1993年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第07号

スーパールミネッセントダイオードを用いた多粒子流体速度測定システムの開発

研究責任者

今井 洋

所属:九州工業大学 情報工学部 電子情報工学科 助教授

概要

1.まえがき
散乱流体の光学的な速度測定には,従来,レーザドップラー速度計(Laser Doppler Velocimeter : LDV)[1]やスペックル速度計(Speckle Velocimeter )[2]が用いられてきた。LDVでは,散乱体による散乱光のドップラー周波数シフト,あるいは,散乱体が干渉縞やグレーティングを通過する際に生じる周期信号の周波数を検出する。この方法は比較的低密度な散乱体の流速測定が可能であり,例えば血流のような高密度な散乱流体の測定には適さない。スペックル速度計は,散乱流体からの散乱光で形成されるスペックル場の強度変動を検出する。この方法は,散乱体の密度の高い流体の測定に適している。しかし,あらゆる散乱光がスペックル場に寄与するため,スペックルの変動と流速との対応付けが難しい。
これら従来の方法では,何れにしても,比較的密度の高い散乱体を含む流体の場合,深さ方向の速度分布の測定は不可能である。本報告では,この高密度な流体の深さ方向の速度分布測定を目的とし,低コヒーレンス干渉を用いた測定法[3]についてその動作原理と基礎実験を中心に述べる。
スーパールミネッセントダイオードのような発振スペクトル帯域の広い,すなわち,時間コヒーレンスの悪い光源を用いて干渉計を構成すると,光路長差のないときだけ干渉出力が得られる。このことから,干渉計の光路長差を調整することにより,測定したい深さを設定することができる。得られた干渉出力の変動の速さから流速を測定することができる。
2.研究内容
1)スーパールミネッセントダイオードを用いた低コヒーレンス干渉法による流速測定の測定原理
低コヒーレンス光源としてスーパールミネッセントダイオード(SLD)を考える。実験で用いたSLDの発振スペクトル特性を図1に示す。共振スペクトルが見られるがほぼ連続的なスペクトルとなっている。中心波長は0.84μmで,半値全幅は40.Onmである。このスペクトル幅から計算されるコヒーレンス長は
となる。
この様な低コヒーレンス光源を用いて干渉計を構成すると干渉出力は次式で与えられる。
ここで,Er,Esは,それぞれ,参照光とプローブ光の複素振幅で、
である。Eoは,干渉計に入射する光の振幅である。AY,ASは,参照光と散乱光の振幅の係数で㌧A、(t)は散乱流体に対応して時間的に変動する。従って,この干渉出力の交流成分を検出して流速を測定することになる。
r(τ)はコヒーレンス関数で次式の様に光源のスペクトルのフーリエ変換で与えられる。
光源のスペクトルをガウス型と仮定すると,コヒーレンス関数もガウス型となる。結局,干渉計の光路長差が,このコヒーレンス関数の半値幅内にあれば干渉出力が得られると見なすことができる。
(2)式から検出量は
となる。A。は,散乱流体による散乱光の変動を表すから,流速が速くなれば,変動も速くなる。従って,この交流成分をFFTによりフーリエ変換し,スペクトルで見ることにより,そのスペクトル幅から流速が測定される。すなわち,スペクトル幅が広ければ広い程流速が速い。
ある深さにおける流速の特定は,干渉計の参照光とプローブ光との光路長差を調整して行う。低コヒーレンスな光源を用いているので干渉計の光路長がほぼ一致したときのみ,(2)式で与えられる干渉出力が得られる。すなわち,参照光の光路長を徐々に変化させて行くと,プローブ光側の流体中において干渉出力の得られる位置が変化する。この時,深さを決める分解能は,光源のコヒーレンス長で与えられる。従って,本方式の深さ方向の分解能は先述の光源を用いると約20μmとなる。
2)測定システムの構成と基礎実験
1)の原理にしたがって,図2の様に実験系を構成した。SLD出射光はPBS1で直校成分に分けられそれぞれ音響光学変調器で異なる周波数にシフトされる。NPBSとPBS5で構成される内側の干渉計ではロックインアンプ用の参照信号となる100KHzのビート信号が作られる。外側の干渉計において,PBS2を含む参照光路では反射鏡Mにより光路長が調整される。PBS3側はプローブ光でターゲットとして速度を測定したい流体が置かれる。散乱体からの後方散乱光と参照光とがPBS4で重ね合わされビート信号として検出され,ロックインアンプに入力される。基礎実験では,ターゲットとして,散乱流体(水+ポリスチレン球)を用いた。ロックインアンプからの振幅出力はFFTでフーリエ変換され,干渉出力の変動のスペクトルが表示される。ここで,干渉計は偏波干渉型となっており,λ/4波長板により後方散乱光の全てが干渉に寄与するように構成されている。
実験では,まず,参照光の相対的な光路長に対する干渉出力特性を測定した。図3は,縦軸がロックインアンプからの振幅出力で,横軸は干渉計の光路長差を表している。この振幅出力の半値幅は約20μmで,先述のコヒーレンス長20μmが確かめられている。
3.成果
1)結果
典型的な干渉出力のフーリエスペクトルを図4に示す。平均流速は,2.8cm/secで,設定した深さは(a)で20μm,(b)で60μmである。ここで,深さは流路の内側の面からの距離である。内側の面からのフレネル反射が散乱光に比べ大変強いので表面の位置を容易に設定することが出来る。
干渉出力スペクトルの半値幅と深さの関係を図5に示す。ここで,平均流速は2.8cm/secである。スペクトル幅は深さの増加と共に増加しており壁面から中心に向かって流速が増加していることが示されている。
干渉出力スペクトルの半値幅と平均流速の関係を図6に示す。ここで深さは20μmに設定してある。スペクトル幅は,平均流速の増加に対し直線的に増加している。このことから,干渉出力のスペクトル幅の測定から容易に流速が求められることがわかる。
2)考察
今回の実験では,本測定法,並びに本測定システムが,散乱流体の流速測定,特に深さ方向の速度分布測定に有用であることが示された。今回は,測定システムの基礎データを取る目的で,比較的低濃度の散乱流体を用いた。従って,測定結果には多重散乱の影響が殆ど入っていないものと考えられる。このことはスペクトル幅と平均流速の線形性からも確かめられる。多重散乱が無視できない場合の干渉出力スペクトル広がりに関する理論的,実験的検討が今後必要と思われる。
4.まとめ
スーパールミネッセントダイオードを用いた低コヒーレンス干渉を用いた散乱流体の流速測定法について報告した。本方法は,ドップラー周波数シフトを検出する[4]のではなく,干渉出力の変動を検出するのが特徴であり,新しい手法である。また,本方法により特定の深さでの流速を測定できるという特徴も示した。結果として得られる干渉出力のスペクトルは,流速のみならず,深さにも依存して変化する。この深さ依存性は,流体における散乱体の密度によるので,スペクトル幅から実際の流速の推定には,較正が必要である。しかし,スペクトル幅と平均流速の線形性が示され,スペクトル幅から容易に流速が求められることが示された。また,高密度散乱流体を用いた場合の多重散乱の影響の解析,ダイナミックレンジや測定限界に対する理論的,実験的検討については今後の課題としたい。