2015年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第29号

タンパク質医薬投与患者の投薬後アイソフォーム解析を可能にするAPCE法の開発

研究責任者

志村 清仁

所属:福島県立医科大学 医学部 教授

概要

1.はじめに
 抗体医薬などのタンパク質医薬は、将来的に医薬のかなりの部分を占めることが予想される。タンパク質医薬は糖鎖修飾などによって元々複数のアイソフォームを含むことが多いが、投与後はプロテアーゼによるペプチド結合の部分的切断、遊離型レセプターとの複合体形成、患者の免疫応答によって体内で作り出された抗体との複合体形成など、多様な投与後アイソフォームを示すようになると考えられる(図1)。血中の投与後アイソフォームのパターンは、患者の生理的状態と免疫応答のあり方に依存するため、タンパク質医薬に対する患者の反応を知る大きな手がかりとなり、副作用を低減しつつ効果を最大化するための貴重な情報を得ることができる。したがって、タンパク質医薬については個々の患者について投与後アイソフォームをモニターすることが望ましいが、現時点においては、それを可能にする技術はない。
 分単位での迅速な分離検出が可能なキャピラリー電気泳動は、遊離型リセプターとタンパク質医薬との不安定な複合体の分離にも極めて効果的である。中でも、抗体の高度な選択性を利用することによって目的分子を特異的に検出することができるアフィニティープローブキャピラリー電気泳動法(APCE法)は、投与後アイソフォームの分離検出に最適である。APCE法は、標的分子に選択的に結合する蛍光性アフィニティープローブ(AP)を試料に加え、標的分子とAPからなる蛍光性複合体をキャピラリー等電点電気泳動によって分離定量するものである。1-3)しかし、血清は直接APCEの試料とするには塩濃度とタンパク質濃度が高過ぎる。APCEで投与後アイソフォームの解析を行うには微量の血清から塩と不必要な過剰のタンパク質を効率よく除去する前処理技術が不可欠である(図2)。
 本研究では、血液中に存在する塩などの妨害物質を除去するために、分離キャピラリーに直接接続するインライン試料前処理ユニットの開発を目指した。ここでは、APがもつ選択的蛍光標識という役割に加えて、選択的固相抽出アダプターとしての役割をAPに担わせる。これには、遺伝子組換え技術をもちいてAPにヘキサヒスチジンタグを付加し、前処理固相抽出ユニットの固定化金属イオンにキレートさせることによって、タンパク質医薬−AP複合体を血清試料中の妨害物質から分離した後(図3)、複合体ごと溶離して分離キャピラリーに移行させることで効果的な前処理が可能になると考えられる。
 本研究の結果、入口側の内壁に金属キレートを結合したキャピラリーを用いることにより、ヘキサヒスチジンタグ(6His)をもつタンパク質を捕捉し、妨害物質を洗浄除去した後に等電点電気泳動によって分離する画期的な方法を開発することに成功した。4)これは、マイクロリットルレベルの微量の血清を試料として、15分以内に投与後アイソフォーム解析を行えるAPCEの実用化に極めて大きな前進となるものである。

2.固相抽出ユニット
 固相抽出ユニットとして当初はキャピラリー内でのアクリル性モノマーの重合反応によって形成したモノリスカラムを検討したが、一定圧力下でも流量の変化が観察され、圧力による送液量の制御が困難なことが明らかになった。この原因としては、送液によるモノリスカラムの構造変化と緩衝液や試料に含まれる粒子状物質による目詰まりが考えられた。そこで、キャピラリー内壁表面を固相担体として用いることにした。固相抽出の吸着モードとしてはアフィニティークロマトグラフィーの原理を用いることとした。これは、結合が比較的強固であるため、目的タンパク質の確実な捕捉が可能と考えられるからである。アフィニティーリガンドとしては組換えタンパク質のアフィニティータグとして広く使われているヘキサヒスチジンタグに親和性を有するニッケルキレートを選択した。
 ニッケルキレートの内壁への固定は以下のように行った。フューズドシリカキャピラリーの内壁に3-メタクリルオキシプロピルトリメトキシシランを反応させ、内壁にメタクリル基を結合させた。次いで、キャピラリー内をメタクリル酸グリシジルの重合液で満たし、先に内壁に導入したメタクリル基と共重合させることにより、内壁にポリメタクリル酸グリシジルを結合させた。ついで、ポリメタクリル酸グリシジルのエポキシ基にイミノジ酢酸のイミノ基を反応させることによりイミノジ酢酸を結合させ、ポリイミノジ酢酸(PIDA)とした。試料添加に先立って、塩化ニッケル溶液をキャピラリーに流すことによりニッケルを結合させて使用した。一方、等電点電気泳動による焦点化には、内壁に水溶性の中性ポリマーであるポリジメチルアクリルアミド(PDMA)を結合させたキャピラリーを用いた。このポリマーの結合は、内壁にメタクリル基を結合したのち、キャピラリー内でジメチルアクリルアミドを重合させることによって行った。
 内壁結合型ニッケルキレートキャピラリーカラムを市販の全自動キャピラリー電気泳動装置(P/ACE MDQ, Beckman Coulter社製)に装着し、圧力注入機構を利用して、試料の注入と緩衝液等の送液を行った。試料としては、ヘキサヒスチジンタグを持つ組換え抗体フラグメント(rFab)をテトラメチルローダミンで蛍光標識したものを用い、532nmのレーザーで励起して、590nm付近の蛍光で検出した。5-7)
 ニッケルキレートキャピラリーカラムにヘキサヒスチジンタグをもつrFabを流すと、吸着し、特異的な溶離剤であるイミダゾール溶液を流すと溶離された(図4実線)。rFabの吸着はニッケルに依存しており、カラムにニッケルを結合しなかった場合にはrFabの吸着は見られなかった(図4破線)。また、内壁にPDMAを結合した等電点電気泳動用キャピラリーにも結合は見られなかった(図4点線)。
 ニッケルキレートキャピラリーカラムに吸着したrFabの溶離剤として、イミノジ酢酸やヒスチジン残基の解離状態を変えることによってニッケルとの結合を失わせる塩酸やリン酸、ニッケルとヒキサヒスチジンの結合に競合するイミダゾールやヘキサヒスチジンペプチド((His)6)、可溶性のキレートを形成することによってカラムからニッケルを除去するエチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)を検討した(図5)。その結果、10mM塩酸、100mMリン酸、500mMイミダゾールが強い溶離効果を示した。一方、低濃度でも強い溶離効果を期待したヘキサヒスチジンペプチドは、用いた濃度範囲においては期待したような溶離効果は得られなかった。また、EDTAも溶離剤としては不適当であった。
 以上の検討の結果、内壁に結合したポリイミノジ酢酸にニッケルを保持させたキャピラリーはヘキサヒスチジンタグをもつタンパク質に対するアフィニティー担体としての特性を備えていることが明らかになった。

3.固相抽出担体と等電点電気泳動用キャピラリーを直結した統合型キャピラリーデバイス
 効率の高い試料前処理を行うためにニッケルキレートキャピラリーカラムと等電点電気泳動用キャピラリーを直結した統合型キャピラリーを作成した。この統合型キャピラリーは1本のキャピラリーの入口側にニッケルキレートを、出口側にPDMAを結合させたものである。内壁にメタクリル酸を結合したキャピラリーに、2種の内壁修飾の境界点にまで出口側からジメチルアクリルアミド溶液を注入して重合反応を行った後、入口側からメタクリル酸グリシジルの重合溶液を境界点まで注入して再度重合反応を行った。ポリメタクリル酸グリシジルにイミノジ酢酸を反応させてポリイミノジ酢酸としたのち、ニッケルを流してハイブリッドキャピラリーとした。ニッケルキレートは境界点から入口側20cm、PDMAは境界点から出口側30cmとし、出口から10cmの位置で蛍光検出を行った。
 統合型キャピラリーにrFabを吸着後、等電点電気泳動に必要なpH勾配を電圧印加によって生成する両性担体を含む液を注入し、次いで500mMのイミダゾールを含む両性担体液をニッケルキレートカラムに満たすことによって吸着したrFabを溶離し、7分間25kVの電圧を印加後、0.2psiの圧力を入口側に加えた。この電圧と圧力の条件は、長さ50cmのPDMAを内壁に結合したキャピラリーを用いて等電点電気泳動による分離を行う通常の条件である。50cmのキャピラリー全体にPDMAを結合したキャピラリーの場合、電圧印加後15~30分にpH3-10のpH勾配に焦点化した試料が観察されるが、統合型のキャピラリーの場合には電気泳動を60分まで延長しても焦点化した試料のピークは観察されなかった。
 統合型キャピラリーにおいてPDMA結合キャピラリーと同様な分離が観察されない原因として考えられるのは、ニッケルキレートカラム部分に存在する電荷によって引き起こされる電気浸透現象である。内壁に結合したイミノジ酢酸にニッケルイオンが結合すると、正味の電荷はゼロになると考えられる(図6)。しかし、実際に測定してみると中性pHにおいて陰極側への電気浸透が観察された。これは、ニッケルイオンの結合が完全ではなく、一部のイミノジ酢酸がニッケルイオンを結合していない状態、すなわち−1の電荷をもつ状態で存在しているためと考えられた。一方、酸性ではカルボキシル基の解離が抑制されニッケルイオンが外れるとともに3級のアミノ基が解離するので+1の電荷を有し、実際に陽極方向への電気浸透が観察された(図6)
 統合型キャピラリーの全体を両性担体液で満たした状態で焦点化を行うとキャピラリー内のpHの変化によってニッケルキレートカラム部分で複雑な電気浸透が発生することが予想される。焦点化の初期には、全体が中性でニッケルが結合しているために陰極方向への電気浸透が生じるが、pH勾配の形成に伴ってニッケルキレートカラム部分は酸性化し電気浸透が低下し、さらには逆方向の陽極方向への電気浸透が発生すると考えられる。陽極方向への電気浸透の発生は陰極液のキャピラリーへの流入を招き、アルカリ性で不安定なPDMAの内壁修飾を劣化させるという問題をもたらす。
 以上の電気浸透の変化に対応する一つの方法は、キャピラリー内で発生する電気浸透流と均衡する圧力をキャピラリー端に加え液の流れを止めることである。しかし、キャピラリー内のpHは焦点化の過程で時々刻々と変化するので、この変化に対応して均衡する圧力を見出すのは容易ではない。また、たとえ電気浸透流に均衡する圧力を加えてキャピラリー内の液の出入りを抑制したとしても、電荷を帯びたニッケルキレートカラム内では対向する電気浸透流と圧力流によって局所的な渦流が発生し、試料の焦点化が妨げられ、結果的に分離能が低下する可能性がある。
 このように統合型キャピラリー全体を等電点電気泳動の分離の場とすることは望ましくない。一つの解決法として、焦点化開始前に陽極液をニッケルキレート部分に満たしてしまうことを考えた。この場合、焦点化中にpHが変化することはないので、電気浸透流を生み出す元となる内表面の電荷は変わらないことになる。また、陽極液のような酸液はニッケルキレートカラムに吸着したタンパク質を効果的に溶離できることは上に述べたとおりである(図5)。両性担体液で満たしたキャピラリーに陽極液である100mMリン酸をキレートカラムとPDMA結合部分の境界まで注入すると、吸着していた試料はリン酸液の先端付近に溶離して存在することになるであろう。この状態で焦点化を開始すると、試料はPDMA結合部分で形成されるpH勾配に移動して焦点化される。酸液に浸されたニッケルキレートカラム部分では陽極方向への電気浸透が発生するが、陽極液である100mMリン酸の電気伝導度は両性担体液に比べて遙かに高いので、キャピラリー全体に印加した電圧のほとんどは両性担体液で満たされた等電点電気泳動用キャピラリー部分で消費され、ニッケルキレートカラム部分にかかる電圧は低いので、電気浸透に均衡する圧力は極めて小さく制御しやすいものとなる。
 しかし、付け加えて述べておかなければならないのは、ニッケルキレート部分で発生する電気浸透流は焦点化の過程でまったく一定になるわけでは無いことである。両性担体液によるpH勾配の形成に伴い両性担体液の電気伝導度は次第に低下するが、焦点化の初期においてはより高い電気伝導度を示す。したがって、両性担体液部分の電圧降下は次第に増加し、その結果、キャピラリー全体に一定の電圧を印加している状況下においては、ニッケルキレートカラム部分にかかる電圧は次第に低下する(図7)。つまり、ニッケルキレートカラム部分を陽極液で満たした場合には、カラム部分の電荷は焦点化の過程で変化しないが、カラム部分にかかる電圧の変化によって電気浸透が減少して行くことになる。
 ニッケルキレートカラム部分を陽極液で満たすことによって、そこで発生する陽極方向への電気浸透流は減少するものの、やはり存在することは変わりない。しかし、少し過剰の小さな圧力を陽極端に加えることによって、陰極液のキャピラリー内への浸入を防ぎつつ、等電点電気泳動用キャピラリー内で試料を焦点化させることが可能になる。モデル実験としてrFab 10nMと蛍光標識牛血清アルブミン(BSA)50nMを含む混合液を試料としてrFabの抽出と分離検出を試みた(図8)。蛍光性等電点マーカーを用いて圧力条件を検討した結果、ニッケルキレートカラム部分を陽極液で満たした状態では、全体に25kVの電圧をかけたときに最初の2分間は0.2psi、その後は0.1psiの圧力を陽極端に加えることにより、焦点化とpH勾配全体の検出を行えることが明らかになった。8-11)
 BSAの濃度を50nMの一定に保ったまま、rFabの濃度を下げ行くと3.2pMの濃度でも十分に分離検出することができた。また、rFabの濃度とピーク面積の間には3.2pM~10nMの濃度範囲に亘って直線的な関係が得られた(図9)。また、10nMのrFabの定量再現性はBSAが無い状態でCV値が4.6%(n=7)、50nMのBSA存在下では4.3%(n=3)と良好な結果であった。

4.APCEへの統合型キャピラリーの適用
 ニッケルキレートカラムを用いて、アフィニティー固相抽出とキャピラリー等電点電気泳動を直接結合する方法を開発することができた。しかし金属キレートは血清などに存在する多くのタンパク質の中から目的タンパク質とAPの複合体を選択的に捕捉するには特異性が不十分であり、また両性担体が、ヘキサヒスチジンタグ付きタンパク質のニッケルキレートへの結合に競合するという問題も明らかになった。そこで、より高い特異性が期待できる抗体固定化カラムとのハイブリッドキャピラリーの開発に着手した。本カラムはストレプトアビジンをキャピラリー内壁に固定化したもので、ビオチン化抗体をキャピラリー内に注入することによって、いかなる抗体であろうと容易に固定化することができる。現在、抗E tag抗体を固定化し、E tagというペプチドタグを有するrFabの捕捉とキャピラリー等電点電気泳動の結合を進めているが、有望な結果を得つつある。この統合型キャピラリーは、APCEによる抗体医薬の投与後アイソフォーム解析に決定的な役割を果たすことになると考えられる。

5.まとめ
 本研究で確立することができたアフィニティー固相抽出とキャピラリー等電点電気泳動の直接結合の原理は、タンパク質分析において極めて重要な一歩となるだろう。アフィニティー、中でも免疫検出と電気泳動分離の結合は生体試料中の特定タンパク質の分析において重要な位置を占めてきた。古くは免疫電気泳動法、そして現在ではウェスタンブロッティングが、その役割を果たしている。本研究のハイブリッド型キャピラリーは、そのような生体試料分析に新たな可能性を拓くものであり、その迅速性と微量試料への適用性は投与後アイソフォームの分析にとどまらず、さまざまなタンパク質分析において新たな発見を生み出すことが期待される。