2015年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第29号

スペクトルアンミキシング機構を搭載した高感度リアルタイム蛍光内視鏡システム

研究責任者

守本 祐司

所属:防衛医科大学校 准教授

共同研究者

岩屋 啓一

所属:防衛医科大学校 病態病理学講座 准教授

概要

1.はじめに
 内視鏡を用いた病変の診断・観察に、蛍光分光法を組み入れることは有益である。これは、病変に内在する蛍光物質(内因性蛍光物質)あるいは病変に集積しやすい蛍光物質を生体投与(蛍光標識)して、それぞれの蛍光を検知することを原理としている。しかしながら、内因性蛍光物質・蛍光標識に由来する蛍光の分光イメージングに際しては、観察対象である生体組織に励起光を照射することで副次的に発生する生体組織(病変ではない)に由来する背景蛍光がノイズ要因となる。すなわち背景蛍光は、標的とする蛍光の分光イメージングによる病変観察において、病変の良好な描出の妨げとなる。したがって、内視鏡観察下に病変検知の感度を高めるためには、背景蛍光による影響を低減することが求められる。また、病変由来の内因性蛍光物質・蛍光標識がわずかである場合、蛍光強度が微弱となるため病変部位と正常部位との判別が困難となる。そこで、病変部位と正常部位との識別能力(特異度)の高い方法論が求められる。
 他方近年、蛍光イメージング技術が格段に向上し、感度や時間分解能が飛躍的に高くなってきた。バンドパスフィルターによる従来的な蛍光強度測定から、より多くの情報を含む蛍光スペクトルの測定技術へと発展している。医療分野において10年ほど前では、測定点が一点のみの情報に過ぎなかった蛍光スペクトル計測ではあるが、最近では、多点(数十万点)2次元のマルチスペクトルイメージ(*1)として取得できるようになってきた。研究者らはこれまでに、小動物管腔臓器の観察に資する極細径蛍光内視鏡システムをすでに構築(1)していた(図1 上)。さらに、蛍光マルチスペクトルイメージングシステムとパターンマッチング技術のひとつであるスペクトルアンミキシング(*2)による病変の高感度検知ならびに病変のマッピングに成功していた(図1 下)。
 そこで本研究では、蛍光マルチスペクトルイメージング機能を搭載した内視鏡を開発し、1frame/s 以上の時間分解能を有する、スペクトルアンミキシングに基づく光学診断システムを構築して、病巣の早期発見ならびに病態の定量評価を行うことができる技術を確立することを目的とした。
 *1: マルチスペクトルイメージング:取得する波長域を変えながら連続的にイメージ撮影することで、イメージ上の全ピクセルで、光のスペクトルデータを取得する方法。取得されたデータは、マルチスペクトルイメージと呼称され、本研究では蛍光のマルチスペクトルイメージを対象としている。
 *2: スペクトルアンミキシング:マルチスペクトルイメージ上の1つのピクセルにおけるスペクトルは、複数物質に由来する光スペクトル情報が混合されたものと考え、混合スペクトルを分解し各物質の占有率を逆算すること。これにより目的とする物質の存在しているピクセルを知ることができる。

2.スペクトルアンミキシングに基づく光学診断システムを搭載した蛍光マルチスペクトルイメージング内視鏡の開発
 研究者らは、小動物の管腔臓器が観察できる蛍光内視鏡システムをすでに構築していた(1)。これは、外径0.8 mm でありながら画素数15000 を有する、極細径の高精細内視鏡を搭載した蛍光イメージングシステム(図1上)であり、蛍光標識薬を投与したラットの膀胱におけるサブミリサイズのがん病変をイメージングする技術を確立した。他方、蛍光マルチスペクトルイメージング技術とスペクトルアンミキシング技術を組み合わせ、高感度の病変イメージングにも成功していた(図1 下)。
 そこで、本開発では、in vivo で生体内の病変をリアルタイムに高感度診断できるよう、内視鏡システム、蛍光マルチスペクトルイメージングシステム、スペクトルアンミキシングのカップリングを図り、オンラインで高速に稼働させ、リアルタイムイメージングを得ることができる一体型のシステムの開発を行った。

2.1 光路分割ユニット
 内視鏡によって得られる光学イメージを分割し、マルチスペクトルイメージングシステムと、明視野観察のためのモニターに送達するためのデバイスを構築した。マルチスペクトルイメージングシステム内部の分光素子には、光学結晶による光音響素子チューナブルフィルター(AOTF)(*3)が用いられているので、P偏光のみが通過する。したがって、光量損失をできるだけ低減し、無駄なく分割するために、光路分割ユニットには偏光ビームスプリッター(*4)を採用し、P偏光成分をマルチスペクトルイメージングシステムに送達し、S偏光成分をモニターに送達する仕組みを採用した。また、分光素子内の迷光(*5)を低減させるために、励起光を遮断するために光学フィルターを分光素子に前置した。

2.2 オンラインに高速稼働するマルチスペクトルイメージングとスペクトルアンミキシング機構
 開発前のマルチスペクトルイメージングシステムでは、イメージのスペクトル解析を行うためには、マルチスペクトルイメージ取得→データ保存→データ取込み→解析パラメータ設定→解析イメージ描出、という流れの処理手順で、矢印のところはオペレーターによる手動操作を必要とした。そこでこれを自動化して、マルチスペクトルイメージ取得と同時並行にアンミキシング処理を行いリアルタイムに画像構築させることができるよう、アルゴリズムを構築した。基本のアルゴリズムには、マルチスペクトル分野で標準使用されているソフトウェア「ENVI」を用いて高速処理のためのプログラムを作成していくとともに、PCを含めたハード(マルチスペクトルイメージングシステム)の改良を合わせて行い、解析結果が1秒毎に更新され、設定値は内視鏡撮影中にも変更することができるシステムを確立した。
 *3 : 光音響素子チューナブルフィルター(Acousto-optic tunable filters(AOTF)):二酸化テルルやモリブデン酸鉛などの単結晶またはガラスから成る光学媒体に超音波を伝搬させると、媒体中を通過する光が回析することが知られている(音響光学効果)。AOTFは、この効果を利用して光学媒体に入射する光の波長選択を行い、任意の波長の光を出射させる。
 *4: 偏光ビームスプリッター:入射光の偏光成分(S偏光成分とP偏光成分)を分岐することができる偏光素子(ポラライザー)のこと。なお、電場が入射面内で振動している光をS偏光、入射面に垂直に振動している光をP偏光という。
 *5: 迷光:光学フィルターや分光器(回折格子)から、設定した波長以外の光が出射されること。

3.蛍光マルチスペクトルアンミキシングイメージング

3.1 蛍光波長の近接した2つの蛍光サンプルの判別
 上述の内視鏡イメージングシステムにより、蛍光波長の近接した2つの蛍光サンプルを明瞭に識別することができた(図2)。
 サンプルとして600nm付近に蛍光ピークを有する2種類の色素(FluoSpheres® Carboxylate-Modified Microspheres, 0.04μm, red fluorescent(ex.580/em.605) とR-phycoerythrin (ex.480,546,565/ em.578))の水溶液を黒色ゴム板に6uLずつ滴下して水滴を形成させ、内視鏡下に観察したのが図2 上左(明視野像)である。543±22nm帯域フィルターで励起して593±40nm帯域フィルターで観察した蛍光像が図2 上中および図2 下左(蛍光像)である。蛍光スペクトル(図2上右)で示される通り蛍光ピークは近接しており、蛍光像では両水滴がイメージされてしまっている。しかし、スペクトルアンミキシングによって両水滴を個々に描出することができた(図2 下中および下右)。

3.2 食道腫瘍のイメージング
 上述の内視鏡イメージングシステムにより、ラット正所性食道腫瘍モデルの食道粘膜上皮の変性をリアルタイムに検出することができた。
 動物モデルとして5週令のラットの飲水ボトルにN-nitroso-N-methylbutylamine(NMBuA)(Sigma, JAPAN)を15mg/Lの濃度になるように添加し、常時摂取させた。このモデルではNMBuA投与開始2-3週後には食道粘膜に扁平上皮細胞の変性(異型化、過形成、腫瘍化)が観察される。研究者らは、上皮変性部分に青色領域(400nm付近)の光で励起される赤色蛍光(630nm付近)が見られること、くわえてその蛍光がプロトポルフィリンIXに起因することもHPLCによって確認していた。
 そこで本研究では、開発した内視鏡イメージングシステムの有用性を検証するために、麻酔下にある上記ラットモデルに内視鏡を挿入し、食道粘膜面を観察した。キセノン光源による白色照明のもとでは、食道粘膜面の色調、表面凹凸などを明瞭に観察することができるが、正常粘膜上皮と変性した粘膜上皮を明確に識別することはできなかった(図3 左)。次に、405±40nm帯域フィルターで励起して630±30nm帯域フィルターで蛍光を観察したところ、図3中に示すような蛍光イメージが得られた。そしてさらにスペクトルアンミキシングモードで動作させることによって、変性した粘膜上皮のみを捉えることに成功した(図3右)。これは、あらかじめ計測しておいた変性粘膜上皮の蛍光スペクトルに一致する蛍光スペクトルを有するピクセルのみを白色にそれ以外は黒色に明示させたイメージである。蛍光像において(針時計と見立てた前提で)8-9時領域に認められる蛍光は、スペクトルアンミキシング像では認められなかったため、この領域は正常の粘膜上皮であると推定され、近接効果(*6)などによる背景蛍光の映り込みと考えられた。
 本システムでは、スペクトルアンミキシング機構をリアルタイムに動作させることができ、当初の目標通り、スペクトルアンミキシング像を1秒毎に更新するシステムにすることができた。
 *6: 近接効果(エッジ効果):生体臓器の内視鏡下の蛍光イメージングにおいて、内視鏡近傍に突起やステップ状の構造があると、突起の先端やエッジ部分が、蛍光イメージとして映り込んでしまう現象。

4.まとめ
 マルチスペクトルイメージングとスペクトルアンミキシング処理を高速(フレームレートで1秒)に実行できる蛍光内視鏡システムを開発し、内視鏡下にリアルタイムで高感度・高特異度の病変検知ならびに病態評価を行うことのできる光学イメージングシステムを構築した。蛍光スペクトルアンミキシング機構を搭載することで近接効果やバックグラウンド蛍光の影響を消し、病変部を描出することが可能となった。