル/5%過酸化水素水(1:1)を加えて3回洗浄することにより鋳型分子であるカスタステロンを洗い流した(収量29mg,収率72%)。そして液体クロマトグラフィー用の空カラム(10mm×4.6mm i.d.)にスラリー充愼してカラムを調製した。
3-2-4液体クロマトグラフィーによるアフィニティーの評価
ポリマーのアフィニティーの評価は液体クロマトグラフィーを用い,エバポレイティブ光散乱ディテクター(ELSD,SEDEX社製)を検出器として保持時間を測定することにより行った。液体クロマトグラフィーはギルソン社製(ポンプ,モデル305;オートインジェクター,モデル234)を用いた。溶離液はアセトニトリルとし,流速は0.2ml/min,50℃で保持時間を測定し,以下の式から容量比k'を求めた。
ここで,tRは試料の保持時間,t0はボイドマーカーの保持時間を示す。
3-3結果と考察
カスタステロンインプリントポリマーに対するアフィニティーの評価表2に共有結合性カスタステロンインプリントポリマーの各化合物に対するアフィニティー(k')を示す。レファレンスの化合物としてステロイドホルモンであるコレステmル,エストリオール,16一エピエストリオールを用いた。16一エピエストリオールはカスタステロンと同様にCZS一ジオール基を官能基としてもつ。またエストリオールは16一エピエストリオールの立体異性体であり,16位と17位の水酸基がtYans一ジオールとなっている。カスタステロンのインプリントポリマーはk'値が15以上となり,カスタステロンに対して高いアフィニティーを示した。またレファレンスの化合物に対しては,ほとんどアフィニティーを示さなかったことからカスタステロンをインプリントしたポリマーはカスタステロンに対して選択性を示したといえる。一方,カスタステロンをインプリントせずに合成したポリマー,つまりコントロールのポリマーはCZS一ジオール基をもつカスタステロン,16一エピエストリオールに対して高いアフィニティーを示した。すなわちブランクのポリマーはC2S一ジオール基をもつ化合物に対してアフィニティーを示したが,カスタステロンに対しては選択性はなかったといえる。このことから,カスタステロンをインプリントすることにより,カスタステロンに対して選択性を示すポリマーが得られたことがわかった。
3-3まとめ
以上,本研究によって得られた結果をまとめると,水晶振動子上に人工高分子を固定化したセンシングシステムを構築した。そして,より厳密な分子認識を実現させるためにモレキュラーインプリンティング法によりカスタステロンを認識するポリマーを合成することができた。Vulfsonらのグループは,コレステロールの水酸基と4一ビニルフェノールをカルポネートエステル化させた鋳型分子一機能性モノマーの複合体を用いるコレステロールのモレキュラーインプリンティングについて報告している[9]。現在このインプリンティングのシステムを応用し,水晶振動子上にインプリントポリマーを固定化させることによるコレステロール計測用のセンサー素子について研究を続けており,将来的には取り扱いの容易な人工高分子を認識素子にもつ血中コレステロール濃度測定用の計測システムとして期待される。