2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

デュアルコントラスト肺微小血管造影法の開発

研究責任者

辻 千鶴子

所属:東海大学 医学部 生理科学2 講師

共同研究者

盛 英三

所属:国立循環器病センター研究所 心臓生理部 部長

共同研究者

梅谷 啓二

所属:(財)高輝度光科学研究センター 実験部門 主幹研究員

概要

1.はじめに
肺や肝臓などの臓器は、栄養血管と機能血管の2者から血液の供給をうけている。また、局所レベルでは複数の血管系から血液の供給をうけている例がめずらしくない。生体において体外から複数の血管を同時に各々識別して描出する方法があれば、正確な診断や、適切な治療、例えば腫瘍に対する抗ガン剤の投与方法等の助けとなると期待される。さらに複数の血管の支配をうける臓器、組織で、それぞれの血管の血液供給比率、さらに異常環境下や、疾患時の変化について未解決の部分が残されており、生理学的にも有用である。しかし、既存の血管造影法では空間的に接近した複数の血管系を同時に造影し、しかも各々を識別して表示することはできない。本研究は2系統の血管を同時に描出する(デュアルコントラスト)血管造影法を開発することを目的としておこなった。昨年度までにわれわれは放射光とハイビジョンカメラシステムを利用することにより直径30umの解像度で微小血管を造影することに成功している1)。本研究では、このシステムを利用して肺動脈と気管支動脈に2種類の造影剤を注入して肺野末梢で両血管系の支配が重なる部分の造影像を同時かつ両血管系を識別して撮影できる新しい血管造影法の開発を目指した。
2.デュアルコントラスト微小血管造影法の測定原理
本研究装置の構築、および撮影は放射光施設Spring8のビームラインBL20B2医学・イメージング1で行った。本システムの概略を図1に示す。
本システムではX線源としてヨードK吸収端直上のエネルギーレベルに単色化した放射光を用いた。造影剤としてヨードとセリウム(あるいはバリウム)をそれぞれ別々の血管に注入した被写体を用い、ヨードフィルターをX線源と被写体との間に置き、高速シャッターに連動させて60コマ1秒の動画像において1コマごとにフィルターのon/offを交互に介在させて2種類の画像を得た後、デジタル画像処理を行うことで、ヨードあるいはセリウムで描出される2系統の血管系を同時かつ識別して描出することを可能にするものである。ヨードフィルターはX線エネルギーがヨードK吸収端よりも高い成分のX線を選択的に強く吸収する。このため、フィルターを通過して被写体に照射されるX線は、K吸収端エネルギーよりも低いエネルギー成分のX線が大部分となる2)。ヨードフィルターonではセリウムの画像だけが得られ、同フィルターoffでは両者の画像が得られる。その後コンピュータ上で、画像処理を行いフィルターoffの画像から1コマ後のフィルターonの画像を差し引いて差分を計算するとセリウム像と背景が消え、ヨードの画像が得られることになる。この方法ではフィルターを用いた1回のデュアルコントラスト撮影によりヨードにより描出される血管、セリウムにより描出される別の血管、およびその複合像の3種類の画像が得られることになる。(図2にヨードフィルター法での画像処理法を示す)。
3.測定結果
Spring8にて試作器を作成し、予備実験を行った。ヨードフィルターはプラスチック容器にヨウ化カリ溶液(飽和溶液309131m1、フィルターの厚みは5mmと3mm)を封入したものを用いた。Spring8の今回用いた医学・イメージング用BL20B2は偏向電磁石ビームラインであり、2結晶分光器で単色化したX線を利用している(図3)。
そのため、単色X線のエネルギー幅が狭く、すなわち単色性が高すぎるため、ヨードフィルターで単色X線を2分割して使用することが極めて困難であった。この問題は単色X線のエネルギー幅が広い臨床用ビームラインの完成により、解決されると考えている。そこで、本研究では試料作成に重点を置き、現在のビームラインを用いてヨードフィルター法での結果をsimulateした。
4.被写体の作成
本研究でははじめに、実験動物の摘出臓器を用いて、2種類の血管にカテーテルを挿入し、一方にはヨードを含有するマイクロスフェアを、他方にはセリウムを含有するマイクロスフェアをそれぞれ注入した。マイクロスフェアは直径15μmである。ヨードあるいはセリウムラベルマイクロスフェアを毛細管直前(直径5-10um)から逆行性に血管床を満たした。マクロスフェア充填後各血管を結紮し、臓器を摘出した。実験動物として、イヌおよびラットを用いた。肺動脈へのマイクロスフェアの注入はイヌ、ラットとも肺動脈にカテーテルを挿入しておこなった。気管支動脈は基部であっても非常に細いため、イヌでは気管支動脈に直接カテーテルを挿入して行ったが、ラットでは左心室から大動脈弓部にカテーテルを挿入し、腕頭動脈、総頸動脈、鎖骨下動脈、および肺底部で下大動脈を結紮し、さらに肋間動脈を電気メスで焼いて閉鎖し、選択的に気管支動脈ヘマイクロスフェアを流入させる方法をとった。また、標本の切り出しを容易にするため、気道からアガロースを充填し肺の構造を保持、固定した。肺では気管支動脈へのマイクロスフェアの充填が困難であったため、イヌの肝臓についても、肝動脈にバリウム、門脈にセリウム、胆管にヨードをラベルしたマイクロスフェアを充填し、肺と同様に標本を作製した。各標本とも血管を結紮後ホルマリン固定し、以下の方法で透過像を撮影してエネルギーサブトラクション像を作成した。
5. 2元素あるいは3元素のマイクロスフェアを用いたマルチプルコントラスト血管造影
図4に透過像の撮影に用いた装置を示す。生物試料に先立ち、チューブにヨードとガドリニウム造影剤を充填し、ヨードK吸収端直上の33.2KeV、およびガドリニウムのK吸収端の52KeVでの造影をおこなった。その結果を図5に示す。
33.2KeVではヨードによる像が鮮明であるが、52KeVではガドリニウムの像が鮮明になる。ヨードフィルター法では、33.2KeVでの像はヨードフィルターoffでの像であり、フィルターonではヨードの画像が消失するため、ヨード以外の造影剤による像が識別されると考えられる。臓器標本を用いて同様に透過像を撮影した。各サンプルを直径3mm長さ10~20mmに切り出し、固定容器に充填し、造影はヨードK吸収端直上の33.2KeV、K吸収端直下の33.15KeV、同様にセリウム(40.44と40.34KeV)あるいはバリウム(37.45と37.42KeV)について行い、K吸収端直上のエネルギーレベルでの撮影像からK吸収端直下のエネルギーレベルでの造影像からサブトラクション像を得た。図6は肝臓での結果を示す。図6Aは3種の元素すべてが造影されている像(セリウムのK吸収端直上の40.44KeVでの像である)、BCDは差分解析により得られた個々の血管像である。図6Bは肝動脈、Cは門脈、Dは胆管がそれぞれ識別されている。
6.本研究の問題点と今後の展望
前述のように本研究ではSpring8の医学・イメージング用BL20B2ビームラインを用いて行っており、単色X線のエネルギー幅が狭く、単色性が高すぎるため、ヨードフィルターで単色X線を2分割して使用することが極めて困難であり、現状では生体での造影に至っていない。しかしながら、単色X線のエネルギー幅が広い臨床用ビームラインがまもなく完成予定であり、この問題は解決されると考えている。現在行っている透過像での実験結果から、ヨードフィルターによる造影と差分解析により、目的の2血管の同時識別は可能と考えられる。現在新しいビームラインを用いた実験を目指して、傷害肺モデル等の作成準備をおこなっている。