2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

サリチル酸骨格を有する新規蛍光物質の合成とその応用

実施担当者

加藤 正宏

所属:京都府立桃山高等学校 教諭

概要

1.はじめに
サリチル酸やそのナトリウム塩に紫外線を照射すると、青色の蛍光を放出する(図1)。みなさん御存知でしたか。この現象、あまり知られていないようである。複数の大学の先生(化学系)に尋ねてみたが、御存知ではなかった。そこでこの現象に注目し、サリチル酸骨格を有する蛍光物質の合成とその応用例の開発を目指して研究を行った。また、同時に、この研究活動を通して、生徒の探究力の育成をも目指した。

(注:図/PDFに記載)

2.実験
(1)新規サリチル酸系蛍光物質の合成
サリチル酸骨格を有する新規蛍光物質候補として、サリチル酸骨格を2つ有するイミン 1 を設計した(図2)。

(注:図/PDFに記載)

合成は、アミンとアルデヒドを脱水縮合させることで行った(図3)。

(注:図/PDFに記載)

(2)サリチル酸誘導体の溶液時の蛍光
以下の5種類のサリチル酸系化合物 2-6 について、①濃度と蛍光強度の関係、②溶媒と蛍光強度の関係を調べた(図4)。なお、化合物 2-6 は、市販の各サリチル酸誘導体をNaHCO3と反応させて調し製た。

(注:図/PDFに記載)

(3)サリチル酸系蛍光物質の応用例の開発
応用例として、①紫外線照射時のみ蛍光を発する透明フィルムの作製、②植物体の蛍光染色を行った。
①の透明フィルムの作製は、CMC 糊に化合物 2もしくは 3 を溶かし込み、その後、ホットプレート上で乾燥させた。
②の植物体の蛍光染色は、カイワレダイコンの苗を、化合物 2 もしくは 3 の水溶液に浸し、その後、紫外線を照射して蛍光の様子を観察した。

3.結果
(1)新規サリチル酸系蛍光物質の合成
以下のような黄土色の固体を得た。1H-NMR と13C-NMR の測定の結果、想定の化合物 1 が合成できたと考えられる(図5(a))。

(注:図/PDFに記載)

固体状の化合物 1 に 254 nm の紫外線を照射したときは、目視レベルで可視光域の蛍光は観察されなかった(図5(b))。一方で、365 nm の紫外線を照射したときは、目視レベル黄色系の蛍光が観察された(図5(c))。
化合物 2-6 について、10-1 から 10-5 mol/L の水溶液を調製し、365 nm の紫外線を照射した(図6)。その結果、化合物 2、6 においては 10-2 mol/Lのときが、最も蛍光強度が強いことがわかった(目視レベル)。同様に、化合物 3 においては 10-3 mol/L のときが、化合物 4、5 においては 10-4mol/L のときが、最も蛍光強度が強いことがわかった(目視レベル)。すなわち、蛍光物質の濃度と蛍光強度が単純に比例するわけではないことが分かった。蛍光物質を応用する上で、大切な知見を得ることができた。
なぜ、濃度が高いときに蛍光強度が弱まるのか。これは、「濃度消光」という考え方で説明される。 すなわち、蛍光物質が放出した可視光を、近隣に 存在する蛍光物質自体が再吸収してしまい、その 結果として蛍光強度が弱まる。今回研究に供した 化合物 2-6 の場合、10-2 mol/L から 10-4 mol/L 以上の濃度で、濃度消光が起こることがわかった。

②溶媒と蛍光強度の関係
3種類の化合物 2、4、5 について、溶媒の種類を変えて溶液を調製し、蛍光強度や蛍光色に及ぼす影響を調べた(各溶液の濃度は一律 10-3 mol/L に統一した)。その結果、溶媒の種類に応じて、蛍光強度が明らかに変化することが分かった(図7)。また、蛍光強度だけではなく、蛍光色も変化する場合があった。

(注:図/PDFに記載)

(2)サリチル酸誘導体の溶液時の蛍光
①濃度と蛍光強度の関係

(注:図/PDFに記載)

(3)サリチル酸系蛍光物質の応用例の開発
①蛍光を発する透明フィルムの作製
自然光の下ではほぼ無色透明だが、紫外線照射時のみ蛍光を発する透明フィルムの作製に成功した(図8)。興味深いことに、この透明フィルムは、ホットプレート上(保温)で数か月間安定に存在することが分かった。

(注:図/PDFに記載)

②植物体の蛍光染色
植物体全体を蛍光で染色することができた(図9)。この方法は簡便なので、水溶液の吸い上げ状況のリアルタイムモニタリングや特定組織の蛍光染色等に応用ができるかもしれない。

4.成果の公表状況
(1)第6回女子生徒による科学研究発表交流会
(2)第2回京都サイエンスフェスタ
(3)サイエンスキャッスル関西大会
(4)平成26年度京都府高校生理科研究発表会
(5)まほろば・けいはんな SSH サイエンスフェスティバル
(6)第17回化学工学会学生発表会(徳島大会)

5.まとめ
サリチル酸の可視光領域の蛍光に注目し、研究を行った。その結果、サリチル酸骨格が、新規蛍光体開発に有望であることが示された。また、本研究活動(特に成果の発表活動)を通し、生徒の探究力を育成することができたと考えている。今後も高等学校での教育活動に、このような研究活動を積極的に取り入れていきたい。