2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

セルラーゼ分泌菌の単離培養とセルロースの糖化

実施担当者

市川 宏之

所属:兵庫県立姫路工業高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 新しいエネルギーとしてバイオエタノールが注目されています。エタノールはグルコースを原料としてアルコール発酵を行い得られます。しかし、エタノールの原料となるグルコースを穀物のデンプンから生産しているため「食椙をエネルギーにしても良いのか」という倫理上の間題が指摘されています。そこで、グルコースを草や木などに含まれるセルロースからっくることができれば間題は解決します。デンプンはグルコースが多数つながった多糖類であり人の唾液などにふくまれる酵素(アミラーゼ)で分解されグルコースになります。草や木に含まれるセルロースはデンプンと同様にグルコースが多数つながった多糖類ですが、デンプンとは結合の様式が異なるためアミラーゼでは分解できません。セルロースを分解するためにはセルラーゼという酵素が必要ですが私たち人はセルラーゼを分泌することができません。
 そこで、今回私たちは士の中からセルロースを分解する酵素(セルラーゼ)を分泌する菌を探し出し、単離して培養し、セルロースを分解してグルコースを得ることを目的としました。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智氏の研究を参考に微生物の中から放線菌を対象として実験を開始することにしました。放線薗は乾燥や熱に強く、他の薗を死滅させて単離しやすいことから対象としました。


2 実験
2-1 放線菌の単離
(1) 学校の敷地内の様々な場所から土を採取します。土は表面から数センチ掘って、土臭いにおいのする土を採取します。この土臭いにおいは放線薗の分泌物のにおいで、放線薗がいる証拠になります。
(2) 採取した上を一週間、紙の上に広げて乾燥します。乾燥させた上は100℃の乾燥機で1時間加熱します。放線菌は乾燥や熱に強く死滅しませんが他の微生物はこの段階で死滅し、放線菌のみを培養することができます。
(3) 市販のトリプトソーヤ寒天培地をシャーレにつくり、(2)で乾燥した土を培地の上に撒きます。培養器で約一週間培養すると無数のコロニーが生成します。放線菌の種類によってコロニーの色や形は様々です。
(4) 市販のトリプトソーヤ寒天培地をシャーレにつくり、シャーレにマジックで線を引き4等分にします。(3)で生成したコロニーの中から種類の異なっていそうな菌を爪楊枝で取り4等分した場所に塗りつけます。一度にシャーレ1枚で4種類培養できるので、シャーレ5枚を使用し、20種類の放線菌を単離することができました。
(5) 同様の操作を何度も行い約100種類(同種も含む)の放線菌を単離しました。

2-2 セルロース分解酵素(セルラーゼ)の分泌の確認
(1) 寒天培地にCMC(カルボキシメチルセルロース)を混ぜてつくりました。
(2) CMCはコンゴレッドという赤色の色素に染まります。
(3) CMCの入った寒天培地にシャーレを4分割して単離した放線菌を太めのストローでくり抜いてのせました。1枚のCMC入り寒天培地に8種類の放線薗をのせました。この培地を約一週間培養しました。
(4) CMC入りの培地は微生物の栄養分の入ったトリプトソーヤ寒天培地を使用すると、放線菌が大きく広がりすぎて、他の放線菌と混ざってしまうので、あまり広がらないように栄養の無い寒天のみの培地を使用しました。
(5) 約0.1%のコンゴレッド水溶液を調整して、(3)のシャーレに流し込み約3時間放置して染色をしました。コンゴレッドを水で洗い流します。もし、放線菌がセルロース(今回の場合はCMC)を分解する酵素を分泌しておれば、菌の周りはセルロース(今回の場合はCMC)が分解されているためにコンゴレッドに染色されずに白いまま残るはずです。
(6) 約100種類の放線菌を調べましたが、コンゴレッドに染色されない(セルロースを分解する酵素を分泌する)放線菌を発見することは出ませんでした。
(7) しかし、実験の途中で偶然に黒カビが混入しました。授業の実習で黒カビを培義する実験を行っており、その黒カビが混入したものと考えられます。コンゴレッドで染色すると黒カビの周りは赤く染まりませんでした。黒カビがセルロースを分解する酵素を分泌していることが分かりました。
(8) 実験はセルロースを分解する酵素を分泌する放線菌を探しつつ、黒カビの培養液でセルロースを分解してグルコースを得る実験へと展開することにしました。

2-3 黒カビの分泌する酵素によるセルロースの分解
(1) 分解を確認するためのセルロースとして、ろ紙を使用しました。
(2) 黒カビを市販のトリプトソーヤ液体培地で約一週間培養しました。
(3) グルコース生成の確認にはフェーリング液の還元反応を利用しました。フェーリング液の還元反応はフェーリング液に含まれる青色の銅(II)イオンがグルコースなどアルデヒド基を持つ化合物に還元されて褐色の酸化銅(I)になることによって確認することができます。すなわち、グルコースを含むことが予想される溶液に青色のフェーリング液を加えて加熱し、褐色に変色すればグルコースなど還元性を有する糖類が含まれていることが確認できます。市販のセルラーゼ水溶液にろ紙を約一週間浸し上澄み液で反応を確認すると青色のフェーリング液は褐色に変色をし、セルロースの分解でグルコースなど還元性を有する糖が生成したことが確認できました。
(4) (2)の培養液をろ過してろ液にろ紙を浸し、セルロースが分解しグルコースが得られたかどうかを確認しました。結果はフェーリング液が褐色にならずグルコースの生成(セルロースの分解)は確認出ませんでした。
(5) 次に培地を授業の黒カビの実験で使用している種類に変更しました。前回は黒カビの培養液をろ過してからろ紙を浸しましたが、今回はろ紙を浸した培養液で黒カビを培養しました。年末年始をはさみ、約1ヶ月培養しました。
培地の成分
スクロース 90g
リン酸カリウム 0.5g
硫酸マグネシウム 1.3g
硫酸アンモニウム 1.0g
純水 500mL
(6) (5)の培養液をろ過してフェーリング液の還元反応を試みました。青色のフェーリング液は褐色に変色してセルロースが分解されグルコースなど還元性を有する糖が生成していることが確認できました。


3 まとめ
 今回の実験で、セルロースを分解する酵素(セルラーゼ)を分泌する放線菌を見つけることはできませんでしたが、偶然に混入した黒カビがセルロースを分解する酵素を分泌してグルコースなど還元性を有する糖類が生成することが分かりました。黒カビの培養液をろ過してそのろ液でセルロースの分解を試みたところ、セルロースは分解されませんでした。次に培地の種類を変えてセルロースとともに黒カビを培養するとその培養液は還元性を示しグルコースなど還元性を有する糖類に分解されたことが確認できました。
 この結果から、培地を変えたことによってセルラーゼを分泌したと考えられるし、セルロースと共に黒カビを培養したためにセルラーゼを分泌したとも考えられます。本来は、この検証までを行うべきでありましたが、確認が行えておりません。2017年2月3日に兵庫県裔等学校教育研究会工業部会化学系部会主催の第21回課題研究発表会が飾磨工業高校で行われました。兵庫県の専門高校の化学系学科の代表が課題研究の成果を発表しました。本実験の研究班が本校を代表して発表を行いました。発表会には大学教授を来賓として招いています。発表会後、私たちの研究に対して「微生物(黒カビ)はセルロースが存在したときそれを栄養としようとするために、分解酵素のセルラーゼを分泌したのではないか」と幅井工業大学の鈴木晋一郎副学長様より助言をいただいました。今回の研究を次年度に引き継ぎこの点を検証してきたと思います。また、黒カビでセルロースが分解された液からはかすかなアルコール臭がしました。分解して得られた糖が発酵してできたものと考えられます。本校にはガスクロマトグラフ分析装置があるのですが、現在故障で修理中です。分析装置が戻ってきますとエタノールが生成していたかどうかを検証することができます。今回の研究を更に発展させて、セルロースを分解して得られたグルコースを発酵させてエタノールを得ることができるように研究を発展させていたいと思います。
 偶然に混入した黒カビがセルロースを分解する酵素を分泌する発見は1928年にアレクサンダー・フレミングがシャーレに偶然混入した青カビから、黄色ブドウ球栢の生育を阻害する抗生物質(ペニシリン)を発見した研究によく似ており、生徒達もとても興味深く受け止めました。
 今回の実験を通じて、報告書には記載していない数々の失敗と成果がありました。トライアンドエラーを繰り返しながら、失敗を一つずつ克服する活動を通じて生徒達には諦めずに考えて工夫をする力が育ったと感じています。
 記載していない成果としては、偶然に混人したカビの生育を阻害するような物質を分泌する放線薗を発見しました。ある放線苗の周りにはカビが近づくことができませんでした。この放線菌に奥味を示し実験を行う生徒も現れました。自然界には放線菌など微生物がまだまだ多数存在します。今回の実験を今年一年だけの取り組みとせず、後輩たちに引き継いで更に発展させていきたいと思います。