2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

シャペロニンによるタンパク質折れたたみ機構の1分子蛍光イメージング

研究責任者

船津 高志

所属:早稲田大学 理工学部 物理学科 助教授

概要

1.はじめに
タンパク質が機能を発揮するためには、ポリペプチドが正しく折れたたまれ、ある立体構造を形成する必要がある。この立体構造を決定するのに必要な情報は、タンパク質のアミノ酸配列の中に全て含まれていると考えられている(Anfinsenのドグマ)。しかし、タンパク質が正しく折れたたまれて機能を発揮するのは容易なことではない。例えば、有用なタンパク質の組換え体を大腸菌で発現させても、不溶性の封入体(インクルージョン・ボディー)になったり、試験管内でフォールディングさせようとしてもうまくいかない場合がある。これは、フォールディング途中でポリペプチド同士が不可逆に凝集してしまうのが主たる原因である。このような不可逆なタンパク質凝集を細胞内で阻止しているのが分子シャペロンである1)・2)。
様々な分子シャペロンの中で、最も研究が進んでいるのが大腸菌のシャペロニンGroEL、である。X線結晶構造解析と生化学研究によって、シャペロニンの巧妙な分子機械としての振る舞いがわかってきた。GroELは7つのサブユニット(分子量57kDa)からなる「かご」状のリングが2層に重なった構造をしている。GroELにATP(ADP)が結合すると補助因子である「ふた」状のGroESと結合して巨大な空洞をもった複合体を形成する。この空洞の内部で変性タンパク質のフォールディングが起こる。その反応サイクルの概要は以下の通りである。(A)基質タンパク質(変性タンパク質)とATPが結合したGroELに、GroESが結合して、基質タンパク質がGroEL・GroES複合体の空洞内に落とし込まれる。閉じ込められた基質タンパク質はフォールディングを開始する。(B)GroELに結合したATPの加水分解が進行する。(C)ADP結合型となった複合体の反対側のリングにATPが結合することで、GroESとADPが解離してフォールディングしたタンパク質が解放される。この一連のサイクルが8秒程度で繰り返されていく(図1)。従来の研究では、この反応サイクルは、ATP加水分解が唯一の律速過程であると考えられていた。
しかし、以上の結果は、従来の生化学実験により試験管内の多数の分子(1012個)の平均を扱って得たものである。多分子の計測では、反応サイクルの素過程を直接解析することは非常に難しい。そこで、1分子蛍光イメージング法を用いて、シャペロニンの作用機構をさらに詳細に解析した。具体的には、1)1分子のGroELとGroESの結合解離のダイナミクスを解析した他、2)GroEL/ES複合体の内部で起こるGFPフォールディングを1分子蛍光イメージングする実験系を構築した。その結果、GroEL・GroES基質タンパク質の複合体からなる重要な中間状態を発見し、シャペロニンの新たな機能が明らかになった。
2.実験方法
2.1GroELとGroESの結合解離の1分子蛍光イメージング
以下の方法でGroEL-GroESの分子間相互作用(結合解離反応)を1分子レベルで可視化した3)。GroELを直接ガラスに吸着させることにより固定すると、ほんとんどのGroEL分子が生理活性を失ってしまい、Gro肌とGroESの結合さえも観察できなかった。そこで、タンパク質の生理活性を保ったままガラス基板に固定し、かつ特定のアミノ酸に蛍光色素を結合させるため、つぎのような工夫をした。GroEL変異体(D490C)を作製し、このシステイン残基にマレイミド基をもつビオチンと蛍光色素IC5を反応させた。標識したGro肌(D490C)は、野生型GroELと同様のタンパク質フォールディング活性を有していた。このGroELをStreptavidinとBSA(bovineserum albumin)を介してガラスに固定し、GroEL分子の位置を蛍光色素IC5で確認した。次に、ATP存在下で変性タンパク質として還元型ラクトアルブミンを加え、全反射蛍光顕微鏡を用いてビデオ観察した(図2)。この固定法により、83%以上のGroEL分子が活性を残しており、GroESと何回も結合・解離を繰り返す様子を観察することができた。
2.2変性GFPの巻き戻り過程の1分子蛍光イメージング
シャペロニン分子内で起こる変性タンパク質の折れたたみを1分子イメージングした。タンパク質のフォールディングの情報を蛍光として検出するためにGFP(GreenFluorescentProtein)を利用した。GFPは,オワンクラゲ(Aequoreavictoria)より単離されたタンパク質であり、分子内に蛍光団を作って蛍光を発するタンパク質である。遺伝子発現のマーカーや、他のタンパク質との融合たんぱく質による標識法として幅広く応用されている。GFPは変性すると蛍光を発しないが,フォールディングすると再び蛍光を発する性質を利用して、1分子のGFPのフォールディングをイメージングした。
まず、酸変性させたGFPを蛍光色素IC5で標識したGroELの入った溶液に希釈し、変性GFP-Gro肌複合体を作製した。この複合体を観察セルに流し込み、スライドガラス上に固定した。その後GroESとCagedATP(ATPに保護基を結合させて不活化した化合物。紫外光照射により保護基が分解しミリ秒でATPが生成される)を加え、顕微鏡下で紫外線を照射してATPを生成し、シャペロニンの反応を開始させた。
3,結果と考察
3.1GroELとGroESの結合解離の1分子蛍光イメージング
GroEL分子が、Cy3で蛍光標識した1分子のGroESと何回も結合・解離を繰り返す様子を観察することができた。(図4)。GroESがGroELに結合するまでの時間(Off-time)と、GroESがGroELに結合している時間(On・time)を、それぞれ計測して統計的に解析した。Off-timeの分布は、単一の指数関数でフィッティングすることができた(図は省略)。このことは、GroELとGroESの結合がランダムな確率過程であることを示している。溶液中のGroESの濃度は2.3nMなので、結合速度定数は2.6x107M'ls-1と見積もられた。この値は、溶液中の多分子で測定された値と一致しており、ガラス基板に固定したGroELが溶液と同じようにGroESと結合できていることを示している。
次に、On-timeのヒストグラムを作成したところ、単純な指数分布にはならなかった。この結果は、GroESは結合後直ちに解離し始めるのではなく、ある中間体を経てから解離する二段階以上の反応を含んでいることを示している。二つ律速過程を仮定してフィッティングを行ったところ、それぞれの反応速度定数は0.34、0.18s冒1と見積もられた(図5)。すなわち、従来は、8秒の唯一のタイマーによって進行すると考えられていたシャペロニン反応サイクルは、3秒と5秒の2つのタイマーによって進行していたことになる。GroEL-GroES相互作用の1分子イメージングによって1噺たな中間体"の存在が明らかになった。
3.2変性GFPの巻き戻り過程の1分子蛍光イメージング
GroEL・GroES相互作用の1分子イメージングによって明らかになった'噺たな中間体"の役割を明らかにするため、シャペロニン分子内で起こる変性GFPの折れたたみを1分子イメージングした。GFPは変性すると蛍光を発しないが、フォールディングすると再び蛍光を発する。変性GFP-GroEL複合体の溶液にGroESとATPを加えて巻き戻りを開始させたところ、反応開始後、数秒たってからGFPの蛍光が、GroELの位置に次々と現れた。このようにして、1分子のタンパク質がフォールディングする様子を初めてイメージングすることに成功した(図6)。
紫外線照射からGFP折れたたみまでの時間のヒストグラムを作成したところ、時定数が約3秒と25秒の2段階反応であることが分った(図7)。一方、酸変性したGFPは中性条件に戻すと、自発的に折りたたむことが知られている。自発的なフォールディングにはラグがなく、約25秒の1段階反応である。すなわち、シャペロニン依存のGFPフォールディングにのみ特徴的な3秒のタイムラグが明らかになった。この結果は、変性GFPとGroESがGroELに同時に結合している中間体(cisATP・complex*図8を参照)が存在し、結合していた変性GFPがGroEL・GroES複合体内に落とし込まれて自由にフォールディングを始めるまでに約3秒の時間を要することを示している。cisATPcomplex*は、シャペロニンが変性タンパク質を空洞内に効率よく閉じこめるのに都合がよい。なぜなら、GroEL、GroES、変性タンパク質の三者複合体を経由することで、GroESのブタが閉まる前に変性タンパク質が外部へ放出される可能性がなくなるからだ。GroELは、GroESがブタをした後、変性タンパク質、GroESと順を追って解離することで確実に基質タンパク質を自らの空洞に閉じ込めている。このように、1分子蛍光イメージング法を用いることにより、シャペロニンの新たな機能が明らかになったのである。4)
近年、タンパク質のフォールディングを1分子レベルで研究しようとする動きがある。これは、タンパク質のフォールディングとアンフォールディングが異なる経路を通るかどうか、フォールディングの際に分子ごとに複数の異なる経路を通るか、という疑問に決定的な答えを出すのに必須だからである5》。しかし、溶液中に漂うタンパク質分子のフォールディングのダイナミクスを追跡することはブラウン運動のために困難である。我々が開発したシャペロニンを用いた1分子のタンパク質フォールディングのイメージング法は、タンパク質のフォールディング研究に画期的な手法になる可能性を秘めている。
4.まとめ
シャペロニンGroELは、ATP存在下でGroESを結合解離しながら、変性タンパク質の折れたたみを助けている。我々は、GroELのthe central cavity内で基質タンパク質が折れたたむ様子を1分子レベルで観察することに成功した。さらに、①GroESが結合した後もしばらく基質タンパク質の折れたたみが抑えられていること、②ATP加水分解終了と基質タンパク質の折れたたみ開始が、ほぼ同時に起こることを明らかにした。
①から、GroESと基質タンパク質が同時にGroELに結合している状態:"pre-cis ATP・complex"(lifetime~3s)が定義された。これは、GroELがその縁に結合した基質タンパク質をthe central cavityに落とし込む前の状態である。一方、これまでGroEL内部でのタンパク質折れたたみ時間を決定している"タイマー"は、ATP加水分解過程であると考えられてきた。しかし②から、そのタイマー(lifetime~5s)が、ATPの化学状態にではなく、ATP加水分解後のGroELの内部状態にセットされていることがわかった。以上は、GroELが基質タンパク質の落とし込みと折れたたみを制御する2個のタイマーを持っていることを示している。