2006年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第20号

センサー機能を付加した人工弁の開発

研究責任者

望月 修一

所属:東京大学大学院 医学系研究科 医用生体工学講座 助手

共同研究者

井街 宏

所属:東北大学先端医工学研究機構 教授

概要

1.はじめに
重症心臓病に対する臓器置換法としては、心臓移植以外に人工心臓による置換が1957 年より研究され、現在までに世界中の多くの施設で研究が行われている1)。現時点でも人工心臓は心臓移植への繋ぎの役目は果たしているが、心臓提供者の不足や脳死問題のような倫理的な問題を考える時、長期間の完全代行が可能な人工心臓の開発はこれからの心臓病治療において必要不可欠なものである。人工心臓の制御の基本は、時々刻々変化する末梢臓器や組織の要求血液量をいかに検知して送り出してやるかにある。そのためには拍出流量・動脈圧・静脈圧といった生体情報を計測し駆動条件にフィードバックすることが必要不可欠である。このため人工心臓のシステムにおいては血流量および血圧の計測は不可欠である。しかしながらこれまで、その計測には電磁流量計や超音波流量計、圧力トランスデューサーが用いられてきた。これらはサイズが大きいため、人工心臓の小型化、完全埋め込み化の隘路となってきた。また血流量および血圧の計測については電気モータ駆動型の人工心臓においてモータ電流およびモータ回転数から、ポンプの流量および差圧を推定する方法を構築してきた。しかしながらこの方法ではポンプが変わるとモデルの再構築が必要になり、さらに当施設以外の人工心臓には応用できない。本研究では、空気駆動型や電磁駆動型人工心臓の必須構成部品である人工弁に注目し、この人工弁に血流量および血圧のセンシング機能をもたせ、大型の流量計や血圧計を人工心臓システムから排除し、システムのダウンサイジングおよび埋め込みの容易化をはかることを目的とする。センサー内蔵クラゲ弁の開発により、弁の大きさを変えることなくセンサー部分のダウンサイジングが可能になる。この手法は現在世界中で開発が進められている人工心臓システムに応用が可能であり、その汎用性からも研究の必要性があると言える。また将来的には人工心臓だけでなく弁置換に使用し患者のモニターに使用できる可能性もある。本研究では、センサー機能をもった新しい人工弁を開発することを目標とする。このセンサー機能付加人工弁として、井街らによって開発されたクラゲ弁を使用することを提案する。

2.方法
人工弁として特殊な構造をもつクラゲ弁とよばれる高分子人工弁を使用する。クラゲ弁(Jellyfish valve)は、井街らによって開発された、高分子材料のみで作られた弁である。スポーク状の弁座の中心にポリウレタンの薄膜を止めた構造(図1)で、ポリウレタンの薄膜が弁葉となりクラゲのような動きによって血液の逆流を阻止する2)。現在、我々の研究室で人工心臓(補助人工心臓および完全人工心臓)用の弁として動物実験に用いており、表面をセグメンテッドポリウレタンでコーティングし、抗血栓性などで充分に満足できる結果を得ている。これまでに最長312 日の動物実験使用例がある3)。耐久性に問題があったが、最近の改良によりそれも改善している4)。この弁はその構造上、血流センサーとして非常に適している。すなわち血流の早い部分にスポークが存在している。このスポーク内にタングステン線を内蔵し(図2)、電流を流すことにより発熱させると、熱量が血流によって奪われタングステン線の抵抗値が変化する。またポリウレタン薄膜を中心部一点で固定している点に注目し、この中心部に感圧センサーを埋め込む(図2)。弁開放時には、ポリウレタン薄膜が血液のズリ応力によって流路方向に引っ張られる。この圧力を計測することにより流量の計測を行う。弁閉鎖時には弁遠位側の圧力を計測する。具体的にはいわゆる熱線流量計の原理を用いてスポークから放散(血液中に吸収)される熱量を計測することにより血流を計測する。また薄膜感圧センサーを中心部に配置することにより血圧を計測する。これにより弁そのものの外形およびサイズを変えることなく、センサー機能を付加する。

2.1 センサー付きクラゲ弁の設計・製作
クラゲ弁は弁葉と弁座からなる。NC 工作機械(CAMM-3, PNC-3000;ローランド社製)を用いてモデリングワックス(ZW-2200;ローランド社製)に弁座および弁葉のオス型を作成した。弁座の外形は20.0mm である。このオス型にシリコン樹脂(TL-2000;三愛)を流し込みメス型を作成した。弁葉はこのメス型にセグメッンテッドポリウレタン(K-III、日本ゼオン社)を流し込み膜圧50μmとなるようにして作成した。弁座は同様にメス型にポリウレタン( CR-330A;Ciba SpecialtyChemicals K.K.)を流し込み作成した。この際に弁のスポーク部分にポリウレタンでコーティングした0.1mm タングステン線を配置し、同時に包埋した。またこの際に弁座中心部の弁葉接着部位に小型薄膜圧センサー(フレキシフォースボタンセンサA201-1、ニッタ株式会社)を挟み込むように配置し、同じく同時に包埋した。配線用の線もスポーク部分に包埋した。(図3)

2.2 計測系の設計・製作
熱線流速計の原理について簡単に述べる。タングステン線などの金属細線に電流を流すことにより発熱させる。この発熱金属細線を流れがあるところに設置すると流速の変化に応じて細線が冷却される。細線が冷却されると細線の抵抗値が変化する。ここで細線の温度を一定にするようにフィードバック制御をかけると、温度が一定であるため抵抗値が一定となり増えた電流すなわち細線両端の電圧値を計測することにより流速が分かる。弁の直径は一定であるため、流れが層流と仮定すると流量は流速によって決めることが出来る5)。具体的には金属細線をホイートストンブリッジのひとつに組み込む(図4)。ここにオペアンプで構成した差動増幅器を接続する。差動増幅器の出力に電流調整用のトランジスターを接続する。流速が変化しホイートストンブリッジに電流が流れると、差動増幅器にそれに応じた電圧が出力される。これによってトランジスターがスイッチング動作をし、細線が一定温度になるように制御する。この際抵抗値は一定であるから細線両端の電圧、すなわち細線に流れる電流を計測し、熱線流量計の出力とした。圧力センサーとして使用したフレキシフォースボタンセンサは加わった力に応じて抵抗値が減少するセンサーである。この抵抗値の変化をオペアンプを用いて電圧値に変換するようにした。

3.実験方法
製作したセンサー付きクラゲ弁を試験するために模擬循環回路を作成した。この模擬循環回路は血液ポンプ、リザーバー、弁装着装置、半導体圧力トランスデューサー、電磁流量計、チューブからなる(図5)。血液ポンプとして、定常流ポンプである遠心ポンプ(HPM-05、日機装社製)と拍動流ポンプである空気駆動式ポンプ(東京大学式)を用いた。熱線による流速の電圧出力と圧力センサーの弁開放時(収縮期)の出力を電磁流量計の出力と比較した。定常流の際の結果を用いて、拍動流時における熱線による流速の電圧出力から推定流量を求め電磁流量計の出力と比較した。また拍動流駆動時においては弁閉鎖時の圧力センサーの出力と半導体圧力トランスデューサーの出力を比較した。この際の実験流体としては生理食塩水を用いた。また回路全体は室温で実験を行った。

4.実験結果
はじめに遠心ポンプを用いた定常流の際の熱線の電圧出力と電磁流量計の出力を示す(図6)。この結果より流量の増加に応じて熱線の出力が増加していることが分かった。また熱線に流す電流すなわち温度を変化させて同様に実験を行った。この結果、熱線温度が高くなるほどより高精度で流量を計測することが可能であることが分かった。次に弁開放時の圧力センサー出力を電磁流量計の出力と比較した(図7)。この結果から3L/min 程度までは圧力センサーの出力は電磁流量計の出力に比例するが、それよりも高流量になると変化率が小さくなった。次に拍動流での計測を行った。図6の結果から近似式をもとめ、拍動流時における熱線による流速の電圧出力から流量を求め電磁流量計の出力と比較した結果を図8に示す。この実験の際の心泊数は60bpm に設定したが、やや遅れるものの充分に追随出来ることが分かった。また熱線の抵抗値は2.5Ωであった。また実験前後で水温には大きな変化は見られなかった。

5.まとめ
埋込型人工心臓の実現のためには数多くの問題があるが、生体計測のためのセンサーの埋め込みもしくはセンサーレス化も一つの大きな問題点である。この問題点を解決するために、動静脈圧や血流量を直接センサーで計測するのではなく、他の容易に知ることが出来るパラメータを用いて推定する手法の開発が多く試みられている。例えば回転モータとローラスクリューおよびプッシャープレートを用いるペンシルバニア州立大学の拍動流完全人工心臓システムでは、プッシャープレートの変位量が正確に拍出量を反映し、またモータ電流がポンプ内圧を反映することを利用して推定を行っている6)。さらに遠心ポンプでは築谷らが、磁気浮上型遠心ポンプで拍出量および差圧の推定を行っている7)。これは遠心ポンプの特性を利用して軸トルクからポンプ拍出量を推定し、流入出差圧は推定されたポンプ拍出量とポンプ特性から推定するものである。しかしながらこの方法ではポンプが変わるとモデルの再構築が必要になり、さらに当該の人工心臓以外には応用できない。本研究では、空気駆動型や電磁駆動型人工心臓の必須構成部品である人工弁に注目し、この人工弁に血流量および血圧のセンシング機能をもたせ、大型の流量計や血圧計を人工心臓システムから排除し、システムのダウンサイジングおよび埋め込みの容易化をはかることを目的とした。センサー内蔵クラゲ弁の開発により、弁の大きさを変えることなくセンサー部分のダウンサイジングが可能になった。これまで人工弁にセンサーを付加した研究はなく、①サイズを変えずにセンサー機能を付加できる、②当施設以外の人工心臓にも応用できる、③人工心臓のポンプ部分など既存の部分に変更を加えることなく使用可能である、④人工心臓だけでなく、弁疾患の治療用の人工弁として使用することにより、患者のモニター、人工弁の故障早期診断などに応用できる可能性がある、などの点で本手法は優れていると考えられる。また現在、弁葉と弁座の接着部位にピエゾ素子を装着し、血流による起電力の計測を行っている。もし充分な起電力が得られれば血流エネルギーを利用してセンサー部分の電力を供給することが出来る可能性がある。長期におけるドラフトについても現在検討中である。圧については使用している圧センサーに依存するが、よりドリフトが少ない圧センサーを検討している。今後、弁を空気駆動型補助人工心臓出入口部に装着し、ヤギを用いて計測実験を行う予定である。センサー付きクラゲ弁を装着した人工心臓を左心室脱血、大動脈送血の手法で人工心臓を装着し計測を行う予定である。また動物実験に向けて、より抗血栓性を高めた材料でのコーティングを行うことも検討している。