2014年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第28号

ナノカーボン電極を用いた高感度LPS 検出法の開発

研究責任者

加藤 大

所属:独立行政法人産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門 ナノバイオデバイス研究グループ 研究員

概要

1. 緒言
リポポリサッカリド(lipopolysaccharide:LPS)は大腸菌、サルモネラ菌をはじめとするグラム陰性菌の外膜を構成している物質である(図1)。LPSは医薬品の生産プロセス中に生息する細菌が破壊(死滅・溶菌)することによって遊離し、医薬品に混入する。例えば、輸液や注射製剤など非経口医薬品は主に発酵・遺伝子組換え技術により製造されており、製造工程において宿主細胞壁成分からの混入が懸念される。LPSは微量(ng/ml)でも血液中に混入すると発熱作用、ショック死、血管内血液凝固、敗血症、多臓器不全等を引き起こすため、これらの非経口医薬品中のLPS含有量は特に厳重に管理するように法的に規制されている。したがってこれら医薬品の安全性を確保する上でLPS含有量を簡便かつ高感度に測定することは必須となっている。
LPS の定量方法としては、現在、リムルス試験が主流となっている。このリムルス試験はカブトガニの血球抽出液がLPS により凝固する現象を利用する方法である。リムルス試薬の凝固反応は、哺乳類の血液凝固系に類似したカスケード反応で起こる。従って少量のLPS のシグナルを増幅して凝固が引き起こされるもので、非常に高感度な測定系である。しかしながら、本法は希少な生物資源を利用するため試薬は高価であること、反応が複雑なためオンサイト測定が困難であること、多段階にわたる反応を経る凝固過程の経時変化の計測を測定原理としており、特に低濃度のLPSほどその凝固時間(測定時間)を要する(一般に数時間)こと、さらには測定者間により測定値にばらつきが生じること、などの問題点がある。
研究責任者らは、近年、リムルス試験に替わる新規なLPS測定法として、電気化学的手法による簡便なLPSの測定法を開発してきた。電気化学法では、溶液中の目的成分について、その濃度に対応する変化を電極上での電気的(例えば電流)信号として変換、出力することを特徴としており、簡便かつ高感度化の目標に最適の方法である。しかしながら、LPSを検出対象とした場合、LPSを構成する主要成分は多糖類と脂質類であり、それら自体は何ら電気化学的な活性を示さない。そこで研究責任者らは、LPSの多糖鎖部分に着目し、糖鎖と錯体形成することで知られるボロン酸(B)を付加させた酸化還元性のフェロセン(Fc)誘導体(FcB)プローブを合成し、この合成プローブがLPSと錯体形成を起こす前後で、その酸化電流の大きさが変化することを見出した。また、この酸化電流の変化を測定する際、FcBプローブの酸化と電極上に固定化した酵素による酵素還元反応とを共役させることにより、FcBプローブの上記の電気化学活性の変化を増幅して測定することを見出した。その結果、その変化を引き起こすLPS量を簡便にかつ迅速に(一試料あたり5分以内)定量できることを見出した1)。さらには、LPSとの相互作用がボロン酸よりも一段と強いポリミキシンB(PMB、図2)(LPSに対して108 M-1)を標識したフェロセン(FcPMB)プローブを創製し、ボロン酸誘導体よりも、LPSに対する定量性(選択性ならびに再現性)を著しく向上させることに成功した2)。
しかしながら、このLPS 応答がバルクでのFcPMBプローブとの反応に起因していること、作用電極として汎用的な電極(グラッシーカーボンや金電極)を用いており、これら作用電極由来のノイズが高いなど要因から、検出下限が50ng/mL 程度に留まる課題が見られた。そこで本研究では、LPSのさらなる高感度計測を目的として、LPS 認識分子を固定化した電極と上述のFcPMB プローブなどを用いた電流増幅型のLPS 検出法の構築を目指した。尚、本研究の電極として、開発中のノイズ電流の低いスパッタナノカーボン薄膜3-5)を用いることで、より高感度なLPS の電気化学検出を試みた。
さらには、上述のLPS 電気化学検出を高感度化するためにマイクロ空間を反応場としたマイクロ流路デバイスセンサの開発を行った。
2. 電気化学LPS 測定系の構築
2.1. 実験方法
ナノカーボン薄膜電極は、電子サイクロトロン共鳴スパッタ法によって作製した3-5)。ナノカーボン薄膜を作用極とし、LPS の認識・濃縮を行う反応場をこのナノカーボン電極上に構築するため、LPS 認識ポリマーを牛血清アルブミン(BSA)と混合し、市販の架橋剤で架橋した膜を電極上に固定化し、LPS 認識分子修飾電極とした。
また、LPS 認識プローブとして、LPS 認識分子であるポリミキシンB(PMB)に、(a)フェロセン(Fc)を標識したFcPMB2)、アルカリフォスファターゼ(ALP)を標識したALP-PMB、(b)の二種類を開発した。図3 に各々のプローブを用いたLPS 測定原理を示した。すなわち、LPS 検出のため、この修飾ナノカーボン電極表面にまずLPS 試料を吸着させ、続いて合成プローブを添加する。プローブ吸着量は表面に捕捉されたLPS 濃度に比例して増加する。この捕捉されたプローブに基づく電気化学測定((a)では、Fc 量、(b)ではALP の酵素反応で生成するp-アミノフェノール(PAP)を行うことで、LPS 濃度を測定する原理である。さらに、この溶液中に還元剤を添加することで、電極上で酸化された電気化学活性種(Fc、ならびにPAP)を再生(還元)させ、電気化学活性種の酸化/還元反応による再生のサイクルを経ることによって、LPS に由来する応答を増幅することを目的とした。なお、電気化学測定は、Ag/AgCl を参照極、白金ワイヤを対極とし、サイクリックボルタモグラム(CV)法により行った。
2.2. 実験結果
電極表面に200ng/mL LPS を10 μL 吸着した後に200 μg/mL FcPMB を10 μL 添加した場合、53 nA程度の応答が0.59 V 付近に観測された(図4(a)-実線)。この応答は、表面に吸着したFcPMB(red)が酸化されてFcPMB(ox)となる酸化反応であると考えられる。一方、LPS を吸着させない場合では30 nA 程度の電流応答に留まったことから(図4(a)-点線)、この電流応答差が電極表面に吸着したLPS に起因するものであることが推察された。さらに、ここに還元剤である鉄(II)イオンを添加すると、酸化電流値が大きく増加した(図4 (b))。これは表面近傍で酸化生成したFcPMB(ox)が還元されFcPMB(red)に戻ったためである。このFcPMBの酸化/還元反応による再生のサイクルを経ることによって、FcPMB(red)の電流応答は再生反応を行わない場合に比べておよそ3 倍に増幅された。上述のLPS による電流増幅は電極上に添加したLPS 濃度に依存しており、図5 の検量線の結果から、本法でのLPS の検出下限濃度は2 ng/mL であった。同様にALP 修飾PMB における増幅系も検討したところ、ALP の酵素反応生成物であるPAP の酸化電流が電極表面に吸着したLPS 濃度に比例すること、鉄(II)イオンによりPAP の応答信号が増幅することを確認できた。しかしながら、ALP 自体が修飾ナノカーボン電極上に非特異吸着し、バックグラウンドノイズが高いことも確認された。この非特異吸着の影響のため、FcPMB による測定系に比べ、ET検出下限は数10 ng/mL のオーダーに留まった。以上の結果から、本研究におけるナノカーボン電極によって、簡便かつ高感度なLPS の電気化学測定が構築できることが明らかとなった6-7)。
ナノカーボン電極の優位性を示すため、市販カーボン電極(グラッシーカーボン電極(GC))を用いて行った結果を図6 に示した。GC においても表面修飾、LPS 吸着は可能であるが、GC 電極ではバックグラウンド電流が大きく、S/N の悪い結果となった。以上の結果から、より低濃度のLPS に由来する電流変化を追うことはGC 電極では困難であり、ナノカーボン薄膜電極の優位性が実証された。
3. LPS 測定マイクロ流路デバイスの開発
3.1. マイクロ流路デバイスの必要性
電気化学LPS 検出を高感度化するためにマイクロ空間を反応・検出場としたマイクロ流路デバイスの開発に取り組んだ。これらマイクロ流路を用いる利点としては、デッドボリュームの小さいマイクロ流路を用いることで電気化学反応の高感度化が可能である点が挙げられる。さらに、本研究で開発をするマイクロ流路には、電気化学測定に用いるナノカーボン電極の上流に、LPS 認識分子を表面固定したφ100 μm 程度の微粒子を埋め込み、貯留が可能な堰き止め構造を設計した。作製するマイクロ流路のイメージを図7 に示す。このようなマイクロ流路デバイスを設計することで、微粒子表面でLPS を捕捉することにより、電極表面の汚染による再現性、および応答劣化を防ぐことを目的としている。すなわち、微粒子上でLPS を捕捉・濃縮した後、プローブや基質を導入することで、微粒子直後に配置されるナノカーボン電極で電気化学活性種を瞬時に測定する。電極を形成する基板としてはシリコン、もしくはガラスを検討していることから、マイクロ流路素材には、電極上に着脱が容易なポリジメチルシロキサン(以下、PDMS)を用いて形成し、電極基板とPDMSを貼り合わせることでLPS 計測用マイクロ流路デバイスとした。
3.2. マイクロ流路の作製方法
PDMS にマイクロ流路を形成するため、本研究ではめっきを用いて金型を作製した。このプロセスを図8 に示す。すなわち、金型基板(RIGOR、UDDEHOLM 社)に直接フォトレジストSU‐8 2050(MicroChem 社)を塗布、パターニング後に、Niの電気めっきを行うことで微細構造体を作製した。これにより高さ数十μm の微細構造体を作製することが可能である。異なる高さを有する構造体を作製するため、このプロセスを必要回数繰り返した。
3.3. 流路形状の評価
測定の際に測定溶液の送液の妨げにならない最適なデバイスを構築するために、流路の幅、深さ等を変更した際の送液、および測定への影響について検討を行った。作製する流路形状としては、T字形状とした。これは、横長の部分(以下、微粒子導入部)で微粒子の導入、排出を行い、縦長の部分(以下、検出部)で微粒子の堰き止め、および検出を行う構成である。
始めに、図9 に示すような形状を基準とし、検出部の幅が2倍の形状、および微粒子導入部の幅が半分の形状を作製し、流路の評価を行った。今回は、微粒子導入部の深さを150 μm 程度、検出部の深さを10 μm としたが、PDMS にたわみが発生した場合に検出部の流路を塞ぐ可能性がある。そこで、幅200 μm、長さ18 mm の支持用の柱を、検出部の幅1.2 mm の流路(図9(c))については1つ、幅2.4 mm の流路図9(a、b)のについては2つ設置した。作製した金型の外観、ならびに金型を転写して作製したPDMS マイクロ流路の外観を図10 に示す。これを用いて実際に微粒子、および溶液を流し、その流れ方について検討した。
まず、微粒子導入について検討を行ったところ、堰き止め部においては、図11 のとおり微粒子を堰き止めることが確認できた。検出部においては、幅2.4mm の流路では支持用の柱が2列あるため溶液が3列で平行に送液されるが、中央と両端で流速が異なり、特に流路中央での送液速度が遅い結果となった(図12(b))。これは層流の影響ならびに穴位置(outlet)の影響を受けたためと考えられる。一方、幅1.2 mm の流路では支持用の柱が1列だけであるため、流れが一定であった(図12(a))。このことから、流れが安定で、流す溶液を少なくできる幅1.2 mm の流路について検討を進めることとした。
次に検出部の流路深さを変更した場合の違いについて評価を行った。流路は、上記の幅1.2 mmの形状を利用し、検出部の深さ20 μm、および40 μm の2種類、支持用の柱の有無の2種類、計4種類を作製し、その違いについて評価を行った(図13)。
評価方法としては前術と同様に、溶液を流した際の流れ方により行った。その結果、4種類すべてにおいて溶液が流れることが確認でき、とりわけ支柱の無い方が安定な送液状態が確認された。また、当初懸念していたPDMS のたわみによる送液の妨害もいずれの流路においても見られなかったことから、流路幅1.2 mm において、流路深さ20 μm 以上(幅と深さのアスペクト比600 以下)では支柱の必要がないことが分かった。以上の結果から、検出部の深さが20 μm 以上については、支持用の柱を設置しない流路を用いることとした。
3.3. 電気化学測定による流路の評価
これまでの結果をもとに、作製したマイクロ流路をパターニングされた電極基板上に配置し、実際に電気化学測定を行うことで流路の評価を行った。作用電極は、前項と同様にスパッタナノカーボン薄膜とし、熱酸化シリコン基板ならびにガラス基板上に、マスキングテープを利用してパターニングして成膜した(図14(a), (b))。ナノカーボン膜は、厚さ40 nm、作用電極面積=0.036cm2)となるように製膜した(図14(c))。
作製したマイクロ流路の電気化学的特性を調査した。電気化学マーカーとして、前項でも使用したPAP(20 μM)溶液、およびバックグラウンド溶液としてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。検出部の深さ40 μm の流路の評価を行った結果を図15(a)に示す。PBS については出力に大きな変化が見られなかったが、PAP については0.8V 付近に酸化ピークが確認でき、本デバイスにおいても電気化学測定が行えることを確認した。一方で、同様の方法で検出部の深さ20 μm の流路の評価を行ったが、PAP、およびPBS の出力に大きな違いがみられなかった(図15(b))。これは、流路が浅いために電極間の薄層流路内の電気抵抗が高く、電気化学測定ができなかったと考えられる。
以上の結果より、マイクロ流路を用いた電気化学測定において、十分な送液と電気化学測定が可能となる流路デザインを検討した結果、流路幅1.2 mm、高さ40 μm のマイクロ流路において、LPS 測定で用いる上記PAP などのメディエータを測定できることを見出した。
4.まとめ
本研究では、従来、高価なリムルス試薬を必要とするLPS の計測を、LPS 認識分子を修飾したナノカーボン電極と、LPS 認識プローブの応答を増幅する測定技術を利用することで、安価にかつ高感度にLPS を電気化学検出する簡便な方法の開発を行った。得られた修飾ナノカーボン電極・FcPMBプローブの組合せから成る測定系において、LPS検出感度(2ng/mL)を達成した。これは電極表面でのLPS の濃縮に基づく高効率な電気シグナルの向上と、低ノイズのナノカーボン電極の組み合わせによって実現された。さらには本測定系をマイクロ流路デバイスとするための基礎的なデバイス設計の開発に成功した。今後、本デバイスによるLPS 測定の最適化によって、さらなるLPS 検出能の向上が見込まれる。