1989年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第03号

サーモグラフィー用室温動作赤外線撮像素子の開発

研究責任者

奥山 雅則

所属:大阪大学 基礎工学部 電気工学科 助教授

概要

Ⅰ.まえがき
生体におけるサーモグラフィーは皮膚から輻射される遠赤外線を検知し,これを画像化することによって温度分布をもとめるものであり,近年各種の診断に用いられてきている。これを行う場合キーテクノロジーとなるのは遠赤外線を検知するセンサ,特に撮像素子である。現在用いられている赤外線撮像素子では低温で動作させなければならないこと,動作電圧が高いこと,装置が大型であることなど広く普及するまでには至っていない。焦電体とシリコン電荷結合素子(CCD)を組み合わせた赤外線撮像素子ができれば,これは,室温動作可能で,動作電圧が低く,小型であるなどの特長を有するため,従来の素子の欠点を克服することが可能で,その応用は広汎なものとなる。
本研究ではLiTaO3焦電体結晶とシリコンCCDを組み合わせた焦電型赤外線撮像素子を試作し,また高性能素子用PbTiO3薄作製を改良し,撮像を試みることが目的である。
Ⅱ研究内容
ここでは提案した素子の構造,動作原理,動作解析,最適構造について述べる。
1.素子構造と動作原理
図1に提案した焦電型赤外線撮像素子つまり赤外線電荷結合素子(IR-CCD)の1画素分の構造を示す1-5)。Si電荷結合素子(Si-CCD)の画素数は64×32である。1画素の大きさは80×133μm2であり,検知部の総面積は4×5mm2である。赤外線感度の良い焦電体としては焦電係数Pが大きく,キュリー温度Tcが高くなくてはならない。LiTaO3はPが大きく(P=2.3×10-8C/㎝・k),Tcが高い(Tc=618℃)ため今回の焦電体として用いられた。LiTaO3は分極処理後,鏡面がCCDと接するように付着させた。LiTaO3とSi-CCDの電気的結合を良くするようにその間に,低融点,高誘電率,低熱伝導率,高絶緑率を有する誘電性接合剤としてグリセリンを挿入した。LiTaO3のもう一方の荒い面には,赤外線をよく吸収するようにNiCr膜をコートしてある。
赤外線がNiCr面上にあたると,LiTaO3の温度が僅かに上昇し焦電々荷が生ずる。この電荷がSiO2とグリセリンを介して焦電ゲート下のSi表面ポテンシャルを変化する。ここで注入電極から焦電ゲート下を通って蓄積ゲート下まで電荷注入される。注入電荷は焦電々荷により制御され,赤外線強度に対応した量となる。この信号電荷は転送部に移され,4位相のパルスによってさらに転送され,最後にソースホロワFETのゲートにきてインピーダンス変換された後,高速増幅器により増幅される。その際,雑音やバイアス電圧を除くため上の信号出力から差し引かれる。
2.焦電応答の解析
赤外光照射によって生ずる焦電々荷の変化は微小量であるため,焦電ゲート下のSi表面ポテンシャルの変化△Vsに比例する。同様に出力電圧も△Vsに比例すると考えられるので,電気回路と熱伝導の式を解いて△Vsを解析的にもとめた。図2は△Vsの角周波数ω成分△Vsωの周波数依存性を示す。入射光強度は10mW/cm・,NiCr,グリセリン,Sio、,Si,空乏層の厚さはそれぞれ0.2,1,0.1,500,1μmであり,LiTaO3の厚さがバラメータである。LiTaO3が厚い時,△Vsωは周波数に逆比例し,焦電効果特有の性質を示す。より薄い時,高周波数域では上と同様であるが,低周波数域では熱がSiに伝わるので△Vsωはあまり増えない。素子を普通のフレーム周波数(例えば30Hz)で動作する場合,LiTaO3の厚さは数十~数百μmで出力が最大となるので今回80μmとした。
Ⅲ研究結果
ここでは検知部構造の静電容量,試作素子の基礎特性,PbTio3薄膜の改良について得られた結果を述べる。
1.金属一LiTaO3‐グリセリンーSiO2-Si構造の静電容量
金属一LiTaO3‐グリセリンーSiO2-Si(MLGOS)構造は素子の焦電ゲート部に対応しているのでその基礎特性を調べた。この構造の静電容量の電圧印加による変化は,LiTaO3の静電容量がSiO2-Siのものより非常に小さいため僅かであった。この光照射効果を調べるためCO2レーザー光を減衰し,チョップしてMLGOS構造にあてた。LiTaO,の焦電々荷はSi空乏層幅を変えるため,その静電容量が変化する。図3は静電容量の変化△Cの印加電圧依存性を示す。負電圧領域では,SiO2-Si界面付近に蓄積層ができるため△Cは小さい。正電圧領域では,空乏層ができるため△Cは大き。く電圧増大と共に減少する。また△Cの周波数依存性から,8~20Hzの低周波数域では△Cはほぼ一定であるが,20Hz以上では周波数と共に減る。これは焦電効果特有の性質である。また信号強度はSi温度上昇のみによるものよりかなり大きく,また速い。さらにLiTaO3の分極方向を変えると信号も反転する。これらからMLGOS構造のSi表面ポテンシャルは焦電効果によって制御されることがわかり,提案したIR-CCDの赤外光検出の可能なことを示している。
2.赤外線撮像素子IR-CCDの動作と基礎特性
試作された撮像素子IR-CCDは11種のパルスにより駆動された。IR-CCDのデータ出力と参照出力は図4に示す赤外線撮像系において,差動増幅,サンプルホールド,A/D変換の後,マイクロコンピュータ内に取込まれた。
図5は出力の蓄積ゲート電圧依存性を示す。蓄積ゲート領域の電荷はその表面ポテンシャルの減少と共に増加するため,出力は蓄積ゲート電圧と共に増えた。出力は4.8V以上で蓄積ゲート領域からあふれるので飽和する。3.8V以下では焦電ゲートの表面ポテンシャルが蓄積ゲートのそれより低くなるため出力信号は0になる。また焦電ゲート電圧を上げるとその表面ポテンシャルが下がるために出力は減る。さらに赤外光照射から注入パルス印加までの遅延時間に対する出力の変化を調べた。実験結果と,電気回路および熱伝導の式の数値解析からもとめた計算結果の比較からグリセリンは単位面積当たり約10MΩの抵抗を持つことがわかり,また注入の最適のタイミングが得られた。
このIR-CCDを用いて赤外光イメージングを試みた。図6は赤外光スポットを光照射した時の一つの水平アレイ出力のパルス列で,(a)は光照射直後,(b)は消光直後のものである。両者は逆の極性を持っており,焦電効果特有の特性である。この出力を信号処理の後得られた像の一例が図7である。
3.PbTiO3薄膜作製の改良
高分解赤外光撮像素子を得るには良質の焦電体薄膜を直接Si-CCDに低温で作製することが望まれる。そこで代表的な焦電体PbTiO3薄膜の作製の改良を試みた6・7)。普通この薄膜を作製するスパッタリングでは,ターゲットからの高エネルギー粒子はプラズマ中のイオンや分子に衝突し,その温度が2~300℃に下がるため基板温度を5~600℃に上げなければならない。そこでプラズマにマイクロ波を印加してその温度を上げることを試みた。マイクロ波を60W加えるとプラズマの電子温度,電子密度は共に2倍に増えた。またプラズマからの発光スペクトルも強度が大きくなった。さらにプラズマ内の粒子の種類について質量分析により調べた。その結果,質量電荷比が64,80,207,223のTiO,TiO2,Pb,PbO2の信号は小さかったが,16,20,32,40,の0,Ar2+,02,Ar+の信号は大きかった。特に0の信号はマイクロ波印加により大きくなり,プラズマが活性化されているのがわかった。
成長した薄膜のX線回折図を図8に示す。(a)は従来の方法で膜のもので,(001),(100),(101),(111)のピークがあるが,(b)はマイクロ波を印加したもので,(100)と(001)の配向性が増し結晶性が改善されている。また誘電率はマイクロ波印加により59から140まで上がり,残留分極は約7倍大きくなり,電気的性質も改良された。よってこのPbTiO3膜を用いたIR-CCDの実現が期待される。
Ⅳ.まとめ
LiTaO3焦電体単結晶板をSi-CCDとグリセリンで接合した赤外線撮像素子(赤外線電荷結合素子(IR-CCD)を開発した。具体的には,まず赤外線検知部に対応した金属一LiTaO3‐グリセリンーSiO2-Si(MLGOS)構造の静電容量の赤外線照射による変化を測定した。MLGOS構造のSi表面ポテンシャル変化を電気回路および熱伝導の解析からもとめ,実験結果と比較して素子の最適設計を行った。試作したIR-CCDを11種類のパルスによって駆動し,出力のゲート電圧や注入遅廷時間依存性等の基礎特性を得,解析を行った。素子を撮像系に組み込み,赤外光スポットの撮像に成功した。さらに高解像赤外線撮像素子用PbTiO3薄膜の作製改良を行った。スパッタリング時にマイクロ波を導入し,プラズマを活性化することによりPbTio3薄膜の結晶性,誘電的性質は改善された。